王様の本心
私は浮かれきった足取りでお城の廊下を歩いていた。
それは仕方がないんだと声を大にして言いたい。
私の王様が、私を大事だと行ってくれたのだ。嫌いじゃないと明言してくれたのだ。
そしてなんと、私に、儀礼用とは言えども服を贈ってくれると言ったのだ。
これに浮かれないうら若き恋する乙女がいるだろうか? そもそも私の身の上で、恋する乙女というのはなにかおかしい気がするものの、私だって好きな人から大事だと言われたいし、なんやかんや恋人同士のやり取りをしたいと思うのだ。
たとえ女の子達から、何故か黄色い声で叫ばれる様になっていても、私の心は女の子だという事であろう。
私はぴょんぴょんと跳ねないだけまだかわいらしいくらいに浮かれきって歩いていた。
そんな矢先の事だった。
「次代様」
不意に後ろから声をかけられて、なんだろうとそちらを振り返ると、面倒くさいのがわかりきっている面々が立っていた。
私が彼等を面倒くさいというのはきちんとした理由がある。
彼等の意見と私の意見が徹底的に合わなくて、合わないからこそ落としどころがどこにもない問題を、彼等と私が抱えているからである。
私はまた捕まったのか、と思いながら、げんなりしながら口を開いた。
「何でしょう。あのお話なら、受け付けないと言いましたよね」
「そのような事をおっしゃられても、この国の火急の問題に当たりますゆえ」
「今までそんな問題を、抱えていなかったように日々を暮らしていたというのにですか」
私の言い方には棘がある。棘がある理由を、彼等の代表が口を開いて話し出す。
「老朽化したハレムの修復の件です。アイーダ様、貴方様が大神官になる事はほぼ決定事項ですが、だからハレムを修復しないという話ではありません」
「私は嫌だって言ったでしょう。私があの人の名実ともに妻になれないなんて嫌だと、はっきりときっぱりと」
「しかしながら、アイーダ様。そもそもこの砂漠の王は、数多の女性をハレムに入れて抱え込み、跡取りをもうける事も使命です」
「今まであの人に誰もそういった女性を近付けさせなかったというのに、私が大神官に決まって、物のあれこれがわかるようになった途端に、あの人に女性を数多あてがう、そんな話を持ち込むのがどうかしています。水の神様の怒りが始まる前の慣習を、やっと平和になったからと言って持ち出すのはあまりにもあの人に対して失礼です」
「アイーダ様。あの方はもう、単なる砂漠の王ではなくなっていらっしゃるのですよ」
「あの人は単なる砂漠の王ではそもそもなかったじゃないですか。王様はこの国どころか世界を救う英雄でいらっしゃったでしょう」
私と彼等の意見が合わない、その理由がこれだ。
彼等は王様の遠い親戚であり、そもそもの身分は、そんなに身の上の高くない両親を持った王様よりも、遥かに高い身分だった一族の人々だ。
彼等とは家系図を紐解けばぎりぎり記載がお互いにあるだろう程度の血縁関係だと聞いている。
そんな彼等は、大旱魃が起きる前の砂漠の国で、王位を他の部族と争う事が日常だったわけだ。
彼等は大旱魃が起きる前の事にとても詳しい人達が集まっていて、そして、王位を一族で保有し続けたがっている。
今の砂漠の国は、水面下では王位争いが激化しているとおばさまがおっしゃっていた。
それは人身御供のように、神への生贄として王が選ばれる事がもうなくなったからだ。
王になった途端に、神の怒りをその体で受け止めて死ぬ、なんて事がなくなった途端に誰も彼も、王位を望める人達が、王位を欲しがり争っている。
王様の一族もそうであって、王様に王である事を続けて欲しがっていて……自分達の権力の基盤を固めるために、今まで無視していたハレムを作る事を、私に訴えてきているのだ。
長らく砂漠の国にハレムはなかった。王位についた誰も彼もが、最初の雨乞いの儀式で雷を受け、死んでいったから作るのが無駄だった。
