第六話 休息の時!エンゼ・ギルティ!
社会的に「エンゼ」という存在は正義の象徴とされておりエンゼのおかげで今の平和な日本があると言ってもいい。しかしながらエンゼという魅力的な力を必ずしも全員正しく使えるわけではない。エンゼ世界にも裏が存在する。エンゼ協会は反社会的なエンゼのことを「ドロッパーエンゼ」と名称し日々対策を急いでいた。「ドロッパーエンゼ」は人としての道を踏み外し社会的秩序を乱しエンゼの剝奪を命じられたもののそれに従わずエンゼを持ち続け私利私欲を満たしている者のことを言う。エンゼ・ギルティも最近まで分類されていた。現時点でわかっているドロッパーエンゼの数は約1300人。そしてどれも組織化されており安易に手を出せば大規模抗争に発展し、最悪の場合戦争にもなりえる可能性があるので協会は慎重な対応を取っている。このドロッパーエンゼの中でもとにかくやばいと言われているのが「エンゼ・マッド」である。エンゼ・マッドはどのエンゼよりも攻撃的かつ残忍で冷酷な人物だと知られており、交戦したエンゼは皆全治半年以上の大怪我を負わされて帰ってくる。マッドの一番のやばさはエンゼを見つけては狩る「翼の折れたエンジェル」というゲームをしていることだ。この身勝手なゲームにより現時点で約59人のエンゼが被害にあっている。神出鬼没で出現エリアを絞り込めないので協会は注意を促すことしかできない。この事態にジャスティス率いる「天空の騎士団」は上空に対策員を配置させマッドが現れたら上空からエンゼを引き上げて避難させるというクレーンゲームのような作戦を実行している。実際に作戦は成功しておりマッドの行動データも取れるという一石二鳥の結果になっている。「一先ずこのエンゼ・マッドのデータと出現場所を解析してもっと最適な対策方法を考えましょう」「はい!」この作戦を決行してからジャスティスは全くと言っていいほど家に帰っておらずカシオスは毎日退屈していた。カシオスは自身の状況が多少マシにはなったものの教会内には自由に出入りすることが出来ないため大人しく家で待っているしかなかった。「はぁ~あ!全くもう……メールくらい返してくれてもいいのに!」外は大雨でどこかに外出するつもりもない。テレビではエンゼ・ゴーストの一時復帰が報道されており暗い顔をしながらも軽快に動き回るゴーストの姿を見て少しゾクゾクしたが美咲より魅力的ではないのですぐにどうでもよくなった。「ゴーストちゃんねぇ~…たしかキューブちゃんのとこにいた子よねぇ~…あんなことあったのに復帰できるなんてタフねぇ」ソファでチョコチップクッキーを食べながら退屈そうにテレビを見つめ携帯をチラチラみてしまう。まだ連絡はない。ため息をつくとエンゼ・ダガーを眺め自らの力のあり方を考える。今まで自分のやりたいがままに力を振るい自分の命なんてどうでもいいと思っていた。けれど美咲という守るべきものが出来た今、自分の命を軽々しく投げ出すような行動は出来ない。自分ももうそろそろ30歳になる。もう少し大人になろうかなとも思いつつダガーをソファに投げると伸びをしてベッドへ向かう。真っ暗な寝室で独り。横になると更に孤独を感じる。美咲の使っている枕に顔を埋め気が付くと眠っていた。次に目が覚めた時は深夜3時だった。頭に残る眠気が思考を遮り座るだけで精一杯だった。スマホを見ると通知が入っており美咲から返信がきていた。『返信できなくてすみません。もう少しで作戦を終えて自宅へ戻れます。食べたい物があれば書いておいてください。帰りまでには見てますから』「はぁ~…ま!何作って貰おうかなぁ~!」久々の美咲の言葉にルンルン気分で返信するとしばらく喜び悶えていた。「ふんふんふ~ん♪」喜びに浸りながら再び眠りにつく。
