8-2 サキュバスと妖精剣士たち やらないと行けないこと
「ヴェスタ・フレイムッ!」
ヴェスタ様の名前を関する魔法名を叫ぶと、俺たちの乗っているシールドが、俺たちの事を燃やさない不思議な炎に包まれる。
これで、奴が直接ぶつかってくることはないはずだが、相手は邪神だ。
こちらへ攻撃してくる手段はいくらでもあるに違いない。
エルフィにシールドの操縦を任せ、小さくなっていくノディアーの靄を警戒していたが、奴はこの数秒間、何も攻撃してこなかった。
俺たちの事を見つめているだけで、こちらへ一歩も近づく気配すら見せなかった。
フリージアたちを狙っていた訳じゃないのか?
まさか、あれは端末で、本体とか他の端末が俺たちを攻撃してくるのかと考えた時、
『うぅん、端末はこれだけ。後、その子たちにぶつかりかけたのは、ボクのせいじゃない』
また、ノディアーの眠たげな声が脳内に響いてきた。
『本当は、エリスに直接乗り込むつもりだったんだけど……邪魔されたし……何か冷めたから、帰るね』
「は?」
『じゃ、またね』
そう言って、ノディアーの姿が忽然と消えた。それに合わせて、出来上がっていたクレーターが、まるでテレビ映像のように元の街道に戻って、消えた。
それを見守っていると、分厚い魔力の層に入った。どうやら、絶対魔法の中に入り、エリスへと帰還できたようだった。
何が何だかわからないが、メイプルへと報告をするべく、魔力通信を入れる。
『こちら晴樹&エルフィ。フリージアたちを連れて帰還した』
『えぇ、見てたわ』
『ってことは、ノディアーも』
『えぇ。何がしたかったかわからないけど、まだリアたちが戻ってないってことは、終わっていない。油断しちゃだめよ』
『了解』
ふと街を見下ろすと、第一区画の避難者の姿はなかった。よかった、避難は完了したようだ。
『フリージアたちを近くの避難所まで連れて行って、それからまだ第一区画の見回りをしていくつもりだが、どうだ?』
『わかった。でもその前に、やる事があるから、ちょっと冒険者ギルド前まで連れて来てくれるかしら?』
『了解』
やる事は決まった。
さて、と振り返ったら、メッチャ見てくるフリージアとナンナと目があった。
フリージアはいつものような、感情の読み取れない表情と視線で、ナンナは疑問とか色々と感情が溢れ出しそうになっているがどうにか堪えて居る、と言った様子だ。ただ、混乱はしているが、理性的であるところが、やっぱりこの世界の住人なんだなと改めて気づかせてくれる。
ディーとアナは、空からの街を、目を丸くして見ているが、やはりたまに、こちらを気にしている様子だった。
うーん、これはひと悶着ありそうだな。
焦っていたのは確かで、迂闊だったのも確かだ。
俺たちの姿を消して、目に見えない風に助けられた、みたいな形にするのがベストだったと、今更ながらに思い至った。
そして、すっかり人気の消えた街の、まったく人気のない冒険者ギルド支部施設の前に着陸して、全員が降り立つ。
『晴樹、エルフィ、四人を連れて冒険者ギルドの中に入って来て』
メイプルから通信が入り、俺とエルフィは視線を合わせてから、フリージアたちへ振り返った。
「着いてきてくれ」
「わかった」
フリージアが頷くと、ナンナも静かに従う様子を見せた。この後、聞きたいことを聞くために、今は我慢しているみたいだ。
流石は冒険者で、シーフ。普段は明るく、軽い言動もしているが、こういう時の感情コントロールは抜群だ。
俺が先頭に立って、ギルドの扉を開ける。
普段は、職員や冒険者が集まっているはずの中は、真っ暗で、伽藍洞と言う言葉そのものの印象を受けた。
