子供扱い
バロが私の手を掴んで、お城の方に歩き出そうとする。私はよくわからないのに、王様の方を振り返った。
王様は、何も大した問題なんてない、そんな顔と気配で、空を見上げていた。ただ、その時が来るのを待っている人の顔。
それは、何か恐ろしい何かを押し付けられている人のする表情でもなんでもなくて、ただ、当たり前の事が、当たり前のように始まって終わるのだという普通の顔だった。
その、普通だという顔がおかしい事だけは、私でも感じ取れた。
そこで私は、その人の体中に、おびただしいほどの火傷の跡が刻まれているという事にも気付いた。服の裾からも隠しきれないほどの大量の、火傷の跡。
……王様でしょ? 皆が守ってちやほやして、傅いて、ひざまずいて、わがままをたくさん言うのが、王様でしょう?
私の知る王様というものは、下町の大人達があれこれ言う姿だと言うのに、目の前の王様は、そんな、私の王様像とは大違いの姿をして、立ち振舞をして、とても、王様って感じじゃなく見えたのだ。
「王様は何をするの? ねえ、バロ、王様は何をして、雨乞いをするの?」
「見た事はねえな」
「じゃあ、一緒にここで見ようよ」
「アイーダ、おばば様が戻れって言ったんだ。おれ達は戻るだけだろうが」
「いやだ」
「なんでこんな時にわがまま言うんだ。体中の飾りが重たくて歩けないくらいに、疲れたのか? しかたねえな、だったら特別に背負って……」
「王様が、ひどい事される気がする」
私の声に、誰もが息を呑んだ気配がした。誰かが、動揺する空気が流れている。
私はバロの手を振り払って、王様の方に振り向いた。
王様は、何も感じていませんっていう顔をして、空を見ていたのに、私が城に行こうとしないのに気付いたのか、こっちを見た。
流れる黄金の瞳は、それはそれは人じゃないもののようにも見える、人間以外が持っている両目だ。
人間でも、動物でも、この目は持っていないだろう。そんな事ばかりなんでか分かったのだ。
「王様、王様は、それでいいの?」
「……子供、お前は何も知らないままでいい。何も罪がないのだから、知らないまま、その若者に守られていれば」
「いやだ」
「銀の目、この子は随分とわがままだな」
王様が静かに言う。呆れた調子はない。ただ、事実を事実だという調子だった。感情は何も感じられない声だった。
何かを、受け入れきった人の声だ。
それは、死ぬ事を受け入れきった人の声に、病気が末期で、自分の余命を十分に知っているおじいちゃんとかが、言う感じの抑揚だった。
「普段こんなわがまま言う奴じゃねえよ。ほらアイーダ、行くぞ」
バロが私の腕を掴んで、それでも私が動こうとしないから、舌打ちをして掛け声を上げてから、私を担ぎ上げようとする。
「王様、死ぬの? 王様が悪いの?」
私は何がなんだかよくわからないのに、そう問いかけていた。また、周りの空気が凍る。
「王様が、悪い事したの? 死ぬほど? 違うよね」
「……小娘!! 先程から知ったような口を聞くな!! お前と同じその呪われた姿のせいで、砂漠も世界もどれだけ苦しんでいるか!!」
私の言葉に、大神官じゃない神官の一人が怒って真っ赤になった顔で怒鳴った。その怒鳴り方は、おかあさんから怒鳴られた事だけはない私には、滅多にない怒鳴りつけられ方だった。
それに一瞬だけ体が竦んだのは事実だ。それでも。
「同じなの、だったら悪いのは私?」
言い返した私に、神官が何かを怒鳴ろうとした。それを、王様が視線だけで止めてしまった。
王様の目に見られた神官は、かたかたと小刻みに震えて、口もきけないほど真っ青になったのだ。
「子供、繰り返すが、お前は何も罪が無い。そうだ、罪など一つもないと、この王が断言しよう」
王様が淡々という。感情などない、それらをすべて平らにならして、感情の波をすべてなくしたような調子で言う。
例えて言うなら、芸人たちの使う喋る人形とは違うのに、それくらい人じゃないような声にも聞こえてくる抑揚だった。
「その顔が、その姿が、どれだけあの方に似ていようとも。何一つ邪悪ではないのだ」
「似ているあの方って誰」
「王、これ以上は時間の無駄になります。儀式を行う時間帯は決まっております」
大神官が焦った調子で言う。王様は私から目を外して、そちらを見た。
そして静かにバロに言う。
「抱えてでも連れて行け、銀の目。子供に見せる儀式ではない」
「わかってらあ」
「バロ! 離して! やだ!! ここから動かないんだから!!」
私はじたばたと暴れたけれども、年齢も体格も、果ては性別も大違いのバロに勝てるわけなんてなくて、私はバロに担ぎ上げられて、上から儀式が欠片でも見えないように布を被せられて、一気にバロが城まで走ったから、そのまま運ばれてしまったのだった。
ただ、途方もない嫌な予感が、胸に湧き上がって、なんだか自分でも意味がわからないくらいに、王様の事が心配だった。
どうして、そんなにも心配なのかわからないくらいで、でも、とにかく、王様が無事にお城に戻ってきてほしいと願ったのだった。
……扉に鍵をかけられて、飛び降りられない高さの部屋に放り込まれたら、骨折しないで着地する方法なんて知らない身の上ができる事なんて、限られてしまっていたのだった。