私の大事な王様が王位についた後は、こんな正しくない血統の男の子供を次の王にはしたくない、そして神の怒りを受け続ける王がいつ死ぬかわからない、という理由でハレムを作らなかった。
でも、今は事情が違う。もうあの恐ろしい水の神の怒りは解けた。
そしてそれをなし得た王様を、人々は熱狂的に支持している。
この状況だから、人々が次に望むのは、王様の子供が出来る事で、そのためにはハレムを作らなければならない。
……私が生むんじゃないのか、と思ったかもしれないが、私は事情を聞くまでまるで知らなかったのだけれども、砂漠の正妃は子供を王様と作らなくていい身の上であるらしい。
それは公式行事や正式な神々への奉納その他の儀式を行う大神官が、妊娠して万が一の事になったら、次の大神官を決める事がかなり難しいからだ。
王の正妃が大神官である以上、正妃争いが激化する。激化して国を分裂させるわけには行かない。だから大神官である正妃は子供を作らなくていい。かわりにハレムの女性達が、後継者を生んで育てる。
それが砂漠の長らく慣習とされてきた事だったのだという。
聞いた私は冗談じゃないって思った。私の王様なのだ。私が一番そばに居たいと思っている大事な人が、他所の女にそういう事をして、子供を作って、子供を抱き上げたりしてかわいがって?
そんなのを、砂漠以外で幼少期育った私は受け付けなかった。
それにハレムがあるのは王様のみ。一般人は一夫多妻制じゃなくて一夫一婦制だから、この女性を数多抱える行為は砂漠の一般的結婚様式でもない。
故に私は繰り返し、ハレムを作りたいという一族の人達の申し出を突っぱねている。
私を無視してやれるんじゃないかと思うかもしれないが、大神官を除け者にしてハレムは作れないという慣習がじつはあるらしく、私が認めなければハレムは再建されないのだ。
「絶対に嫌。あの人が私以外の女の人に対して、そういう事をするなんて死んでも嫌」
それが私の間違いない思いなのである。
しかし、権力欲にまみれた人々はそんな思いを無視しようとあれこれ言う。
「アイーダ様、あの方の子供をあなたが平和に産めるとも限りますまい。妊娠は常に死神が横に居て笑いかける世界。お産の際に亡くなる女性がどれだけ多いかも存じていらっしゃるでしょう」
「ハレムを作るのはあの人の後の、選定で決まった王様にすればいいじゃないですか。別に今まで必要なかったんですから、今急がなくったって」
「それで他の部族が幅を利かせるようになるのも時間の問題になります。跡取りの居ない王は、危うい立場になるのですよ」
「それでも私は嫌だと言い続けます、ハレムの再建を認めません」
話はこれでおしまいです、と言う調子でぶった切り、私は先程までの浮かれた足取りではなくて、言い争いでどっと疲れた足取りで、部屋に戻っていったのだった。
「ああつかれた。なんで今さらになって私の王様にハレムをなんていうの。そもそも跡取りが欲しいだの何だの言うなら、神様の怒りがあろうとも、あの人の心を癒すためのハレムを作っていればまだ諦めもついたのに!」
私は部屋に戻り、イライラしながら竈の熾火を大きくした。砂漠の部屋には竈が据付で存在している部屋が多い。それは竈に聖なる力を見出している文化だからだ。
竈が人々の暮らしを守るという考え方でもある。異界につながるのは井戸と竈というおとぎ話も散見するくらいだ。
「お茶でも飲まなきゃやってられない! そもそもあの人のためみたいな顔をして、自分たちの利益だけのために、あの人の子供が必要っていうのを隠さないのも腹が立つ!」
熾火を大きくして、水瓶の水を薬缶に入れてお湯を沸かす。それがぐらぐら煮え立つまでも、私はぶつぶつと文句をいう。
