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サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者  作者: 胡桃リリス
第七章 サキュバスとエロ漫画野郎と暁の魔法使い
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3 冒険者と城壁の乙女 約束の道の半ば

 夜、目が覚めると、まだ夜も更けて来た頃だった。

 一緒の部屋になったセイジュさんとココロ様、それからエルフィは、ぐっすりと眠っている。

 眠る前に、エルフィがハイ・スリープをかけてくれたおかげで、緊急時でもない限り、熟睡できるようになっていたはずだけれど、私だけ目が覚めてしまった。

 前にも似たようなことがあった。

 あの時は、悪夢で目が覚めたけれど、今回は別段、悪い夢を見ていた訳ではなかった。


 直前まで見ていた夢は、実家に居た頃、両親や友人とも言える子と一緒に居た、あの頃の幸せに満ちた時間だった。

 もうあの頃の私とは違う。

 頭を静かに横に振って、もう一度寝ようとしたけれど、眠ることができなかった。

 仕方ない、と上着を羽織って部屋を出た。


 プレストル様のご厚意によって、場所は限られているけれども、屋敷の中を自由に出歩くことが許されている。

 神ヴァーヴァリアスや、ココロ様、セイジュさんのおかげだ。普通ならこうもいかない。


 月明かりが差し込む廊下を歩き、一階へ降りて、玄関ホールへと足を運んだ。

 ここだけは、薄っすらと魔法灯が灯されていて、赤い絨毯や調度品の類を照らしてその存在感をぼんやりと強めている。


 こうしていると、まるで――――。


 思いに耽そうになったその時、足音が聞こえたので、現実に戻って振り返ると、二階から誰かが降りてくるところだった。

 淡い逆光にぼんやりと浮かんだのは、金色の髪を持つ、私と同い年くらいの女の子の顔だった。


「あら」


 プレストル様の孫娘ジャンヌが、寝間着の上にマントを羽織った姿で、私を見下ろして目を丸くしていた。


 しまった。


 折角、目立たないように、彼女の目に留まらないようにと過ごしていたのに、こんなところで、しかも二人だけで出会うなんて。

 そもそもここは、プレストル様の別邸であり、孫娘である彼女がいつどこに現れてもおかしくないため、もっと用心するべきだった。

 己の迂闊さを恨めしく思いながら、悔やみながら、静かに頭を下げて、上着の襟に顔を埋める様にして中庭へ続く方へ踵を返す。


「お待ちなさい」


 でも、呼び止める声がかかり、止まざるを得なかった。ここでもし無視すれば、何か悪さをしようとしていると疑われても仕方がない。そうなれば、いらない迷惑が皆にかかるかもしれない。いや、皆ならどうにかしてしまえそうだけど、プレストル様にもいらぬ心配をかけてしまう。


 心の理論武装もできないまま立ち止まった私に、彼女は近づいてきた。

 それから、左手にトーチの魔法で灯りを生み出して私の顔を確認すると、彼女は大きなため息を吐いた。


「やっぱり……どこかで見た顔だと思ったら……貴女でしたのね」

「人違いでは?」


 最後の抵抗をしてみたが、


(わたくし)の記憶力の良さをお忘れですの?」


 そう言われてしまってはもう、どうすることもできなかった。

 彼女はまたため息をつくと、着いてこいとトーチの揺れる左手を、食堂へ続く廊下へと向けた。

 食堂へと向かう間、一言も会話はなかった。


 食堂に入ると、彼女は隣の部屋のキッチンへと入り、テキパキとお茶の準備を行った。


「適当に座りなさいな」


 そう言われて近くの席に座ると、彼女は私の前に紅茶の入ったカップを置くと、私の真正面の席に自分の分のカップを置いて座った。


「さぁ、飲みなさいな。何も入れておりませんわ」

「いただきます」


 そう言ってカップを手に取ると、甘く香ばしい香りが鼻腔を通り抜けた。口をつけると、熱く、体の緊張が解けていくような濃く深い渋みと甘さが、舌の上を通って喉を伝って行く。体だけでなく、心も温かくなるような、そんな気分になる。

