砂漠の事実
ある種の愛情表現の失敗
砂漠はこの一年の間、ひたすらに重い空気をまとってしまっていた。
それは広大な砂漠を治める賢王とも称されるようになった英雄が、婚約者の悲しい事故死を深く悼み、失意の底に沈み、一向に喪があける気配を見せないからである。
王様がそこまで悲しみに沈んでいるのに、国民が気軽に浮かれ騒げるわけもない。何しろ彼は砂漠随一の英雄であり、枯れ果てかけた砂漠に長く雨を呼びつつけた人間であり、そして一人神の怒りを受け止め続けたという肩書すらあるのだ。
この王の正当性を疑う国民はほとんどない。たとえ彼の出自と血筋を見回した時に、あまりにも王位に遠い身の上であったとしても、この王は本物の、民を導き救うという意味合いでいうなら、今もなお王であり続ける存在なのだ。
その王が。
次代の大神官、つまり年齢がかなり離れた婚約者をとても大切にしていた事は、この悲しみから誰の目にも明らかになっていた。
次代の大神官は、ただ一人王の瞳をまっすぐに見つめて、恐れる事なく無条件に笑いかけていたのだと聞く。
自ら選んだとは言え、神の怒りに染まってしまったその瞳故に、長く孤独に等しかった王にとって、その笑顔はどれだけの価値を持つ笑顔であったか、は誰も正確には理解しようがない。王本人の心の内を、王は語らないのだから。
口数の多い王ではない。
情熱的な言葉が出てくる王でもない。
愛情をあからさまに表に出す王でもない。
その愛を次代の大神官に、直接的に向ける王でもない。
だが、王が次代の大神官に抱いていた愛情は、混ざりけなく本物の愛だったのだ。
ゆえに、王は政務以外で近付く女を全て遠ざける。
後宮をと説得しようとする全てを一蹴する。
跡取りを、と言われても頷かない。
王は、事故死してしまった次代の大神官の暮らしていた家にあった、彼女の数少ない遺品を眺め、彼女が綴っていた物語の筆跡をなぞり、夜を明かすのだという。
「こんな結末になるというのならば。……もっとそばに呼んで、話を聞き。欲しいと言うもの位は、全て贈ってしまえばよかった」
王の後悔に満ちた呟きを聞いた補佐官達は、ただ沈黙したままうつむいてしまうのだった。
「このような事になるとは」
静かに言ったのは王の一族の中でも、おばばと呼ばれる老年の女性とは別の家から出た老爺である。
長老と言われる事も多い老爺は、己の判断が狂った事をとてつもなく後悔していた。
「このような有様になられようとは。王はそれほどに次代様を愛していらっしゃったとは」
「長老。しかしあのような噂が流れていた以上は、ある程度放置はできない状況になったでしょう」
「そうだ。あのような噂が広まってしまえば、我が一族も王も、その地位から引きずり落とされていただろう」
「……しかし王が、跡取りを設けるための後宮をあれほどに拒まれるとは」
「王は砂漠に生まれ砂漠で育ったゆえ、王たるものは後宮を持つとご理解してくださっていたとばかり思っていたのだがな」
神の怒りからなる孤独は、その理解すら奪い去ったのだろうか。長老はそもそもの事の発端である、とある相談事を思い出した。
それは、数年前の事。銀の目の妹が、大神官の次代と決定し、砂漠になんとない祝の空気が流れ出した頃だ。
その頃の一族は、ようやく色々なものが安定した事で落ち着きを見せていて、王に後宮を、という空気もなかった。
それは次代が微笑ましいながらも、王に拙い愛情を目一杯向けており、あれを邪魔するのは無粋だという空気があったからだ。
次代様が大神官になり、王と結ばれて、跡継ぎに恵まれないご様子だったら、相談をしてみようという空気だったのだ。
傍目から見れば、王が向ける視線は本当に愛する女性を慈しむものであり、次代様が向けている笑顔は、一等に好きな人に向けるそれだったのだから。
年齢はそれなりでも、王が微笑ましいような、むず痒いような可愛らしい恋愛をしていると、見守る体勢だったのだ。
王に長らく犠牲を強いてきた砂漠であるがゆえに、王がそういったものとも無縁の生活を続けていた事も承知だった。
