届かない願い
井戸の周りには、儀式を見守る人達と、おばば様みたいなおばあさんやおじいさんと、物々しい格好の兵士らしい人が待っていた。
人数はあんまり居ない。大騒ぎにしたくないのかもしれないと思えた。
皆、王様が私を抱き上げて歩いているのを見て驚いている風で、小さく
「あの子すごいな、泣く気配がない」
と言っているのまで聞こえてきた。確かに、王様は泣いちゃうくらいに怖い顔に見えなくもないけれども、顔が怖くても気配が怖くないから、私は泣かなかった。
数日前に、鳥から落ちた時のほうが命の危機で泣けた。そんな感じで私は井戸の前で王様から降ろされて、井戸に向かい合った。
神官の人……見覚えがある、あ、港町で私が水のフィブラを鳴らした時に居た神官だ……が、大神官なのだろう、もっと仰々しい衣装の人に耳打ちして、大神官の女性が頷いた。とても儀式的な感じがする。そもそもちゃんと儀式か。
「これより、雨乞いの儀式を始めます」
大神官の女性が言う。私なんかとても真似できない綺麗な立ち振舞で、井戸に向かって、二度お辞儀をして、両手に掲げるなんだか大層な杖を掲げて、儀式の言葉を唱えだす。
いにしえより あまねく世界にながれたもう 命の水をあたえし
偉大なる水の神よ
あなたさまのあたえてくださる水こそ われらの命 われらの喜び われらの幸い
偉大なる水の流れつかさどる とうといおかたよ
あなたさまが 世界にさずけてくださる 命こそ われらの水
偉大なるなによりも 偉大で とうとく すばらしいおかたよ
ねがわくば いまいちど われらにてをさしのべ
そのいつくしみ あたえてくださらんことを
慈悲深き 何よりもうつくしい 水たるあなたさまよ
ふたたびの 世界への 雨を
ふたたびの 地上への 雨を
ふたたびの 恵みの 雨を……
何いってんだかわからない。でも、ふたたび……からの言葉を五回繰り返して、大神官の女性が私を見やる。
私もそれを繰り返し口にしていたけれど、それが終わって、神官の人が捧げ持ってきた水のフィブラを見た。
とてもきれいなそれだけれども、また音が出てくれるかはわからない。
しかし、やらなければ誰も納得してくれないから、私はそれに指先を近づけた。
近づけて……そっと撫でた。
音はひとっつも出てくれなかった。
落胆の空気が、たとえ見えていなくても、背後から重く感じられた。
儀式は、彼等の思うような成功にはならなかったんだ、となんにも儀式のあれこれがわからない私でも、理解したほどだった。
「大神官どの。第二の儀式を」
空気が痛くて、後ろを振り返らえなかった私と違って、……王様は冷静だったみたいだ。
落胆して肩を落とす人々の中で、王様の声だけがはっきりと響いたのだ。
皆が王様の方を見る。
王様は迷いのない調子で、井戸を見ながら、大神官に言う。
「予定通りに、雨乞いの儀式を行えばいいだけ。その子に何も咎はない。そもそも御子ではない子だ。御子の起こすような奇跡が、繰り返し起きる方がよほどの奇跡だ」
冷静に、淡々と、ただ目の前の事実を言うだけの声だった。私が悪いんじゃないって言っている声だった。この人は落胆していなかったのだ。
この儀式を見守る砂漠の人の中では、はじめからこの人だけが、儀式がうまくいく希望なんて持っていない人だったんだ、とわかるほどあっさりとした調子でもあった。
「王。それであなたはよろしいのですか」
神官の声が何かを恐れるように震えている。それに対して、王様の答えは何も間違いのないと言いたげな調子ですぐに返された。
「かまわん。そのために来ているのだ。俺はそのためにだけ、生かされているのだから」
「……銀の目、妹を城の方へ連れていきなさい。子供にこの後の儀式を見せるのはあまりにも酷というもの」
「王様の儀式はどんな事なの」
気になったから問いかけても、誰も答えてくれない。
嫌な予感がした。よくわからないけれども、嫌な感じがした、それはとても不吉な気配で、なにか大変な事が始められるんだって、わかる空気が底に流れていた。




