披露宴の夜
「あれと皇女様を正式に結婚させるなんて」
「いくらあれが、王家の悲願を成就させたとしたって」
「あんな粗暴な男を、お屋敷に入れたら、大変よ」
「獣臭いかもしれないのに」
「どうして皇女様はあれがいいのかしら」
「傷心の頃に、助けてもらったのかもしれないけれど、皇女様はあの美貌よ」
「誰だって男なら優しくするわ。なのにあれ」
「きっと騙して体の関係をあれが迫って、妊娠させたのよ」
「皇女様は婚約者の浮気で苦しめられていた御方だから、責任を取るって言葉で陥落したのよ」
「ああ、おぞましい男」
「娘もどうして、皇女様に何一つ似ていないかしら。あの男にばかり似ていて」
「皇女様の尊い血筋を感じさせられるのならば、まだお仕えするのもましな気分になるのに」
「あの粗暴な男と同じ育ちでしょ、あの年齢で淑女教育をさせても、ろくな結果にならないわ」
私は使用人達が、気付いていないと思って噂する窓の下を見下ろした。一階の庭先の声って、二階からけっこう聞こえるんだな……これが。
「おれ言われてんなあ。お前もだけどよ」
「あに……お父さん、あんなに言われてるのに」
「おれはこれだぜ? 見かけがこれだから、勘違いなんて慣れてんだよ。お前が母ちゃんに似てないのは事実だしなあ。おれの側の血じゃ、青の国の貴族的尊い雰囲気出るわけもねえし」
二階の療養の部屋で、お父さんがけらけらと笑う。自分のネタは気にならない。いつもの態度だし、私の容姿への侮辱的な言葉じゃないから、お父さんは階下に窓から飛び降りて、使用人を殴る事もない。
使用人の方が、言葉に遠慮をする習慣があって、お父さんを怒らせないで済むのかもしれない。悪口はもうしかたないのかもしれないが、お父さんが血みどろの暴力騒ぎを起こす発言だけは誰もしないでくれ。
「おれが、乱暴で、学ってもんがなくて、礼儀だの作法だのも持ち合わせがなくて、粗暴だのなんだの言われるのは、現実だろうが。おれぁそういうので怒るのは違うって思ってんだ」
「言い返すよね」
「それは当たり前だろ、言い返したくなるのは人間的に」
いつものお父さんだ。でもちょっと機嫌が悪い顔だ。
「そんなに、嫌なの。お母さんと貴族社会の披露宴するの」
「あんな堅苦しくて気詰まりで腹の中身の探り合いしかねえ空間に、なんで入りたいんだよ。どうせ誰がどう見たって、おれは遠ざかりたい男だろうが」
お父さんの今までを鑑みるに、そりゃあそうだと思う。お父さんはそもそもお母さんの出自なんて知らないで結婚したんだろうし、庶民は礼儀作法だの暗黙の了解だのが魑魅魍魎並みに跋扈すると言う、貴族社会に入って泳ぎ回れるわけもない。
私は大神官という立場になると決定していたから、それらとは少し距離がある。
あれこれ聞き知っていたけれども、砂漠のそれとこっちのそれはかなり違う様子だし。
「お母さんの旦那さんって公式で認めてもらえるのも嫌なの」
「表に出たくねえんだよ。大秘宝を探したいのさ」
「ああ……」
お父さんはずっとそれを追っている。大秘宝を探し回るのに、青の国の王家の婿というのはうっとうしい肩書だ。あちこち渡り歩くのにも苦労する。外交問題に発展するから。
「やりたくねえなあ」
「逃げたりはしないんだ」
「逃げたらお前の盾になれねえ」
「お母さんのじゃ、なくて?」
「お前の母ちゃんは、守りたいってひれ伏す騎士がいくらでも湧くだろ。お前はそうじゃない。おれの血だから」
お父さんは変なところで現実を知っている。世界を渡り歩く事は、お父さんに知識をたくさん与えたんだろう。
貴族がこだわる、尊い血筋のあれこれに関しても。
「お母さんを説得したりは」
「あんなに浮かれてんのに水をさすのはな。それに青の国の王様が、お前のかあちゃんにやってほしいって頭下げてんだ。王様肝いりで、お前のかあちゃん説得したってどうにもならねえ」
とってもとっても面倒くさい。それがお父さんの態度からも顔からも滲んでいて、私は。
「平和に終わるといいよね」
他に何も言えなかった。
「披露宴に、お前は出られねえしな。淑女教育出来てねえから、貴族にお前が笑われるのを防ぐためとか言う話」
「いきなり知らない人達に笑いものにされるとか、引きこもる原因だもんね」
