表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンゼ・エンゼ・エンゼ‼  作者: 角野&カンナキ
PR
5/10

第五話 愛を叫べ!エンゼ・アイ!

差し込む朝日から逃げるようにカーテンを締め切った部屋で暗音はうずくまっていた。今日も何もする気が起きない。アタルの死後、ロケットは閉鎖病棟に入院しているため連絡が取れずロードさんも日々の業務で忙しく連絡が取れない。誰も頼る人物がいないので何もする気がない。自身のエンゼ活動も収入に繋がっているわけではないので積極的に行う理由もない。今日も今日とて一日中部屋の中で寝るかネットに籠るか自慰行為に耽るかしかなかった。部屋の扉を叩かれば食事が運ばれそれを運動のように貪る。家族仲は良いので部屋の中に入り食事を運ぶが運ばれるたびに差し込む光が目に刺さり痛かった。食事を終えると不思議と外に出たくなり母親に許しをもらい外へと歩き出した。外の明るさは自分にはあまりにも攻撃的であり数十秒立っているだけで灰になり風に吹かれて消えてしまいそうだ。本当に楽しいことがない。つまらないわけでもない。本当に何の刺激もなければ退屈もない。都内に行こうにも電車に乗ると極度に緊張してしまい吐き気がする。飲食店が多く連なる中学校付近にも近づけない。商店街も長い割にはとくに買うものがない。この街は本当に私に優しくない。空を飛んでいるエンゼを見ても何も考えられない。ただ「パンツ見えそ~」とかしか思えない。公園のベンチで座っていても寄ってくるのは餌欲しさに近寄る鳩ばかり。本当になぜこんな時代に生まれたのだろう。私にはこの時代でやるべきことがあるのだろうか。木陰で休んでいると目の前から歩いてくるエンゼがいた。「あの……エンゼ・ゴーストさんですか…」「えー…あ…その…はい」するとそのエンゼは目をウルウルとさせ手を掴むとブンブンと振る「あの……!まじで!ずっと好きでした!」「あ…ありがとうございます…はい」「私と付き合ってください!」「はぁ⁉」一旦そのエンゼを落ち着かせ隣に座らせ話を聞いた。「私はエンゼ・アイと言います…今年16になります!」「あの……私のファンなら…私の年齢わかってます?今年ようやく15になるんです…」「わかってます!だけど!私年齢気にしないタイプです!」「あの……私…そんなに恋愛とか積極的なタイプじゃないんですよ…」「なら…私が全部支えます!一生支えます!」「はぁ…」今まで熱烈なファンは多く存在していたがここまでのファンはいなかった。「じゃ…じゃあ!私とデートして!それで付き合うかどうか決めてください!」「あ…わかりました」エンゼ・アイは装備を解除して暗音の手を引くとファミリーレストランへ入っていった。「ファミレス…」「まずはご飯食べませんか!」「あの……昼食べてて」「じゃあデザートです!何食べますか?私はこのパンケーキ食べますけど!」「えっと……じゃあ……これで……」暗音が指差したのは端に小さく載っていたチョコレートパフェだった。「わっ、かわいいの選びましたね!」「別に……食べ切れそうだったからです……」エンゼ・アイはにこにこと笑いながら店員を呼び勢いよく注文する。その明るさは太陽みたいで暗音には少し眩しすぎた。店内は平日だが騒がしい。子供の笑い声。皿のぶつかる音。ドリンクバーへ走る足音。暗音は椅子に浅く腰掛けながらずっと落ち着かなさそうに視線を泳がせていた。「……大丈夫ですか?」「え……?」「なんかずっと肩に力入ってるから……」暗音はそこで初めて自分が無意識に拳を握っていたことに気づく。「……人多いの苦手で」「じゃあ場所変えます!?」「いや……まぁ……ここまで来たので……」アイは「そっか」と小さく頷いた後少しだけ声のトーンを落とした。「……ゴーストさん、最近ずっと辛そうでしたもんね」その言葉に暗音の身体がわずかに止まる。「SNSも更新減ってたし……空飛んでても全然楽しそうじゃなかったし……」「……見てたんですね」「当たり前です!ファンですから!」迷いのない返答に怖がる気も失せた。やがてパンケーキとパフェが運ばれてくる。アイは目を輝かせながら写真を撮り暗音はぼんやりとパフェを見つめていた。冷たいアイスを一口食べる。甘い。ただそれだけだった。でも少しだけほんの少しだけ頭の奥に張り付いていた重たい霧が薄れた気がした。「……美味しいですか?」「……まぁ」「やった!」たったそれだけの返事でアイは本当に嬉しそうに笑う。暗音はその笑顔を見ながらふと理解できなかった。どうしてこの人はこんな空っぽな自分を見て笑えるのだろう。守る価値もなく夢もない。ただ毎日を腐らせているだけの自分に。「……なんで」「え?」「なんで私なんですか」アイはフォークを止めた。「強いから、とかなら他にいくらでもいるじゃないですか」「んー……強いから好きになったわけじゃないですよ?」