2-5 要塞卿と城壁の乙女 その気持ちもお前の一部だ
風都探偵が良すぎて泣く
日も暮れて来た頃、夕食を終えた勇者一行を、それぞれの部屋へ案内したジャンヌは、セバスティアンの執務室の扉を叩いた。そのすぐ斜め後ろには、ルネが静かに控えている。
入室の許可が下りると、ジャンヌは扉を自らの手で開き、室内へと足を踏み入れた。
敬愛する祖父の執務室は、実家であろうと出向先に用意されている別邸だろうと、とても静かな印象を受ける様相をしている。
部屋はいつも片付いていて、適度に掃除されていることが伺える。それは、セバスティアン本人が、時間のある時に行っているものだと知っている。
棚一杯の本は、古今東西の街や城塞、ダンジョンとその攻略についての資料であり、すべて、特殊な印刷技術によって製造された写本である。同じものが、実家と他の別邸にも置いてあり、必要な時に必要な資料を調べられるからと、セバスティアンが言っていた。
執務机の上には、山のような書類が積み上げられており、それを魔法灯で手元を照らしながら、セバスティアンがサインを行っていた。
だが、ジャンヌが部屋に入ると、手を止めて顔を上げた。魔法灯に薄く照らされた目元と口元が、わずかに綻んでいる。
「お仕事中に失礼いたしました、おじい様」
「いや、ちょうど切りが良いところでな。少し休憩しようと思っていたところだ。ルネ、すまないが茶を入れてくれるか」
穏やかな声でセバスティアンが言うと、ルネは頷き、部屋を出て行った。
それを見送ると、セバスティアンはジャンヌを執務机の前のソファに座らせ、自分も対面のソファに腰を降ろした。
「第一区画の道路の工事費について相談があったが、問題なく終りそうだ」
「それは、ようござました」
「あぁ。それと、南門の整備を今度、お前に任せたい。トワイライトを連れて行くといいだろう」
「秋祭りが、近いですわね」
「そうだな。工事が終わったら、お前たちは秋祭りに参加するといい。何なら、勇者様たちも一緒に」
「秋祭りが、できるでしょうか」
ジャンヌの緊張した声に、セバスティアンは言葉を止め、顔を上げた。
平静を装っている孫娘は、顔色を悪くして、膝上で拳を握りしめ、震えていた。
「初めて知りました。邪悪な神々の事」
「あぁ。神々以外で、この世界で奴らの事を知っているのは、エルフとごく一部の魔族、それから勇者様たちくらいであろう」
「各国の王族も知らないのですか?」
「知らぬであろうな。どのような貴族であろうと、実力者であろうともな」
「エルフが隠しているのですか」
「隠さなければ、奴らに付け入られる可能性があるらしいからな」
絶句するジャンヌを、セバスティアンはずっと変わらない、落ち着いた態度で見ていた。
その時、扉が開いて、ティーセットを運んできたルネが戻ってきた。
彼女は手際よく準備を行うと、二人の前にティーカップを置いて、ジャンヌのすぐ斜め後ろに下がった。
「おじい様。破壊神様も、ココロ様もお強いのはわかります。ですが……あの、メイプル……様たちは、大丈夫なのでしょうか」
メイプルと言いかけた所を、どうにか取り繕った孫娘に、セバスティアンは苦笑しながら頷いた。
「少なくとも、私が知る限りでは、問題ないだろう」
「どうしてそう言い切られるのですか? エリス様のご友人との事ですが、サキュバスですし、それにまだ子どもです」
「これこれジャンヌ。見た目に引きずられてしまって、メイプル殿に揶揄われたばかりであろう?」
「それは」
呻くジャンヌを他所に、セバスティアンはカップを手に取り、茶を口に含んだ。
「うむ、良い。また腕を上げたな、ルネ」
ルネは口での返答はせずに、胸に手を当てて深く頭を下げるだけで応えた。
「ジャンヌ」
「はい」
「明日……メイプル殿たちに、街を案内してさしあげなさい」
「その前に、邪神が来るやも」
「問題ない。少なくとも、今は問題ない」
そう言って、明後日の方角を見る祖父を、ジャンヌは訝しんだ。
「どうしてそう言えるのですか?」
「ヴァーヴァリアス様と、メイプル殿が動いていないからだ。もし何かあれば、メイプル殿が何かしら知らせてくれるだろうからな」
「おじい様は、あのお方を随分と信頼していらっしゃるのね」
「ふふっ、そうだな。私も不思議なのだが、彼女の事は不思議と信じてみたくなったのだ。何せ、ヴァーヴァリアス様と、まるで普通の友人のように話していたからな」
「それはそうですが」
「どうしたジャンヌ。私とトワイライトがメイプル殿と仲良く話しているのが、あまり面白くなかったか?」
「おじい様、はしたないですわ! おばあ様に言いつけます!」
ジャンヌは、カッと顔を赤らめて声を荒げたが、すぐに咳払いをして、体を小さくした。
「申し訳ありませんおじい様」
「あー、いや、うむ、私も揶揄いすぎた。そうだな。お前の言う通り、はしたなかったな。すまなかった。だからジャンヌに言うのはやめてほしい」
「おじい様、頭をお上げになって!」
頭を下げる祖父の体をあわててあげさせ、ジャンヌはため息をついた。その後ろでルネは、顔色一つ変えずにたたずんでいた。
「わかりました。わかりましたから! ジャンヌおばあ様には告げ口しませんから」
「助かる」
「ですが……おじい様の言う通り、私は、メイプル様に嫉妬していました」
カップに口をつけ、ほぅと息を吐いたジャンヌの表情は、先ほどよりも少し、良くなっていた。憑き物もついでに、少しだけ落ちたようでもあった。
「私もまだまだですわね」
「それだけ、私やトワイライトの事を愛してくれているということだ」
「もう、また揶揄って」
「普段、自分の心の内を明かしてくれないお前が、こうして素直に吐露してくれていることを、私は喜んでいるのだよ。
そうだな。私もお前と同じ時分には嫉妬など、数えきれないほど覚えた。今だって、胸にもやもやとしたものを感じる時もある」
「おじい様が?」
「そうだ。私もまだ未熟なのだ。だからジャンヌよ、私の可愛い孫よ。その気持ちもお前の一部だ。それに囚われず、そして操られることなく、何を為すべきか、何が正しいことなのか。そういったことを考えて、進んでいくのが、良いやもしれんな」
祖父の言葉に、ジャンヌはしばらく耳を傾けていたが、自分の中でも整理がついたのか、静かに頷き返した。
「さぁ、明日はメイプル殿たちにエリスを案内してさしあげるのだ。それが、この街の未来を、世界の明日を守ることに繋がる」
「わかりました」
「あぁ、頼んだぞ」
席を立ちあがったジャンヌがルネを連れてドアを開けた時、ふと、セバスティアンは思い出しように引き留めた。
「あぁそうだ。もしも、気になる方がいても、手柔らかにな」
「…………わかりましたわ」
少し不服そうな返答の後に、ジャンヌはルネと共に部屋を後にした。
閉じた扉を見ながら、セバスティアンは苦笑を浮かべ、冷たくなってしまった茶の入ったカップを飲み干した。
「まぁ、何か大きな事にはならないとは思いますが……その時は、お願いできますかな、メイプル殿」
天井へ、そうつぶやくと、執務机に戻り、仕事へと戻った。
お読みいただき、ありがとうございます。
もう一度言わせてください……風都探偵が良すぎて泣く
エターナルとアクセルの外伝もやってくれててさらに泣く
と言うか照井さん、所長の前だとメッチャ素直になってるの本当に良き……良き……




