元凶の物語
そもそもの話として。
私の王様が何者だったのかというのも大きな話だ。
あの人が何をして何を犠牲にしてきていたのか。それはきっと大事な事だ。
あの人は、簡単に謂うと神様の濾過器だったのだ。
神様の濾過器なんて意味が分からないかもしれない。でもそれが本当なのだ。
全ての物事の始まりは十八年前に、水の神様の大事な御子と呼ばれる青年が、一人の美しい銀色の少女と出会った事だったという。
御子はそれまでもこれからも、何不自由なく生活する事を確約されている身の上だった。
水の神様に言葉を届けて、雨を降らせる事を願えた特別な存在だった御子だけれども、御子は砂漠とは違う世界、大河の向こう、緑豊かな世界からやってきた、神様を信じない身分の女の子と出会っちゃったのだ。
彼女の国では、神様なんて人間が作った幻であるという事を特権階級が考える世界だったという。愚昧な庶民は神様を信じていたし、神殿ももちろん存在していたけれども、神様なんてこの世にいるわけがない、と言うのがその国の特権階級の共通の認識だったそうだ。
そして、神様として信じられている超常的な存在は、ちょっと強い魔物の一種扱いだったという。
そんな世界から現れた銀色の美しい女の子に、なんだかんだ反抗期を終わらせていなかった御子は衝撃を受けたのだ。
そして、大河の向こうに自分の求める自由があるのだと信じて、この砂漠から逃げ出した。
それだけならありふれた事の一つになったのだろう。御子と呼ばれる人が逃げ出すのは前代未聞だけれども、乾いた砂漠を逃げ出す人はそこそこの数いると言われている。
御子も緑の世界に憧れちゃったのね、で諦められる話だったら良かったし、神様もそんなに怒らなかっただろう。
神様が何年もの干魃を世界に与えるほど怒った理由、それは。
水の神様を魔物扱いして、意のままに操ろうと隷属の術を御子が使った事だ。
御子は水の神様の力がとんでもないくらいに強いのだと知っていた。だから、水の神様がちょっと強いだけの魔物程度の存在じゃない事くらいは理解していた。
それでも、美しい銀の人の言う、神様なんて存在しないと言う自分にとって夢みたいな話の方を信じこんで、自分の御子としてのちからが特別製だから、奇跡がいくつも起きるのだと言う思い込みをした。
そして、水の神様を思うとおりに使いたいと思うようになったのだ。
それの結果が、銀の人の故郷で伝えられていた、人造の神を操るための術を、あろう事か水の神様相手に使うと言う蛮行だったのだ。
普通の神経じゃない。何がそんなに不満だったのかも私には分からない。
でも御子はそれを使って、見事に失敗したし、使われた側の神様は激怒した。
激怒して、世界にそっぽを向いてしまったのだ。雨など降らせる物かと。
最初はあまりにも怒り狂っていたから、どこの国でも一滴も雨が降らない異常な事になっていたらしい。
御子は行方をくらませていて後を追えなかったと、おばさまが言っていた。それは御子が地味な顔の人だったから、誰の記憶にも残らなかった事と、銀の人に対して御子が目くらましの術をかけて、目立たないようにさせていた事が大きかったそうだ。
行方知れずの御子の行った馬鹿な行いの代償を、全世界の人間が受ける事になったのだ。
雨は降らない。何をしても降らない。世界は乾いていって、もうこれはまずいという所になった時に、やっと、やっと、”何か”が起きた。
その”何か”の結果、水の神様が神殿の人達に言葉を向けた。
いかりをうけいれるのならばすこしはかんがえてやろう
ただしそれはおうでなければならぬ
よわいものをつかいつぶすことなどでにげようとおもうな
…………という感じの物を言われて、その時の砂漠の王様が占いでわかった儀式の方法を試して、どうなったか。
古来より稲光はいろんな地域で神様の怒りだとされてきた。そう、雷が当時の王様に立て続けに落ちて、その王様は丸焦げになって死んだ。
これで砂漠の人達は神様の怒りが収まらないから、怒りを受け止めなくちゃいけないんだって。
それが終わって神様の気が済むまで、雨は降らないんだって。
実際に、その儀式が行われた日だけ、一時間くらい、小雨が降ったという。
砂漠の王に儀式を行わせなければならない。怒りに耐え切れれば誰も王としてとやかく言わない。
たくさんの王位継承権持ちの人が名乗りを上げた。それくらい、砂漠の王様の地位は魅力的で、頑強な人が多くて、我こそはと、名乗りを上げて次々と儀式に
失敗した。
皆死んだ。老いも若きも男も女も皆皆。
ついに王位継承権を持つのが、小さな子供達ばかりになって、それまでの間も何度も儀式を中断する事を望んできた大神官であるおばさまが、もう、小さな子供まで死なせたくないとあらゆる事を訴えて、でも、砂漠の人達も止まらなかった。
渇きの狂気が世界を満たしていたからだ。争いは酷く多くて、世紀末みたいな状態になりかけて。そんな中で雨を少しばかりでも降らせる方法がそれだけだったから。
御子の行った馬鹿な行いに対しての怒りの矛先が向いた場所もあった。
御子が生活していた町の神殿の関係者達も、御子を止めきれなかった事の責任を取らされて毒をあおった人もいっぱいいたという。
どこの世界も狂気的な状態で、王位継承権持ちの子供が、七才になったら儀式を行おうと言う話にまでなった時に。
一人だけ、静かに手を上げた少年がいた。たった十一歳の少年が。
今もなお生きている、私の王様が。
王様は水の神様によって、御子を育てた家の子供だったのだ。兄のように慕っていた御子のあまりの行いのせいで、王様の家族は責任を取れと皆殺しにされた。王様が生き残ったのは、生存本能が、目覚めていなかった魔法の力を目覚めさせて、王様だけを遠い親族の家に飛ばしたからだ。
遠い親族の家はその話を聞いて、さすがにまずいと王宮に訴えて止めようとしたけれども、時はすでに遅くて、王様の家族は皆死んで、野ざらしにされた。
なのに、王様はそんな町の人を恨まないで、自分の年齢でだめなら七歳の子供なんてもっとだめだろうと、当時の大人達に意見して、王位について、そして。
儀式を始めて成功させた。王様は神の怒りを受け止めて生き延びて、それまでよりもまともに雨が降る世界に戻した。
そして王様の儀式が成功した事で、神官の魔術師達が理解した事があった。
それが、濾過器の話だ。
水の神様はとても怒っているから、力が怒りに染まって雷にしかならない。
でも、雨を心から望んでいる人の魂を濾過器として使い、空に返すと、雨が降る力にできたのだ。
水の神様の力は計り知れないから、濾過器になれる人は弱くては無理で、そして、王位に就いていなければ目標として神様が焦点を合わせて雷を落とせない。
それは砂漠の神様が、王位に就く時に水の神様に誓いの言葉を唱えて、あれこれ儀式を行うからだった。その儀式を行った人間を目印に、水の神様は雷を落とすのだ。
それゆえに濾過器になれる人が居なければ雨が降らなかったのだ。




