7 冒険者と城壁の乙女 無事に終わったら
お待たせいたしました。
メイプルとハルキの背中が見えなくなるまで見送って振り返ると、ジャンヌが私を見て、口端を意味深に釣り上げていた。
「いいチームですわね」
何を言われるかと思ったら、普通に褒めて来ただけだった。嘘を言っていない。
「それにしても、メイプルちゃんとハルキさんには普通に接していますのね」
「何て言うか、出会いが出会いだったし、言葉遣いを改めるタイミングがなかったから」
「お二人も、ココロ様とセイジュ様たちも当たり前のようにしていますし、貴女たちはそれが普通なのですね」
そう。私たちはずっとそうしてきた。今更、変えられないし、変えるつもりもない。
多分そんなことをしたら、メイプルも晴樹も心配してくる……メイプルは心を読んできたうえで、あえて流して様子を見てきそう。
「さて、勇者様たちが市街地を回ってくださっている間に、皆様の避難誘導を続けていきますわ」
ジャンヌは言うと、また伝声管を使って街へ避難を呼びかけ始めた。
ルネさんはその隣に控え、何か言われればすぐに動けるようにしている。
彼女がいるなら、大丈夫だと思える。何せ、相手が魔王や魔物の群れでなければ、人間が何人、何十人集まろうが彼女には無意味な戦力だと、知っている。
けれども、魔王すら手駒にしてしまう邪神となると、彼女でも、手も足も出ないと、実際に邪神たちを見て来たから、わかる。
私でもどうにもならないけれども、セイジュさんやココロさん、そしてメイプルが私の事を認めてくれたのだから、あの人たちが信じる私を、私が信じてみようと思う。
気を緩めずに、いつ、何が来ても大丈夫なように見張らないと。
「エルナちゃん、肩に力が入り過ぎてるよー」
そう言って来たのは、シャールだった。
いつの間にか私の隣に立っていて、その背中には、地下室で見たマスケットが装備されている。
彼女は屈託ない笑顔を浮かべて、私の肩を叩いてきた。痛くなく、優しく軽いものだったけれども、それだけで、彼女の実力がわかった。
メイプルの言うように、この人は、セイジュさんやアニス、ダリアのような、上級冒険者並みの実力を有しているようだった。
「ルネさんに、私とエルナちゃんがいるなら、大丈夫だよ」
「はい」
思わず敬語で返事をしてしまったら、シャールがおかしそうに笑った。
「どうしたの急に」
「ごめん、何でもない」
何と言うか、毒が抜けるというか、不思議と惹きつけられるような笑顔に、体から余計な力が抜けていく。本当に、余計な力が入り過ぎていたらしい。
心の中でシャールに感謝していると、ジャンヌが伝声管の蓋を閉じて振り返ってきた。
「案内が終わりました。私たちも地下へ参りましょう」
「わかった」
「りょーかい!」
ルネさんを先頭に、ジャンヌ、シャール、私の順番で地下室へと急いで向かう。
屋敷の中は静まり返っていて、なのに外からは何かしら騒がしい音や声が聞こえてくる。
ついこの前まで平穏だったこの都市に、邪神が来るのか、と言う現実を、改めて突き付けられたようだった。地下への階段を降りていくと、小さな喧噪も聞こえなくなった。
ルネさんが先行する通路は、前に案内された通路とは別のルートへと通じているようだった。
「おじい様が、以前に仰っておりました」
唐突に、ジャンヌが口を開いた。
「もしも、このエリスに未曽有の危機が訪れる時、それは私たち人間にとって、最大の危機なのであると」
人間の危機、まさにその通りだった。
城壁都市エリスの防御能力は、世界でもトップクラス。
人類がどれだけの戦力を揃えようと、策を用いても、決して突破できないとエルフが太鼓判を押す程に、鉄壁の守りを誇る。
プレストル様が、その技術と知識を全て注ぎ込んだこの都市が、もしも危機に陥る時は、まさに人間世界にとって最大の危機となる。
ここに何かあれば、つまりそれは、他の国や都市は耐えきれずにすぐに陥落してしまうという事だから。
「私は、本当に何も知らなかった……おじい様の造ったこの都市なら、そのような危機など訪れないと、思っていた……ですが」
顔は見えないけれど、きっと、唇を噛みしめているんだと想像できた。
「私の目の前で、侵入された。もしも、あの時、勇者様たちがいなければ、酷い事になってしまっていたかもしれない。街を守ることもできず、それ以前に、小さなプライドに拘るばかりで現状把握すらできていなかった」
「アレに反応できたのは、ヴァーヴァリアス様とハルキだからだよ」
