1-1 サキュバスとエロ漫画野郎と運命神 来たか
第七章本編スタートです。
オルバインを出立する直前の夜中。
俺はいつものようにナターシャさんと夢を介した不思議空間で話をしていた、のだが。
「――つまり、晴樹はもうちょっと『七大罪』の力を使ってもいい気がするのよ」
「あまりお勧めはできませんが、使った方がいい時に使う分には、私たちも何も言いません」
頬を当ててそう言ってくれるナターシャさんに「わかってるわねぇ」と喋りかける、パーカーとジーンズにスニーカーという超ラフな現代スタイルの日本人女性と、その隣で二人を交互に見て、それから俺を見て、あわあわしているメイプルの姿があった。
いや、ここではあえて言おう。
普段のメイプルをしている日本人女性・香乃由葉と、彼女の妹分である“本来の”メイプルである。
「ちょっと待ってくれ」
「何?」
「途中からしれっと話に混ざってきたけどさ、何で由葉さんとメイプルがここに居んだよ?!」
そう、本来、ここに来れるのは俺だけで、メイプルたちはいつも別の空間に移動させられて、そこで俺の記憶からアニメやら特撮やらを観賞しているはずなのだ。
なのに、今日は、よりにもよって由葉さんとメイプルと、しっかり分離した状態でこの空間に来ている。
由葉さんは何言ってんだこいつと言う表情で、
「何言ってんのアンタ」
口に出してわざわざ言いやがった。
若干メンチを切るような形で睨む俺と余裕たっぷりの笑みで受け流す由葉さんに割って入ったのは、ナターシャさんの穏やかな声だった。
「私がお呼びしました」
「え?」
驚く俺を他所に、由葉さんは勝ち誇ったように腕を組んで胸を張った。一々腹立つなこの人。ほら、メイプル困ってるだろ。
「えと、何でですか?」
「由葉さんが、もう話に参加してもいいでしょ、と仰られたので」
「毎回アンタの口から聞くより、こうして一緒に聞いた方が何かと便利でしょ? もう隠す必要もないんだし」
確かに、由葉さんとメイプルはリヴァイアサンとの戦いの時に、ナターシャさんと出会い、俺との関係性も聞いているらしい。
それなら由葉さんの言う通り、一緒に聞いてもらった方が、こちらとしても楽だし、作戦やら何やら立てやすい。
わかったので由葉さん、ドヤ顔やめてください。
「それで、次はどこへ向かえばいいのかしら?」
「はい。皆様には次に、城壁都市エリスへと向かってもらいたいのです」
「「城壁都市?」」
「その名の通り、城壁で囲まれた街よ。都市一つで、小さな国を形成しているわ」
俺とメイプルが首を傾げると、由葉さんが解説してくれた。
なるほど、大昔のギリシャの都市国家みたいなのを想像したらいいのか。
「それでいいわ。話を聞く限りは、キ○の旅に出て来る国、みたいな感じね」
「OK、把握」
これまでで一番わかりやすかった。
「わかった」
メイプルもそれで納得したらしい。あれ、もしかして由葉さんから知識もらってる?
「そう言えば、エリスってどこかで聞いたことがあるような」
「あぁ、ちょっと前までリアが居たって話かしら」
「それだ」
リアさんの騒動があった時に、エルナが言った単語が、頭の片隅に残っていたらしい。
「ヴァーヴァリアスは確かに彼の地で観光をしようとしていました」
「え、してなかったんですか?」
「その時、星海の邪神たちが現れたので、観光を取りやめて撃退に向かい、終わった後はそのままエル・ブロッサム王都に向かいました」
なるほど、そんなことがあったのか。
俺たちへの修練の前に、ちょっと観光しようとしていたところを、アイツらに邪魔されたのか。
リアさん、エリス、楽しみましょうね。
「ヴァーヴァリアスもエリスには何度も観光に向かっているので、晴樹さんがそう気遣うようなこともないのですが……」
まぁ、それはそれ、これはこれだ。
それに、俺も城壁都市と聞いて少し興味が湧いている。
これまでにも高く頑強な城壁たちを見てきた。
城壁都市と言うからには、これまでに見たこともない凄い城壁が見られるかもしれない。
興奮を抑え、俺はナターシャさんに話の続きをお願いした。
「それで、俺たちはエリスで何をすればいいんでしょうか?」
「はい、皆様にはそこで、会っていただきたい人物がいます」
ナターシャさんの穏やかな顔に、俺だけでなく、由葉さんとメイプルの視線が向かったのがわかった。
今回は、行動の指標と目標の名前を教えてくれるみたいだ。
そして、固唾を飲んで見守る俺たちにナターシャさんは、教えてくれた。
「要塞建築の名手である、キャスター・ヴォーバン。彼とその一族です」
その答えに、俺、そして由葉さんが固まった。
要塞建築……ヴォーバン……。
嘘……だろ?
