王様と私
「王様、今お時間大丈夫ですか」
おばさまに、大河の向こうのおばさまの知り合いの方の息子さんの結婚式に、代理でお祝いに行ってほしいと頼まれた翌日のうちに、私は王様のところを訪れた。
忙しい王様のところに、軽々しく行けないのは、王様の予定が色々詰まっている事が多いからだ。
そのため私は、先触れを出してから、王様のところに行く身の上だ。
王様のところに先触れの人を出してから、多分大丈夫と言う返答をもらい、私は王様の執務室に向かった。
王様は今日も、私にはわからないアレやコレやの政治的な事をしている。
でもそれもちょうどいい区切りだったのか、私の声を聞いた王様が顔を上げたのだ。
私以外の誰も正面から向き合えない、流れる黄金の瞳が私を見つけて、かすかに和らいでくれた。
この、和らいでくれる瞬間が、私はかなり好きなのだ。なんだろう、特別って言ってもらえているような気持ちになってくるから。
「ああ、問題ない。どうした」
王様が丁寧に決済などを行っていた書類をまとめて、机の脇に置く。私は王様がいいと言ったから、素直に近付いて、王様の脇に座って、その顔を見上げてこういった。
身長が違いすぎるから、座っても見上げる他ないのだ。それくらい、王様と私は座高すら違う。
「王様、私、王様と一緒に行きたいところがあるの」
「……旅行なら神殿の者たちと予定を合わせて行くものだろう」
「旅行じゃないんだなこれが。おばさまの代理を頼まれているの。で、この招待しているおばさまのご友人に、あなたも面識があると聞いたから、なら一緒に行けないかなと思って」
「……」
王様が私の見せる招待状を横目で見た後に、自分の手元にある文箱に目をやった。
「この方か。この方は俺にも招待状を送ってきてくださった。以前からずいぶんな若造であるはずの俺にもとても丁寧な方で、これくらい寛容になりたいと思う事もある良い方だ」
「あなたも知り合い? おばさまは知り合いって言っていたけれど勘違いじゃなかったんだ。ねえ王様、一緒に行こう」
私は子どものような誘い方になっているが、そもそも私はこういった時の誘い方を何一つ知らない。誰かとの恋愛関係を全く行わずに、王様のそばにいるのだと、それしか頭にないように主張してきた結果、私は恋愛関係のいろはにはとても疎いのだ。
次期大神官が恋愛達人というのも、なんだか違う気がしてくるし、おばさまも
「アイーダは恋愛の達人じゃないほうがいいわ」
と断言してくれたのでこの方向性を貫きたい。そもそも私は王様以外と恋愛関係になりたくないのだから問題ない。
「……そうか、この方の御子息がなかなか結婚相手に理想を描きすぎている、と愚痴を聞いていたのはもうずいぶんと昔になるのだな。そうか、この方の御子息が、ついに長い間思い続けていた理想の女性との結婚ができるのか。喜ばしい」
「王様、この人の息子さんの恋愛あれこれ知っているの?」
「招待状を送ってくれた方は、まだ雨が降るまともな頃から、致命的な旱魃に至る前までは、砂漠の街によく探しものをしに来ていたのだ。その時にいくつか聞いた覚えがある」
「探し物ってなにか失くしちゃったの?」
「いいや。砂漠の宝石が、魔力を付随できる特別な鉱物である、神宝石で有るのは流石に知っているだろう」
「初等教育って類で叩き込まれたけれど」
「この方は、とてもとても奥方を愛しておられて、奥方のために特別したての神宝石の装身具を作るのだと計画を立てておられたんだ。その特別したての装身具にふさわしい神宝石の原石を探すために、宝石商を仲介する事なく、ご自分で選びぬくという気合を入れまくって、よく砂漠に訪れていたんだ」
「そんなに愛されている奥さんて幸せなのかな」
「この方いわく、きちんとお互いに話し合い、お互いの言うところをきちんと理解し、引く事もわきまえていれば、お互いに幸せな平和を続けられるそうだ」
「いけいけおせおせじゃないんだ」
「それで嫌われる事も多いのが世の中だろうに」
「私王様に対して押す事しかしてない! 王様、私の事嫌い!?」
嫌われると聞いて慌てた私に、王様がかすかに笑う。王様が笑うのはとても貴重な表情だ。何しろ表情筋が固形化したような人だから。
「嫌う女性をこんなにそばに座らせない」
「そっか、よかった! 私は王様が一番なんだもの。その王様に嫌われちゃったら、もう、泣き暮らすしかないじゃん」
「……お前が泣き暮らすようなかわいい神経の女性とも思えないのだが」
「たとえ表現だもの!」
実際にはもっと激しい感情のあれこれがあるかもしれないが、気持ち的には泣いちゃったりすると思うのである。
そして、王様の貴重な愛情表現をきけたのも嬉しい。
嫌いならそばに座らせない。つまり嫌いじゃないのだ。これは大事。嫌われていないって言うのは大事だ。
「王様が他の女の人に心底愛情を抱いたとか、そういうのじゃないと私諦めつかないからね! だってずーっと大事なんだもの」
私がぐいと王様に更に顔を近づけてまくしたてると、王様はそんな私を落ち着かせるように肩に手を当てて座らせた。おっと、いつの間にか膝立ちになっていたらしい。
「アイーダ、お前はこの方の御子息の結婚式に、俺と向かいたいのだな」
「うん。王様も私も、もうずいぶんこの街から離れてないじゃない。たまーには虹色の雨が降った事で潤った素敵な世界を、一緒に見に行ったってバチは当たらないよ」
「儀礼用の式典服を探さなければな」
王様の言葉に、私は顔が輝いたのが分かった。王様が行く気になってくれたのだ。一緒に砂漠の向こうまで!
「じゃあ王様、私が王様の儀礼用の式典服を選んであげる!」
「俺の手持ちの衣装はお前のように数がない」
「私だってないよ。大神官の名代は、散財しない節度ある生活を心がけてるんだから」
「……そうなのか。お前はあまり衣装を持っていないのか」
「普通の人くらいは持ってると思うよ、いいや、儀礼用のが何着かあるから普通の神官よりも衣装持ちのはずで……」
王様が頷いた。
「では、婚約者殿に一揃い、衣装を送らせてもらおう。そう言えば、衣装を送るのは今回が初めてだな」
「王様が私のために選んでくれるの? 素敵!」
あの王様が、私のためにと、おめかし用の衣装を選んでくれる! 私はそれがあまりにも嬉しい提案だったから、王様に飛びついた。
たとえ飛びついても、王様の体はびくともしないで私の突進を受け止めてくれる。
「アイーダ、書類が散らかる」
王様の声に、かすかに笑いが混ざっていたから、私は一層嬉しくて、けたけた笑ってしまったのだった。




