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優しい世界じゃなくたって  作者: 家具付
アイーダ 六歳
23/33

高くて暗くて寒い

部屋は本当にない。上に上る階段もろくにない。そういう作りは王様の部屋としては地味すぎる気がすると、下町育ちの私でもわかる。

王様っていう人達は、きんきらきんの豪華絢爛な世界に暮らしているものだって思っていたのに、それが違うのだ。不思議。

砂漠の王様は私の知る王様じゃないんだな、とここでも感じる何かがあった。その何かが、王様にあの顔をさせるのだ。

階段を手探りで登っていく。あまりの暗さで降りるのは明るくなってからじゃないと無理だって分かっていた。暗い中見えない階段を降りたら足を踏み外して死ぬ。それはよく聞く事故だった。頭を打ったらあっという間に人は死ぬのだ。

目が見えなくなるのも、半身不随も、よくある事故になるのが頭を打った後の事だ。

そんな事を考えながら階段を上がって、てっぺんに行かないくらいで、私は、小さな声を聞いた。

うめき声だった。痛いのを一生懸命にこらえる声だった。

そういう声は、王様の声そのものだったから、近くの部屋に王様がいるんだって分かった。だから。

私は手探りに階段から更に奥の部屋を目指して進んだのだ。

小さな声は大きくなる気配がない。かなり我慢しているんだ。我慢して我慢して、声を人に聞かれないようにしているような声。

王様はそんなにも苦しんでるんだ。

さっきの兵士達の言う事が事実なら、一人っきりで。誰も受け付けないで。

それが正解なのかは知らない。一個だけ分かってるのは、痛い時に誰も居ないのは、苦しくてさみしくて辛いって、子供でもわかる事だけだった。

そして歩いて迷子になりそうになりながら、時々壁に見えないからぶつかりながら、やっとたどり着いたのは、一つの扉の前だった。

その扉に耳を押し当てると、小さなうめき声が聞こえて、中にいるってわかった。


「……使えるかな」


私は行儀悪くも、バロの腰から抜き取った謎の鍵もどきをがちゃがちゃと弄り回して、その扉の鍵穴に押し込んでみた。笑わないでほしい。

兵士達の言う言葉から分かったのは、王様が誰も近づけさせないって事で、きっと丈夫な鍵をかけているんだと思ったのだ。これでも大真面目に。

そのため私は、バロの鍵もどきを弄り回して、鍵穴に入れて、それがうまい具合に回るものだったから、回して鍵を開けて。

物事は簡単に進まないと理解した。なんと、鍵は一つではなくて、内側から錠前まで使われていたのだ。そう、空いた扉の隙間から、普通だったら中にはいれない。

それはあくまでも普通だったら。大の大人だったらの話で。

私はまた自分の小さな体に感謝した。今日で二度目だ。細くて薄くて小さいから、この扉の隙間でも、頑張れば中に潜り込めたのだ。

ぎゅうぎゅうに潰される気分になりながらも中に入った私は、中がやっぱり暗くて見えないものだから、目を細めた。

荒い息遣いだけが、物陰から聞こえている。その物陰は寝台なのかもしれない。

痛いんだ。辛いんだ。苦しいんだ。

生きからそれが伝わってくるのが苦しかった。悲しくて悲しくて胸が痛かった。

そんなに痛い思いをして、誰も頼らない人が痛くてたまらなかったのだ。

そんな感情で動いた私は、そっと手探りになりながらも寝台のあるだろうその場所に近づこうとして、時が止まった。

ぼう、と。

小さな青白い火の玉が現れて、ふわふわ揺れて、とてもぼんやりとあたりを照らして、その息の音が聞こえてくる場所が単なる部屋の隅で、体を休めるものが何も無い場所だって分かったからだ。

いろんなものがびっくりする光景だった。


「……誰だ」


低く低く静かな声が、私に誰だと問いかけてきている。

灯りに照らされたその人は、特徴的な目を閉じて、気配だけを感じているみたいだった。

ぼんやりとした灯の中でも、その人が血まみれだという事が、近づくほどに感じる濃い血の匂いから明らかだった。

大怪我をしている人なのだ。どうして誰も手当しないの。

王様なのに。

ぐちゃぐちゃになるくらい色々考えた私と違って、その人の声は平坦だ。


「誰がここに来た。この結界を越えて。誰もよらないほどに圧を強めていたのは気のせいか」


「王様」


「……子供か? 何故来た」


「王様に会いたくて」


「酔狂だな。もう会っているだろう。ここから去るがいい。ここは子供には冷え込んで体に悪い」


「いやだ。王様と一緒にいる」


灯で周りが多少見えるようになったから、私は王様に近づいた。転ばなくて済みそうだ。

近づくのが気配で伝わったんだろう。王様が口を開く。


「寄るな。今の俺に近付くな。止まれ」


「やだ」


「駄々をこねるな。俺は子供が見ていい姿をしていない。これ以上悪い夢を見る材料を手に入れるな」


「いやだ。そばがいい」


放り出せないんだ。放り出すほどの力が、今の王様にはないのだ。余裕もないのだ。声だけしか。

声からは痛みを堪える強さがある。でも私は言われた言葉を無視して近づいて、手が届くくらいに近くに行って、手を伸ばした。


「痛いのが一人は、いや。ちがう?」


「俺に情をかけるのか」


「わかんない言葉で言われてもわかんない」


伸ばした手で、王様を抱きしめた。王様が息を呑んでから、静かに問いかけてくる。

言われた言葉の意味がよくわからないから、わからないと答えて、ただ抱きしめる。血の匂いはたしかに強い。


「私は知ってるんだ。痛い時の一人は、つらいでしょ」


「これは俺が受け入れた事でしかない。生きている人間の誰も何も悪くない」


「うん。王様はそれでいいんでしょ。でも私はいやだ」


「何故だ」


「わかんない。わかんないばっかり。でも王様一人にしたくない」


そういった時だった。王様が不意に呟いたのだ。


「……馬鹿な。雨の気配だ」


「え?」


王様が窓の方に視線をやる。体中の痛みのせいで、私を振りほどけない王様の視線の向いたほうに私も顔を向けて、目を丸くした。


「虹色の雨だ……」


生まれて初めて私は、虹色に光る雨というものを見る事になっていた。

街中のほとんどが眠りについたような時間に、暗闇でも輝くような虹色の雨が、静かに砂漠の砂に吸い込まれていた。

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