☆
「おじい様―!」
星を見ていた壮年の老人が、孫娘の呼ぶ声に振り返る。
年は六十を過ぎているだろうか。しかし、その背筋はしっかりと伸びており、衣服に包まれた体は鍛えられているようで、軸のブレが全くない。後ろ手に組んだ手は分厚く、ごつごつとしている。
金が少し混じった白髪が月と星明りに照らされ輝いているが、その下の垂れ目だが鋭い光を湛えた青の双眼の輝きが一瞬勝った。
表情は厳かで、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた者独特の雰囲気があったが、彼を纏う全体的な空気はどこか穏やかだった。
そして、それは孫娘の姿を見ると、途端にはっきりと表面化し、しっかりとした態度に、孫娘への無償の愛が混じった。
「おぉ、このような時間にどうかしたのかな?」
「おじい様、実は先ほど、神託を受けました」
「何?」
目を細め、孫娘を椅子へ座らせ、自身も対面の椅子へと座り、彼女に話の続きを促した。
「いつものようにお祈りをして眠りについた後、気が付いたら、光り輝く世界にいて、目の前に言葉にできないくらいに美しい女神様がいらしたの」
「女神……」
孫娘が信仰しているのは、光の運命神とブリギッド様だったか、と老人は考え、孫娘にそのお方はどなただったのかな、と問うた。
「光の運命神様だったわ! 黄金よりも輝く美しい金色の髪と、大空よりも澄んだ青色の瞳をして、優しく私に微笑みかけてくださったの!」
夢を思い出したのだろう、孫娘が頬を紅潮させて、小声ではしゃいでいる。
老人は「そうか」とつぶやくと、額に右人差し指と中指を当てて目を閉じる。
恐らく、彼女の夢に現れた女神様は本物である。
女神を騙る邪悪な存在はいるが、自分が設計したこの城壁都市と、そこに住まう者の心身へ手を出すことはできないと自負している。魔王ですら、感嘆にはこの城壁都市を傷つけ、侵入することは難しい。
もしもそれを突破できる者がいるとすれば、魔王ドリューシャを超える力を持つ超上級魔王か、それこそ神でしかありえない。
今、魔王出現の情報は一切出ていない。
ならば、孫娘の夢に現れたのは、光の運命神そのお方である。
時間にして一秒にも満たない思考の後、老人は目を開けて、孫娘へ微笑んだ。
「きっと、そのお方は光の運命神であろう」
「やっぱり!」
「それで、光の運命神様は何をお前にお告げなさったのだ?」
孫娘は胸に両手を当てて深呼吸をすると、興奮をどうにか抑えたように、息を荒くしたまま、厳かに口を開いた。
「これから、この街に勇者様たちがいらっしゃるから、おじい様や私たちは、会って頂きたい、って」
「…………そうか」
老人は身を乗り出して孫娘の頭を撫でてやる。
孫娘ははにかみ、どこかくすぐったそうにそれを受け入れている。
老人は、孫娘を部屋に帰してから、再び窓の外を見上げた。
輝く星の海と、底に浮かぶ月が、老人を見守っている。
「ついに、この時が、来たか……」
老人は静かにつぶやくと、踵を返して、部屋を出て行った。
お読みいただき、ありがとうございます。
ついに彼と彼女を出すことができました……!




