4-1 勇者夫妻と要塞卿 私が知らない勇者
「二十年ほど前の事だ。まだこのエリスが、他の国の首都や大きな街よりも、少しだけ防御能力があるだけだった頃だ。私たちの前に、旅の若い男女が現れた」
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あの頃、この街の付近に新たなダンジョン出現の情報が出たばかりだった。
私と妻、娘は丁度、この街の防御機能の定期点検に訪れていた時であったが、研究者や冒険者たちがいれば、さほど心配はないだろうと考えていた。
だが、ある夜、エリス様が私の夢に現れて仰られた。
あのダンジョンは危険であり、自分たちが長く戦っている邪悪な勢力の送り出した先兵が、今にも魔王とならんとしている、と。
私はすでに、エリス様から邪神の事は伺っていたから、すぐにいざというときの防衛機能の強化に回った。
冒険者ギルドにも、ダンジョンマスターが魔王になっていた時、討伐のために直近で召喚された勇者の依頼を出したが、彼女もその時に暮らしていた国に出現したダンジョンの上級ダンジョンマスターと戦っている最中との事で頼れなかった。
仕方なく、私はエリスの運営を任せた運営陣に事情を説明し、軍を出してもらうように頼んだが、いざという時に街の防衛や住民たちの避難を助けられる軍がいなくなるのは困ると、こちらも出してはもらえなかった。
これは、当時のエリスだけでなく、他の国でも、今でも変わらない話だ。
そもそも、魔王になろうとしているダンジョンマスターは、必ず上級ダンジョンマスターだ。
上級ダンジョンマスターと戦いたいと思うものは、まずいない。
冒険者も元々は、未開・未踏の場所や遺跡、魔物を含めた生態系を調査することが目的の集団。
上級ダンジョンマスターとの戦闘が不可避であるならば、大多数の冒険者が、破格の報奨といざという時の保険を約束されて、初めて判断という名の席に着いてくれる。
私が用意した、冒険者一人当たりの報酬金額と保険を当時の支部長に提示したが、それではほとんど誰もついてこないと苦い顔をされた。
それだけ、魔王になる直前のダンジョンマスターと言う存在は恐ろしい。
運営陣に改めて、いざという時のために、住民たちを皆、近隣の街や国へ避難させた方がいいと進言した。
だが、彼らは私が作ったこのエリスが落ちることはないと言って、聞いてはもらえなかった。
情報不足だったこともあり、説得の材料も不足していたが、運営陣や住民の、街の名になってもいるエリス様という正真正銘の守護神への、そして女神も認めた都市を造ったヴォーバンへの信頼が理由だった。
ならせめて、いざという時には、この街を盾にして住民の避難時間を稼ごうと思い、妻と娘には住民と共に避難するように言ったが、二人はこのエリスに残り、ヴォーバンの責務を果たすと言って聞かなかった。
私は、私たちは、このエリスこそが死地と覚悟し、短時間でできうる限りの強化を施していた。
周囲は、いつもと同じ日常を送っている。
ダンジョンは冒険者ギルドが侵入禁止の触れを出したおかげで、冒険者の犠牲者も出ていなかったが、彼や彼女らからは不満の声が上がっていた。
皆、何も知らなかったのだ。
こういう時、エルフならと密かに期待もしていたのだが、何の連絡も、動きもなく、私はエルフすら手を拱くのかと落胆してしまった。
たった二日程で、上級ダンジョンマスターが魔王になるのは、今日明日か、それとももう今なってしまっているのか、焦りと不安に押し潰されそうになっていた。
そんな時だった。
私たちの前に、見たこともない人種の、若い男女が現れた。
身に着けているものも、見たことがない素材でできた服や靴で、年は恐らく十代前半、どこか遠くの国から来た貴族の子かと思った。
だが、その目や雰囲気からは、死線を一度でも潜り抜けた事がある者、独特のそれを感じられた。
少年と少女はそれぞれ、シカメ・カズマ、マキノ・ヒナコと名乗り、旅をしている夫婦だと言った。
何か危ない気配を振りまきながら、思いつめた表情をしていたらしい私を見かねて、声をかけて来たらしい。
私も最初は見ず知らずの者たちを巻き込む訳にはいかぬと適当な事を言って巻こうとしたが、ヒナコ殿にウソをついていると見破られて、気が付けば二人に、エリスが置かれている状況を話していた。