ようやく、王が春らしいものを感じている、とむせび泣いたのはおばば達一族の年配の女性達である。彼女達はかなり気にしていたらしい。
たったの十一歳ですべてを背負った王に、痛ましさなども覚えていたのだろう。
そんな前提を、思い切り覆す相談を、長老に持ちかけてきたのは、砂漠の王城からは遠い地域だが、一族のそれなりの家の生まれの少女だった。
少女は次代様よりやや年上で、年齢が近い事もあって、良き相談相手にもなるだろうと、そちらから呼び寄せて、大神殿に務めるようにと伝えていた。
大神官のそばにいるというのは、砂漠の女性達にとってとびきりの名誉である。ゆえに娘は喜び勇んで王城のある街に来て、大神殿で真面目に働きだした。
評判はよく、そもそも問題行動があるという報告もない娘だからこそ次代様のおそばに、と呼び寄せた清らかな乙女だった。
その娘が、とても困惑した顔で、ある日、長老に相談があると面会を申し出てきた。
遠方から来た身の上だ、何か慣れない事があるのだろうとそれを受けた時。
「あの、その……こんな事を申し上げるのは、非常に不敬になるとは存じております」
「なんだ、何かこちらでは手配できないもので、必需品でも?」
「そのような問題ではございません!!」
清らかな乙女は心底理解に苦しむ調子で、こう言ってきたのだ。
「じ、次代様には、街に恋人がいらっしゃるんでしょうか!?」
「……は?」
何を言い出したんだ、この子は。長老は黙ってしまった。あまりにも予測できない事を言われた結果である。
だが、順番に聞かなければこの勘違いかもしれない事は解決しないだろう。
人生経験の長い長老は、乙女からそう思うに至った詳細を聞き出す事にした。
神官というものは酒を飲むことが禁じられているわけではない。飲みすぎて醜態を晒すな、は先輩その他から言われる事であり、みっともない酔っ払い方をするのは神官として流石に、という空気であるため、神官というものは酒の摂取量を気にしつつも、酒の席を断るという事もない。
大神殿に来たばかりの娘も、同年代の、しかし酒が飲める年齢の女性神官たちから誘われて、酒を提供する店に入ったのだという。
この時、娘は次代様はお誘いしないのかと不思議だったが、次代様はお酒を飲める年齢に至っていないからだろうと判断した。
その酒を提供する店は、底辺ではないが、高級というわけでもない、ありふれた店だった。これもおかしな話ではない。高級な店を利用する神官というのは、そういう見栄をはらなければならない立場の神官、つまり上位神官達である。
そもそも神官というのは劇的に儲かる職ではないし、質素な方がよろしいとされる事も多い肩書なので、大体の神官は高級な店には入らない。これも常識である。店の誰も、神官の女性達が複数来店してもおかしな顔などしない。いらっしゃい、と柔らかい態度で、娘は安心した。
歓迎の席でもある酒の席は楽しかった。王城の地域はいろいろな話が回ってくるので、話を聞くだけでも面白く、娘は酒よりもお喋りを楽しんでいた。
ゆえにほとんど酔っ払っていなかった。呑んだのはとても弱い度数の甘い酒が一杯。あとは、甘い飲料かお茶か水。
本人がそれでいいなら、酒を強引に進める事はない。特に女性達ならその傾向が高いので、盛り上がっていた時だ。
「だからぁ! 聞いてくださいよお!!」
「ああ無理無理、兄貴また一気に酒流し込んだ」
「じゃああんた聞いてくれよぉ」
「よし来た! 東の道の話だろ!」
「さすが兄貴の弟分仲間だ!」
娘は近くの卓で、酔っ払いすぎた男達が大盛り上がりしているのに気がついた。大した盛り上がりである。誰か、兄貴と慕う人間を中心に集まっているのかもしれない。
どんな人が兄貴と慕われているんだろう。娘は好奇心でそちらを見て、……目を疑った。
次代様が、いる。こんな時間に。次代様と言われるほどの身分の御方が。王の許婚が。
次代様は食事に夢中のご様子だ。鳥の骨付き肉を熱心に食べている。あ、可愛らしい一面もお有り……?
