ゆめ (3)
リアスが拾ったその砂金。運命を変えたそれ。
その砂金は、ただの砂金よりも、遥かに貴重な物だった事を、随分後になって知った。
この世の中で、魔法を付与できる特別な鉱物を、神宝石と総称した。それらはサファイアや瑪瑙や数多存在しているが、そもそもの採掘量が極めて少なく、また、その輝きも普通のものを遥かに凌ぐ眩さで、手に入れられなくても貪欲に欲しがるような人間が、掃いて捨てるほどいる宝石類だった。
そして加工が、かなり難しいとされていた。
それは、その宝石にとって相性が悪い魔力に触れると、簡単に粉々に割れる性質を持っていて、加工する宝石職人が生まれつき持っている魔力の種類の相性が悪かったら、細工の途中で木っ端微塵になるからである。
どんなに熟練の腕前を持ってしても、その性質は変えられない。ゆえに、運が物を言う場合すらあった。
細工師がどれだけ素晴らしいものを作れる人間でも、その魔力と相性が悪ければ木っ端微塵。そもそも採れる量が少ない貴重な物が、あっという間に砂の粒。
細工師が細心の注意をはらい、魔力付与までの加工を完全に終わらせた後に、聖水処理という処理を丹念に行って磨く事で、やっと神宝石は、相性の悪い魔力に触れても、壊れなくなる。
その代わりに、他の魔力を付与できなくなるが、壊れるよりはずっといいので、聖水処理は加工の常識だ。
だが、その神宝石の中で、例外の鉱物が二つだけ存在する。
それが、金と、銀だ。
この二つの鉱物のみ、極めて例外的な事に、相性が悪くて木っ端微塵になっても、溶かし直してやり直しが出来る。
聖水処理をした後でも、難しい手順を踏む事が必要だが、溶かし直して別のものに出来るのだ。
故に、神宝石の金と銀は、極めて人気が高く、誰も彼もが欲しがる、そういう装飾品になる鉱物だった。
そしてこの二種類の鉱物は、砂金の形でしか採掘されない。鉱山から発見された事は過去一度もない。
さらに、リアスがそれを見つけたあたりの年、それらを採取していた川でついに、取り尽くされたか金と銀は、見つからなくなっていて、砂漠の王様が急ぎ、新たな採掘場所を探していた。
そこで、村の近くの川でそれが採掘された事が知られて、村は一気に活気づいた。
またたく間に、鄙びた小さな狭い村は、異例の速さで拡大し、あらゆるものとあらゆる人が集まる、一大繁栄土地となった。
そういう詳しい事情はわからなかったけれども、あっという間に外の世界が、夜でも盛大に賑やかになっているのは、納屋の中でも伝わってきていた。
「こうなりたかったから、村長さん、おれの事、殴ってでも砂金を取れたのがどこか、聞きたかったんだなぁ」
「そうだね、きっと」
少し会話するだけで、また、ひどく咳込んだ。一言、二言。大事な弟と会話する、それすら、激痛を伴うようになっていた。
「兄ちゃん!」
咳き込む体のその背中を、弟が暖かくて大きな手のひらでさする。さすり慣れていて、少し楽になる気がする、そんな手のひら。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、リアス」
息切れしながら微笑んだ。リアスが自分のもとに来てくれて、そろそろ三年か四年が過ぎていた。
その頃には、もう、理解していた事があった。
自分の体は、もう、限界が来ている。
それはそうだった。少し考えれば道理だったのだ。
いくら、大人すら行えないくらいに、献身的にリアスが介抱してくれていても、道具も薬も何も手に入れられない状態で、この弱りきった、年中死にかける体が、回復できるわけがなかった。
熱は体力を奪っていく。吐血も嘔吐も体を襲う激痛も、命をけずってけずっていく。
体を回復する食事すら満足に受け付けられなくなったこの体が、限界を迎えようとしているのは、自分の体だからこそ、明らかだった。