もしも、少しでも異変を感じたら逃げるように言った私に、二人は、ダンジョンマスターを倒せば、この街は救われるのかと尋ねて来た。
もちろんそうだとも、だがそれができないから、こうして頭を抱えているのだ。私は答えた。
すると、二人は、今同行してもらっている冒険者がいるから、その人と相談して、三人でダンジョンを攻略してくると言ってのけた。
今ダンジョンへの出入りは禁止されている、そして上級冒険者ですら徒党を組んで戦う選択を放棄する魔王化寸前のダンジョンマスターに、たったの三人で挑むなんて無茶や無謀と言う他ない。
それに、その時の私には、二人では下級ダンジョンマスターどころか、そこらへんにいる魔物とすら戦うことは危ういように見えていた。
だが、その後、二人が連れて来た上級冒険者の青年から、自分一人だけなら無理だが、二人なら問題ないと告げられた。
時間がないとのことで、三人はエリスを出て、ダンジョンへと向かってしまった。
私は作業を放り出す訳にもいかず、かと言って放っておいて、下手にダンジョンマスターを刺激するわけにはいかないと、妻と娘にその場を任せて、近くの馬を借りて後を追った。
三人は早馬を超える速度でダンジョンまでの道のりを疾駆しており、三人を視界の中に捉えるだけで馬は精一杯だった。
この時点で三人が、常人、普通の冒険者、軍人や傭兵とも違うことを悟った。
馬を超える速度で長時間、身体強化を維持し続け、さらに疲れも見せないなど、歴戦の猛者はおろか、専用に鍛えている飛脚ですらできないことだからだ。
三人は私が見ている前で、ダンジョン前に立てられた立ち入り禁止の看板を蹴破って突入した。
私はバテた馬に回復薬を飲ませ、三人の後を追ってダンジョンへ入った。これでも若い頃には、ダンジョンに自ら足を踏み入れたこともあったし、戦う術も身に着けていた。
ダンジョンの中は恐ろしい程静かだった。
それもそのはずだった。壁に灯されている灯りが照らす廊下は、ゴーレムたちの残骸や破壊された罠だらけだった。
あまりに光景に、言葉を失いながら、私は三人を追いかけた。
これをやったのか、あの三人が。
思いながら、どれだけ進んだか。
ようやく物音が聞こえて来たと思ったら、そこは最下層だった。
物陰に隠れながら最下層を覗き込んだ私が見たのは、これまでの道のりなど吹き飛ぶような光景だった。
巨大なメタルゴーレム数体と、ダンジョンマスターらしき女を相手に、三人が激しい攻防を繰り広げていた。
上級冒険者の男がメタルゴーレムたちの攻撃を避けながら、声を時々かけ、それに従って二人はダンジョンマスターと互角以上に戦っていた。
いや……圧倒していた。
ダンジョンマスターの女は顔に焦りと恐れを浮かべながら、見たこともない魔法を繰り出していたが、それらは全て、避けられ、時に破壊されていた。
それは、まるでおとぎ話や伝説の一幕のようであり、私は息も忘れてその様子を見ていた。
だが、冒険者の男がメタルゴーレムに一度、押しつぶされそうになった時、ヒナコ殿が使ったシールドの魔法が、見慣れたそれらよりも強い事に驚いた。しかも、冒険者を援護しながら、彼女はダンジョンマスターへの対応はしっかりとしていた。
この時点で私は、二人が勇者なのではないかと確信していた。
私が知らない勇者が、現れていたのだ。
気が付けば、私はただ広い最下層へと足を踏み入れ、メタルゴーレムたちの攻撃をシールド魔法で受け、冒険者を援護していた。
二人は突然飛び込んできた私たちに驚きながらも、冒険者の事を任せろと言った私を信頼して、それからはダンジョンマスターだけを見て相手し始めた。
それまで全力ではなかったらしく、ダンジョンマスターはそれから一分もかからずに沈んだ。
私が見たところ、ダンジョンマスターはすでに魔王になっていた。もう後、一日でも誰か対応する者がいなければ、エリスは二日以内に滅んでいたかもしれない、と戦慄せずにはいられなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
長かったので二分割してます。
後半は午後15時に投稿します。