それだけなら、お忍びなんだなと、ぎりぎり理解できたという。
娘が見たのはそれだけではなかったのだ。
次代様の隣には、大男が座っていた。王に並ぶほどの体躯の男だ。その男はかなり酒が回っているのか、卓に両腕を乗せてそこに頭を乗せ、顔は次代様の方を向いていた。
別に、顔が向いているだけなら、まあ、うん、あるかもしれない。
だが。
その男の、異様なまでの銀に光る瞳は、強烈な、ここまで明確な事があるのだろうかと思うほど、熱がこもった視線だった。
愛しい執着する相手に向ける、固形化しそうなほどのねばつきを感じさせる、重い色がどろりと乗った目が、じっと次代様が食事を咀嚼する姿を見ている。
不意に。
男が口を、開いた。どこか欲情したような気配を清らかな娘が感じるような動きだった。
そして。
「……!?」
見ていた娘は口を覆った。
食事に夢中で、周りをあまり見ていないはずの次代様が、一切のためらいもなしに、自分の食べていた鶏肉の一部を切り分けて、当たり前にする事のように、男の口に入れたのだ。
男が入れられた鶏肉を咀嚼する。また口が開く。二度目。次代様はこれも迷わない。
男が満足したのか口を閉じる。次代様は食事を再開する。次代様がその時、すこし横目で隣の大男を見た。
「……!?」
娘の二度目の絶句だった。娘は生家がある街で、色恋を色々見てきた身の上だ。それは乙女らしく恋愛に憧れた結果であり、人間観察が好きだったからとも言えるだろう。
次代様が、大男に向けた視線は、娘が知る視線の種類としては間違いなく、”自分の男”を見る色だった。
それも最近出来た関係性の視線ではない。そういった初々しさとは違う物がある。
ほんの一瞬の顔は、王に向けられた事のない、”おんな”の顔だった。
そんな次代様が食べ終わる。一気に彼女が飲み物を飲みきる。とん、と器が軽い音を立てたのまで伝わってきた気がする。
それに合わせて、大男が、立ち上がる。まるでそれを待っていたような態度だ。そして次代様の方に革袋を放る。
次代様がそれを当たり前に受け取り、なんとそこで他の男達に声をかけて、自分達の支払いだろうか? お金を渡す。男達が受け取る。酔っ払い達が、楽しそうに手を振る。手を振った次代様を、大男が軽々とすくい上げて抱き上げて、当然のように店を去っていった。
「あ、あの……? 今のは……?」
娘は目の前で起きていた一連のあれこれが理解できなかった。理解したいとも思わなかった。あレはどう見ても不倫ではないだろうか?
そして店の客はどうしてそれに対して誰も非難の声を上げない?
ありふれた光景のように流れていったそれらの後にも、大男と次代様のふしだらな関係であろうものに対しての、苦言が一つもない。
娘はなにか知っているかもと、先輩神官達に言う。
彼女達も平然とした態度で、ああ、と頷いた。
「ああ、銀の目、久し振りにこっちに戻ってきていたのね」
「三週間ぶりかしら? 出発の時に次代様が言っていた気がするもの」
「え? え? あの……?」
いや、何もわからない。次代様には街に恋人がいる? いやそもそも恋人がいるなら次代の選定はない。あれ? 何かおかしい?
大混乱した娘は、正確な事がどうしても知りたいと思い悩み、こうして長老に相談しに来たのであった。
「……」
長老はあの時の事を思うと本当に色々頭が痛くなる。あれは血のつながった兄妹だ。兄の方が若干妹を溺愛しすぎているが、それくらいだ。
そして次代様は本当に王を大切に思っているし、実の兄妹でそんな関係性になるわけがない。
そもそもその視線の向け方は、はたして娘の言う通りに誰でも見えるものだったか?
