8-1 エロ漫画野郎と新米魔導士 絶対魔法
「立派になったな」
シャルロットの言葉に、セバスティアンは手を止めず、作業を続けていく。
その様子を見て、シャルロットは微かに笑うだけで怒りはせず、周囲の家臣や衛兵たちに声をかけた。
「もうじき、作業が終了する。お前たちは避難所や他箇所の運用を行うのだ」
その言葉に、誰も反論することなく、それぞれの行先へと通じる通路へと足早に去っていく。何名かの家臣が振り返り、シャルロットに最敬礼を行ってから、踵を返した。
それらに軽く手を挙げて応えたシャルロットの隣には、メイドが一人だけ控えていた。
そして家臣たちが全員この部屋から去り、気配も遠くへ行った事を確認し、シャルロットは大きく息を吐いた。
「……はぁ~~ついに来たわねぇ。できれば二度とアイツらに会いたくなかったんだけどなぁ」
言いながら、球体にずっと向き合って作業を続けるセバスティアンに、顔だけ向ける。
琥珀色の目は、天井の魔力灯に照らされ、赤みがかりながら、揺らめいている。
「後、どれくらいかかりそう?」
「今終わりました。全ての構成に問題なし。後は、貴女様の魔力を注げば、絶対魔法をいつでも発動できます」
「了解~」
シャルロットは球体に両手で触れて、魔力を流し始めた。
その途端、球体が淡く輝き出し、そこから同じ色の輝きが天井や壁、床に走って消えていった。
「地下魔方陣施設へのコンタクト完了……」
「じゃあ、やっちゃいなさい」
「はい。発動させます」
セバスティアンが告げた直後、一度、球体が拍動するように震え、激しく輝く。
「絶対魔法ハイ・グランド・シールド、発動!」
その瞬間、城壁都市エリスを、薄透明の球体が覆った。
物理的にも魔法的にも、そして他、多岐に渡るいくつもの要素への、超高次元とも呼べる防御能力を有したそれが、エリスを覆った事を感知できる者は、極僅かだろう。
シャルロットはその一人で、一番近くで、この街の誰よりも詳細に察知していた。
セバスティアンは球体から手を離すと、少しだけ疲労が浮かんだ厳かなままの顔をシャルロットへ向けて、最敬礼を行った。
「無事に発動いたしました」
「ご苦労様」
シャルロットが労いの言葉をかけつつ、セバスティアンの肩に手を置き、心身の回復魔法をかける。
「ありがとうございます」
「どーいたしまして……ところでさ」
「はい」
「あ、違う。アンタじゃなくてね」
言いながら、シャルロット王は明後日の方角……天井へ顔を向けて、頬を引くつかせる。
「何見てるのよ。こっちはいいから、地上の方を見ときなさい!」
その言葉に、セバスティアンは事情を察したのか、苦笑を浮かべていた。
☆
ヴォーバン邸から飛行用シールドに乗って飛び立った俺たちは、それぞれの担当区画に到達すると、シールドから飛び降り、身体強化と風魔法を使って着地していった。
第一区画に降り立った俺とエルフィはメイプルの指示で常時バディのまま、避難誘導を手伝い、動きづらい人や逃げ遅れている人たちを助け、俺とメイプルとエルフィの同時使用で効果と威力が倍増した聖域魔法によって倒れた悪党を一か所に集めて、衛兵に引き渡すなどしていた。
その最中に、強く、重たく、分厚い、それでいて柔らかな気配が地下から一気に広がって、エリスを覆うのを感じた。
まさか、今のは……と思っていると、エルフィが目を丸くした。
「な、何アレッ?!」
「多分、ハイ・グランド・シールドって奴だな」
「あれが?! あれやったら……うん、私でも突破できなかったです」
どうやら、邯鄲の夢システムで、絶対魔法に対抗してみたようだが、手も足も出なかったってところか。
流石は先々代勇者が残し、絶対魔法と言われているだけはある。
ウチのメンバーで、メイプルの次に魔力があって、高威力の攻撃魔法を繰り出し、さらに魔法解析もできるエルフィが突破できないということは、つまり、他のメンバーでも突破できないということだ。
あ、メイプルとココロはどうかわからないな。アイツら、一人で突破できそう……いやするわ、きっとするわ。目にありありと浮かんでくるわ光景が。
驚きつつも、これなら、ある程度の相手ならば大丈夫だと納得できる。
ただし、今回の相手である邪神には、多分、効かないのだろうが……。
気を取り直してサーチ魔法で地上部分を探るが、逃げ遅れた人や困っている人はもう見当たらなかった。残りの人たちは全員、避難通路に並んで入って行っている。ついでに、悪党の類ももうおらず、捕まえた奴らは地下施設の牢獄へとまとめてぶち込んであると衛兵から聞いた。
「第一区画が一番、人多いって聞いてたから、もっと時間かかると思ってました」
「混乱なく避難しとるから、かな」
それでも、いつ邪神が現れるかとひやひやしていた。
先日聞いたセバスティアンさんの、二十年前の気分の一端を味わった思いだ。
だが、絶対魔法は発動した。