「あの人の痛めつけられた心を癒す優しい女性が、ハレムにずっと居て、私が本物のぽっと出ならまだハレム仕方ないね、で割り切ったかもしれないけど! 今更ハレム制度戻しますなんて言われて、納得ができるか!」
吠えた私は茶缶を開けた。そしてちょっと沈黙した。
「あれ、私お茶の葉っぱ切らしてたっけ? 朝はそこそこあったと思ったんだけどな。いやあれは香辛料? え? お茶っ葉切らした? バロじゃないのに」
砂漠の世界では爽快感のある薬草を混ぜたお茶が飲料として主流だ。だからどこのご家庭も、どこの神官も簡単にお茶の葉を切らす事はない。
だが皆、たまに切らす。
「隣に言って借りてこようかな一杯分くらい……一週間前に隣に融通したし」
私は1杯分のお茶の葉を、今回限りと頼んでもらえないかと思って立ち上がり、そこで部屋の扉が叩かれて来客が告げられた。
「はい、どちら様でいらっしゃいますか?」
「アイーダ様。我らの王からアイーダ様に贈り物です」
「あの人から? なんだろう、ありがとうございます」
「たっぷりお楽しみくださいとの事でした」
「ありがとうございます、あなたもわざわざすみません」
部屋の扉を叩いたのは、王様の執務の補佐をする補佐官の人で、王様がそこそこ信用している人だ。
腹心ではないらしい。でも誠実だと評していたから、私はこの人の誠実さを信じている。
その人が王様の贈り物というのだから、贈り物で間違いないだろう。
「いえいえ、たまにはあの方も婚約者の可愛らしい女性に贈り物をするべきだと、おばば様達もいうくらいですからね、やっとそれらしい事をしてくれたと」
補佐官の人はニコニコと笑い、それでは仕事が残っておりますので、と一声言って去っていった。
渡された贈り物の包は小さくて、その包みを開くと……湿気が入らないように工夫されたこれは。
「お茶の箱だ! 王様って気が利くと思ってたけど、すごいな。こんなきれいな茶箱での贈り物ってうれしいな」
綺麗な、女の子が好きそうなきらきらした螺鈿の細工も施されたお茶の箱で、私は今すぐにこのお茶を飲んで、嫌な気分を吹き飛ばそうと、いつも通りにお茶を入れて、ふうふうと冷ましてゆっくり味わった。
お茶はかなり高級で、私が普段飲まないような繊細な香りと爽やかな味わいの、本当にいいものってわかる味がした。
「王様ってこういうものの感覚もするどいんだあ」
私は小さなグラスで何杯もそのお茶を飲んで⋯…三十分後に、違和感に気付いた。
「あ、あれ」
舌が膨れ上がるような気がしている。喉が腫れ上がって、呼吸がままならなくなる。頭がぐるぐるまわり、座っていられなくてその場に倒れる。
「なに……?」
異変はそれだけでは済まなかった。じっとしていれば治るかと思われたその症状は悪化し、だんだん喉が焼けたように痛みだす。
「う、ぐ、あっ」
胃が激痛を訴えてくる。体の中の消化器官と言われるものが、焼けた鉄でも流し込まれたんじゃないかってくらいに痛みだす。痛みのひどさのせいで叫べない、助けを呼べない、人のいるところに行くなんてもってのほか。
「ごぼっ、げ、ごほっ」
痛みが収まるまもなく私は繰り返し咳き込み、そして。
「げえっ」
びちゃびちゃと、吐き出したのは、胃の中身のお茶とか液体じゃなくて。
「っ、あ」
真っ赤な血だった。私が咳き込み吐き出すものはかなりの量の血だった。血が、どの部屋でも敷かれている絨毯をどんどん赤く汚す。
あ、私死ぬんだ。
痛みが頭を貫いて、なんだか急にすべてが客観的に見えてきて、冷めていく意識が判断する。
お茶以外に、何も飲んでいない。水瓶の水に異常な臭いとかはなかった。
そもそも水瓶は、毒を浄化する釉薬が内側に施されているのが普通だから、水瓶の水に混ぜる事は無意味だ。
なら。
私をこうしたのは、
「おうさま?」
王様、殺したいほど私の事、実は、
じゃまだった?
そこで私の意識は暗転した。