「そうだとしても、その後で、あの場で最善の行動をとれたのはメイプルちゃんだった。私は何もできなかった」
懺悔のように、ジャンヌは言葉を紡いでいった。
私はそれ以上何も言えず、彼女の言葉を静かに聞いているだけしかできなかった。
やがて、地下室の最奥へと辿り着いた。
扉をルネさんが開けようとしたところで、ジャンヌが振り返ってきた。
「だから、私はこれから、私の為すべきことを果たします!」
その顔は、悔しさで歪んでも、涙で濡れそぼってもいなかった。
嘘を言っていない。
今、彼女は、自分の言った事を、実行できる。
扉を開けるのを待ってくれていたルネさんが、今度こそ開いた。その口元には、小さな笑みが浮かんでいた。
私たちが入った部屋は、地表のエントランスホールよりも広く、天井も五メートル以上あり、そして部屋の中央に巨大な球体が浮かんでいる、不思議な場所だった。
そこに、プレストル様と、シャルロット王とそのメイドが立っていて、何か作業をしていた。周囲にも、謁見の間で見かけた家臣や衛兵が数名見られた。
プレストル様や王たちが、私たちへと振り向いてきて、ジャンヌが入口近くで立ち止まった。私たちもそれに倣って、少し下がった場所で同じように立ち止まった。
「ジャンヌ・ラ・プレストル。緊急避難警報の放送を終え、参上いたしました」
「うむ、ご苦労だった」
シャルロット王が労いの言葉をかけ、ジャンヌが略式の挨拶を返す。私たちもそれに倣う。
「こちらも丁度準備が終わったところだ。ジャンヌ、お前はシャールらと共に避難所へ赴くのだ。避難した住民たちへの説明と統率を任せたい」
「かしこまりました」
敬礼をしてから、ジャンヌが入ってきた場所とは別の通路へと歩き出した。そちらが避難所へと続いている通路なのだろう。
私たちも後を着いていく。
ふと、プレストル様を見ると、彼は球体の方に目を向けていて、ジャンヌを見ていなかった。ジャンヌも、プレストル様を見ている様子はない。
それでも、二人から悪い気はしていない。むしろ、メイプルとハルキのような、目に見えない信頼感のようなものを感じられた。
「冒険者のエルナ」
唐突に、シャルロット王に呼び止められたので、足を止めて振り返る。ジャンヌたちの足音も止まった。
謁見の時とは違い、厳かな態度のシャルロット王からは、僅かなプレッシャーを感じられた。
「はい、シャルロット王」
「ジャンヌをよろしく頼む」
言いながら、何かを放り投げて来た。
王様らしかぬ行動に驚きながら、体は反射的に手を伸ばしてそれを受け止める。抜群のコントロールで投げられたそれは妙に取りやすかった。
手を開いてみると、銀色の鍵だった。
「私のとっておきの魔道具の一つだ。いざと言うとき、それを握りしめると良いだろう」
とっておき。
エリス様に認められて王となった方の、とっておきの魔道具。
そのような貴重なものを、何故私に託したのか。
今、聞き返している暇はないから、私はただ、頭を下げて、鍵を腰の道具入れにしっかりと仕舞い込んだ。
「呼び止めてすまなかったな。行ってくれ」
「はい」
今度こそ、私たちは避難所への道を早足で進んでいった。
途中で、シャールが顔だけ振り返って来た。
「エルナちゃん、何を渡されたの?」
「鍵」
「鍵かぁ」
言うと興味を失ったように顔を前に戻したけれど、その言葉にどこか、隠しているような色を感じた。
鍵の魔道具と言うことは、魔法で封じられた部屋などを開けるためのものだと思うけれど、シャルロット王は握りしめるようにと仰った。
と言うことは、それで何かしら効果を発揮する魔道具と言うことは確定だけれど、シャールは何かを知っているのだろうか。
「何か知っているの?」
「ううん。もしかしたら、緊急避難用の扉を開く魔道具かなと思ったんだけれど、違うみたいだし」
「そう……」
わからないことは、今は脇に置いておこう。
今、大切なのは、ジャンヌを守り、この街を守る事だから。
「エルナ」
今度はジャンヌから声がかかった。
「もうじき、秋祭りがありますの。無事に終わったら、貴女も参加なさい」
振り返らず、何気ない会話をするように言って、彼女はそれきり、避難所に着くまで口を閉じた。
それは、彼女なりの、私への応援だったのかもしれない。
この時の私は、気づかずに、無事に任務を遂行することだけを考えていた。
「うん」
だから、ありきたりな返答しか、できなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。