それから5日後
美咲は作戦を終えてようやく自宅へ帰ることができた。玄関の扉を開けるや否やカシオスは美咲に抱きつき頭をありったけ撫で回した。「カシオスさん…入ってもいいですか?」「いいよぉ!早く!早く!」「先にお風呂入りますね」「りょーかいりょーかい!」40分後風呂から出た美咲を抱きしめ乾いた髪の匂いを嗅ぐ。「いい匂い~!」「もう…やめてください」「ねぇ~これからなにする?お姉さんと一緒にぃ~なにかしちゃう?」「ちょっと寝ます…」「じゃあ一緒に寝よっか!」「しばらく一人にさせてください…ちょっと疲れたんで」そう言い寝室のベッドに入ると10秒も経たないうちに眠ってしまった。「…どーせまともに寝てなかったんでしょ…またクマ出来てるし」美咲はカシオスの独り言にも反応せずずっと眠っていた。顔にかかる髪を手で払うと頬にキスをし寝室から出て美咲が適当に置いた荷物を片付けリビングでパソコンをいじっていた。約7時間後の17時頃に美咲は目覚めフラフラとリビングに歩いてきた。「あぁ…すみません寝すぎてしまって…」「だいじょーぶだいじょーぶ!たくさん寝なさいな」「ごめんなさい…すぐに夕飯作ります」「今日は買って食べない?正直無理でしょ?」「でも…」「私コンビニで買ってくるから待っててぇ」カシオスは買い出しに行ってしまい美咲は部屋に取り残された。少し汚れた部屋を見て少し溜息をついたが綺麗にしようとした痕跡があったので大目に見ることにした。待っている時間やることがなくソファで横になっているとまた眠ってしまいそうになり、咄嗟に起き水を飲むとまたソファに腰を下ろした。20分後カシオスは帰宅し4個のレジ袋を机に置き中身を出し始めた。「どんだけ買ったんですか…」「とりあえず~?お弁当と~お菓子と~お酒~!」「私まだ飲めないですよ」「私が飲む用だから安心して♪」「今日夜更かしできないですよ…また明日から仕事ですから」「あ~そのことなんだけどねぇ1週間休みの連絡入れといたわよ」「何でそんな勝手なことするんですか!」「美咲ちゃん…あなた自分の疲労具合わかってないでしょ?一週間は休みなさい。身体壊れちゃうよ?」カシオスは上機嫌に話しながらもその顔は真剣だった。「…わかりました」「それじゃ!食べちゃ~!」幕の内弁当を食べ進めていると張りつめた緊張の糸が一気に切れたのか、思い出の味とかこの弁当に何か思い入れがあるわけでもないのに涙がポロポロと零れ落ちてきていた。「あれ…なんで…すみません私…うぅ…わかんないんですけど…すみません…すみません」その様子を見ていたカシオスは何も言わず抱きしめ背中をさすり泣き止むまで訳の分からない悲しみの涙を受け止めた。「すみません…もう大丈夫です…すみませんホントに」「だいじょーぶだよ」「食べますね…せっかく買ってきていただいたんですし」「そうそう!今日は食べて元気になろう!それでいっぱい寝よう!」「はい…!」美咲はカシオスのことは人間として尊敬しているわけではない。しかしエンゼ歴で言えばかなり先輩。エンゼのことで困ったことがあれば頼れる先輩ではあった。「美咲ちゃんは可愛いねぇ~」「…うるさいです…!」「そういうツンデレなところも好き♡」「…私も優しいところが好きです」「うふふ…じゃあ両想いだね~♡」「女色とかそういうのじゃないですからね!likeです!」「わかってるわかってる!」夕食を食べながらテレビを見ているとまたエンゼ・ゴーストのニュースが報道されていた。「ゴーストさん復帰したんですね」「そうらしーね」「まぁ…頑張ってほしいですよ」ニュース映像の中では黒いフードを深く被ったエンゼ・ゴーストが瓦礫の上を駆け抜けていた。