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優しい世界じゃなくたって  作者: 家具付


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13/19

勘違い

「こんな事が起きうるのか」


「涸れた王宮の聖泉の水が湧いて……子供が溺れるなんて」


「そもそもこの子供はどこに隠れていたんだ? 聖泉は干上がっていたんだぞ」


とにかく自分の事で手一杯で、私は這い上がって咳き込んで、うずくまっていた。冷たい砂漠の夜の空気に加えて、濡れた服が体温を奪っていく。

小刻みに震える体が気持ち悪くて、芯まで凍えそうで、でも、周りにいる人達は誰も手を貸してくれる気配がない。


「おい、ちびすけ、お前はどこから……!?」


「どうした」


声をかけてきた人の声が途中で固まる。別の人の問いかけに、その人が答える。


「このガキ、暗殺者だ」


「なんだって?」


「見ろ、あのガキの服の下に隠れていた短剣を」


誰かが言っている。私はそこで、父の形見の短剣が、隠していた服から出てしまった事に気付いた。

慌ててそれを引き寄せようとして、でも、それは叶わない。それをひったくられたからだ。


「これに似たものを知っている。魔力を流すと持ち主の肉体を一瞬で戦う人間に変える暗殺者の短剣だ。こんなものをただのガキが持つわけがない。我が王が製造禁止にしたものだぞ、すでに最後の一本に至るまで回収されて、力を失い溶かされて、燭台だのの材料にされたはずだ。まだ取りこぼしがあったとはな」


何を喋っているのか、全く意味がわからない。私は震えながら顔を上げて吠えた。


「父さんの形見だ! 返して!」


「こんな危険なものを、形見ですなんて言われて信じるわけがないだろう。……! お前、その顔」


私を見下ろして怒鳴ったのは兵士なのだろう、武装した男性だった。その男性は私の顔を灯に照らして見つめて、絶句する。私の顔に何があるというのだ。

美しくも可憐でもない、母に欠片も似なかったこの顔を見て、そんな表情を取られる理由がわからない。


「姑息な! お前の雇い主はどこまでも姑息だ! 我が王に差し向ける暗殺者の顔をその顔にするとは! 言え! お前はいくらを支払われる約束で、その顔になった!!  我が王がその顔にどれほどの思いを抱くかわからないはずがない!!」


その兵士は濡れ鼠の私の襟首を掴み上げて、持ち上げて怒りに任せて怒鳴っている。周りの見ている人々はそれなのに、誰もその行動を止めようとしない。

それが答えだった。

私の顔に、何かとてつもない意味があるという事を示す答えだった。

そして、私の顔は、誰か、私が知らない人にそっくりで、その人がとても憎まれているという事さえも伝えてくる。

この顔に生まれたくて生まれたわけじゃないのに。私は自分の顔は嫌いにならないけれど、美人に生まれたかったなくらいは思う時がある。

そんな顔なのに。


「うっ、ぐ……」


襟首を締め上げられて呼吸がままならない。息ができない。苦しい。


なんで。死にたくないって言ったのに、こんな苦しい思いをさせられるの。

私が何をしたの。何もしてないじゃない。

ぐちゃぐちゃの頭の中で、息をしなくちゃ、と相手の掴む手に爪を立てて一生懸命になっていた時だった。


「なんの騒ぎだい」


しわがれたおばあさんの声がして、兵士達がざわめいた。


「おばば様。……姑息な手を使う暗殺者の子供を捕らえました」


「おやまあ。我らの王を狙う馬鹿は、もうとっくに絶滅したと思っていたんだがね。その子が暗殺者だって言う理由は何かい」


「この短剣です」


「……」


おばあさんは兵士達よりも偉いみたいだった。扱いがだって違う。呼吸が苦しくて頭がぼんやりしてきた私だったが、次の瞬間。


「おおばかものどもが! これは暗殺のための短剣ではない!! これは秘宝じゃ!」


おばあさんが怒鳴って兵士達を怒って、私をぶら下げている兵士の腕を杖でひっぱたいた。


「うっ!」


「ばかものどもが! 秘宝を暗殺のための短剣と間違えて、こんな小さな力ない子供を大勢で締め上げるとは一族の恥! ……ん? あんた、まさか。何たる事だ、そっくりだ」


ひっぱたかれた兵士が私を落とす。落とされて受け身も取れない私は思い切り、地面に体を打ちつけて呻いて、やっと息ができるからそればっかり考えていた。

そんな私の顔を、おばあさんが覗き込んで、目を見開いてそんな事を言う。

そっくりそっくりって……バロにそっくりって言いたいんだろうか。バロの知り合いが皆して似ているっていうくらいだから。

バロはここでもなにか問題ごとをやらかしていたんだろうか。バロなら有り得そうな気がする。

どこでも自分を貫くせいで。

しばし黙ったおばあさんが、静かに問いかけてきた。


「……お嬢ちゃん、あんた、お父様の名前を言えるかい?」


「生まれる前に死んじゃったって聞いた。名前も教えてもらってない」


「今までどこでどう暮らしていたんだい」


「大河の向こうの王都の端っこ。お母さんが針仕事で働いてた」


おばあさんが優しい手つきで私の背中を擦って聞いてくるから、もう暴力的な事にはならないだろうと考えて、素直に答えた。実際、そうとしか言いようのない生活しかしてない。


「大河の向こう……そうか、そうだったか。ああ、大変な目にあっていたんだねえ。大河の向こうの子供が、この砂漠に来るなんてよほどの事がない限りありえない。向こうの子供は砂漠が嫌いだ。ああお嬢ちゃんは苦労してるんだね。お母様はどうした」


「いなくなっちゃった。帰ってくるって言ってたのに、帰ってこなくて。家も火事で焼けちゃって何にもなくて。それだけしか持ち出せなくて」


私は父の形見の短剣を指さしてそれだけを言った。

おばあさんは怖くない顔で私を見ている。そして優しい声でこういった。


「ばかどもが済まないね。でも大丈夫、お嬢ちゃんは一つも、そうだ、ひとっつも悪くないんだ。そう。一つも」


「おばあちゃん信じてくれるの」


「信じるさ。お嬢ちゃんはあの短剣を返しに来てくれたんだからね。あの短剣は悪い心の持ち主をそれはそれは嫌うんだ」


「お父さんの短剣、普通じゃないの?」


「詳しい説明は落ち着いたらにしよう。あんたは震えて疲れて怖くていっぱいいっぱいだろう。あんたはまだまだ小さくて、こんな濡れ鼠じゃなくて、暖かくしてもう寝かせてあげなくちゃならない子供だ」


明日になったら、バロとかの事も聞けるかもしれない。バロの事が心配だ。

自分が大丈夫という余裕ができたらそこで、バロの事を考える余裕ができて、私はおばあさんが手を引いてくれるままに、おばあさんのお部屋の一つだという丁寧な調度の暖かい部屋に入れてもらって、濡れた服を着替えさせてもらって、あったかいおふとんに寝かせてもらったのだった。


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