婚約に至る所以
大神官であるおばさまが言うのももっともな調子で、バロはとにかく子供っぽいのだ。
感情が何でもかんでもあらわになっていて、自分というものを欠片も偽らない。
それを美点だと称する傾向がある人だって、あれだけの傍若無人な側面を見せられたら、考え直しちゃうくらいだ。
「王様と一つしか年齢が違わないのに、なんでああも大人げないのか」
私が心底いつでも思う事を口に出すと、おばさまがくすくすとおかしくてたまらないという調子で笑った。
「あなたと銀の目は色んなところが本当にそっくり。生き別れの兄妹だったのに、十年も一緒だと色々似てくるのね」
「とっても複雑です。家族に似ていると言われるのは、よほど人格に問題がなければ嬉しいと思うんですが。バロだと思うととってもなんとも言えない気分になります」
「あの男も時々そう言うわ。あんな真面目なのに影響されて複雑だって。銀の目は真面目なんていうのは取り柄にならないといつも言うのよ」
「いやいやいや、それで家賃延滞して大家さんにこっぴどく怒られたの私ですからね!!」
私があまり思い出したくない事を叫ぶと、おばさまはまたくすくすと笑った。
「陛下が一緒になって謝ってくださったのよね。あなたの事になると、あの方少しだけ、柔らかくなられるのよ」
「……本当にそうだといいんですけど」
そう言われても私は素直には喜べない。なぜなら。
「王様。いつまで経っても私の事が、小さな六歳の子供にしか見えてないんです。そうとしか思えない」
下を向いてぼそぼそと言ってしまった私の方を見て、おばさまが首を傾げた。いろんな仕草がとびきり麗しい大神官様は、どこを切り取ってもどこか神々しいのだ。
こんな神々しい人の跡取りがこの平凡顔だというのも時々申し訳なくなる。あ、これ二回目かもしれない。
大神官という職務が、国王の正妃が着任するものだと聞いていても、知っていても、この顔だとなあ、と何処かで思うのはもうどうしようもないのだ。
「顔を合わせれば、お腹をすかせていないか、寒くないか、と聞いてくるんですよ」
「それはあの方がそういった事に苦労なさったからよ」
「……」
それは王様が、儀式で雷に打たれた後に、一人傷がましになるまで、孤独と寒さと空腹を相手に戦っていたからだと分かっているのは、分かっているのだ。
それでも。
「もっと婚約者らしい言葉をかけてほしい!」
「あの方がそばにいて邪険に扱わないだけでも、私達からすれば特別扱いなのにね」
おばさまが言うのも事実だろうとは分かっている。というのも、あの人の周りの人達は、政務を行うあの人のそばにあまり長居しないのだ。
長居できないと言った方が正しいだろう。
それは、王様の瞳が水の神様の激しい怒りの力を濾過した結果、不純物のように溜まった水の神様の怒りの色で染まった結果だ。
怒りが抜き取られた力は、純粋に雨を呼ぶ祝福になったけれども、濾過器である王様の体の方に、怒りの不純物は溜まっていく一方だったのだ。
そしてそれが、誰の目にも明らかに映るように、王様の瞳を透かして神様の怒りが見えるようになってしまっていた。
その結果、王様を見ると誰もが恐れおののき、まともに目も合わせられないという状況になったのだ。
それだけ水の神様の怒りは目視できない激しさがあったのだろう。
私はそれを無視して、まっすぐに王様の目を見られるというわけのわからないたった一人の人間らしいが。
バロ? 実はバロも正面見ているふりをして、実は顎を見ていたと暴露した。顎と口元を見て、ぎりぎり正面見ているというふりをしていたらしい。
男の痩せ我慢だとかなんとか言っていた。そこが必要なのかと思うが、バロにとっては色々な矜持の問題があったのだろう。あの兄貴は理由のわからないところが多々あるのだから。