まだ、生きようとしていたのは、弟を、リアスを、置いて逝きたくない、その気持が、死にものぐるいで命を繋いでいた。
「おれに、してほしい事、ある?」
弟が、リアスが、自分のできる精一杯を探そうと、問いかけてくる。
「じゃあ」
そばにいて。
苦しい心が弱音を吐いた。兄なのにこんなにも情けない事しか言えない自分が、悔しかった。
それなのに、リアスはこの言葉を聞いて、頷いた。
「兄ちゃん、もっとわがままになってよ。そばにいるなんて、そんなの、当たり前でお願いなんていらないよ」
骨の浮いた手を、リアスの大きな手が包み込む。力いっぱい、五つ年上の兄が握りしめても、もう、びくともしない手が。
食事も、満足な量を与えられていなかったのに、兄と同じくらいの大きさまで育った弟の、手だった。
「兄ちゃん、おれ、もっとがんばって、必ず、兄ちゃんを元気にする方法を見つけ出すから」
生きるの、嫌にならないで。おれの所から居なくならないで。
震えたお願いに、強がりを見せて笑ってあげた。
「リアスがいるのに、生きるの嫌になんてならないよ」
僕の、生きる理由。僕が、生にしがみつく理由。置いていきたくない、それしか思わない。
この子が、他の誰からも疎まれて、粗雑に扱われてしまっているのを知ってしまっていた。
体の動かせない自分は、本当に悔しい事に、その体を守ってやれないけれど、この子の美しく優しい心まで、守れない兄ちゃんにはなりたくなかった。
守れない場所に、行くなんて、絶対に、いやだった。
僕の、世界一の、綺羅星。月よりも太陽よりもなおきらめく、綺羅の、星。
それでも、どんなに生きたいと切望していても、衰弱の進んだ体は無情にも許そうとしてくれない。
激痛が襲う回数が目に見えて増えだした。血を吐く回数も、熱を出す回数も、咳き込む回数も、命を奪おうとする死神が近付いている回数も、きっと相当に増えていた。
後から、知った事がある。砂金の採掘のために、移り住んだ外部の人間が、広がる前の村の外れの、でも今となっては村の中心部に近い位置になった、ぼろぼろの納屋である、自分達の家を、取り壊して新しいものにして、住みたいと村長に申し出たのだ。
その際に村長が、
「あの納屋には、生かしておかなければ、なんの呪いをかけるかわからない怪物が一匹閉じ込めてある」
魔物なのか、と問うと。
「生まれた時から死にそうな、間引く予定すらあった人間の子供だ」
ならばどうして?
鄙びた村で、育てきれない病弱な子供を、小さな頃に殺すという考えは、ほんの時々聞く話だったそうだ。苦しい人生を送るくらいならと。
故に外部から来た人間は問いかけた。何故、と。
村長は今ではすっかり村の住人になった人間に、昔の話をした。
「あの怪物が赤ん坊だった頃。少々きかん坊だったわしの幼い孫が、怪物の片耳をちぎった」
癇癪を起こしていた。だから力加減が出来なくて、力いっぱい引っ張った。だからちぎれてしまった。
その夜、孫は体中から血も体液も全て垂れ流して、乾いて痛くて苦しんで、手当の甲斐なく苦しみ続けながら死んでしまった。
「なかなか子供が生まれなかった息子達の、悲願の子供だった。願って願って、やっと息子達のところにやってきてくれた孫だった」
その孫を、あの怪物は殺したのだ。
「それでわしらは分かったのだ。あの怪物を殺そうとすれば、危害を加えようとすれば、あの怪物は残虐な呪いをかけてくる。下手に死なせたら、一体どんなおぞましい呪いを、この村にかけるかわからない。だからあの納屋に、閉じ込め続けなければならん」
外部生まれ、外部育ちのその人間は、それに近い出来事を、噂で聞いた事があった。
砂漠のほとんどの村や街、そして王が崇め奉る水神の、その寵愛を受けた御子に、危害を加えると。
水神は、極めてむごたらしい方法で、神罰を与えてしまう、と。
