PR ハーフサキュバスと八坂の風来坊 仲間が出来た
第七章、開始です!
どうしてこうなった。
オルシャーガの丘の上にある、緑の屋根の邸宅の客室で、アニスの意識は窓の外に見える海を越えて、どこか遠い場所に向けられていた。
「レイグリッドさん、如何されましたか?」
目の前に座る好青年ブレン・フィッシャーが気遣うように声をかけてきて、その隣に座る彼の妹であるマリア・フィッシャーが首を傾げている。
「何でもないわ」
人の良さそうな笑みを浮かべるブレンに、アニスは小さく頷いた。
実際、彼も妹も、本当に人が良いということを、アニスはサキュバスとして、冒険者として、そして自分の感覚で理解していた。
三人が囲む丸テーブルの上には人数分のお茶の入ったティーカップと茶請けのクッキーが置いてある。お茶はブレンが淹れ、クッキーはマリアが作ったものらしいが、どちらもとても美味だったし、傍から見ればお茶会をしているように見えるが、アニスの内心はそれどことではなかった。悠長にお茶をしている時間はないのだ。
数時間前、ようやくアニスはこのオルシャーガに辿りついた。
それまでの道のりは決して順調ではなかった。
オルライトでエルナたちを探し、その途中で出会ったシドーと名乗る旅装束の青年と、彼に守られるようにしていた訳ありそうな幼い令嬢を、令嬢が身を寄せる貴族の下へ成り行きで送り届けたところまではよかった。
しかし、その貴族の下へと訳のわからない理由で武力行使してきた貴族を返り討ちにし、その時にシドーが噂の義賊ブラックナイトであることを知って、共に悪徳貴族を成敗したり、シドーが用事で出かけたので仕方なく貴族と令嬢を護衛したり、戻ってきたシドーから海産物のお土産を振舞われたり、令嬢の兄と父が分け合って働いているという果樹園にシドーと共に護衛で同行したり、令嬢の後見人となった貴族の下にやってきた暗殺者を返り討ちにして逆に令嬢の護衛にしたりなどで、オーランド出立から、かなり日数が経ってしまっていた。
エルナたちと何故か一緒にいるという破壊神ヴァーヴァリアスが暴れた、という情報はなかったが、毎日気が気ではなかった。
落ち着いた頃合いを見計らい、お暇する旨を斬り出した時に、シドーと令嬢からエルナとセイジュという冒険者の話を聞いて、ようやくアニスは欲しかった情報を手に入れることができた。
その時、アニスが思ったのは、最初から聞いとけばよかった、である。
かくして、オルシャーガにようやくたどり着いたアニスであったが、エルナたちの情報は手に入れることができず、また破壊神ヴァーヴァリアスが来た、という情報もなかった。
精々が、クラーケンがいなくなって海上封鎖が解けたとか、勇者様が来て観光を楽しんで行かれたので観光客が更に少し増えた、とか、そう言う、今のアニスにとってはどうでもいい情報だった。
連日の精神的な疲労を癒すため、適当に近くのカフェのオープンテラスで休憩を取っていた彼女が、そこでブレン・フィッシャーと出会えたのは、僥倖だった。
ブレンは、街でエルナたちの情報を集めている冒険者がいるという話しを聞き、アニスを探していたという。
人探しなんて珍しい訳でもあるまいに、と訝しむアニスに、しかしブレンは頬を掻きながら、マントを羽織った大変美しい冒険者が街を歩いていればそれは噂になります、と言った。
アニスは、これまでの街ではそう言ったことはなかったので、この街は娯楽に飢えているのか、と呆れた。
それから、ブレンがエルナや同行している人物の情報を口にし、彼がオルシャーガの英雄である海魔剣の将校であることがわかったので、彼の自宅へ着いて行くことにした。
もしも何か邪まな思いがあれば見破れるが、彼からはそう言ったものが感じられなかったので、情報が得られるならと信頼したことも大きい。
そして現在、アニスはブレンの妹であるマリアがティーセットを運んできたので、彼女も交えて情報を聞き出そうとしていたのだった。
本当に、どうしてこうなった。
もっとスマートに行かないものか。アニスはエルナと再会したら、ちゃんと追跡できるようにマーキングしておこうと固く心に誓った。
後、親戚の姉たちから、超遠視の魔法を習おうと思った。頭が痛くなるとか、魔力消費がとか言っている場合ではない状況をこの旅で嫌と言うほど実感させられた。
「それで、貴方たちが会った冒険者の話を聞きたい」
「えぇ構いません」