以前より明らかに動きが鋭い。インタビュー映像では記者の問いにもまともに答えず小さく会釈だけして去っていく。『精神状態を不安視する声もありますが、今回の復帰についてどう思われますか!?』『……別に』それだけだった。「相変わらず愛想ないわねぇ」カシオスはポテトチップスを摘みながら笑う。美咲は静かに画面を見つめていた。「……でも」「ん?」「前より、少しだけ人間っぽくなった気がします」「へぇ~?」「昔はもっと……空っぽでしたから」美咲自身ゴーストと深く関わった時間は長くない。だがそれでも覚えている。あの少女は生きているというより漂っているような存在だった。喜怒哀楽が薄く何を見ても反応が浅い。まるで世界との接続が切れているような。だが今の映像には僅かながら感情の揺れが見えた。誰かを気にしているような迷いも見えた「なんか弟子できたらしいじゃん?あの子」「……エンゼ・アイですか」「そうそう。なんかめちゃくちゃ懐いてるらしいわよぉ」美咲は少しだけ眉をひそめた。「……大丈夫なんですかね」「どっちが?」「両方です」カシオスは「あはは!」と笑う。「まぁ共依存っぽい匂いはするわよねぇ」「……」「でもさ人間なんて案外そういう不安定さで繋がってたりするじゃない?」カシオスは缶チューハイを揺らしながら続ける。「正しい関係だけで生きられるほどみんな強くないのよ」美咲は返事をしなかった。テレビでは続けて「ドロッパーエンゼ特集」が始まる。画面中央に映し出される危険指定個体「エンゼ・マッド」黒く歪んだその翼は見ただけで恐怖心を増幅させる。続けて拘束されたエンゼの写真や破壊された市街地の映像が差し込まれる。『現在確認されている被害者数は59名。協会は翼の折れたエンジェル事件として対策を――』「……また増えてる」「マッドちゃんねぇ」カシオスの声色から軽さが消える。「アイツはマジでダメ。あれは悪とかじゃなくて災害に近い」「交戦経験あるんですか?」「一回だけ。昔ね」カシオスはソファへ深く沈み込む。「死にかけたわよぉ。身体じゃなくて精神が」「……」「アイツ人が壊れる瞬間を見るのが好きなの」テレビ画面には被害に遭ったエンゼ達の現在が映る。長期療養、飛行不能、PTSDによる変身拒絶。美咲は静かに目を伏せる。エンゼは正義の象徴でその理想を支えるために多くのエンゼ達が空を飛び街を駆け抜け続けている。だがその裏側では壊れる者や壊して回る者もいる。そして壊れかけたまま飛び続ける者もいる。エンゼとは一体なんなのだろうか。「まっ…そん時は私が勝ったけどね~!」「カシオスさんって…意外と強いですよね」「意外とじゃなくてめちゃくちゃ!」少し酔いが回りはじめたカシオスは上機嫌に美咲の隣に座ると肩に寄りかかる。「重いんですよ……」「ひっど~い」カシオスはけらけら笑いながら美咲の肩へ頭を預ける。少し酔っているせいかいつもより体温が高い。美咲は逃げるでもなくそのまま缶のお茶を口に含んだ。テレビではまだドロッパーエンゼ特集が流れている。重たい内容とは裏腹に部屋の空気はどこか緩かった。「……カシオスさん」「ん~?」「本当にマッドに勝ったんですか?」「なによ~その疑いの目!」「いや……普段が普段なんで」「失礼しちゃうわねぇ」カシオスは胸を張る。「昔の私はそりゃもうカッコよかったんだから!」「今は?」「今は~カワイイ!」「自分で言うんですね……」美咲は呆れたように小さく笑った。その笑顔を見てカシオスは少しだけ目を細める。「……やっと笑った」「え?」「帰ってきてからずっと顔死んでたよぉ?」「……そんなことないです」「あるある。