外部の人間は、もしかしたらと考えた。可能性は皆無ではなかった。
もしも御子ならば。ここに置いておくのはあまりにも色々な意味で危険だった。
この村で、御子かもしれないその子は、怪物として扱われているわけで、いつ水神の怒りが向くかわからない。
怒りが、どれくらいの範囲に向くのかが、わからない。
水神の怒りは容赦がなく、苛烈で、範囲は誰も予測できない。
まずい。
ゆえに外部の人間は、外に用事ができたといい、一番近い神殿に駆け込んだ。状況を訴えたのだ。
その頃、大神殿で生活していた齢九十八の御子が、安らかに神のもとに旅立っていた。
大神殿は新たな御子を探し、そして、
自分を、発見した。
御子が生きているうちに、新たに御子が現れる事は、長い歴史の中でも珍しい事だったから、大神殿で生活する御子が生きている間、神官は誰も新たな御子を探さなかった。
故に、自分は長く見つけられる事がなかったのだ。
「御子様」
その日、何故か納屋から、村長のもとに運び出されて、砂漠でよく使う敷物の上に座らせられて、熱でぼんやりする自分は、たくさんの客人の前に居た。
「この感じ取れる水神のお力、ああ、あなたは間違いなく、砂漠でもっとも尊い御方に違いありません」
「おお、お会いできて心より嬉しく思います」
「お体が弱い事を聞きました。さあ、我らとともに参りましょう」
「お急ぎください。お前達、御子様を早く輿に」
「こんなにお痩せになるほど、お辛かったでしょう」
感極まる人。天に感謝する人。腕を伸ばしてくる人。仲間を急かす人。涙ぐむ人。
色々な人がいるのはわかった。だが意味がまるでわからなかった。
数日下がる気配を見せないでいる熱が、思考を奪っていた。
座っているのも、限界だった。
くずおれると、悲鳴が上がった。担架をもってこい。治癒の魔法だ。御子様、御子様。
くずおれた体勢のまま、村長を見ると、村長は完全に血の気の引いた真っ青な顔で、固まっていた。
それはおそれしか見いだせない瞳だった。
疲れすぎて、目を閉じた。悲鳴が、またあがった。
そしてそのまま、担架で自分はどこかに運ばれていくようだった。どこにだろうと思いながら、目を開けてぼんやりしていると、弟が走ってきた。
「兄ちゃん!!」
ぼろぼろの見た目の弟が走ってくる。顔中に、案じる色が浮かんでいる。
「兄ちゃんをどこにつれていくの!! 寝てなきゃ、寝てなきゃ死んじゃうよ!!」
「安心しなさい。御子様は、これから、もっと色々な道具も薬も、何でも揃った場所で、手当を受けて、何不自由ない幸せな暮らしを送るのですから」
神官の一人がそう告げる。面倒くさそうな部分があった。
きっと自分も連れて行け、とぼろぼろの子供が駄々をこねると、思ったのだろう。
彼等は、御子の状態をとても気にしていて、他の事を気にかける余裕がその時、なかった。
それはそうだろう。
彼等の基準の中で、もっとも尊い、こんな風に死んではいけない人が、今にも死にそうなのだから。
子供にかまっている余裕は、なかっただろう。
「……兄ちゃんを、治してくれるの?」
「そうですよ! お前達、早く御子様を輿に! 治癒の魔法を!」
「だめです、御子様のお体が、治癒の魔法の魔力に耐えきれません! 魔力に負けてお命が!!」
治癒の魔法はたしかに効果があるが、弱りきった体にかけると、その魔力に負けて、死が進む場合があった。
今それが起きていた。
騒ぎがどこか遠く感じられた。その中で、リアスだけが感じられていた。
リアスは、神官の言葉を必死に噛み砕いて、理解しようとしていた。そして、やっと理解できた様子で、そして。
「兄ちゃん、幸せになってね。元気に、なってね。本当に本当に、元気になってね。元気で、幸せになってね。……ばいばい」
無理やりの顔で、笑った。泣きわめきたいのをこらえるために、歯を食いしばって、それでも、心底、兄が元気で幸せになるのを、喜んでいる顔だと分かった。
