3 愛はかくも語りき③それは夢。おそらくは先へと続く。
翌朝です。
ベッドの上でうんと背伸びをし、体いっぱいに朝日を浴びます。久しぶりに目覚めの良い朝でした。普段は結構悪夢を見がちなわたしですが、今回ばかりは流石に快眠できた模様。
特産品がふんだんに用いられた食事、念願叶った入浴、ふかふかのベッドでの睡眠、これであまり眠れませんでしたなどと言おうものなら、バチが当たろうというものです。
いやー、それにしても。
ぽわぽわと昨日のことを思い返しながら、わたしは着替え始めました。
ナンナリッタさん、意外と着痩せするタイプだったんですねえ。凄かったです。何がとは言いませんが。ええ、本当に凄いボリュームでした。
ふと、着替える途中、部屋に置かれた鏡が目に入ります。
そこに映る下着姿のわたし。胸の傷は痛々しく、見事に平坦な矮躯でした。今さらながら、変わり果てた己の姿にため息が漏れ出ます。
わたしだって、元々はナンナリッタさんに負けず劣らずのナイスバディのはずでした。それだけが女性の価値でないのはもちろんですが、それでも、かつてあった物を手放す喪失感は中々のもの。
いつか必ず——取り返さなければ。
自らの命の灯火が消えてしまう前に。
例え、遺された時間は少なくとも、諦めるわけにはいかないのです。
フィアリスちゃんとの一件は、どうやらわたしの中で確かな変化をもたらしているようで。
今はもう、あまり自分の命をおざなりにしようとは、思えませんでした。
生きたい。
しかし、同時に忘れてはなりません。
だからといって。
この手の汚れが、人を殺したこの手が、綺麗になることは決してないということを。
わたしは、鏡に映る自分の目を、真っ直ぐに見据えます。
赦されると思うな。
赦して貰えるなどと思い上がるな。
甘えるな——。
ザルディオに手向けたその言葉を、わたしは自分に言い聞かせ続けるのです。
『——主様』
ふいのレーヴァが、いつになく神妙な語調でした。
「おはようございます。どうしました?」
『話があるのじゃが』
「いい話ですか?」
『真面目な話かのう』
「なるほど」
そういえばと、オルセアの街で『召喚機能』を行使した後のことを思い出しました。思い出したことがある、とレーヴァは言っていました。遥か時の彼方より存在する、彼女の記憶。ついに衝撃の事実が明かされるのかもしれません。わたしは身構えます。
が、しかし。
『ふむ——どうやらタイミングが悪かったようじゃの』
その先の言葉が続くことはありませんでした。
そして、レーヴァとの通信が途絶えたかと思うと、
「エルルちゃん、起きてるー?」
部屋の扉がノックされます。
わたしは慌てて服を身につけると、声の主を招き入れました。
部屋に入ってくるなり、ナンナリッタさんは朝日にも似たさわやかな笑顔でハグしてきます。
「おはよう! いい朝だね。昨日はよく眠れた?」
「ええ、おかげさまで」
役得のような抱擁を受けながらわたしは、おはようございます——と付け加えました。
「よかったよかった。それでね、エルルちゃん。今日は薬の材料を取りに行くんだけど、エルルちゃんもどうかなって誘いに来たの」
ナンナリッタさんが、こちらの顔色を窺うように覗き込んできます。長いまつ毛に縁取られた、トパーズ色の瞳はとても綺麗で。男性でなくても思わずドキりとしてしまいます。
「ええ、もちろんです」
食事お風呂付きの一泊をさせて貰っておいて断るほど、わたしも常識知らずではありません。
「ありがとう! それじゃあ、行こうか」
「あ、一応ライザに報告してからでないと」
「あらそう? そういえばライザさん、リビングでお父さんと話してたわよ」
ライザが? エオルグさんといったい何の話を……。
ナンナリッタさんと一旦別れ、リビングへと向かいます。
————
「ああ。事件の調査は俺に任せて、行ってこい」
あっさりと許可が下りました。
どうやらライザ、エオルグさんに事件のことを確認していたみたいで。
そうなってくると、わたしもナンナリッタさんに聞き込みをしなければという気持ちになります。
「ナンナリッタさん、最近街で起こっている事件なのですが」