疲れてる時の美咲ちゃん感情薄くなるもん」カシオスは軽い調子で言うが観察力だけは妙に鋭い。「別に無理して強くなくていいのよ?」「……」「正義の味方ってさ、みんな壊れないこと求められるけど」カシオスはテレビをぼんやり見ながら続ける。「実際はみんなボロボロで飛んでるからねぇ」美咲は静かに息を吐いた。その言葉は少しだけ胸に落ちた。しばらくしてテレビ番組はバラエティへ切り替わる。さっきまでドロッパーエンゼを特集していたとは思えないほど明るい音楽が流れ始めた。「温度差すごいですね……」「世の中そんなもんよぉ」カシオスはテーブルに置かれたポテチへ手を伸ばす。「あっ、それ私の」「一緒一緒♪」「勝手に食べないでください」「ケチ~」そんなくだらないやり取りをしながら時間だけがゆっくり過ぎていく。外ではまだ雨が降っていた。窓を叩く雨音。テレビの笑い声。コンビニ弁当の匂い。世界では危険なエンゼが暴れ誰かが傷つき誰かが戦っている。それでもこの部屋だけは不思議なくらい平和だった。カシオスはそのまま美咲の肩へ寄りかかったままうとうとし始める。「……寝るならベッド行ってください」「んぇ~……ここでいい……」「風邪引きますよ」「美咲ちゃんあったかいし……」完全に眠そうな声だった。美咲は少し困ったように眉を下げた後小さくため息を吐く。「……しょうがないですね」そう呟き逃がさないように肩を支える。カシオスは安心したように目を閉じた。その穏やかな寝顔を見ながら美咲はふと考える。エンゼとは何なのか。正義とは何なのか。その答えはまだ分からない。けれど少なくとも今はこういう何気ない時間を守りたいとは思えた。しばらくすると、カシオスの呼吸は完全に寝息へ変わっていた。「……ほんとに寝たし」美咲は苦笑しながら肩に乗った重みを支える。テレビではまだ賑やかな笑い声が流れているがカシオスはもう微動だにしない。よほど安心しているのだろう。「起きてください。ベッド行きますよ」「んぅ……」返事になっていない。美咲は困ったように眉を寄せた後小さく息を吐く。「……失礼します」カシオスの腕を肩へ回しなんとか立ち上がらせる。「重……」「美咲ちゃぁん……」「寝言で呼ばないでください」ふらふらと支えながら寝室へ向かう。暗い部屋。柔らかい間接照明。雨音だけが静かに窓を叩き響いていた。美咲はベッドへカシオスを座らせる。するとカシオスは半分寝ぼけたまま美咲の服の裾を掴んだ。「……行かないでぇ」「行きませんよ」「ほんと……?」「はい…」子供をあやしている気分だった。美咲がそう返すとカシオスは安心したように再び目を閉じる。だが裾を掴む手だけは離れない。「……もう」美咲は小さく笑った。いつも自由奔放で振り回してくる人なのにこういう時だけ妙に寂しがり屋だ。結局美咲はそのままベッドの端へ腰掛ける。窓の外では雨が降り続いている。今日も色々あった。マッド対策に終わらない警戒と壊れていくエンゼ達。疲労はまだ身体の奥に残っている。それでも今は不思議と少し落ち着いていた。カシオスの寝顔をぼんやり見つめる。普段は騒がしくて掴みどころがなくて何を考えているのか分からない人。なのにこうして隣にいると妙に安心する。「……変な人」するとカシオスがうっすら目を開けた。「……美咲ちゃん」「起きてたんですか?」「ちょっとだけぇ……」眠そうな声のままカシオスは美咲の手へ自分の手を重ねる。「……帰ってきてくれてありがとね」その言葉はいつもの軽い調子ではなかった。美咲は少しだけ目を丸くして静かに視線を落とした。「……ただいまです」カシオスは満足そうに笑うとそのまま今度こそ完全に眠りへ落ちていった。美咲はしばらくその手を見つめた後、逃がさないようにそっと握り返した。