もう、だめだった。
手が、空をかく。そして、本当に運よく、リアスの腕を掴んだ。
「……いかない」
「え?」
周りの時が止まっていた。もうかまうものか。そんな思考で、自分は言う。
「リアスを置いていくなら、しんでも、いかない」
「兄ちゃん、だめだよ、わがまましちゃ、ねえ、だめだよ、兄ちゃん、死んじゃう!! 死んじゃう!! やだ、やだ、やだ!!」
「御子様!! 本当に死んでしまいます、すぐに治療のできる神殿へ行かなければ、貴方様のお体が!!」
「それで、いい。リアスを、おいて、いかされるなら」
リアスをどこにも置いていきたくない。この子を置いてはどこへもいけない。
この子は、自分がここを去ったら、どうなるのだ。村の皆から、虐げられて、それでも笑うというのか。
自分の喉から出たとは思えない、強い声がそう言っていた。
神官達が、リアスを見ている。誰かが仕方がないという。
「小僧! お前も来るのだ! 早く!」
「え、あ、うん、……まって、待って!! 兄ちゃんの大事な宝物、すぐ、持ってくる!!」
掴む手から、リアスの腕が抜けていく。行かないでリアス、どこにも、兄ちゃんのそばにいるって言ったのに、どこへ行くの。
息が苦しい。感情がおかしい。全てがおかしい。
弟は、本当にすぐに戻ってきた。掴んでいたのは、まだほんの少ししか読み進められていない、あの”本”だ。
夜に苦しむ日ばかりで、元気な寝る前にちょっとずつしか読み聞かせられなかった分厚すぎる冒険譚は、まだまだ終わりがわからない。
弟がくれた、弟以外の宝物。
「兄ちゃん! はやく行こう!」
空をかく手が捕まった。握られる温かさ。胸をさする手。
ああ、大丈夫。リアスはどこにも行かない。
意識が、途切れた。
そこから、必死の看病が行われて、自分は一命をとりとめた。そして、水神の前に挨拶に行く最初の儀式が行われた。
正式な装身具は、弱りきったひ弱な体には、身動きが取れなくなるほど重かった。
そのため、儀式の部屋まで歩く儀式も困難で、這いずるようだった。
神官達は、手を貸したくても、手を貸した行為で神罰を食らう事を恐れて、見るだけしか出来ないでいた。
だが。
「兄ちゃんに何するんだ! 兄ちゃん!!」
周りの誰もが絶句した。正式な装身具は、全て着用すると鎧のような重量になると言われるほどなのに、それに加えて人間一人の体の重さがあるというのに、リアスは自分を、抱え上げたのだ。
「リアス、重いだろう、やめていいよ」
「やだ! こんな真似して、兄ちゃん、また熱が出ちゃうだろ!! 熱が下がったのに! そっちの部屋に行かなきゃならないんだったら、おれが抱えて連れて行く!」
「神様が、怒らないかな」
弟に神罰など与えてなるものかと思った口がそう言うと、弟がはっきりと言いきった。
「なんで兄ちゃんを、神様のところに連れて行くのに、どうしても必要なのに、神様が怒るんだよ。そんなに怒るんなら、兄ちゃんの寝床に降臨してくれればいいんだ!」
何か、大いなる力が、大爆笑するのが、誰もに伝わった。誰もがその力にひざまずき、祈りを捧げた。
「おお、なんという」
「ご降臨なされるための部屋ではないというのに」
「このお力は間違いなく我らの水神様」
「なんという神々しい」
その時、自分と弟は、神を感じ取ったのだ。
御子は、二十歳になるまで、占いで選ばれた市井の家で生活を行うのが慣例だった。ゆえに自分も、占いによって選ばれた、夕空がとりわけ美しい街のそこそこ裕福な一家のもとに預けられた。
それはとてもとても砂漠の民にとって名誉だったけれども、過去一度も、自分ほど死にかける御子はいなかったらしい。
そしてそもそも、それだけ体の弱い人間を介抱する事に、慣れている人間ばかりではない。
少し熱を出しただけ、激しく咳込んだだけ、かすかに血を吐いただけ。