仮に、この前のような超巨大ゴーレムが現れようと、リヴァイアサンのエレクトリックブラスターのような攻撃が来ようと、ある程度は防げるかもしれない。
問題は、邪神に対して、どれほど有効かと言うことだが。
考えても仕方ないか、とメイプルに通信を入れた。
「こちら晴樹&エルフィ。第一区画の避難誘導がもうじき終わる」
『了解』
「ところで、さっきエリスを覆った魔法って、絶対魔法って奴だよな?」
『ええ、そうよ』
やっぱり。
『第二区画はもう終わってるから、セイジュたちを合流させましょうか?』
「いや、いい。第二区画で、邪神側の置き土産の探索とかしてくれてるんだろ?」
『そうね。けど、今のところ問題……あ、待って』
「どうした?」
『街の外に出ていた冒険者が戻ってきたみたいね。……あー、まずいわね。フリージアたちよ』
ゾクリと、背筋に冷たいものが走った。
驚いたから、と言う訳ではない。
この感覚を、俺はよく知っている。
「他にエリスへ向かって来てる人は?」
『いないわ。フリージアたちにケガはなし。ちょっと疲れているみたいだけど、問題なさそうね』
「迎えに行ってもいいか?」
『仕方ないわね。第一区画は私とブロード君で見ておいてあげるから、さっさと戻ってきなさいよ』
「おう」
通信を切り、エルフィへ軽く事情を説明し、フリージアたちが近づいている門へと急いだ。
「こういう時って、なんていうか、外出の禁止みたいなのしません?」
「俺もそう思うが、事があったのが昨日の今日だからな……」
それに、もしかしたら、フリージアたちは昨日からダンジョンに潜っていた可能性がある。
事情はこの際どうだっていいが、早くフリージアたちと合流して、地下避難所へ避難させないとまずい。
ゾクリとしたあの悪寒が、激しい警鐘を鳴らし始めた。
急がねばと思ったが、門はすでに閉じられており、門番や衛兵たちが緊張した面持ちで待機している。
あれは……事情を話しても、開けてもらえるかどうかわからないな。
「エルフィ、絶対魔法なんだが、通り抜けたり、また入れたりするのか?」
「え? えぇと……はい、問題ないみたいです」
今の俺たちにとって都合の良い答えが返ってきたが、まさかの敵味方識別機能付きか。
驚きながら、俺はエルフィと共に物陰へ移動し、隠蔽魔法で姿を消してから、作り出した飛行用シールドに乗って、城壁を飛び超えた。
「周囲に敵影なし……よし、エルフィ、ちょっと飛ばすぞ」
「はい!」
加速すると、数秒としないうちにフリージアたち四人の姿を見つけることができた。
四人とも、何も知らないようで、探索後のホッとした雰囲気があった。
嫌な予感が最高潮に達しようとしている。
こうなったら、形振り構っていられない。
さらに加速しながら近づき、四人の近くで急ブレーキをかけながら姿を現した。
まず最初にこちらへ振り向いたのはフリージアで、続いて他の三人が驚いた顔で振り向いてきた。
「おいお前ら、早くこれに乗れッ!」
「ハルキ、とエルフィ?! え、何、一体どこから出て来たの?!」
ナンナがびっくり仰天して俺とエルフィを指さして目を白黒させているが、時間がもうない状況で詳しい説明をしている暇はない。
敵影はないが、奴らは進出気没だ。
収納魔法を開くと、タスラムが自分から飛び出て来て、周囲を警戒するように飛び回り始めてくれた。
「今は時間がない。もうじき邪神が街へと攻めて来るから、早く乗ってくれ!」
「いきなり何を言ってるのさ?! って言うかそれ収納魔法」
「落ち着いてナンナ」
ディーがナンナの腕を引っ張るが、ナンナは落ち着く様子がなかった。
そんな中、取り乱すことなく無表情のまま俺たちのやり取りを見ていたフリージアが、ぴょいと擬音が聞こえてきそうな跳躍でシールドに飛び乗ってきた。
「皆、早くして。ハルキさんたちが困ってる」
「いやいやフリージア、いくら何でも」
「フリージアの言う通りだ」
フリージアと同じく、事の成り行きを見守っていたアナがナンナの肩を掴んでそう言った。顔には驚きと疑念が浮かんでいるが、フリージアの行動と、知り合いで、勇者の仲間である俺たちを信用しようとしてくれている。
彼女はディーと共にナンナの背中を押して無理やりシールドに乗せ、自分たちも乗り込んだ。
その瞬間、各種魔法をかけてから、シールドを出発させた。
直後、嫌な予感が最高潮に達したことを感じるのと同時に、背後で爆音が鳴り響いた。
振り返ると、先ほどまでフリージアたちが歩いていた場所に巨大なクレーターが出来上がっていて、その中心部に、黒い靄が立っていた。
『あっぶないなぁ……もう少し早く落ちてたら大変な事になってたよ、まったく……』
緊張感のない少女の声が、脳内に直接響いてきた。
この声、まさか、アイツ……!
『あ、晴樹、エルフィ』
「「ノディアー……!」」
いきなり、最古参クラスの登場かよ!
お読みいただき、ありがとうございます。




