虹色の雨が降ったあと
虹色の雨が降ってから、もう十年近くが経過したのだ。
私はあの時の騒ぎを何年経過してもはっきりと思い出せる。
それくらいに、大変な騒ぎになったのだ。あの頃。
虹色の雨はそれまでも、めったな事では降らないものだったという。それは水の神様が世界の荒廃を憐れんで流す涙とも言われていたそうで、世界が滅びそうな時に神様が救済のためにもたらすものとも言われていた、伝承の一部とも思われているものだった。
その雨がその前に降ったのは、もう人々の記憶から忘れ去られそうなくらいの昔、数百年以上前の事で、文献でかろうじて記録がある位に昔の話だったのだ。
そして、その虹色の雨の力は、まさに神様の御技としか言えないほどのものだったのだ。
虹色の雨は二日ほど降り続いていて、その雨が止んだのは二日後の未明だった。
それまでお城も神殿も町中の人も大騒ぎをしていて、お祭り騒ぎをいっそう激しくしたような騒ぎがあちこちで起きていたのだ。
その騒ぎがあまりにも騒々しいものだから、仕方なく治安維持のために兵士の人が動かざるを得なかったくらいに。
でも取り締まりもかなり緩かったそうだ。それだけ兵士の人も、喜んで騒ぐ人達の気持ちが分かったからである。
あれだけ降らなかったのに、こうして、伝説にあるような虹色に輝く雨が、それも二日も降るなんて、どれだけ皆嬉しくてたまらなかっただろう。
雨が降らなく鳴ってからの日常しか知らない私には、喜ぶ人達の事を本当の意味でわかれはしなかったけれども、嬉しいのは当たり前なんだろうな、と思ったくらいだった。
更にその虹色の雨の力がどれだけだったのかというと。
まず、砂漠のあちこちに緑が戻ったそうだ。この長い旱魃の間に干からびて、緑の失われた地域に、緑が戻ったのだという。
さらに奇跡的な力は続き、涸れて手の施しようがなかったはずのたくさんの井戸に水が戻り、失われて久しいオアシスが蘇り、オアシス近辺の植物も息を吹き返したのだとか。
涸れるのではと恐れられていた世界各地の交易の要である大河にも水が昔ほどに戻り、大河沿いの植物も茂り、まるで時間が巻き戻って満ち足りていた時のようになったのだとか。
そこまで来ると水の神様の奇跡を疑う人間は、この砂漠では出てこなくて、そして、この奇跡が起きたのはどうしてだろうと誰もが口にしたのだ。
神殿に神様への感謝を告げに来る人は大挙して押し寄せて、交通整理が大変な事にもなっていたと言う。
そしてその雨の力は砂漠以外にも広がっていて、砂漠から離れた地域では、渇水だった地域の水も戻り、干からびていく事で起きていたひどい内乱が収まり、平和に戻った国がいくつも出たそうだ。
どの地域でも、虹色の雨が確認されて、虹色の雨なんて普通の力ではありえないから、と神様を信じないでいた人達でも、少なくとも虹色の雨を降らせる神様だけは実在するのだと、理解したとも聞いている。
そういった遠方の場所の人達までもが、虹色の雨を降らせるという逸話がある、砂漠に本殿のある水の神様にお礼を言いに来るから、巡礼の道がとんでもない渋滞になったくらいだ。
砂漠の本殿は公式の発表をしなかったけれども、誰もがこの本殿で正式に祀る神様こそ、真実この虹色の奇跡をもたらしたって思ってしまったから、という事だという話だった。
そんなこんなで、砂漠の本殿に巡礼に来る人が爆発的に増えて、砂漠のあちこちに点在するオアシス付近の交易の街が潤って、砂漠の国の力はかつてないほど強大で、他国に対しても尋常ではない影響力を持つほどになってしまったのだった。
ここまで来ても、誰も、この奇跡の引き金がなんなのか分かっていなかった。
私もわかっていなかった。
誰も。
……誰も、わからないでいた。
しかし、私はあの雨が降り始めた夜に、王様のところに押しかけたのを結局発見されて、バロにしこたま怒られた後に、お城預かりになったのだ。
意味がわからないと思うかもしれないのだが、これだけの奇跡が起きた後に、過去大問題を起こした人間と年齢以外はそっくりだった私がお城に連れられてきていた事はいろんな兵士が見ていたから、何か大いなる勘違いを起こされて、危害を加えられたり、さらわれたりしたらたまらない、と言う理由で、バロがおばあさんとの約束を盾にとって、お城の片隅で暮らせるように手配させたのだ。
あの強引さはかなりのものだったのは間違いない、でもそれくらいしてもらったから、私は十年の間、平和に暮らしていけたのである。
***
「あなたは本当にその杖を担ぐ姿が似合っているわね。その杖は聖なるものだから、鈍器じゃないのに、あなたが持つと途端にガラが悪くなるわ」
「そう言われても、おばさま。この杖を両手だけで持つのは重たいです」
「そうよね。私が日常的に持つ杖でさえ、重たいのだから、それ以上に飾り物のついたその杖が、私が考える異常に重たいのはしかたがないわ。でも、あなたが持ってくれる事を、本当に嬉しく思っているの。後継者を長い事探し回っていたんだもの」