 さっきまでの緊張が、雪解け水のように流れていくよう。

 相変わらず、美味しくて優しいお茶に、幸せの吐息を吐いた。


「相変わらず、幸せそうに飲みますのね」

「貴女こそ、腕を上げたんじゃない?」

「もちろん。おじい様たちにはいつも太鼓判をいただいておりますわ」


 静かに言って、彼女もカップに口をつけた。


 それからまたしばらく無言の時間が続いて、時々どちらかがお茶を飲むだけになった。

 どれくらい経ったか、ふと、彼女がまた口を開いた。


「話には聞いていましたが、冒険者になっていたのですね」


 さっきまで聞きたくなかった言葉が出て来たけれど、私は素直に頷くことができた。


「うん」

「駆け出しから初級になったばかりの冒険者……に最初は見えましたわ」

「うん、そうだよ」

「素直に信じるとでも?」

「貴女が言ったんでしょ」

「そこで貴女が、はいそうです、と頷いても信じられない、と言う意味です」


 三度目のため息を吐いた彼女は、私の目をまっすぐ見据えて来た。

 意志の強い瞳が、トーチの炎に照らされて、揺らめき、輝いている。


「何故、勇者様たちの旅に、貴女が同行していますの、エ――」

「ハルキとメイプルと、出会ったから」


 そう、あの二人と出会ったから。

 私は、憧れていた世界に飛び込み、遠い世界の物語だとばかり思っていた出来事の当事者となった。


「だから私は、ここにいる」

「訳がわかりませんわ。経緯を教えなさいな」

「嫌」

「なっ。奥様に言いつけますわよ?!」

「好きにすれば」


 言いつけられたからと言って、今更どうにかなるとは思わない。

 私は、自分でこの道を選んだ。

 冒険者になる時も、大食いと戦った時も、リヴァイアサンと戦った時も、邪神と戦うと決意した時も。


 だから、お母様に何を言われても、私はこの道を降りるつもりはない。


「ヴァーヴァリアス様やココロ様たちの仲間だから、奥様が手を(こまね)くと思っていますの?」

「まさか。お母様なら筋を通してしっかり談判してくるだろうから、神ヴァーヴァリアスはその時点で、私たち親子の問題と言うことで不干渉を決められるわね。

 ココロ様も同じ理由で干渉しないようにしてくる。セイジュさんは……」


 セイジュさんは、ご家族と師匠以外だと、頭の上がらない相手だから。


「まぁ、干渉しなくなるでしょうね」

「そうはなるでしょうけれども、もう少しセイジュ様を信用なさってはどうなの?」

「信用してはいても、事実は変わらないから。

 それで、メイプルたちもそこで口を挟めなくなるわね。

 はい、これで私とお母様の一対一の構図の出来上がり。貴女の望むようにね」

「いえ、何も私はそこまで……ではなくて! 貴女、怖くはありませんの?」

「ダンジョンマスターと戦う方がもっと怖いわ」

「だからそう言う話ではないんです! 昔の貴女なら、奥様に逆らうような真似はしなかったはずです!」

「あれ、お母様から私が冒険者になった経緯は聞いてないの?」

「教えてもらえませんでしたわ」


 口を尖らせる彼女は、凛とした淑女ではなく、まだ年相応の、素の彼女の一面をようやく見せてくれた。

 それに少しだけ懐かしさを覚えて、私の発した言葉は思っていたよりも柔らかくなった。


「私、冒険者になるために、師匠となる人のところへ行って、合格したら好きにしていいって言われたの」

「合格したのですのね」

「ええ。セイジュさんたち姉弟子も、同期の子たちも、師匠も、見届け人となってくれたラベル支部長も、皆合格って祝ってくれたわ」

「そ、そうなのですね」


 驚く様子の彼女に頷いた。


「でもお母様は認めてくれなかったら、大喧嘩して出て来たわ」

「何やってるんですの貴女という人はぁ?!」

「ちょっと、声が大きいって」


 流石に今ので皆起きたかな、と思ったけれど、館は静かなままだった。

 もしかして……メイプルが私たちの様子を見ていて、防音の魔法を使ってくれた、のかな。

 口元を抑える彼女も、だれも起き出してこなかったことに安堵した様子で、その手で胸をなでおろしていた。


「本当に何をやっているんですの、貴女は!」

「仕方ないじゃないい。お父様も使用人の皆も、同期の子だって認めてくれたのに、お母様だけ認めてくれなかったんだから」

「あぁ、そういう事だったのですね」


 お母様の様子を思い出したのか、彼女は目を細めた。


「ですが、奥様の事です。貴女の事が心配だったのでは?」

「それもあったかもしれないけれど、ちゃんとヴァール様に誓った上に、誓約書まで作った約束を、貴女には冒険者は無理、似合わないからやめろって言われて誓約書を目の前で灰にされたら、どんなに親心があったとしても、怒らずにいられなくない?」

