王家のお屋敷
王家の屋敷の一つ。そこでの療養を強制された兄貴……お父さんは不満そうだった。そういうところが好きじゃないのだろう。
「何でもかんでも力加減間違えて壊しちまいそうだぜ」
茶器の扱い一つだってわからねえ、飯の味もわからねえ、食えるけど、とぼやく姿は、いつも誰も彼もが言うように、お父さんの生まれと育ちがかなり鄙びた場所だった事を示すようだ。
お父さんもよく言う。
「実家は辺境だったんだよ! もう人が減っていくばっかのな! いわゆる限界集落?」
と。限界集落なんて言葉を意外と知っていたのが驚きで、驚いたとわかると自慢げに
「若返っちまってから覚えたぜ、この単語」
と言った。
巻き戻る前は……やっぱりうるさくてわがままで、自分勝手な性格だったんだろう。何も変わらなかったに違いない。
お父さんは変わらない。大人しくはしているみたいだ。使用人達を困らせる気はないらしい。
それでも、使用人達がかなりお父さんの生まれと育ちを見下しているのは、感じ取れた。そしてその血を引き継いだ私の事も良くは思っていないだろう。
お母さんがとっても嬉しそうだから、しぶしぶ対応しているんだと流石にこの歳だからわかるのだ。
そんなお母さんは、いつでも嬉しそうだ。嬉しそうで、私に、今までどこでどういう風に暮らしてきていたんだ、と聞いてくる。
それは、失われた過去を知りたがる母親という顔だ。お母さんは、お父さんと二人で生きてきた私が、どうしてきたのかを知りたいのだ。
信じたくないけれども死んだ、と思っていたお父さんの今までの事が知りたいのだ。
お母さんは、私の事は母親という顔で見てくる。
でも、お父さんの話題の時は、若い乙女で見慣れた、恋する女性の顔と視線をしている。
「妊娠がわかって、相談した時に、結婚するか、って言われて、天にも昇る気持ちだったの」
昔話の時に教えてもらった過去のそれは、お母さんの顔から歳月をなくす。十数年の歳月が消えて、恋する絶世の美女がそこに現れる。
お母さんはお父さんが心の底から大好きだ。あの顔であの態度であの性格でも、聞いた話によれば婚約者の浮気だの毒殺未遂事件だのに巻き込まれて、噂に翻弄されて疲弊しきった若い頃のお母さんにとって、あれだけの自信がある態度と、きっと無造作に差し出されたのだろう容赦のない、でも私が与えられたような温かな手のひらは、きっと恋をするのに十分な要素だったに違いない。
「お父さん、昔はもっと気遣いをする人だったのよ」
「それって、お母さんがとっても美人だったからじゃない?」
「それでもいいわ。あの頃の思い出は、ずっと心を折らないで居られるだけの力があったから」
お母さんが偏執的なまでに自身に執着する公爵に見つかり、貴族社会に連れ戻されて、軟禁されている間。
執拗に結婚を迫られている間。
それを拒むという精神力を維持したのは、お父さんとの思い出だったのだろう。
「あの大火事で、アイーダの消息がわからなくなって。おかみさん達のところにいないかもしれないと思って。……そこで、あなたを探してくれるなら、結婚すると公爵に言ったの」
私を見つけられないのは道理だった。大火事で手がかりになるもののほとんどは焼けて失われた。あの大混乱の中で、身寄りのない子供がどこに行ったのかを、覚え続けられる人はそうそう居ない。あの頃、誰もが失われた自分の生活を取り戻そうと必死にあがいていた。周りなんてきっと見えない人のほうが遥かに多かった。
お母さんは、おかみさん達の人となりをよく分かっていたから、自分が公爵に抵抗できる手札が見つかれば、私を迎えに行き、公爵から逃れられると思っていた。
でも、そもそもの居場所が焼けてしまって、世話焼きで面倒見が良くて、心の優しいおかみさん達は、街に居られなくなった。
おかみさん一家の消息も、お母さんがわからなくなってしまった。
私なんてなおの事。
「探して探して、やっと分かった手がかりが、耐火性の高いトランクに詰められていた、昔の私のドレスだった。それはおかみさんが、高級古着店に売っていたでしょう。おかみさんが、子供をつれて売りに行った事が分かったから、そこからあなたが生きていると信じて」
それでもおかみさん達が王都を去った。あの死者すら把握しきれない混乱の中で、庶民一家の向かった先を特定するのは相当に困難だ。
公爵はお母さんが、娘を見つけられたら結婚に同意すると約束したから、金に糸目をつけずに探しに探して、小さな怪しい情報すら手がかりにして、何年もかけておかみさん一家の家を見つけた。
もちろんそこで暮らしていたのはシャルロットだ。でも。