郊外の森へと続く道を、二人で手を繋ぎながら歩いていました。たわいもない雑談が一区切りついた頃を見計らい、ナンナリッタさんに話を切り出します。
「旅行者はどういう風に行方不明になるのですか?」
ナンナリッタさんは一瞬目を丸くしました。何故急にそんなことを聞くのか。そう思ったのかもしれません。ですが、わたしも旅行者の一人ですので心配しているのだと解釈したのか、思案するように人差し指を顎に押し当てます。
「私も新聞で見たことくらいしか知らないけど、ええと……確か、夜、宿泊してる宿から忽然と姿を消すみたい」
可能性としては、誘拐。
「事件に共通しているのが、争った形跡が全く無いんですって。被害者の部屋は綺麗なまま。貴重品なんかは無くなっているらしいんだけど、それ以外の——旅の荷物なんかはそのまま残されてるとか」
なるほど、だからこその行方不明認定なわけですね。旅行者がただいなくなっただけでは、また旅に出ただけとも捉えられるので。しかし、荷物が残っているとなると、そこに事件性が生まれてきます。
「目撃情報もないんですか?」
「うーん、それがほとんどないみたい」
「ほとんど? あるにはあると?」
「うん、中には何件か、目撃情報があったそうだけど。近いところだと、先月かな? ハンスさん——エルルちゃんが最初泊まろうとしてた宿屋のご主人ね。ハンスさんが、夜中にたまたま、こっそり出掛けようとする旅行者を見掛けたんだって。それで声を掛けたらしいんだけど、妙におどおどしてたというか——後ろめたいことがあるのかな? っていう様子だったみたいだよ。それでそこから行方不明」
「ほう」
旅行者は自ら外出していた。
そして何故か、彼等自身が隠れたがっていた? 目撃情報が少ないのはその為——でも、人一人が消えるのって、想像以上に大変だと思うのですが——だとしたら、それこそオルセアのクレプス教団のような、何か組織絡みの犯行の可能性もあるかもしれません。
「ナンナリッタさん、変なことをお聞きするのですが——この街で変な団体が悪さをしているとか、そんな噂はあったりするんですか?」
「ないよ、平和な街だもん。その——行方不明事件以外は」
困ったように眉をひそめるナンナリッタさん。少し配慮が足らなかったかもしれません。反省します。
「すいません……ちょっと無神経でした」
「えっ? ああ違う! 違うのよ、エルルちゃん。そういうのじゃないの。ただ、エルルちゃんが心配だなって。そう思ったの」
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。ライザもいますし」
「頼りになるお兄さんなんだね」
「え、ええ」
「いいなー。私もお兄ちゃんが欲しかった。いっぱい甘やかしてくれる感じの。まあ、でも私にはお父さんがいるけどね!」
良心が。
わたしの良心ポイントが減っていく。
身から出た錆、自業自得とはいえ、今度からはあまり劇場型の話はやめておこうと思いました。
相手がいい人であればいい人である程、そのリスクは重大です。
嘘を吐くって、やっぱりいけないことなんですね。今さら当たり前のことを実感します。
「——お父さん、か。あれ、そういえば……?」
独り言のように呟くナンナリッタさん。そこから先の言葉はなく。
それからは、少しだけ沈黙が続きました。
赤土を踏み締める二人の足音。道の両脇に生えた木々から聞こえる、小鳥のさえずり。気まずさというものはなく、ナンナリッタさんが何かを考え込んでいる様子でしたので、声を掛けるのが躊躇われたのです。
時折、木々の隙間から覗く古い遺跡に目を奪われながらも、わたしも考えを巡らせます。
消える旅行者。彼等は自らの足でどこに行ったのか。あと、人目を気にしなければならなかったわけは? 遺物が関係している? これはただの勘ですが、直接的な要因ではない気がしました。かといって無関係ではないような——うーん……。
——旅行者達に、何か共通点はなかったんでしょうか。
あとで診療所に帰ったら、新聞を読ませていただくのもいいかもしれません。
そう思いながら、わたしは歩を進めるのでした。




