渇望と条件
「私に?」
いきなり話の矛先が向いたから、私は目を丸くした。
私に頼み事ってなんだろう。出来そうな事だろうか。
何かの役に立つ事なんて、ほとんど出来ないのに。
「神官からの報告が上がっているんだ。水のフィブラをお嬢さんは鳴らしたそうじゃないか」
「触ったら音が出たけどなぁ」
「水のフィブラが所在不明になってもう八年。砂漠に恵みの雨がまともに降らなくなってから六年。長い間、水の神へ言葉を届ける事が少しでも出来そうな人間を、神殿も城も探し回っていて、誰一人それが叶わなかった事実を銀の目も知っているだろう。水のフィブラを鳴らしたお嬢さんは、砂漠の希望なのさ」
「御大層だな。でもおばば様の望んだ事はきっと起きねえよ」
「どうして? 音、出たよ」
私はバロの煮え切らない感じの物言いが気になった。ばっさり言う男のように思えるのに、そんな中途半端な言い方をするなんて不思議だったのだ。
「アイーダ。水の神様は、そんな簡単に怒りをとく御方じゃねえし、そもそもの怒りの理由が理由だ。あと向こう百年怒って、人間という人間を干からびさせようって考えてもおかしくないって知ってるのさ」
「だが、御子が居なくなってから誰一人鳴らせる事のなかった水のフィブラを鳴らしたのだ。やってみる価値はあると、私も思うんだがね」
おばあさんが食い下がる。それだけ大事な事なのだと言う調子で。
「試して、あんたら、音が出ないからってこいつに罵詈雑言言わないって断言できるか? 役立たずって言わねえか? こんなちっこい細い、まだまだ日陰でお人形遊びしてる方が普通のちびすけに、無駄な期待をして、その期待を裏切られたら八つ当たりするって、ないか?」
「それは当たり前の事だろう、銀の目」
おばあさんははっきりとそう言ったのに、バロは疑わしそうだった。
「おれは知ってんのさ、膨れ上がりすぎた期待が、狂気に変わる瞬間ってのをな」
「ならばお前も儀式で、その子の隣に立っていればいい。妹だと言えば誰もお前が儀式で、その子の隣に立つ事を厭わないだろう」
おばあさんはどうしても、私に水のフィブラを鳴らさせたい様子だった。
それは、あの、港町で見た光景からも、そういう気持ちになるよなと、あんまり砂漠の事を知らない私でも理解できた。
たった一回、雨が降っただけで、あれだけの街の人達が、喜んで泣くほどだったんだ。
雨が私が生まれる前の昔くらい降る方法を、必死に探して、バロみたいな人をギルドの依頼で動かすほどだったのなら、私がやってしまった事の二度目をやってほしいと思うのは普通のような気がした。
「バロ、やるだけならやる。おばあさんにはいっぱいお世話になったもの」
「お前は優しいやつだな、アイーダ。……そんならおばば様、もしも儀式が成功しなくても、アイーダに不足のない教育と生活をさせてくれるか?」
いきなり何を言い出すんだと、思った。バロの目は真剣な光を帯びている。銀色の瞳が、苛烈なまでに光っている。
「何でそんな事言うの」
出し抜けっていいっていいくらいのお願いだった。どうしてそんな事を言いだしたんだろう。
「儀式をしちまったら、アイーダ、お前をおれだけじゃ守りきれなくなるからだ。儀式が成功すればお前を、神殿も城も手元においておきたがる。失敗したらお前の力不足だって、頭の悪い連中がお前にひどい事しようとする可能性が上がる」
そんな大きな事になるのだろうか。私は自分がそんな価値があるとは思えない。
お母さんだって、私を置いて居なくなるくらいなんだから。
「そんな事ないよ」
「あるのさ。砂漠が気が狂いそうなほど水を求めている今、自分達の思うようにならなかったってだけで、責任のない小さな子供を痛めつけるやつってのは昔と比べてあほらしいほど多くなった」
バロの言葉は真実味を帯びている風だった。バロがこれまでの世界で何を見てきたのか知らないのに、バロがとてもたくさんの残酷な事を知っているのだけは伝わってきたのだ。
「おばば様、おれの妹を、もしもの時に守ってやれるだけの懐はお有りで?」
そうでなければ儀式をさせない、という固い決意をおばあさんも感じた様子で、こう言ってから頷いた。
「そうだね、王の二の舞いは避けなければならない悲劇だ。もしも失敗しても、城がアイーダお嬢さんを守るよ。おばばの権限でも何でも使ってね」
そこまで断言されてようやく、バロの銀の目の光が和らいだように、私でも感じられたのだった。
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