「おばさまはそう言うけど、私が後継者なんておかしいっていつも思うのに」
「あら、そもそもこの大神殿の大神官は、姫彦制だから、王の正妻が冠する称号なのよ。今の王は妻帯していらっしゃらないから、あなたが適任になっちゃうの」
姫彦制というのは聞き慣れない言葉だけれども、これは、姫が神様のお言葉を聞いて、彦がその言葉を受け止めて政治を行うという砂漠の昔からのあり方なのだという。
今の王様は即位したのがたったの十一歳の時で、それから誰とも結婚していなかったから、一代前の姫だったおばさま……大神官様が、継続して大神官でいらしたという事らしい。
ここで察する人間はいるかも知れないが、なんと私は、あの王様の婚約者になったのだ。
今聞いて、そんな馬鹿なお話があるわけ無いと思った人は多いだろう。
だが、なっちゃったものはしょうがない。というか。
「あなたがあの時、王に求婚しちゃったんだから仕方がないわ」
おばさまがうふふと笑う。……そうなのだ。
あの時。というのは虹色の雨が降っていた時に。
私は、王様を見上げて言い放ってしまったのだ。
「王様を誰も心配しないなら、私が一番に心配して一緒にいるんだから!!」
と。
これを聞いたバロは腹を抱えて笑った。そりゃあもう大爆笑された。ひいひい言うほどあの野郎は笑い続けて、涙を拭いてこういった。
「そんだけ思うなら添わせてやろうじゃねえか。そもそも一目惚れしてたみたいだしよお」
これに砂漠のおばば様達が驚いたけれど、……六歳の子供の意見なんてそのうち変わるだろうから、とりあえず保護を続けて、私の思いが変わったら変わったでいいだろうと思っていたらしい。しかし私の王様に対する心配する気持ちはこれでも全く変わらなくて、結果私は、十四歳の時に婚約という形になったのだ。
それは大神官の跡継ぎを決める儀式で、私の名前が上がったからである。
おばさまはそもそも、雨が降るようになるまでの間、のつなぎの気持ちで大神官の重圧を背負い続けていたそうで、雨が普通に降るようになったらすぐに、次の王のお后にその地位を譲る気持ちでいたという。
それなのに何年も雨が降らないから、色々つらい気持ちを抱えていたそうだ。
そこで私が現れた。雨が降った時に、雨を呼ぶ儀式で重傷を負っていた王様から、離れまいとした私が。
その姿を見て、おばさまは次の大神官はきっとこの子になる、と思ったのだという。
しかしちいさな六歳の子供に、重圧の計り知れない大神官の座を渡すなどとても普通の神経じゃないから、私に毎月のものが来るまではと、色々な人達を抑えていたそうだ。
それで十四歳になって、普通に月のものが来るようになった事で、もういいだろうと判断して、儀式を行った結果、やっぱり私の名前があがって、私は大神官になるという未来が決まって、自動的に王様のお妃になる事が決定されたのである。
それまで私は、お城に暮らす人達の子供達と一緒に、普通の子供として生活してきた。ちょっといいところの女の子という形だが。
しかし……私の保護者はバロである。そしてバロは非常に荒っぽい雑な男なので、どうにもこうにも、私は普通の女の子よりも結構雑かつ、手荒で、口の悪い女の子になっちゃったのである。
正式な場面での言葉遣いは、おばさまが丁寧に教えてくれるからなんとか猫を被るけれども、普段は、下町の喧嘩っ早い男の子と同じくらいに雑である。もうこれは育った環境がこれだからしょうがない、公的な場面でちゃんとしていれば……とおばば様達も皆諦めた。
人間は一番近くにいる人間の口調とかが移るものだ、ということで。
非常に無口な王様と、異様なおしゃべりかつ雑な調子のバロという二人が一番身近な人間であった私の口の聞き方が、バロ側に結構傾いたのはもう、諦めるしかない事らしかった。
「公式の場面でやらかさないならば問題ないだろう」
と言ったのは王様の方だ。そもそも自分も喋らないから誤解される事も多いって知っている人だから、よほど私のほうがやらかした口調でない限りは、怒る事にもならないってことらしかった。寛容な人なのか、面倒くさがりなのか、それとも個性を重視している人なのか。
十年、近くに居て、色々なところを見てきた人だけれども、なんでも知っているかと言えばそうじゃないのだから、誰もが他人に対して知らない一面があるのは仕方がないだろう。
私だって、王様の知らない一面がきっとどこかにあるはずだ。……多分あるよね? きっと。
何でもかんでも知られていたらそれはちょっと恥ずかしいと思うし。
おばさまはにこにこしながら、時々男女のあれこれの話をしてきて、そういう場面では
「女は男に見せない秘密の一面があったほうが、刺激的で長年仲良しになれるよ」
と言った。おばさまの旦那様だった、前の王様とのお別れまでの間、おばさまはとっても旦那様と仲良しだったから言うんだろう。おばさまの旦那様の死因は、とても悲しい事の結果だったから、あまり根掘り葉掘りは聞きたくない。




