1-5 サエぼとクッコロさん 礼儀作法の訓練を行う!
第二区画の王室へ一番近い場所に、ヴォーバン一族がエリス滞在時に使用する屋敷はあった。
エル・ブロッサム城という、この世界で最高クラスの住居を見たことがあったため、驚くことはなかったが、多分、普通に日本で暮らしていたら滅多にお目にかかれないような豪邸だった。
エルフィなんて目を丸くして屋敷を見上げている。今度、機会があれば、セイジュさんに頼んでエル・ブロッサム城を見せてあげよう。
そうしていると、先に降りていたジャンヌさんが執事さんに何かを言いつけて、俺たちを屋敷の中に招いた。
執事さんが見るからに硬くて重そうな扉を、苦も無く開け開き、脇に逸れる。
目に入ってくるのは、真っ赤な絨毯が敷かれただだっ広いエントランスホール。
そして、背筋をしゃんと伸ばして立つ、壮年の偉丈夫だった。
天井の魔灯の明りで輝く白髪と、その下の垂れ気味の目、そして顔つきと体中から放たれる見えない圧のようなものが、この偉丈夫が自ら道を切り開き、困難に打ち勝ってきた事を感じさせた。
「おじい様!」
ジャンヌさんが驚きながらも偉丈夫に近づき、嬉しそうにその巨躯を見上げた。
おじい様と呼ばれた老人はジャンヌさんに微笑みかけるが、すぐに俺たちへ顔を向け直し、一礼してきた。
「突然の招待に応じていただき、誠に感謝いたします。
破壊神ヴァーヴァリアス様、勇者ココロ様、セイジュ様、そしてそのご同行者の方々。
セバスティアン・ル・プレストル。光の運命神様の神託に従い、貴方がたをお迎えいたします」
この人が……要塞建築の天才、ヴォーバンか。
見た目は、当たり前と言うか、まぁ地球のセバスティアン・ル・プレストルとは別人だった。
つまり、プレストルさんはこの世界の、同姓同名で、似たような立ち位置にいる全くの別人と言う事か。
と、プレストルさんのその視線が、本当に一瞬だけ、エルナの方を向いた気がした。索敵やこっそり使っている聖域魔法に反応はないし、危険な感じもなかったし、本当に気のせいか?
「うむ、久しいなヴォーバン」
リアさんが微かに笑みを浮かべる。既知の仲のようだ。プレストルさんも特に緊張した様子はない。
ジャンヌさんと言い、この一族、強い……精神が!(俺やメイプルはともかくとして、旅の破壊神という存在は畏怖の対象であるため)
「しかし、光の運命神の神託か。我々も、このエリスで、お主とその一族に会ってほしいという神託を受けて参った」
「左様でございましたか」
プレストルさんは目を少しだけ伏せ、それから笑みを浮かべて俺たちを奥へと案内し始めた。
屋敷の中の調度品も、素人目でも超高級品なんだろうな、と思うものばかりであったが、エル・ブロッサム城のように、何と言うか、数も少なく、適度に飾ってある、と言う感じだった。
あまりじろじろ見るのは悪いので、目だけを動かして見ていたのだが、ふと、誰かの視線を感じて、そちらへ視線を向ける。
プレストルさんが俺を見ていた。悪い気配などはない。だが、何か見られるような事でも……あ、俺の顔か。
考えているうちにプレストルさんも顔を前に戻したし、そういうことだろう。
それから俺たちが通されたのは、広い応接間だった。
こちらも、調度品は少なく、客が寛ぎやすい空間を作りだしていた。
「旅でお疲れでしょう。こちらでお寛ぎ下さい」
「お心遣い感謝いたします。しかし、これだけの人数ですが、よろしいのですか?」
「問題ありません。神託で人数は予め把握できておりましたので」
ナターシャさん、ナイスです。
それから、プレストルさんとジャンヌさんが部屋を出て行き、俺たちはソファに座ったり、室内の調度品を見て回ったりと、各々寛いでいた。
俺とメイプルは部屋の隅っこに移動し、日本語による小声で情報交換を行う。
「メイプル、俺の方は問題ないように思うんだが、お前はどうだ?」
「私も同意見よ。ただ、個人的に気になることがあってね」
メイプルが明後日の方角を見つめた。そちらに、気になるものがあるんだろう。
「何かヤバいもんでもあんのか?」
「ヤバいと言えばヤバいけど、大丈夫よ。それよりも、こうにも早く簡単に見つかるなんてね」
「ん?」
「見てのお楽しみよ。まったく、ナターシャもサプライズが好きなのかしらね」
嬉しそうにそう言うメイプル。
よくわからんが、彼女の気に入る何かがこの屋敷にはあるらしい。
流石はヴォーバン。王城の近くで、見るからに普通の貴族よりも位が高そうだし、建築に役立ちそうな物品が、色々と揃っているに違いない。もしくは、戦術兵器の類かもしれんが……俺たちの世界のヴォーバンは、戦術家としても活躍してたらしいからな。
適当に話を切り上げてソファに座ろうとして、先に座っていたエルフィがカチンコチンに固まっている事に気が付いた。
「どうした?」
「い、いや、その……こういうとこ、初めてで……緊張しちゃって」
あー、そっか。
この子、ついこの前まで地球で普通に高校生やってたんだもんな。
そりゃ緊張するか……俺もちょっと前にエル・ブロッサム城で似た感じになってたし!