……話がそれた気がする。
水の神様の怒りの色である黄金の色を瞳に宿した結果、王様に好き好んで近付く人間は居なかった。王様の方も、皆がそんな状態なのは仕方がない事だからと、誰かに近くにいるようにとあえて命令したりしなかった。
びくびく怯えながらそばに居られるのは、誰だって不愉快だ。そういった人間らしい一面の結果、私の王様は人を一層近付けなくなった。
しかしだ。
その目の事が一欠片も怖くない私は、騒いだり鬱陶しがられたりしながらも、王様のそばにしつこくまとわりついて、王様もついに折れたのである。
「お前はもっと世界を知って、もっとまともな男に目を向けたほうがいい」
十四歳で王様と婚約が内定した時に言われた言葉だ。
「やだ。だって王様よりいい男他に居ないもの。王様って頭が良くて物静かでたくましくて素敵」
「好きにしろ」
「やったあ。じゃあ王様、とりあえず一緒に休憩しよ。もう五時間ぶっ通しで政務の書類決済しているから、そろそろお茶にしようって」
こんな会話をしたのは、婚約が内定した日の真っ昼間の事で、内定したから王様の生活が変わるわけではなくて、ただ私の方は色々変わった。
というのも、大神官の跡継ぎになったから、祈りの言葉とかの大神官版の特別な祝詞一式を覚えなくちゃいけなくなったのと、儀礼を覚えなきゃならなくなったのと、それまで近付く事もしなかった物に引っ張り込まれたからだ。
私はあれから、それまでのただの女の子みたいな生活と一変した生活を送っている。
下町で時給銀貨一枚のギルド受付とかはすぐにだめっておばさまに言われちゃったし、次の大神官がお金がないみたいに副業しないでと言われて、しょうがないからいくつも掛け持ちしていた簡単な仕事は辞めた。確かに一刻のお妃様候補が、お金に困った感じで内職してたら権威あれこれがヤバいってのもわかったからちゃんと納得して退職した。
あと、思った以上に意外だったのは、大神官にもそれなりに自由に使っていい予算が組まれた事だ。
てっきりお祈り三昧で、自由時間なんてほとんどないんじゃないかと思っていたから、きちんと神殿での仕事をしていれば、休憩時間も自由時間もあるなんて思いもしなかったのだ。
大神官は儀式が続くととっても激務だから、休める時間はきちんと休むんだっておばさまが教えてくれた。
このおばさまとの会話の時間は、勉強の一部とも言われている。大神官の言葉を聞くという時間は、次の大神官にとって有益だからだとか。
私が分かっていないだけで、おばさまは色々大事な事も言ってくれているに違いない。私のほうが意識が出来ていないだけで。
さて、こんな内情は置いておいて、私は王様に婚約者らしいあれこれをしてもらいたい。
書き物机に頬杖をついた行儀の悪い姿勢に、おばさまが軽く背中を叩く。ぴしゃっとしなさいという合図だ。
おばさまに迷惑はかけたくないから姿勢を正す。
「あなたはとってもあの方にとって特別よ。それは誰の目から見ても明らかなのに、あなただけがそれがわからないというのだから、もったいないわ。あんなにあの方が慈しむ手をあなただけに向けているのに、あなたにそれがわからないなんてね」
「私はもっと婚約者らしい恋人ごっこみたいなものがしたいんです!」
「あらあら! あなたも男勝りなところがあったり、ガラが悪かったりするところもあるのに、そういうところが可愛らしい女の子ね。あの方、いいよってくる女性が一人も居ない人生だったから、不器用でいらっしゃるのよ、たぶんね」
「そうでしょうか。バロですら数多の女性がしなだれかかるのに」
「あの銀の目はあれでとってもお金を払うのにためらわない男だから。商売する女の人は、言葉が雑でもどんな状況でも絶対に暴力も暴言もしない、代金を踏み倒さない男が大好きなのよ」