お前の勘違いではないか? という言葉を流石に飲み込んだのは、多方向からの情報を手に入れて判断を下す立場ゆえだ。
「うむ、少し調べてみるからな」
落ち着いた声で長老は娘の杞憂だという決着をつけるために、隠密を呼び寄せ、平和的に聞き回る事にした。
聞き回った情報の結果で、長老はひどい頭痛がしてきたのを、未だにはっきり覚えている。
市井のおおっぴらではないところでは、二種類の恋愛の噂が流れていたのだ。
一つは、我らの王と次代様の恋模様。こちらは放置してもまあ良さそうだった。王族の恋愛は下々にとって大変な娯楽になる。王と次代様の麗しい恋愛なら、美談になるであろう。
もう片方が大問題だった。
……次代様と、その兄の禁断の恋愛である。主に、外から来て、次代様と銀の目を見た者達が流す噂だった。
王都では、次代様と銀の目が一緒にいるのをずっと見てきているがゆえに、溺愛する兄とそれを若干鬱陶しがりながらも受け止める懐の広い妹、という見方が一般的だったのだが、外から見るとあの二人のあれこれはどう見ても禁断のあれだったわけだ。
よくまあ今までこちらの噂が耳に入らなかったものだと思っていたわけだが、そもそも前提として子供にそんな目を向けるわけがないという思考からだと長老は判断した。
銀の目と次代様の年齢差はおそらく九つ。銀の目はあれで倫理と理性が強いので、九つ下の子供にそんな目を簡単にむける男ではない。
しかし次代様は今年十六。女として花開き始めた年頃で、少女というものの花開き方は時として目を見張るものがある。
うっかりそんな目が向いてしまうのは……絶対にないとは言い難い。
ありえないと言いたいが。あの銀の目である。時々非常に思考回路が吹っ飛んだ男である。どこかが吹っ飛んでいてもおかしくないかもしれない。
だがしかし。
長老は銀の目の、あれで一般的な男を凌ぐ事がある倫理観と理性なら、あちらに警告一つでもしておけば、すぐに視線の色が隠れるだろうと判断できたのだ。
それくらい銀の目の倫理観と理性は、あの言動と行動から考えられないほど硬かったので。
ゆえに、相談しに来た娘には、変な噂もあるがありえないと否定したかった。
だがここで、とんでもない爆弾が一つ、予想もしない所から落とされた。
とある酒の席での事だった。銀の目を兄貴と慕う、男女関係のない人間達が集まった飲み会での話だ。
話題の一つが、兄貴たる銀の目だったのは、銀の目を慕う面々なのでおかしくはない。
そのうち、話題の方向性が、銀の目が妹を溺愛しすぎているよな、という舵の切り方になった。
「でも生き別れって言ったって実の兄妹じゃないか。兄貴って、本当にアイーダちゃんがひたすらかわいいんでしょ」
「アイーダちゃん、あれこれ言うけど、全部兄貴の事心配しているから、兄貴もデレデレなんだろ」
「六つの頃から二人きりの兄妹だろ? あのすぐに抱っこする癖も、治らないみたいだし」
「兄貴も可愛らしいけど、素直に抱っこされちゃうアイーダちゃんもかわいいわよねえ」
「アイーダちゃんもあんな事言うけど、兄貴の事だーいすきよね。仲良しでいいわあ!」
「たまに行き過ぎって見える時あるけど」
「でも実の兄妹でしょ」
そこで大笑いの笑い話のネタになるべきだったのだ。しかし。
一人の、大神殿努めの神官が、実にのんびりとこう言い放ったのだ。
「あの二人、血の繋がりがぎりぎり辿れるくらいの、ほぼ他人と言っていいほど遠縁ですよ?」
「は?」
「皆さんは聞いていらっしゃらない。まあ兄貴も大声で言い回る事じゃないと思っているのかもしれませんね」
「おい、神官さん、何知ってるの?」
「私はこの大神殿で、血縁をたどる術を日常的に使う仕事をしているんですよ」
「うん。で? 神官さんって結構そうだろ」
その神官は大した事を話している調子でもない声で続けた。周りの客はほぼほぼその神官の発言を聞こうとしていて、店は異様な静けさになっていて、新しい客が入れないでたじろぐほどだ。
神官だけがのんびりと続ける。