「晴樹さんは平気なんですか?」
「ん? あぁ、まぁ変な事とか、物壊すとかしなきゃ、大丈夫かなって」
「それは当たり前のことでは……?」
「案ずるな」
気後れするエルフィに助け船を出したのは、向かいのソファでエルナとブロードの間に座って、メイドさんが持ってきたお茶を優雅に啜ったリアさんだった。
「あの男は多少の礼儀作法ができていないくらいの事で眉を潜めるような奴ではない。お主たちがそう言った事に明るくない事など、すぐに察しておる」
「あ、そうなんですね」
「晴樹さん、納得しちゃうんですか……?」
「ここに来るまでに一回、見られてたからな」
あれはもしかしたら、立ち居振る舞いを見られていたのかもしれない。だが、別に嫌がられていたりする様子はなかったので、必要以上に気にしていなかった。
「うぅ、これならテーブルマナーの授業くらい、受けときゃよかった……!」
「礼儀作法くらいならば、ここに居る者たちから教わればよいではないか」
「え?」
エルフィがあたりを見回すと、全員の視線が彼女に集中していた。
「えと……いいんですか?」
「まぁ、普通なら時間がないという理由でそのまま通させるが、折角メイプルの魔法があるのだしなぁ」
「そ、それだぁ!」
エルフィが起死回生の一手を見つけたと喜ぶが、一応な、突然大声を出さないっていうのも立派なマナーだと思うぞ?
今、俺とメイプルが盗聴防止の防音魔法使ってるからいいが、そうでなかったら、下手したらメイドさんか守衛さんみたいな人が乗り込んでくるからな?
「じゃあ、えと、誰から教わればいいですか?」
そう言ってエルフィはセイジュさんを見た。
うん、ナイスチョイス。
セイジュさんは第二王女だし適任だと思う。
「セイジュさんって、上位冒険者なんですよね?」
「あぁ、そうだな。騎士も兼業している」
「騎士ッ?!」
ガチの姫騎士じゃんって最後にぼそっとエルフィがつぶやくと、案の定、セイジュさんが少し眉を潜めていた。
「まぁ、それらしいことはほとんどしていないがな。それで、私から教わりたいと?」
「できれば、教えて欲しいです!」
「ふむ、構わんが……そうだな、ではハルキ君も来たまえ」
「あ、はい」
まぁ、エルフィがやるなら俺もやることになるよな。
そして、メイプルの催眠魔法により、セイジュさん、エルナ、ブロード、エルフィ、俺は邯鄲の夢システムで作りだされた疑似ヴォーバン邸の客室で礼儀作法の特訓を開始した。
「ねぇ、何でエルナちゃんとブロード君も来てるの?」
「私がサポートで呼んだんだ」
「じゃあブロード君は?」
「ボクも礼儀作法を身に着けたいなと思って」
目をキラキラさせて気概を見せるブロードに、エルフィが「おぉ」と感動していた。
ちなみに、オルバインに滞在した数日のうちに、ブロードが男である事をエルフィが知ったので、それからはブロードちゃんからブロード君に言い方が変わっている。
ついでに、リアル男の娘だぁと目を輝かせて言っていたので、それを本人の前で絶対に言うなと忠告しておいた。またブロードの目からハイライトが消えるからな……。
「よし、ではこれより、礼儀作法の訓練を行う!」
何で礼儀作法なのに軍隊の訓練みたいな始め方してんの、セイジュさん。
しかし、気合の入ったセイジュさんの指導とエルナの的確なサポートもあったおかげか、夢の世界で半日が経過した頃には、合格点をもらって現実世界へ帰還できた。
ちなみに、最初にマナーを取得できたのは、エルフィで、その次に俺とブロードだった。
恐るべし、エルフ少女。
お読みいただき、ありがとうございます。
エルフィ「セイジュさんって貴族なんですか?」
セイジュ「騎士だな」
晴樹「一代限りの貴族だな」
ブロード「功績を残すと男爵になれるらしいです。そうなれば爵位を世襲できます」
エルフィ「そうなんや~。ドレスアーマーやから、本物の姫騎士やと思っとったわぁ」
セイジュ「そ、そうか(目逸らし」
晴樹「姫騎士(ぼそっ」
セイジュ「何か言ったかな?」
晴樹「言っておりませんマムッ!」
エルフィ・ブロード「(仲いいなぁ……」