「シャルロットは、街でもとびきりと言われるくらいの、絶世の美少女だから。そして、おかみさんの妹さんと同じ、銀髪に紫の瞳をしていたから」
そして。
「ドレスを売りに行った時に、ついて行ったのがシャルロットだったから。あなたの姿を知らなかったし、私から聞こうともしなかった公爵とその部下は、シャルロットが私の生き別れの娘だと間違えてしまったの」
連れて行かれる時に、おかみさん達は違うと否定した。ドレスを持っていた子供の事だって話した。連れて行った先の孤児院が、買い取った貴族の悪事が露見して解体されると聞いた時に、すぐに迎えに行ったのに、母親が連れて帰ったと聞かされていたと。
おかみさん達は、そこで、本当にお母さんと私が再会できたと信じたらしい。孤児院の話を疑わなかった。
孤児院の職員は、お母さんが、一時的にかなりのお金が必要で私のもとを去ったけれども、お金が足りるようになったから、あの大火事で行方不明になった娘を探し回ってやっと迎えに来たのだと、ありえそうな話を、おかみさん達に言ったのだ。
おかみさん達は、なんの伝言もない事を怒りながらも、自分達の行方もお母さんにはわからなかった結果だと納得した。
それで、親子の再会を心から喜んで暮らしていていたから、シャルロットを連れ去りに来た人達の話がわからなかった。
全部おかみさん達は説明したけれども、私の容姿を聞かれた時に、お母さんとは似ても似つかない色彩を、本当の事だから説明したら、詐欺だの何だのと言われて、シャルロットこそ真の娘だと言われて、抵抗したら牢獄にぶち込まれた。
それが、シャルロット達に起きたとばっちりだった。
「お母さんの話はこれでもういいわ、あなたは今まで何をしてきたの? お父さんと二人で」
私はこれに、色々隠しながら説明をした。砂漠の王様の疎まれた婚約者だっただの、次代の大神官だっただの、は非常に説明に困るし、きっと信じられない話だし、政治的な話をおばさまから多少は聞かされて育ったから、きっと死んだと思われている私が生きているのは、外交的に色々面倒を呼ぶし、下手したら繰り返し命を狙われると、殺されかけたから気付いたのだ。
失った片耳が、私にそういう知恵を授けてくれた。あのお茶の苦しみは夢じゃなかったのだと。
そのため、色々隠しながら、お父さんが若返っていて親子と思えないから、年の離れた生き別れの兄妹で、周りの人に助けられつつ、お父さんがお世話になっていた砂漠の地方で暮らしていたと話した。
「お父さん、砂漠で育ったものね」
お母さんはそれで納得した。それに。
「私とあなたを守るために、結果として若返ってしまったお父さんが、迎えに来られなかったのは仕方がないわ。たった九歳の子供を旦那様とは誰も信じてくれないもの」
と理解を示した。お母さんは王族だから、年の差婚は拒否感がなくても、子供を旦那様と呼んだら色々庶民生活では問題おおありなのを理解している。貴族だって、男の方が子供だというのを、とても嫌がる。
若く魅力的な男は喜ばれても。子供は、だめだ。
下手しなくても変態。名誉だのが物を言う貴族にとって、外を歩けなくなるくらいの、醜聞。
若い女の子は、喜ばれたりすることもあるけれども。
「それでも、お父さんとあなたが再会してくれたのは本当に奇跡よ。本当に嬉しいわ」
そう喜んでくれるのであった。
「お母さんは、お父さんのお兄さん知っている?」
「お父さんが苦しむ理由の男なんて、思い出したくもないし、覚えていないわ」
「そりゃそうだ」
お父さんが、心底大嫌いだと吐き捨てる人を、お母さんが覚えていたいわけもない。
砂漠で語られたあれこれが真実ならば、お父さんのお兄さんは、横恋慕だっただろうし。
いい人じゃなかったんだろうな、とお母さんから聞く限り、そう思う私だった。
「毛色の違う猿が」
これが初めて顔を合わせた、お母さんの父親。私の母方の祖父の発言だった。
それを言いたくなるのは、祖父のきらびやかな血筋と、祖母のきらびやかな血筋の矜持からだ。
砂漠でもあれこれを知る他なかった私は、顔が思い切りひきつったが、黙る事は出来た。言い返したら何が起きるかわからない。屋敷の持ち主は祖父なのだ。王様が命令したから、渋々従う結果だとも知っていた。
「こんな、猿を娘が産んだとは認めたくない」
たしかに私は青の国の貴族の容貌とは大違いだ。異国風美人ですらない。
完全にお父さんの血筋で、お父さんの子供の頃に、そして過去を知る誰もが驚くくらいに、お父さんのお兄さんにそっくりなのである。
