1-4 サエぼと妖精剣士たち お待ちしておりました
馬車の速度に合わせての移動は、普段に比べれば、随分とのんびりしていた。
「おっ、見えてきた、見えてきた!」
ナンナの明るい声のすぐ後、地平線の向こうから城壁が姿を現した。ここからでは大きな一つの青白い壁にしか見えないが、城壁都市と言われるくらいだ。これまで見てきた都市の城壁とは何かが違うに違いない。
そんな期待をしながら、昼過ぎの空を見上げる。
馬車の速度に合わせての強歩は、普段の移動と比べると非常にゆったりと感じる。何というか、まったりと景色を眺めたり、警戒しながら歩くというだけの事が、とても新鮮に感じられた。
「日没までには着きそうだな」
「最後まで気を引き締めないと」
アナとディーが頷き合っている。
フリージアたちは俺たちと一緒に行くことになっても、警戒を一切怠っていない。
こちらに頼り切りになるのではない姿勢に、感心するのと同時に、この子たちと同じ時分はどうだったかな、とまぶしく思えた。
一応、俺とメイプルで索敵は続けており、脅威になりそうなものがあれば適宜対応する姿勢だが……今のところ、賊も強そうな魔物もいない。平和そのものだ。
ちなみに、リアさんは神のオーラが出ているので、敵対者は誰も近づいて来ない。もし近づいて来るならそいつは百パーセント、星海の邪神なのでヴェスタ・フレイムで迎撃する準備は整っているが、フリージアたちが知る由もないことだ。
「へぇ、そんなダンジョンもあるんだ」
「うん。少し前に潜って、ダンジョンマスターが残して行った宝物を回収した」
「そうなんだ? ところでダンジョンマスターはどうしたの?」
「逃げ出したって聞いてる」
エルフィとフリージアはもうすっかり仲良しだな。
見ず知らずのダンジョンマスターが危ない目に遭った話を聞いて、エルフィはどこか目が泳いでいたが、もしかしたら同じような目に……と考えたんだろうか。
「ちなみに、その、フリージアたちはダンジョンマスターを倒したことはあるの?」
「下級と中級ならある。それ以外はすぐに逃げ帰ったり、他のパーティーと一緒に共闘して倒してきた」
「へ、へぇ……すごいねぇ……」
エルフィ、顔引きつってるぞ。
もうお前は俺たちのパーティーだから大丈夫だぞ。元ダンジョンマスターだからって攻撃されるようなこともないぞ。
あったら俺たちが絶対に許さないし、もっとヤベェ怒りを露わにする破壊神がいるから絶対に大丈夫だぞー。
「エルフィは冒険者登録しているの?」
「ううん、してないよ」
「しないの?」
「うーん、前はしてみようかなと思ってた時期もあったけど、今はいいかなぁって」
「そうなんだ。エルフィからは強い魔力を感じるから、冒険者の魔法使いになったら、凄い使い手になる。きっと引く手数多」
「あはは、今は皆との旅が楽しいからねぇ」
そう言ってエルフィは冒険者になる道を全力回避した。
俺たちも一度聞いたが、エルフィなりにやりたいことが見つかったので、俺やメイプル同様、冒険者にはならないらしい。
「残念。エルフの魔法使いはとても強力だから」
「ごめんね~」
ちなみに、フリージア。
エルフィは、滅茶苦茶強い魔法使いだぞ……?
「あ、でも、魔法についてなら少し教えられるかも」
「それなら、ディーに教えてあげて欲しい」
「よし来た! お姉さんに任せなさい!」
うんうん、ちゃんと話も纏まっていい感じだな。
だからナンナ、振り返って、エルフィ何歳だろって顔すんのやめれ。
あの子、生まれてまだ一か月も経ってないから。地球でも女子高生らしかったから、お前らと同年代だぞ?
「フリージア、エルフィさんたちの予定もあるし、無理言っちゃだめだよ」
ディーがフリージアを窘め、エルフィに頭を下げた。
「ですが、もしも時間をほんの少しでも頂けるのであれば、教えて欲しいです」
「じゃあ、今ここで軽くレクチャーしようか?」
そう言って、エルフィがアース・ショットを六つ作りだしてお手玉し始めた。強歩で進みながら。
それを見たディーだけでなく、ナンナ、アナが絶句し、フリージアが無表情だが、口を少しだけ開けて「お~」と言いながらぱちぱちと拍手していた。
「アース・ショットを維持し続けられるんですか……?」
「うん。やったら簡単だから」
悪意の全くない笑顔のエルフィに、ディーが顔をひきつらせた。
がんばれディー。
コツは、アース・ショットがこの星から力を借りていることを意識することだぞ!
