砂漠のおばあさん
乾いた砂の匂いがする。私はぼんやりと目を開けて、見覚えのない、綺麗な細工がされた天井を見て、ここはどこだろうと考えた。
考えてから、ああ、おばあさんがいれてくれた部屋だっけ、と思い出したのだ。おばあさんは相当に身分が高いのかもしれない。大河の向こうの人だったら、こういったきれいな細工の天井の部屋は、いいところのお嬢さんとかの場所だ。
天井は青いタイルで模様が描かれている。
「目が覚めたんだね、二日も目を覚まさないものだから、心配したんだ」
「二日も……?」
「かなり神々に匹敵する力をぶつけられたと神官が言っていたよ。神々のお力に触れた人間はどうしたって、魂が疲弊して何日も寝込むものだ」
首を動かして周りを見ていたら、近くの壁に沿って置かれていたクッションの上で、何かをしていたおばあさんが近づいてきて教えてくれた。
「どこか、痛いところとか、苦しいところとかはないかい。うちの一族のばかどもが本当に申し訳なかった。あんたのお兄さんがそれを聞いて、危うく殺人犯になるところだったよ」
「兄……バロ! バロが来てるの!?」
「ここはこの私の私室だから入れないよ。砂漠じゃあ、女の人の個室には、男は基本的に入ってこられないのさ。入れる男は恋人や夫くらいでね。女同士なら簡単に出入りするよ。大河の向こうとは文化の違いだね」
跳ね起きた私におばあさんが言う。でもそれは文化の違いってほどの事じゃない気がした。
「女の人の部屋に、男の人が簡単に入ってこられないのは、下町でもそうだったよ」
「あらあら、そうかい。このばあさんの知識が古かったんだね」
そう言いながら、おばあさんが水差しの中身を慎重にコップに注いで渡してくれる。
「小さな女の子じゃあ、がぶがぶワインを飲ませるわけにもいかないからね。水だよ」
「ありがとうございます」
「礼儀正しいね、あの兄貴とは偉い差だ」
「育った場所が違うってバロは言う」
「当たり前だろう、あの男の育った場所は大っぴらに言えない場所だ」
そこで、私は気がついた。
「おばあちゃん、バロの事を元々知ってるの?」
「知っているとも。あの男は神に裁かれた男だからね」
「……」
「おや、良くなかったね、あんたは知らなかったと見える」
「うん」
「このお話は難しいお話だから、もっとものがわかるようになったら教えてあげよう」
「……」
大人がこんな調子で言う事の大体は、不吉な中身だってもう知っていた。知っていたから、バロの過去は不吉な何かを持っているんだって分かってしまって、あんな明るい人の過去が暗いなんて、想像もできなかった。
バロは何をしたんだろう……?
「起きられるなら、客間に行かないと、あんたの兄貴に対面させてあげられないんだ、動けるかい」
「うん」
話を変えるようなおばあさんの言葉に頷いて、私は立ち上がった。
ゆっくり休んだからか、そんなにふらふらしないからほっとする。
ほっとしたついでにお腹も空いたけれど、そんな図々しい事は言えなかったから黙っておいた。
客間と言われた場所は、寝かせてもらっていた部屋よりも、確かにお客さんをお迎えするためのものがあれこれある感じがした。
砂漠の客間と言われる場所が、どんな物なのかは知らないけれども、空気がそんな感じのように思えたのだ。
「さて、神殿に寝泊まりしているって言っていた、バロを呼んでこさせるかね」
おばあさんがそう言って、小さな呼び鈴を鳴らすと、すぐに若い女の人がやってきて、一言二言何か話して去っていった。
「待っている間に、軽いものでも食べるかい。小さな子供はいつでもお腹が空いているものだからね」
「……」
「なにか我慢や遠慮をしているのかい? うちの一族のばかどものお詫びだと思って食べてはくれないかい?」
そう言われるとなにか言い返せなくて、私は素直に頷いた。
とろとろに穀物が煮込まれたおかゆには、糸みたいに細く割いた鶏肉が入っていて、鶏肉の味と塩の味がして、ゆっくりすすっても気持ちが悪くならなかった。
それをお皿にいっぱいぶん食べて、私はお腹いっぱいになってしまった。疲れているんだろうか。
大河の向こうではもっと食べられたのに、と思っていると、おばあさんが頷いた。
「この鳥のかゆは、意外と腹に溜まるんだよ。不思議とね」
おかゆの入った壺を脇において、おばあさんが私に、手の拭き方を教えてくれた。砂漠では手で食べるものも多いし、フォークとナイフみたいな大河の向こうの上級貴族の食器は使わないから、手の拭き方は小さい頃から習うそうだ。この動きがきれいだとモテるとか。
バロは……雑そうな気がした。
勝手だけど。
それでも、バロの方は大丈夫なのだろうか、と私は不安もあった。
あの雷で、鳥には穴が空いていた。そこからバロも落ちていたかもしれないし、どうやって私の居場所を突き止めたのかもわからない。
そもそもここはどこの街なんだろう。
「あの……ここはどこの街なんですか?」
「ああ、誰もお嬢ちゃんに教えていなかったね、私が教えなくちゃ知らないか。ここは砂漠の都、紅玉の都とも言われる場所さ」
「ここが」
という事は、落ちた場所がそもそも都の上の空だったのだろうか。そうとしか考えられなかったけれど、それならそれで楽師の人が雷を避けるために砂の上に着地させていそうだよな、とも思ったのだった。




