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優しい世界じゃなくたって  作者: 家具付


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11/19

おいてけぼり

正しい情報が入らないのだから、私の空想のままだろう。バロはもっと詳しいかもしれないけど、意外とあの男は必要なら大事な事も黙っていそうな気がする。

でもあれだけおしゃべりだから、ぺろっと口を滑らせるかもしれない。

それは信用に関わるという事で、やらないかも。どっちだろう。


「皆は紅玉の都に家族がいるの?」


話題を変えよう。私は当たり障りのない問いかけを口にした。

自分の情報は先に出しておく。


「私は、お母さんが居なくなっちゃって、それで、バロの兄貴に見つけてもらったの」


嘘ではない。事実をぎりぎり盛ってみただけ。母の失踪も、バロに見つけてもらったのも事実でしかない。後ろめたくはない。

ただこの言葉を聞いて、可哀想に、という表情を取った。皆誰かしら、家族と一緒に隊商にいるからだろう。


「僕達はおじいちゃんとかおばあちゃんとか、長旅をしたくない家族が都にいるんだ。父さんと母さんは、色々見て回るべきだって、一緒に連れて行ってくれるけれど、一年前までは、おじいちゃんとおばあちゃんとお留守番してたやつも多いだろ、お前もだろ?」


話を向けられた女の子も頷く。


「私もそうよ。砂漠の夜は厳しいから、体力の少ない小さい子も、おじいちゃんやおばあちゃんも、長旅はしちゃいけないって事で都でお留守番が普通なの。アイーダはこの隊商にいる子供の中で一番年下よ」


「六歳ってバロが言ってたよな。六歳って、僕達はお留守番の年齢だったのに。バロは何を考えてるんだろう」


「バロの拠点は都でしょ、大神殿のあれこれの雑用を請け負っているって父さんが話してたわ。だから、妹の事を面倒見てくれそうな頼れる相手が、都にいるから、都に連れて行くんでしょ」


「そっちか、なるほど」


そこまで聞いて私は、道理で皆私より背も高くて体格が良いのだ、いくつも年上なら当たり前だ、とわかったのであった。


「皆お兄ちゃんやお姉ちゃんなんだ」


「そうそう」


「バロはたまにうちの隊商で軽業師って事で仲間入りするんだ。でもあいつ、絶対に軽業師っていう見た目じゃないよな。、ゴツくて筋肉で背丈も、父ちゃんよりずーっとでっかくって」


「何かしらの戦闘員って言われたほうが理解できるのに、本人は軽業師だって譲らないの」


「わけわかんないやつだよな。でもあっちこっちで人気者で。あれ軽業の人気じゃないのに」


「ね、わけわかんないよね。あ、アイーダのお兄ちゃんを悪く言っているつもりじゃなくて」


色々容赦なく言っている間に、その男が私の兄貴だと思い至って慌てる彼らに、私は首を振った。


「私も、兄貴ってわけわからない人って思ってるから、気にならない。お釣りの計算早すぎるし」


「そっか、悪く思ってたらごめんな」


「聞いた本人が一番地団駄踏みそう」


「そうかも」


そんな話をしている間に、オアシスで行う水の補給が終わったみたいだった。

でも、皆大人は厳しい顔をしている。どうしたんだろう。


「あれ、おかしいな。いつもだったら水の補給はこんな早くに終わる作業じゃないのに」


ハッサンが訝った調子で言う。サイードも首を傾げて、女の子のアリも眉をひそめて不思議がっている。

皆、何度も補給を経験しているから、大体の時間の予測がつくんだろう。


「作業がうんと捗ったとかじゃなくて?」


「うん。この先はオアシスが一つもないんだ。だからここでしっかり水を補給しないと、砂漠の真ん中で皆干からびちゃうんだ」


「甘く見た隊商がいくつも、砂の中に消えてったって聞いてるくらいの常識だぜ」


それなのに水を補給する時間が短い。

オアシスになにか異変があったんじゃないだろうか。

不安が胸にやってきたけれど、戻ってきた大人達が厳しい顔をしていて、水を入れたのだろう樽や革袋を幌馬車に運び入れているから、余計な事は言っちゃいけないな、と口に出さないようにした。

補給が終わったら、出発までは皆仮眠を取る。仮眠の前に軽い食事を摂るのも習わしだそうで、私もバロも、隊商の人達と一緒に、石のように硬いチーズとふわふわしていないぺらぺらのパンを食べた。