フィッシャー兄妹から聞かされたのは、エルナたちがこの街で旅行を楽しんでいたということだった。
二人はひょんなことからエルナたちと出会い、親睦を深めたという。
エルナたちはオルシャーガを堪能した後、オルバインへ向かったという事だった。
拍子抜けするほど平穏無事なエルナたちの話に、アニスは力が抜けそうになった。
だが最愛の親友であるエルナや、同輩のセイジュが無事な事は大変喜ばしかった。
表面上は何も変わらない様子で、アニスは頷いて、話してくれた礼を言った。
「ありがとう。ところで、この街に破壊神ヴァーヴァリアスが来たという話しはある?」
「えっ、ヴァーヴァリアス様ですか?」
ブレンとマリアが驚いた顔になる。
破壊神ヴァーヴァリアスの武勇伝は大陸中に伝わっており、子どもの頃にヴァーヴァリアスの名前を使って叱られたという者は大変に多い。
そして、その武勇伝が全部実話なので、皆ヴァーヴァリアスの名前を聞くと、条件反射で緊張してしまうのだ。
実際に関わった人曰く、怒らせなければ、気さくでいい人、いや神、らしいが、それでも恐ろしいものは恐ろしい。
アニスは精神を落ち着かせる魔法を使って、二人の緊張を解した。
「すみません」
「何が?」
「今、魔法を使ってくださいましたよね?」
ブレンの指摘に、今度はアニスがほんの少しだが、驚かされた。もちろん表面上は何一つ動揺を見せていない。
サキュバスが使うこの手の魔法は、分かりやすい発動兆候や発動中の外見的特徴はない。
流石はオルマインが誇るオルシャーガの守護者・海上魔法剣士隊の将校、と心の中で賞賛する。
「よく、わかった」
「以前、同じような魔法を使用してくださった方がいましたので」
その返答に、アニスは「そう」とだけ返した。
似たような魔法……サキュバスの知り合いがいたか、それとも歓楽街へ行ったか。
好青年な見た目の割に、意外と遊んでいるのかとも思ったが、正直、どうでもよかったのでスルーした。
「それで、破壊神様でしたね。私たちは姿を見かけていません。確か、今はオルバインにいらっしゃると、今朝、新聞で読みました」
「オルバイン……?」
つまり、破壊神ヴァーヴァリアスは、今もエルナたちと一緒に居る……その可能性が高い。
危機感を募らせ、立ち上がろうとした時、ブレンが何気なしに口を開いた。
「大丈夫です」
「何が?」
「あ、いえ」
ブレンは失言をした、と言うように右手で口元を覆ったが、すぐに離して苦笑を浮かべた。
「今、貴女がきっと、エルナさんたちの事を心配されたと思いまして」
「それが、何か?」
「……きっと、エルナさんたちは大丈夫ですよ」
「それは、そうかもしれないけれど……」
一体いつ破壊神の怒りを買うか……そう思うと、少なからず不安になってしまう。
だが、ブレンは、何も知らないはずの青年は、確かなエルナたちへの信頼を抱いた目で、口調で、そして雰囲気で話を続けた。
「上級冒険者であるセイジュ様も一緒です」
「セイジュは確かに強いけど、あの子は少し熱くなりすぎるところがあるし」
「だとしても、大丈夫です」
「何を知っているの?」
含みのある言い方に、アニスは思わず眉を潜めた。
ブレンはすみませんと謝罪してから、そうですねと続ける。
「今、エルナさんたちの旅には、勇者ココロ様が着いています」
「え?」
勇者ココロ。
アニスも何度か会った事がある。
三日月の飾りの兜と独特な外見をした鎧をいつも着用し、魔王ドリューシャをたった一人で討伐したこの大陸の英雄であり、セイジュの親友である勇者。
魔王討伐後は大陸中を旅してまわっているはずだが、何故エルナたちと一緒にいるのか。
疑問は尽きなかったが、ブレンも事情を知らないと言ったので、それ以上は追及しなかった。
例え、嘘をついていたとしても、将校である彼が口にしないという事は、それなりの理由があるという事だ。
雰囲気からして、魔王が現れた、という類の話ではなさそうだったので、アニスはスルーした。
それに、ココロは破壊神に認められている。
彼女が一緒に居る、と言う事は、破壊神がエルナたちの味方である可能性が高い。
落ち着いたおかげか、その時、アニスの脳裏に、オーランド支部長アメリアの言葉が蘇った。
『実は、セイジュ様たちの旅には心強い味方がいるんだ』
あの時、確かに彼女はそう言っていた。
つまり、ヴァーヴァリアスはエルナたちの味方である、と言う事だった。