そんな愉快な道中もあっという間に過ぎて、夕日が沈み始める頃、俺たちは緩やかな小高い丘の上に聳えるエリスへと到着した。
「おぉっ!」
城壁を見上げて思わず声が出てしまう。
エル・ブロッサム王都の城壁と同じような造りと高さなのだが、実はそれが、二重、三重と内側に続いていた。
ある程度、街に近づいた時にそれに気が付いて、前に物の本で読んだ海外の星形要塞の航空写真を思い出したものだ。
また、城壁に掛けられている強化魔法や、城壁表面に施された対物理・魔法コーティングもこれまで見てきたものよりも強力だと、メイプルがこっそりと教えてくれた。
そして、街を囲む広幅の堀は川になっており、探知からは水棲の魔物の反応がいくつもあった。普通に入ったらひとたまりもない。
高く頑丈で対物理・対魔法に優れ、更に攻城側を隙無く迎撃できる城壁と、魔物を住まわせた幅広い堀に囲まれたこの城塞を、金城湯池と言わずには居られない。
「地球だと……形は再現できてもってところね……魔法による運用を最初から想定してる要塞として、完成されているわ」
メイプルが「噂に違わぬ凄さね」と驚きを隠そうともしなかったことから、何もわからない俺が考えているよりも、ずっと凄いものなのだとわかった。
やっぱり、これを造ったのは……。
“入国”手続きが終わり、俺たちは堀に掛けられた跳ね橋を渡って、城壁の中へと入っていった。
城壁内の街は、他の都市と大きく違うところはない。ただし、エリスの街は綺麗に整備がされており、建物同士が寄り集まってできる路地裏、というものがほぼ存在しない造りとなっている、とセイジュさんが教えてくれた。
また、入口の城門を抜けてすぐに、遠くに聳え立つ二枚目の城壁が目に入った。
このエリスという街は、三つの城壁と三つの丘によって、三段階の区画に分けられている。
一段目がいわゆる一般市民用の街、二段目が貴族や軍事施設などが置かれた特区、そして三段目が王城とそれに関わる重要施設のあるターミナルとなっているらしい。
ちなみに、冒険者ギルドが置かれているのは、今俺たちがいる一段目の街だ。
フリージアたちは、商隊を街まで護衛することが任務だったので、城壁を潜り抜ければ、それで依頼終了らしい。
そして、ナンナが商隊のリーダーから契約完了のサインをもらい、依頼完了。
去り行く商隊へ手を振った後、フリージアたちが俺たちへ振り返り、別れの挨拶をしてきた。
「ここまでありがとう」
「じゃ、私たちは冒険者ギルドにいるから、いつでも声をかけてね!」
「あぁ、また会おう」
「エルフィさん、色々とありがとうございました」
「いいっていいって。私も皆から楽しいお話しが聞けたし」
「ココロ様、次にお会いした時に、手合せなどしたく」
「構いませんよ」
思い思いに別れを告げ、フリージアたちは冒険者ギルドがある通りへと去って行った。
残された俺たちも、適度に見送った後に踵を返す。セイジュさんが目的地まで案内してくれると言ってくれているので安心していいだろう。
それよりも、これから会う人物が、俺とメイプルの想像通りの人物なのか、と考えてワクワクしながら歩き出そうとした時だった。
俺たちの数メートル先に、少女と、執事らしき女性が立っていた。
十代中頃に見える少女は、淡い緑の、少し大人しい色合いだが、質の良さが伺えるドレスを着ており、その佇まいも凛としていて隙がない。
執事の方も、少女の斜め後ろに立ちながらも、何時でも動けるように薄い魔力が全身を覆っている。身体強化は使っていないようだが、いざとなればすぐに使用できるだろう。ただ、雰囲気は穏やかであり、極力自分の気配を消していた。
少女は俺たちが立ち止まり、注目したところで、ドレスの裾を摘まんで優雅に一礼してきた。
「突然、失礼いたします。破壊神ヴァーヴァリアス様、勇者ココロ様、セイジュ様、並びにそのご同行者様。お待ちしておりました」
上品な、良く通る美しい声が耳朶を打った。
とてもしっかりした子だ。リアさんを前にしても、とても堂々としている。
見るからに貴族なんだが、一体……と考えていたら、ココロが少女に話しかけた。
「ジャンヌさん、どうしてこちらに」
ジャンヌって……いや、違うか。流石に、そう言う展開であれば、今回のナターシャさんであれば何か言ってくれているだろう。
さて、ジャンヌと呼ばれた少女は頷き、少し離れた場所に止めてある二台の馬車を手で示した。
「屋敷に着いてからお話しいたします。ですが、敢えて言葉にするのであれば、光の導きを受けたのです」
光の導き……まさかというか、絶対にナターシャさんのことだな。ジャンヌさんも、ナターシャさんから神託を受けていたってことで間違いないだろう。
つまり、それだけナターシャさんは俺たちと先方に会ってほしいということか。
「わかりました」
ココロも納得したらしく、セイジュさんとリアさんへ振り返り、それからジャンヌさんと執事さんの後を着いて行く。
俺たちもその後を追いながら、ちらと、周囲の様子を伺う。
見られてるな……で、噂話は……っと耳を澄ませると、ジャンヌとココロが出会っていること、リアさんが来ていることに驚いていることなどが話題の中心となっていた。
まぁそりゃそうだな。
特にそれ以外、変わったことはなさそうだった。
そして、ジャンヌさん、執事、ココロ、リアさん、セイジュさんの組わせと、俺、メイプル、エルナ、ブロード、エルフィの組み合わせでそえぞれ馬車に乗ることになった。
乗り心地が凄く良い馬車に揺られ、過ぎゆく街並みを眺めるメイプルに、一応確認のために聞いてみた。
「なぁ、あのジャンヌって子はまさか……」
「そのまさかじゃない? どうかしら、エルナ」
「えぇ、二人の予想通りよ」
あ、やっぱりそうか。
「え、何が?」
窓の外の景色を現実逃避気味に眺めながら、突然の展開に驚いていたエルフィの問いに、エルナが答えた。
「ジャンヌ・ラ・プレストル。
要塞建築の名手、城壁の魔法使いヴォーバン一族の子よ」
お読みいただき、ありがとうございます。