時間があると干し肉とかを調理して美味しくするらしいけど、出発までの仮眠の時間だから、軽くするんだって言われた。


「さあて、寝るぞ」


バロは荷物袋の中から、簡単な天幕一式を引っ張り出してくる。そもそもそんな物があるならいつでも設置しろというわけなのに、バロいわく


「防水機能が落ちちまった天幕だからよ、都でもう一回防水や防塵の染を頼まにゃならないから、あんまり使わねえ」


らしい。そういった経験はバロの専門だから、私は素直に聞いている。

砂漠の砂の上に、暑さを和らげる厚めの絨毯を広げて、そこに一気に天幕を乗せて、仮眠場所が出来上がる。絨毯はぼろぼろの使い古されたものだけれど、もともとがしっかりした作りらしくて、暑さをちゃんと和らげてくれる。これも天幕と似た理由で、森の中で広げられなかった道具らしい。

手入れされない道具は劣化するばかりだとか。確かに一理ある気がした。

そこで私はバロと一緒に天幕の中に入る。バロは食事を取った後から疲れたのか眠たそうで、同じように私もとても眠い。あくびを何度もしながら天幕を立てるのを手伝ったくらいで、中の日陰に入ると一気に眠けが強くなって、絨毯に転がってそのまま、寝入ってしまった。






「やられたな」


「……馬車は皆、どこに行っちゃったの?」


目を覚ましたのはもうたっぷりと日が暮れてから。星空が見える位の遅い時間で、目をこすって、周りに居たはずの隊商の幌馬車が一つもないっていう事に理解が出来ない私と対称的に、バロは目を眇めて呆れている。……私達の他にも、周りを困惑したように見回す人が数人いるみたいだ。

バロが私を見下ろした。顔は険しい。


「お前はなんにも聞こえなかったか?」


「なんにもって?」


「馬車の動き出した音とかだ。責めてねえよ。おれだって聞こえなかった。あーくそ、一服盛られたな。まだ薬の効果で頭がぎりぎり痛みやがる」


眉間に凶暴なくらいのシワを寄せたバロが言う。一服盛られたって意味がわからない。


「どういう事なの?」


「周りの音がわからなくなるくらいに寝入っちまう強い薬を、おれもアイーダも飲まされたって話だ」


「えっ」


想像もしない事だった。そんな事をして何になるのだ。


「オアシスの水を汲む量にかなり強い制限がかかりやがった。制限の中の水じゃあの人数だと紅玉の都までの間に干からびる。……野郎ども、頭数で水を多めに手に入れて、余計な人間を切り捨てたな」


バロの言う事はぞっとする中身だった。そんな簡単に、人の命を奪おうとできるものなのだろうか。

だって水がなかったら、こんな乾いた場所では死んでしまう。


「そんなに水が足りなかったって言いたいの?」


「そうだ。いくらあの幌馬車を引く獣があんまり水を飲まないっていっても、限界はある。切り捨てられる人間はさっさと切り捨てなけりゃ、あの隊商も生き延びられねえって事だったんだろうよ」


バロは周囲を見回している。私達以外にも、名乗った限りでは楽師だという顔に布を巻く男性ともう一人が、首を忙しく動かしている。


「兄貴! 兄貴も置いてかれちまいましたか」


バロのところに走って近づいてきたのは、バロを兄貴と呼ぶ人だった。歳は彼のほうが上なのに、兄貴と言って慕っている人。同じ港の街から乗ってきた人だ。


「おうとも。まさか四人も五人も置いてくとは思わねえよ普通」


「確かに。でもオアシスで入れられる水の量が、前回の四分の一だって考えると、それだけ水を確保したかったって事でしょうけれど。どうします。また大河の方に戻りますか」


「一番いいのはそれかもしれないが、戻っても同じ事の繰り返しだろうな。こんな手際よくやられるって事は常習犯だ。それが取り締まられてないってあたりで、黙認されている空気があるって考えたほうが良さそうだ」


バロの顔は険しい。周りをその、銀色のお月様より厳しい光の瞳で見回して、何かを考えている。

その時だった。


「もし、そちらの方々。……さぞ名のある御方でいらっしゃるのでしょうが、置いていかれてお困りですか」


顔にも、目のところにも布を巻いた楽師が、足場の悪い砂の上で、よろよろと近づいてきたのだ。腰には小さな壺をひもでくくって下げている。その壺の大きさはインクの壺くらいだ。