「血縁をたどる砂漠の術は、皆さん知ってるでしょうけど、どれくらいの親戚関係かも丸裸になるじゃないですか。兄貴は十年ほど前に、アイーダちゃんと離れ離れになった時に、大神殿に駆け込んで地団駄踏んで駄々こねて、寝ていた私を叩き起こしてすぐ探してくれって半泣きで頼み込んできたんですよ。その時に探したんです。私。その時に、兄貴とアイーダちゃんの血縁関係が、砂漠の術でもぎりっぎり辿れるか辿れないかってくらいの遠さだって分かったんです。だからその時、兄貴に、
「随分遠縁の妹ですね、兄貴が養子だったんですか? それとも妹さんが?」
って普通に聞いたんです。こんなの、雨が涸れかけたあの頃の砂漠では普通にあった事でしたし。滅んだ村から遠縁の子を引き取る話珍しくなかったですし。ただその時、兄貴の顔が思い切りこわばって、少し黙ってから、
「アイーダにだけはそれを死んでも言うな。ここで誓え、アイーダにだけは言うな」
って言ったんで、もしかしたらアイーダちゃんは、赤ちゃんの頃に引き取られて、それを全く知らないで育って、やっと家族の兄貴と再会できたってわけだから、傷つけたくないからそう言うんだろうなと思って、誓ったんですよね。でもあなたがたに言うなとは言われてないんで、喋ってます」
神官は大神殿に務めるきっかけも兄貴経由という身の上だったので、追求もせずに誓ったらしい。
しかし神官はけろっとした顔でこう続けた。
「あれだけ遠縁だったら、地方だったら普通に結婚してますけどねぇ」
とんでもない大爆弾だった。
その後その神官は相当に酔っ払っていたのかすぐに寝た。
その神官も、言うつもりはおそらくなかった暴露だった。
……故に、急ぎ後宮をと動く事になったのだ。次代様は兄と信じる男との血縁関係がほぼないとは知らない。
だが兄の方はそれを知っている。そして外部の第三者から見ると明らかに恋人のように次代様を扱っている。
いつ何かが起きてもおかしくない。だが次代様にこの事は知らせられない。次代様が兄との血縁関係がないと知って、おそらく自覚がないであろう恋に気付いたら、間違いを止められないかもしれない。
まだ次代様は次代である。婚約を解消は出来る。だが王の側がそれにおそらく同意しない。何か起きた場合、次代様の胎が宿す子供が、どちらの子供かまるでわからなくなる可能性が、否定できない状況に陥った。
ゆえに、間違いなく王の子供だと断言できる子供を確保するために、後宮をと訴え続けたのだ。
だが、兄への感情にまったく気付かない次代様は、自分が愛しているのは王だけだと信じていて、後宮の再建に同意しない。
状況は悪化している。次代様は女性になっていく。いつ、銀の目の忍耐が何からのきっかけで切れるかわからない。
噂はなかなか沈静化しない。自覚させるわけにはいかない次代様に知らせられないため、次代様の方から銀の目への行動の制限が出来ない。
後がない。
……それゆえに、次代様を銀の目が居ない時に、王の前から排除しなければならなくなったのだ。
誰もがまだ、次代様を可哀想だと思ううちに、かわいそうな事故死という形で、王の前から消さなければならなくなったのだ。
次代様の自宅から日常的に飲む茶葉を抜き取っておく。機会を伺い毒草の混ざった茶葉を渡す。王からの贈り物だと言えば次代様は全く疑わない。
疑わないように教育し続けているのだから当然だ。美しい茶缶。次代様が喜ぶような口にした事がないだろう高級な彼女好みの味の茶葉。慣れ親しんだ味ならば感じる毒の違和感も、知らない味に混ざっていればそういう風味だと考える。
実際に次代様はとても喜んでいたという。心底うれしそうに、頬を染めて茶缶を眺めながら、最期のお茶を楽しんだ。
次代様が決定的に間違っていたわけではない。彼女は王を愛している自分を信じていた。……だがその視線が気付かないで向いているのが、あの銀の目であったという事実こそ、次代様を排除しなくてはならなくなった悲しい理由だった。
そういう次代様を、王が生きたまま手放せないだろうという、客観的判断の結果だった。
だがそれは計算が違っていたのだ。
「生きたまま、王に全てをお知らせし、……次代様を後宮の奥深く、銀の目がどうやっても近付けないところに閉じ込める方が、よほど最善だったのかもしれない」
愛する女性を失った男の喪は、いまだあけない。