「だからアイーダ、お前はいい子で隠れていろよ、おれぁ鳥肌我慢する」
「頑張れ」
結婚式に年単位の時間がかかる貴族社会で、お父さんとお母さんの披露宴は尋常じゃない速さで準備された。
それは、青の国の王様が、お父さんを逃がしたくないからだ。人造とはいえ、誰もどうにも出来なかった神様もどきを、一人で討ち果たしたほどのお父さんの戦闘能力を、他の国に取られたくないだろうし、取られたら脅威だと分かっているから。
祖父母は王様が権力を全部使って、お母さんという絶世の美貌の妻で、お父さんを引き止めようとしているという事で、ものすごく不本意でも、披露宴を止めさせられない。
中止された大聖堂での結婚式の騒ぎを知った貴族の誰もが、お父さんをひと目見たくて、披露宴に出ているらしい。
そんな話を聞いた私は、お父さんが脱走しないで我慢するのは、忍耐の限界が来るまでだろうな、と思っていた。
お父さんは客寄せの珍しい獣じゃないのだから。
「……お母さんの目が光らないと、食事も出てこないとは」
披露宴に人手が集中しているのは事実だ。でも、一人娘の夕飯を誰も用意しないのは、いかほどか。
「それくらい、どうでもいいと思われているんだろうけれども」
自分はやりたくないけれども、誰かがきっとやるだろう。そんな思考が透けて見える。嫌われたものだが、そう思われるほど、お母さんの美貌を爪の先ほども引き継がなかった娘に、意識を向ける使用人が居ないだけだろう。
こういう歴史がとてもあって裕福で、血筋もきらびやかな家に仕える使用人には、そこに選ばれたという矜持があって、あるからこそ、認められない相手を受け付けない。
青の国の身分的に見たら、私やお父さんの方が、へりくだるような身分の使用人も実は多いのかも。
「アイーダ? お父さんはこっちにいる?」
貴族社会のメンツの問題に思いを馳せていると、不意に部屋の扉が叩かれて、外からお母さんの声がかけられた。
「お父さん? 居ないよ。どうしたの」
「見当たらないの。疲れて戻ってきたのかと思ったのに」
「ううん、見てないからわかんない」
「そう。お母さん、もう少し人に聞いてみるわ」
「わかった」
やっぱりお父さんは我慢と忍耐の末脱走したらしい。時計を見ると昼に開始された披露宴が、夜の部になってから三時間。耐えた方に違いない。
「いくら体力馬鹿のお父さんでも、堪えたか」
私はそんな独り言を漏らして、療養の部屋から見えた中庭の庭園に目を向けた。
「……あれ?」
そこに、一人っきりの男性が見えたのだ。遠くだから、人相はわからないけれども、肉体の大きさから多分お父さん。
「休憩したいのかな。様子でも見に行くか」
私はそんな軽い気持ちで、療養の部屋を出た。貴族は誰も私の顔を知らないのだから、今の、療養の男女兼用の服を来た私が少し庭園に出ても、お母さんの娘だと顔は一致しないだろう。
病人が、ほんの少しだけ、明るい場所を見たいと思ったと思われておしまいだ。
そう思ったから、大丈夫だと思って、私は庭園の方に向かって、割とすぐにお父さんを見つけた。
お父さんは庭園の長椅子に座り込んでいた。慣れない我慢だから、疲れてしまって、ちょっと休憩したら戻るつもりだったのだろう。
そんな雰囲気で座っている気がした。
船を漕いでいるのは、飲まされすぎたか、飲まないとやってられないとやけになったか。
起こしてあげよう。お母さんが探していたと言えば、戻るだろう。
「起きて、こんなところで寝たら風邪引くよ」
ありふれた言葉で、私はお父さんを揺すった。ぐらぐらと頭が揺れたお父さんは、寝起きだからぼんやりとしたのだろう瞳で、私の方を向いた。
私と同じ色の両目が、数度、瞬く。
瞬いて、像を作って、私が見えたはずだった。
銀の目をしていた頃、お父さんは寝起きにこうなったら、あくびをして伸びをして、立ち上がっていた。
だから、いつものようにそうなると思っていた。
でも。
「……あにき?」
あいに、きてくれたのか?
私は声が出なかった。その言葉が示す人に向ける、憎悪とかがあるであろう声じゃなかったからだ。
叶えてもらえない願いが、叶った。そんな、声だった。




