悲しい葬儀
その日は季節的にもそぐわないくらいの炎天下だった。大神官の跡継ぎであった少女、アイーダの葬儀が行われたのは、そういう日だった。
死因は悲しい事故とされた。彼女の飲んでいたお茶の中に、混ざってはいけない毒草が入っていた事による事故死だ。
誰かがわざと混入したのでは? という噂もあった。だが。
彼女の手元にあった茶葉の美しい容器が、それを否定したのだ。
その美しい容器に入れられた茶葉は限定品で、そして、一年前にはすでにそれを販売した業者が、毒草が混ざっていた事に気づき速やかに回収し終えていたはずの商品だったのだ。
業者は特別な茶器だったからこそ、購入者のリストを作っていた。購入者には連絡を行い、すべての購入者が返品した、はずだったのだ。
回収されきっていなかった茶葉。リストに載らなかった最後の一人の購入者が誰だったのか、業者ももうわからない。業者は規律に基づいた事を行ったし、何も法的に問題のない対応を貫いた。
王の前に召し出されてもなお、彼等は自分達の行った対応を明確に説明し、逆に何故最後の一つが、巡り巡って次代の大神官のもとに行ってしまったのかを調査するように、と願ったくらいだ。
彼等とて信用がなくなれば廃業する身の上、決死の懇願でもあった。
王は公平な男だった。それゆえに、彼等が真実を語っていると分かっていた。
そのため、厳正に調査を行った。
結果。
その茶缶が、その業者の見本として残しておいたものだった事がわかったのだ。そしてその見本は、問題が起きた時点で廃棄したはずだったのだ。
誰かが廃棄される前に、くすねた。くすねた人間の素性までは調べきれなかった。その誰かが転売した事だけは分かっており、転売したのが何者なのかはわからない。
そしてそれは、めぐりめぐって次代の大神官が購入するに至ったという事だった。
そんな悲しい事故の結果、亡くなった次代の大神官の葬儀は、彼女の立場からすると驚くくらいにひっそりと行われた。
それは彼女の身内が誰も葬儀に間に合わなかったからだ。
彼女の身内はたった一人、兄だけだ。
その兄が今どこでどうしていて、何をしているのか、誰もわからなかったからこそ、妹が死んだ事を、この兄に誰も知らせられなかった。葬儀を延長すればいいという話ではない。
遺体というものは腐るのだ。
腐敗した亡骸を安置し続けるのはよろしくない。
だからこそ、葬儀を速やかに行わなければならなかった。
ぎりぎりまで彼女の兄の帰宅を待ったが、叶わず、彼女は身内の誰にも死を知らせられないまま、葬儀となったのだ。
その日の前日は大雨が降った。
翌日は倒れてしまいそうな暑さの炎天下で、誰もがうんざりしながら、葬儀を終わらせ、最期の儀式となったのだ。
最後の儀式。それは国王や大神官や、その跡取りのみが行われるもので、遺体とともに副葬品を収めた棺桶の蓋を固く閉じ、大神殿から大河に流し、一定のところで回収してから砂の中に埋めるという物だった。
王や大神官に並ぶ者は、水の神の力を肩に乗せているとされており、その力を神に返すための儀式と言われている。
「……まだ待ってくれ」
「お時間が来ております、陛下」
「まだ銀の目は戻らないのか」
「誰も戻ったという報告を受けておりません。王、駄々をこねないでくださいませ」
「後もう少し」
「王」
大河に亡骸を返す間際、そんなやり取りが砂漠の王と、葬儀を執り行う神官と一族の者との間で行われていた。
王は優しげな手つきで棺桶の蓋を繰り返し撫でている。葬儀を執り行っている間も、彼は可能な限り、棺桶の中の少女の手を握っていた。
もう、脈打つことのない青ざめた手を、それでも。
「流してくれるな、まだ、まだ」
「いけません。あなたが慣例を破ってどうしますか」
「だが」
悲しい事故だった。アイーダが、どこかのお店で、やっと手が届くような素敵な茶缶に入ったお茶を購入し、飲まなければ。
転売された店の誰かが、その商品が回収されるはずのものだと気付いていれば。
この悲しい葬儀は行われなかった。
跡取りを失った大神官は泣き崩れ、ついには倒れて最期を見届けられないまま部屋に戻らされているくらいだ。
「彼女は兄にも見送られないまま、砂の中に眠るなど」
「王」
葬儀を執り行う神官がたしなめた。王たるものが、大事な儀式の一つである葬儀をわがままで取りやめてはならない。
王もそれは分かっているのだろうが、それでも王はまだ河の中にも、砂の中にも、婚約者を預けられないでいる。
「……」
砂漠の王は瞳を伏せた。未だなお、神の怒りの色が色濃く残る黄金の瞳を。その瞳の中には痛みだけが浮かんでいる。
「贈る衣装は、死装束にしたくなかった」
王は歯を食いしばった調子でそれだけをいい、いよいよ彼女の棺桶が、彼女を入れた器が、河の中に流される。
「……」
死者を見送る歌が響く。死者を癒すための音楽が響く。王は棺桶が見えなくなるまでそれを見て、そして頭を振って、儀式の終わりとともに城の中に戻っていった。
「回収地点の水が荒れ狂った?」
補佐官はぎょっとして問い返した。問い返された報告者の役人が、蒼白な顔でそれを肯定する。
「はい。アイーダ様の棺桶を回収する地点、ズアハの大河の流れは、大雨の後という事なのか前例にないほど荒れ狂い、その」
「続けよ」
「棺桶が……」
「どうなったのだ」
「破損し」
「!?」
「ほ、本当です!! 棺桶が破損し、副葬品の大部分と遺体が水の中に沈み、回収できたのは棺桶の一部と、なんとか残っていた副葬品の一部のみなのです!!」
「大河に浮かべるための棺桶は、何よりも厳重に検査が行われたものだろう!? 何故破損など」
「荒れ狂う大河の流れの中に、大きな岩や木の根などが混ざり……それにぶつかってしまって」
「なんたる事だ」
補佐官は前例のない事にいい言葉を見つけられなかった。
これまで、王や大神官やその次代の遺体が行方不明になる事など一度もなかったのだ。
「アイーダ様の亡骸が……そんな……」
呆然とつぶやいた後、しかし補佐官は我に返った。
「副葬品と遺体を可能な限り探せ! 亡骸はこの際、一部でもいい! 我々はアイーダ様に安らかに眠ってほしいのだ。死者の眠りを妨げるような事になってはならない」
「はい!」
役人が立ち上がり、急ぎ指示を取るために去っていく。補佐官はこの現実を、亡骸が戻ってくる事、そして彼女の霊廟を作る事を思って気を紛らわせている王になんと伝えるべきなのか、悩みながらもまともな答えなど見つけようもなかったのだった。
荒れ狂う大河の流れは大神官の跡取りにも平等に容赦をしなかったのだろう。
見つかった亡骸は一部、彼女の副葬品の耳飾りをつけた片耳だけだった。