足を踏み入れると、靴の裏が床を叩く軽い音が響く。すでにサーチ魔法でわかっていたことだ、本当に誰もいない。ただ、慌ただしく撤退したのではなく、静かに避難したことは、机の上に放置された書類がまとまっている事や、床の上に物品が落ちていないことから、なんとなく想像できた。
エルフに選ばれた者だけがなれる、と言う話は、嘘じゃない、なんて場に似つかわしくない感想が浮かんでくる。
全員が中に入ったところで、奥へと続く通路からトーチの灯りが現れた。
サーチ魔法にはかかっていないが、メイプルだな。
俺は一度振り返って、着いて来るように言外に伝えてから、奥へと歩いていく。全員、俺に着いてきてくれた。
俺たちが進むとトーチ魔法もその分離れていくが、置き去りにすることなく、一定の距離を保っているだけのようだった。
そして、辿り着いたのは、支部長室の前だった。扉は閉ざされているが、ここだけ、扉の前の魔法灯がついていた。
開けると、窓から差し込む陽気が照らす部屋の中に、メイプルが居た。
応接用のソファに座り、右足を上にして足を組み、そこに右肘をつけて顎を乗せ、俺たちを見ていた。
「おかえりなさい、お兄ちゃん、エルフィちゃん」
カエデちゃんモードで応対してくれているが、ナンナたちの息遣いが一瞬、変わった。
どうしてカエデがここにいるのか、そして普段彼女たちが知っているカエデからは想像もできない雰囲気だったから、と言うのは想像に難くない。
と言うか、本当になんでこいつここにいるんだ?
『アンタがやった事の尻ぬぐいに来たに決まってるでしょ』
『本当に申し訳ございませんでした』
『いいわよ。って言うか、私もGOサイン出して現場判断に任せたのもあるし』
言いあいながらも、メイプルがフリージアたちを対面のソファに座るように手で示し、俺とエルフィはメイプルの左右にそれぞれ座る。
すでに、フリージアたちの目は、危険を見極めようと探る冒険者になっている。
目の前のメイプルを、単なる愛くるしい少女とは、見ていない。
「みんな、ぶじでよかった~! お兄ちゃんとエルフィちゃんにかんしゃだね!」
「うん、よくわからないけど、多分、そう」
フリージアが返答に、まずは四人が頭を下げて来た。
そして、ついにナンナが動き出した。
「カエデちゃんが、真ん中なんだ」
「えへっ、こうしていると、お兄ちゃんとエルフィちゃんの娘みたいでしょ!」
無邪気に笑うメイプルを前に、ナンナも、フリージアたちも笑わない。
エルフィだけが、どうなるんだろうこれ、と心配そうに双方を見ている。
ナンナがそれを一瞬だけ、見ていた。目を動かさず、意識だけ。気が付いたのは、この世界に来て色々と経験したからだ。
ナンナが、様子見は終わりと言わんばかりに口を開こうとした時、それを抑えるように口を開いたのは、メイプルの方だった。
「時間がないから、皆には地下施設に避難してもらうね」
静かに、しかしはっきりと告げて、執務机の方へ手を翳すと、執務机が右側に動いて、ぽっかりと空いた穴が姿を見せた。
「街の人たちは皆、地下に避難した。残りは四人だけだよ」
「避難? それで街に誰もいなかったのか。さっきの影と関係あるのか?」
アナの質問に、メイプルは頷き返した。
「うん、そうだよ」
「そうだよっ、さっきのあれ、何?!」
ナンナがついに、感情が爆発したように、身を乗り出した。
「頭の中に、声が、直接、響いてきたし! それに、見た瞬間に……体が、固まって……!」
そして、自分の肩を抱きしめて、ソファに座り込んでしまった。
他のメンバーも、口にはしなくても、似たような感情と感想を抱いていることは、間違いないようだ。
フリージアも、何も言わないが、少しだけ顔を俯かせて、唇を嚙んでいることから、彼女も同じように怖かったのだとわかった。
「何なのあれ! 新しい魔物? それとも、魔族?! まさか、魔王なの?!」
「落ち着いて、ね?」