砂漠の砂に足を取られてよろめくその人は、暗くてもわかるような、色の薄い頭髪の男性だ。青白く見える髪の毛をしている。

背負っているのは弦楽器。……私の故郷の楽器で、砂漠の楽器じゃない事がちょっと驚きだ。

その人は、布を巻いている事からもあまり目が見えていないのか、周りの音で状況を確認しようとしている。


「お前もお困りの側だろうよ。隊商から置き去りにされてよ」


バロがあっさりと言う。それに楽師の男性は納得した調子で答えた。


「……ああ、やはり置き去りにされたのですね。彼等は、この水の量じゃあ、この人数を砂漠の都まで連れていけないと話し合っているご様子でしたから」


知って聞いていたのか、と目を丸くしている私と違って、バロは天幕を片付けながら言う。


「本当に癪に障るぜ、置いていくなら一緒に行くかっての。水が足りねえのはそもそもわかっていただろうに。騙すなんざ悪質だ、こんな時は特に」


「そうでしょうね。あの音は隊商の皆に行き届く量の水を運ぶ音ではありませんでした」


そこでバロが天幕の片付けた後から、楽師の人を見やった。一瞬だけ、目が細まる。何かを見透かすように。


「目じゃなくて耳を頼る人間か、あんた」


「ええ。目は差し上げてしまいましたので」


にこりと友好的に笑う楽師は余裕そうで、不思議だった。こんなに落ち着いていられるのが。

水もない、進む先にも行けない、戻ってもどうにもならない、という状況なのに、彼は穏やかだ。

そんな彼が、私達の方を向いて問いかけてきた。


「ところで、皆様、砂漠の都を目的地にしたい方々でいらっしゃるのでしょうか」


「そうだな」


「ええと、一人二人三人……私で五人。なら大丈夫」


楽師は顔が隠れていてもわかる笑顔で、大丈夫という。意味がわからないのは私もバロも同じだし、弟分さんも同じだ。


「何が大丈夫なんだ。おれは機嫌が悪い。逆さにして振り回すぞ」


「そんな事をなさらないでくださいな。とても皆様に有益な事を、この楽師は行えるというだけの事」


こんな事、今まで誰の役にも立てなかったのですが、と言う楽師が、いそいそと背中に背負っている楽器を広げだす。


「おいおい、楽師のお兄ちゃん、こんなところで演奏なんて呑気だな」


弟分が呆れたように言うが、バロは違っていた。眇めた目の色が、一層光っている気がする。


「黙ってろ。なあるほど。あんたはそういう縛りか」


「見えませんがあなたもなかなか」


楽師とバロが他人にはとうてい伝わらない言い合いをして、楽師が楽器を取り出して曲を奏でだす。

その曲は、きれいな鳥を思わせる曲だった。故郷の子守唄に似ている気がするその曲がかなで終わられたその時。

カタカタと小刻みに揺れていた彼の腰の壺から、どろりとした何かよくわからない、真っ黒の闇にいくつもの星を散らしたものがあふれだして、そして。

弟分が、呆気にとられた声でこう言った。


「と、鳥になっちまった……」


溢れ出したものは、大人の人が四人乗っても大丈夫そうな、大きな鳥の姿になったのだ。


「大きさの制限がありすぎて、重くて大きな荷物もきちんと運べませんし、上空をかけるのは砂漠の昼でもかなり寒いですし、砂漠ではあまりこの姿をとらないと言われていましたが、こうしてどうしても干からびる前に砂漠の都につきたい、お困りの同士がいらっしゃいますので」


楽師が鳥に寄り添っていう。そしてそのまま、ずぶりと鳥のお腹の中に沈み込む。


「ご一緒なさるなら、腹に入ってくださいな。大丈夫、目的地に到着したらすぐに吐き出されますゆえ」


「慣れてんなあんた」


「一人身ですので。こういうものも扱う身の上だと、慣れもしますよ」


楽師がそう言うから、私はバロと顔を見合わせた。


「ほかにさっさと到着する道はなさそうだしな、干からびるのもご遠慮したいし、入るぞ、アイーダ」


「うん」


「兄貴、兄貴が入るなら俺も」


そういったやり取りの結果、私達はその鳥のお腹に入れてもらい、鳥は大きく羽ばたいて、空を飛び出したのだった。

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