ガチョウのギルド
ギルドの看板は金メッキのガチョウだった。だから名前は多分、金のガチョウとかそういう名前だろう。王都の一番大きな冒険者ギルドは、黄金の雄牛が掲げられた、その名も黄金の雄牛亭だったから。
「バロか! あんな依頼を受けたものだから、あと十年は戻らないと思っていたぞ」
「ちゃんと遂行させたっての。おれを何だと思ってんだ」
「お前の能力を超えた事だと思っていたからな」
顔を上げた受付の人が言う。どうやらここの受付は男女関係ないみたいだ。王都の受付は女の人が多いって聞いたけれど、ここはそうじゃないらしい。
周りをキョロキョロ見回していると、受付の男性が見下ろしてきた。見下ろしてきて、友好的な顔で笑いかけてきた。
知らない人にそんな風に笑顔で話しかけられる時は、だいたい母に下心があると決まっていて、私を遠ざけるために親切にする人ばかりだったから、体がこわばった。
受付の人が、母を知るわけがないけれども、条件反射なので仕方がない。
笑った受付の人が、しげしげと私を見やって怪訝そうな顔でバロを見やった。
「お前の隠し子か? ふとしたところがそっくりで、髪の毛の色なんておんなじだろう」
「おいおい、そうじゃおれがたったの九つで仕込んだ子供になっちまうだろ。こいつは生き別れの妹なんだよ」
「という事は六歳か。はじめまして、お嬢ちゃん。受付のロイドだ」
挨拶には挨拶を。私は頭を下げて名前を名乗った。母はそういう礼儀には結構厳しい人だったから、そういうところはしっかり教わったのだ。
そういった厳しさが、母がいいところのお嬢様だったのではないかと、下町で噂される理由の一つでもあったが。
「アイーダです」
「育ての親の教育が良かったんだな、お前とは大違いの礼儀正しさだ」
視線の先にいるのはバロだ。バロが礼儀正しくないのは、この短い間でもよくわかっている。
「おれの生まれと育ちに礼儀作法を求めるんじゃねえよ」
「違いない。で、目的のものは」
「これさ。あの野郎が持ち出して、その嫁さんがカネに困って換金したのがわかってる。幸いひでえ火事の時に”呼ばれて”向かったらあたりだったぜ」
「お前はその目玉だから呼びかけられたか」
「来るのが遅いって説教されたぜ」
「説教だと感じられる能力もなかなかだな」
言いつつバロが懐から丁寧に布で包んだものを受付に渡す。それを待ち構えていたように横で覗いていた神官が、受付のロイドが頷いたからそれを手に取り、包から出す。
そして出てきたのは、何かの飾りのようだった。……なんだろう、大きな安全ピンみたいな見た目に、飾りがいっぱい。
特別仕立てのきらきらだ。すごくきらきら。目を奪うぴかぴか。私の背丈の問題で、一生懸命に背伸びをしないと、それをしっかりミられないのが悔しいくらいの。
「ああ、これだ……神殿から持ち出された黄金の。ありがたい、古代の神宝石が五つ、ちゃんと揃っている」
それを手に取りあちこち真剣に確認した神官が、安心したように大きく息を吐きだした。
「あの野郎も持ち出すならもっと簡単なものを持ち出しゃいいのにな。そうすりゃ見逃せたってのに」
バロが吐き捨てるように言う。そのあの野郎の事を、バロは大嫌いみたいな口調だ。
この男にそれだけ嫌われたその野郎は、何者なのだろう。こんな適当な男がここまで嫌悪の顔を見せるくらいだから、相当な悪人なのかもしれない。
そんな悪人に会わなくてよかった。と何処かで思った。
「ちなみに、持ち込まれた下町の質屋はこいつの真価がわからなかったらしいな。わかってりゃあんな零細の質屋じゃないところが今頃持ってて、こっちにとんでもない要求をしていたはずさ」
バロの言葉を聞く限りでは、それだけの価値のある安全ピンだったみたいだ。変なの。
とってもきれいだけれど、そこまでの価値のものなんて思えない。安全ピンは安全ピンだ。
「ねえねえ、私にももっとしっかり見せて」
それでも、きらきらするその安全ピンをもっと近くで見てみたくて、私は受付の椅子によじ登って身を乗り出そうとした。
「おお、さすが女の子。きれいなものは見たくなるよな。神官様、見るくらいならいいでしょう?」
その私の言葉に、神官が笑って頷いて、机の布の上に安全ピンを乗せて見やすいようにしてくれた。優しい。
「ええ。見てちょっと手に取るくらいなら。落とさないで」
神官の言葉にバロが呆れた調子で言う。
「いいのかよその貴重品」
「どこにあるかがわからないのがもっとも問題とされただけですので、これを与えてくださった神は寛大ですから」
「そーかい」
私はその言葉を聞いて安心してそれを見た。目がチカチカしそうな位に光を弾き返す……メッキなのか、金色の安全ピン。細い星型の鎖で五つ、いろんな青が混ざった石が下げられていて、一番大きな飾りはお日様とお月様が並ぶ作り。お日様とお月様の中に、すごく細かい模様が彫ってある。彫金てやつだ。幼馴染の持っていた図録に、そういう言葉で説明されたイヤリングが描いてあったっけ。あの図録も燃えてもうどこにもない、幼馴染のお宝。
でも、この安全ピンは知っているものより随分と大きい、何に使うんだろう。どこを留めるんだろう。安全ピンって目立つところにつけないけれど、これだけの細工物は、隠してつけるものと違う気がする。
使い方がわからない私に気づいたんだろう神官が、優しい笑顔で教えてくれた。
「これは、神殿の大事な人のマントを止めるピンなんだよ」
「きれい」
「女の子だなあ、きれいなのがちゃんと分かる。バロ、お前も見習え」
「おれはお宝がきれいなのはわかってるぜ」
「そういうところだ」
そんな会話をよそに、私はその安全ピンをつついた。
その時だったのだ。
耳が痛くなるくらいに清らかな銀色の音が、あたりに響いたんだ。
「っ?!」
音がギルドの中を満たして、誰もが動きを止めてこっちを見て、目を見開いている。
「今の音は」
「嘘だろう、どこで誰が鳴らした」
「なんて事だ、悪い冗談か?」
動きを止めていた人達が、我に返ったようにざわついている。その意味がわからない。
今の高い高い音は何?
「……バロ、その子の親は誰なんだ」