それだけでもう、とんでもない大騒ぎになってばかりで、一家は日に日に疲弊していた。ゆえに、それら全てに慣れたリアスが、また自分の側にいるようになった。
似たような年齢の子と遊ぶ事もしないで。
いっそう不自由な生活になったのに。
「大丈夫だよ、兄ちゃん。文字を教わったんだ。医学書、読めるようになって兄ちゃんの事、絶対に元気にするんだ」
力強く言い切る弟の瞳は、強かった。眩しかった。目が本当に眩みそうなくらいに。
看病の質が良くなって、体は少し回復した。まだまだ予断は許されない。少しましになったくらい。それが三年後である、自分が十七の時。
「兄ちゃん!! 聞いてくれよ! すごいのが発表されたんだぜ!」
体が回復してきて、御子としての儀礼を覚えるようになったある日、弟がいつになく瞳を煌めかせて駆け寄ってきた。
「青の国の魔術研究所が、すごい術を発表したんだ! 痛みを、他の人に渡して体力を回復させるんだ! すげえよ兄ちゃん、これを使えば、もっと兄ちゃんが元気になれるんだ!」
「それ、渡された方は大丈夫なのかい?」
「数値が乗ってたけど、大丈夫そうな数値だった。それに、臨床試験とかもしてあって、渡された方も、そんな辛くないって! 砂漠の大神殿の大神官様も、使おうって乗り気になってくれた」
「そう。大丈夫だといいんだけれど」
「おれ、今それおぼえてんだ」
「あのねえ、リアス。自分を大事にしてとあれほど」
「えー、ちょっとおれが痛いだけで、兄ちゃんが元気になるんだぜ、なんでそんなにすねんだよ」
「本当に痛いとかそういうのがあったら、二度目は死んだってやらせないからね、覚えてるんだよ」
「はーい」
弟は文字を覚えて、そして、医学書や薬の本というものの存在を知った後は、それらを頭に叩き込んでいれば、自分を助けられると考えた様子で、常にない熱心さでそれらを読みふけっていた。
人体のあれこれに、とんでもないくらい詳しくなったようだ、と医者が感心していた。
新しい術なので、色々な審議が行われて、誰がその術を使って御子の治療をするかでも会議が行われて、結果、同じ血を持つリアスが一番反動がないに違いないと、選ばれた。
そして、最初にそれを行った日は、自分がまた熱を出して、体中のあらゆるところが激痛を覚えて、苦しむ日だった。
「兄ちゃん、術使うからな。えーっとこれをこうしてこうやって」
術を使うには、相手の皮膚に触れなければならない。リアスは慣れた動きだから、手を握ってきた。
術の陣が淡く輝く。
体をあれほど苦しめていた痛みが、すべてなくなっていた。
リアスは、目を見開いて固まっていた。
「……リアス、大丈夫か?」
「びっくりした。すげーびっくりした。いきなり縫い針で、指をちくっとした感じだったから、突然過ぎて心の準備が出来なかった」
「痛いのはそれくらい?」
「え? うん」
「……そっか、まだ、自分を許せそうだ」
リアスが痛いのは心底いやだった。だが、縫い針でちくっとしただけの痛みなのに、自分がいやだと言ったら、それこそ盛大にへそを曲げて不機嫌になり、ぶうぶうと文句をいう弟が目に浮かんだから、我慢しようと、そう思った。
術を使うのはそれから、日常の一部になった。
痛みがなくなり、それによる体力の消耗がなくなった事によるのか、体調は激変し、半日街を歩いても、翌日熱を出さないまでに、体が回復した。
それゆえに、出会ってしまったのだ。
「きゃあ!」
「あ。ごめんなさい。ちゃんと前を見ていなかったから……」
「兄ちゃん、大丈夫か? あ、そっちの美人さんも」
日中の市場で、リアスが差し掛けてくれる傘の下を歩いて、きょろきょろしていて、出会ったのだ。
「……」
「……」
こんな美人がいるのか、と思うほどの絶世の美女に。
銀の髪に、紫の瞳の女性に。
運命が、狂い出した。