自分達と違いすぎて、孫と認めたくないのは、祖父が青の国の王家に連なる血筋で、祖母の方はあの金の帝国の皇帝に連なる血筋だからだろう。
お母さんを、皇女と呼ぶのは、祖母が皇帝の末の姫のけっこう下の娘だからだ。継承権は子供が多いからとても低い。でも血筋は完璧だ。皇后生まれ。
祖父に祖母が嫁いだのは、祖母が舞踏会で祖父を見初めて、結婚するのだと皇帝に掛け合ったからだそうである。
祖父は大変な名誉のある結婚をしたと言えるだろう。砂漠に並ぶ長い歴史を持つ金の帝国の皇帝の皇后から生まれた姫との結婚なのだから。
母の銀の髪は、どんなに美しくても、濃い青い髪を王家の色とする青の国では異質な銀の髪だが、それは皇后の持つ正当な色を継いだ事だから、誰もああだこうだ言わない。褒めそやす。高貴な美しさだと。
さらにお母さんは祖父母のいいところを全部引き継いだような、べらぼうな美人で、とっても賢くて貴族的に完璧。
この人が産んだのが、何から何まで引き継がない私だというのを、祖父母が受け付けないのはもう、しょうがない。庶民だって似たような感情を持つ人は一定数いるだろう。
特に娘の相手を受け入れたくない親ならなおだ。
砂漠で時折起きる修羅場すったもんだは、怪我人が出れば神殿に担ぎ込まれたりするから、私の耳まで届くのだ。娯楽が欲しい神殿の見習いの女の子は、そういう修羅場を刺激だと思って知りたがるし。私まで持ち込まれた。
砂漠は娘を溺愛する父親が多いのか、娘の選んだ男を認められないという決闘が起きる事もあったしね。
……そんなあれこれに思いを馳せながら、私はお母さんが療養の部屋に来ていない時をきっと狙って、入ってきた祖父の言葉を聞いたのだ。
「何かをしたらお前もお前の父も追い出す。娘はお前の父に執心の様子だが、それも一時のまやかしだろう。まったく。公爵が連れ戻してくれた時はまだあの男ならばと思ったというのに」
祖父は苦々しげに吐き捨てた。祖母は私を人間だとも思わない視線で見ていた。
……隣で寝ていたお父さんは、剣呑な空気なんか気づかないで熟睡していた。とっても神経が太い。太くなきゃあんな性格してないだろう。
聞こえていないお父さんに、この話はとても聞かせられなかった。聞いてなくてよかった。寝てくれていてよかった。そればっかりは運がいいと安心できた。
起きていたら、お父さんは自分はさておき、私が猿だと言われた事に激怒して、祖父母をぼろぼろになるまで殴った可能性があったので。
お父さん、私の容姿が侮辱されると、自分の時は馬鹿みたいに笑って、本当にネタなんだって言わんばかりに笑い転げて
「しょうがねえだろうが、この面で、このなりだぜ! 強そうだろ?」
で済ませるのに、私が言われると、表情がなくなって、相手が血まみれで許しを請うまで素手で殴るのだ。自分の手がどうなろうとお構いなしに。
お父さんのお兄さんに似ているという話では、怒らない。似ているのはどうしようもないという姿勢だったのかもしれない。だって隠されていたけど、本当に血がつながってたわけだし。
でも、
「醜い」
「獣のよう」
とか言われたらもう、すごかった。下手すると子供相手でも理性を捨ててやりかねない凶暴性があって、小さい頃に悪口をいう奴に、警告した事がある。
「馬鹿とかはまだ言い返すからいいけど、容姿のあれこれいうと、あんた死んじゃう。兄貴容姿だけは小さい子相手でも手が出る」
信じなかった奴はそれでも、大きい人が私を取り囲んで容貌で侮辱した時に居合わせたお父さんが、警邏を呼ばれて五人がかりで抑え込まれて、それでも暴れたから信じた。ドン引きしていた。
「お前の兄ちゃん、普通の悪口の時はあんなじゃないのに、顔とかだとあんな怒るんだ。怒るところどこなんだよ……」
その暴れっぷりは変なふうに広まり
「妹を溺愛しているから妹の容姿に関してだけは許せない事が多いシスコンぶっちぎりお兄さん」
と街に広まった。おばば様も聞いていた。頭をめちゃくちゃ抱えていた。
このネタだけは、どんなに怒られても、お父さんは聞いていない顔をした。その理由はわからない。たぶん、神の御子だったお兄さんと似ている事を、私が悪い事だと思わないようにという考えがあったんだろう。
どうにも出来ない顔というもので、自分が悪いと思わないように。
それは、色々分かった今だからなおわかるのだが、お父さんの頭の血管が切れる禁断の言葉を言っている祖父母が去った時、私は心底安堵した。
祖父母みたいなか弱い人を、切れて見境のないお父さんが殴ったら、死人を出す騒ぎになる可能性が、否定できなかったから。