メイプルが、精神回復魔法をかけると、四人の表情と体のこわばりが消えた。
途端に、不思議な顔になったのは、魔法使いのディーだ。
「精神の、回復魔法?」
「うんっ、そうじゃないと、落ち着いて避難なんてできないからね」
これには、驚きを隠せずにはいられなかった。ディーは、まだ初級冒険者のはずだ。なのに、メイプルがこっそり魔法をかけたことに気が付いただけでなく、自分の状態を客観的に見て、何をされたのかを分析するとは。
メイプルは、楽しそうに笑っている。
「さて、四人とも、もう行かなくちゃ。そこの階段から、地下へ避難できる。食料もポーションもいっぱいあるから、ヴォーバン家の人たちや王様が大丈夫って言うまでは、地上に出ちゃだめだよ?」
「カエデちゃんは、どうするの? 一緒に避難しないの?」
今までずっと黙っていたフリージアが口を開いた。
無感動で、淡々としているが、メイプルや俺たちを心配してくれていることが、よくわかった。
「私は、お兄ちゃんたちと一緒に、まだ避難が済んでいない人たちがいないか確認してから行くね」
「いやいやカエデちゃん、エリスの人たちが避難するって、確かよっぽどのことがないとしないって話だよ?! カエデちゃんたちも避難しようよ!」
「ありがとう、ナンナお姉ちゃん。でも」
言いかけて、メイプルが顔を上げた。
どうやら、ヤバい状態らしい。
それでも慌てず、四人に微笑みかけたのは、
「でも、私は、私たちは、勇者だから、やらないと行けないことがあるんだ」
「勇者……?」
「エルフィお姉ちゃん、ごめん、四人を地下へ案内してくれるかな?」
「え? でも」
エルフィと四人が戸惑うのを他所に、メイプルは立ち上がって、窓へと向かい、開け放った。俺もその後に続いていく。
「じゃあね、フリージアちゃん、ナンナちゃん、ディー君、アナお姉ちゃん」
そう言って、シールド魔法を発動させて、それに飛び乗った。俺もそれに続いて、エルフィたちの返答を待たずに急上昇した。
『エルフィ、四人を避難させたら、第二区画にいるココロとセイジュに合流して』
『わかったけど、急過ぎるって!』
『ごめんなさい。今度、海鮮丼ごちそうするから』
『それ約束だからね!』
魔法通信でのやり取りをする二人の声を聞きながら、上空で待機していたらしいブロードの乗ったシールドに手を振った。
すると、ブロードが顔を出して、街の外を指さした。
目を向けて、
「……………………嘘やろ」
喉が引きつって、声がかすれた。
「メイプル、なぁ、この世界には、古代文明でヤバい兵器取り扱ってたとか、あるのか?」
「さぁ? けど、あれはこの世界のものじゃないでしょうね」
城壁の外、街が立つなだらかな丘、その向こうの街道に、異変があった。
球状に近い楕円のような体に、三対の細い足が生えた巨大な怪物たちが、陽光に照らされて鋭く反射する鉄の海となって、街へと迫ってきていた。
「色々と調べようとしての妨害が私の知らない魔法……これは、邪神側の兵器と見て、間違いないわね」
お読みいただき、ありがとうございます。
ノディアー「えっ、何アレ、きも……ないわー」
大食い「いや、お前らが持ってきた奴だろう?」
ノディアー「あんなの一体だけならともかく、五体も投下したら、あの世界終わるじゃん」
大食い「だからお前らが持って来た奴だろーが?!」
ノディアー「受け取ったのはクッタクァ。投下したのもクッタクァ。ボクは、流石にそれ投下したら星が一時間くらいで荒廃するからやめとけって言ったけど、聞き入れてもらえなかった。むしろ『え、じゃあ五体投下したら十二分ってことじゃない! 晴樹たち倒すなら出し惜しみせずに行っちゃおっかー!』ってノリノリだった」
大食い「ルー! おいルー、もしくはヴァーヴァリアス!! こいつら、一番ヤバいもん投下してるよー!!?」