あれから、忙しかったとはいえ、そんな事にも気付かなかったなんて……と恥ずかしくなり、アニスは机の上に突っ伏した。
「ココロ様は破壊神様にも認められているお方で……どうかされましたか?」
「いえ……そうね、その通りよね……うん」
ブレンはとりあえず体調不良でないならと黙って、マリアは何か察したように、優しくアニスを見守っていた。
しばらくして復活したアニスは、ブレンたちと談笑し、お茶とクッキーを楽しんだ後、二人に丁重に礼を言って、フィッシャー邸を後にした。
「……でも、エルナたちを見つけることに、変わりはない」
そもそも、セイジュだけならまだしも、破壊神と勇者が一緒にいるのか。
たまたま道すがら出会って、旅をしませんかと言う話になった訳でもあるまい。
どれだけ考えても、エルナが関わるような理由が浮かばず、なら、エルナが護衛している兄妹なら、と考えて、やっぱりわからず、アニスは悶々とした気持ちで表通りを歩いていた。
とりあえずオルバインへ向かおう、と結論が出た時、ふと、腹が音を立てた。
カフェでお茶を飲み、フィッシャー邸ではクッキーとお茶を頂いたが、昼食は抜いていた。
別にそれで死ぬことはないが、旅の途中では何があるかわからない。食べる時に食べる。
後、エルナの身が、これ以上にない程に安全だということがわかり、ここ最近はシドーの件で貴族の邸宅に居た時以外は携帯食料しか口にしていなかったため、安心した途端、体が休憩を欲した。
そう考えたアニスは、手身近な定食屋へ足を運んだ。
良い匂いが鼻孔をくすぐる。
何度か足を運んだ事があり、オルシャーガの海鮮料理はアニスも気に入っている。
今回は何を食べようか。
適度に空いた店内で適当な席に着き、メニューを手に迷っていたところ、近くの席から唸り声が聞こえてきた。
顔を上げると、隣だった。
隣の席に座った少女が、器とスプーンを手にして、美味いと言わんばかりの至福の表情で唸っていた。
その顔立ちは、彫が浅く、何と言うか、顔が平たいように思えた。そのせいか、とても若く見えたが、彼女の纏っている強者独特の雰囲気から、見た目で判断してはいけない相手だと悟る。
襟元ほどまで伸ばした黒髪、茶色の瞳、幼さを感じさせるがとても可愛らしい顔立ちは、何も知らなければ旅の途中の”少年”そのものだ。
最も、その服装も、少し変わったものだった。
まるで男装しているように……そこまで考えて、アニスは彼女が本当に男装のつもりで今の衣服を着ていることを察した。確かに、今の彼女はかわいい顔をした少年に見えなくもない。女の子の一人旅なら、それも必要だろうと特に指摘するような真似はしなかった。
また、少女の隣には、縁の少し高い皿のような盾……いや、素材からして帽子だった。それが置かれている。
アニスは、もしかしたら、ヤマトの人間なのでは、とあたりをつけた。
あの顔立ちの特徴は、ココロの素顔と通じるものがあった。
「んは~! 美味しい~! 女将さんこれおかわり!」
元気よく少女が店の奥に声をかけていた。
そして、そわそわしながら、懐から取り出した手帳に、木材や羽ペンとは違う、見たこともない筆記具で書き込みだした。
ふと、少女が手帳から顔を上げて、アニスへ振り向いた。
目が合う。
アニスは、何となく、この子もいいな、と思った。
「どうかしました?」
「美味しそうに食べているから」
咄嗟について出たアニスの言葉に、少女は恥ずかしそうにはにかんだ。
「この街の料理が美味しくて……」
「私もこの街の料理、好きだからわかる」
「お姉さんもですか?」
「ええ」
気が付けば、アニスと少女は料理で意気投合していた。
「私はアニス・レイグリッド」
「私はヤサカ・シナノ! よろしくね!」
「ヤサカ? シナノ? もしかして貴女、ヤマトの出身?」
アニスの疑問に、少女ははにかんだ。
「と言う事は、ヤサカが苗字で、シナノが名前ね」
「そうだよ。わかるの?」
「知り合いから教えてもらった」
それを聞いたシナノの顔が、料理を食べていた時は違う輝きを放ち出した。
「あの、レイグリッドさん!」
「何?」
「その話、詳しく教えて!」
こうして、アニスの旅に、仲間が出来た。
お読みいただき、ありがとうございます。
シナノの服装は風来のシレンのイメージが近いかもしれません。
後、志道が一日いなくなった日は、クラーケンを助けてリヴァイアサンに突撃した日です。