「あ、そうですわね……貴女の怒りも最もですわね……後、ヴァール様に誓ったのにそれをするとは、神をも恐れぬ所業と言いますか、奥様らしいと言いますか……」


 額を手で押さえ、もう知らんと言外ににじませて、彼女は天井を振り仰いだ。


「引き留める言葉が、もっと本音だったら、本当の気持ちで語ってくれたら……それなら、まだよかったのに……」

「……………………わかっていて、家を飛び出したのでしょう?」


 私の“力”を知っている彼女は、呆れ顔で指摘してきた。


「売り言葉に買い言葉になったのは認めるわ」

「どちらもどちらですわ。全く」


 彼女はそう言うと、立ち上がって私の隣まで来ると、突然抱きしめて来た。避けることはできたけれど、あえて、抱きしめられてみた。


「貴女も苦労しますわね」

「あら、帰ってお母様に謝って来いって言わないの?」

「本音を言うと、貴女がたには仲直りして欲しいですが、それとこれは別です」


 力強く抱きしめてくれる、年下の昔馴染みの友達の言葉は、私の心に深く染み込んだ。その背中に手を回して二、三回優しく叩いて、ありがとうとお礼を言った。


「それで? どうやって勇者様たちのパーティーに入ったんですの?」

「だから、それは教えないって」

「ここまで話したのなら、最後まで話しなさいな」

「予想はついているんでしょ?」

「それが本当かどうかわからないから、聞いているのです」

「はぁ……わかったわ」


 私は、これまでの経緯を簡単に話した。

 ハルキとメイプルとの出会い、タガネル・ダンジョンでのセイジュさんとの再会と激闘、神ヴァーヴァリアスの試練と大食いの二度目の死闘、神ヴァーヴァリアスからセイジュさんと共に勇者の仲間に認められたこと。

 それから、じゃあこれも話しておこうと、ココロ様との再会、ブラックナイトとの共闘、リヴァイアサンとの想像を絶する戦い、そして、エルフィとミレニア、リリィ、皆で力を合わせて邪神の生み出した巨大ダンジョンとの戦いも話した。

 振り返ってみて、この短い間に、とても濃い冒険を繰り広げている事を改めて感じさせる。


 話を聞いている彼女は、目を輝かせ、時にハラハラと心配して、最後には静かに手を胸の上で重ねて、目を瞑り、吐息を静かについていた。


「貴女という人は……本当に仕方のない方ですわね……」


 そう言って、彼女はお茶のお代わりを継いで飲んだ。


「本当に、夢を叶えている道半ばですのね」

「うん。だから、まだ止まる訳にはいかないんだ」

「えぇ。誰も止めませんわ。おじい様なら貴女の事にはすでに気づいているでしょう。きっと、ヴォーバンは貴女の味方になります。もちろん、そうならなくても、私は貴女の味方で在り続けますわ」

「……ありがとう、ジャンヌ」


 素直にお礼を言ったら、


「ようやく名前を呼びましわね」


 ジャンヌが、柔らかく笑った。


「それで、エ――」

「あ、今の私はエルナって名乗ってるの」

「気になっていたのですが、まさかとは思いますが、名前のそれぞれの頭を取っていますの?」

「正解。流石」

「少し考えればわかる事ですわ」


 その少し考える、に至る人は中々いない。多分、メイプルやセイジュさんたちならもうわかってるだろうけれど。


「それで、エルナ。貴女は、このエリスを守ってくれるのですね?」

「うん。私は、私の力の限り、この街を守るよ」

「わかりました。明日、この街を案内しますから、役立ててもらいますわ」

「ええ、よろしく」


 それから少しだけ話をしてから、私たちはそれぞれ部屋に戻った。

 ベッドに入ったら、あっという間に意識が消えて、夢を見た。


(わたくし)、将来はおじい様の後を継いで、皆を守る建築者となりますの!』

『じゃあ、私は冒険者になって、この世界に隠された謎と宝物を探すわ! それから、現れたダンジョンを探索して、ダンジョンマスターを倒して皆を守る! 勇者ご夫妻のように!』

『それも素敵な夢ですわね! お互い夢を叶えるために、努力していきましょう!』

『そうだね! 約束!』

『ええ、約束ですわ!』


 まだ冒険者になるずっと前に、家に来たプレストル様に連れられたジャンヌと、初めて出会い、友達になって、約束を交わした日の夢だった。


 お互い、まだまだ約束の道の半ばだけれど。

 ジャンヌ、貴女なら、きっと叶えられる。

 だから、私も……――――

お読みいただき、ありがとうございます。


メイプル「これも予定の範疇だったのかしらねぇ、光の運命神(ナターシャ)?」

*光の運命神は星海の邪神クッタクァと超絶激戦中なのでメイプルの声は聞こえていても返答する余裕は一切ない状態です。

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