「じゃあ何ですか」アイは少し悩むように視線を上げそれから照れくさそうに笑った。「……なんか、壊れそうだったからです」暗音の瞳がわずかに揺れる。「ゴーストさんって、ずっと消えそうな顔して飛んでたんですよ。だから放っておけなくて」「……変な人ですね」「よく言われます!」暗音は小さく吹き出した。本当に小さく。自分でも驚くくらい自然に笑ってしまいアイはその瞬間を見逃さなかったようにぱっと顔を明るくする。「今笑いました!初めて見ました!」「……うるさいです」「かわいかったです!」「帰りますよ」「ごめんなさいってぇ!」ファミレスを出た後もエンゼ・アイはずっと暗音の隣を歩いていた。「次どこ行きます!?映画!?カラオケ!?水族館!?」「いや全部人多いじゃないですか……」「あっ……」勢いだけで喋っていたアイは気まずそうに口を閉じる。暗音はそんな姿を見ながら小さくため息を吐いた。「……別に。歩くだけでいいです」「ほんとですか!?」「その代わり静かな場所で……」「了解です!」そこから二人は商店街を外れ川沿いの遊歩道へ向かった。夕方が近づきオレンジ色の光が街をゆっくり染め始めている。アイは歩きながらずっと喋っていた。好きなエンゼ。最近観た映画。学校で怒られた話。変身解除を失敗して壁を壊した話。暗音は基本的に「へぇ」とか「そうですか」しか返さなかったがそれでもアイは楽しそうだった。途中で自販機の前で立ち止まる。「何飲みます!私奢ります!」「……じゃあミルクティー」「かわいい!」「その感想やめてもらっていいですか」アイは笑いながらジュースを二本買い片方を渡す。冷えた缶の感触が手に馴染む。川辺には風が吹いていて昼間より少しだけ過ごしやすかった。「……こういうの久しぶりかも」暗音がぽつりと呟く。「デートですか!?」「外出です」「実質デートじゃないですか」「違います」「じゃあ仮デート!」「その『仮』便利ですね……」そんなやり取りを続けながら二人は気づけばかなり長い時間歩いていた。空が完全に暗くなり始めた頃アイが少し名残惜しそうに立ち止まる。「……今日はありがとうございました」「いえ……まぁ」「また会ってくれますか?」暗音は少しだけ考えた。正直疲れた。人と長時間一緒にいること自体が久しぶりだった。断ろうとも思ったが家に引きこもって暗い天井を見続けるだけの時間よりは少しだけマシだった気もする。「……気が向いたら」「やった!」アイは満面の笑みを浮かべた。その笑顔に押されるように暗音は軽く手を振って帰路につく。帰宅後、部屋に入りベッドに飛び込む。いつもの暗い部屋。閉め切られたカーテンによって冷やされた部屋に漂う冷たい空気。なのに今日は不思議と息苦しさが少なかった。ベッドへ倒れ込みながら暗音はスマホを見る。そこには知らない連絡先から一件のメッセージが届いていた。『今日は本当に楽しかったです!!おやすみなさい!!』文の最後にはやたら眩しい笑顔のスタンプ。暗音はしばらく画面を見つめた後『おやすみなさい』とだけ返した。アイと関わり続けてしばらくしているとアイの様子が次第におかしくなり始めた。最初は本当にただ明るいだけの子だった。毎日のようにメッセージを送り暇さえあれば会いに来て暗音が適当に返しても「返信きた!」と喜ぶような犬みたいな人。暗音にとっては楽だった。勝手に喋ってくれるし勝手に笑ってくれる。自分は隣にいるだけでよかった。だからこそ気づかなかった。アイの世界が少しずつ暗音中心になっていることに。「今日誰と任務行ったんですか?」ある日ファミレスでアイがそう聞いてきた。「……エンゼ・オレンジですけど…」「女ですか?」「まぁ……エンゼだったらそうでしょ」「ふーん」その返事は軽かった。だがテーブルの下ではストローの紙をぐしゃぐしゃに握り潰していた。「……別に仕事ですよ」「わかってます!」笑顔だったが目が笑っていなかった。そこから少しずつ違和感が増えていく。『今何してますか?』『誰といます?』『なんで返信遅いんですか?』『寝てました?本当ですか?』最初は可愛いと思っていた。必要とされる感覚は空っぽだった暗音の心を少しだけ満たしてくれたから。だが次第にそれは重さへ変わっていく。深夜2時にスマホが震える。『今から会えませんか』『無理です。寝てます』数秒後。『どうして会ってくれないんですか』『明日休みですよね』『ゴーストさんの方が大事です』暗音は返信を止めた。すると立て続けに通知が鳴る。『嫌われました?』『私なんかしました?』『他に好きな人できました?』『ねぇ』『怖いです』『捨てないで』暗音は眉をひそめながらスマホを伏せた。その直後、送られてきた写真には自宅近くのコンビニ前の夜道が映っていた。『家の近く来ちゃいました』「は……?」暗音は慌ててカーテンを開ける。街灯の下に本当にアイがいた。薄いパーカー姿で不安そうにこちらの部屋を見上げている。暗音は急いで外へ出た。「何してるんですか…」「だって返信くれないから……」「いや寝てますよこの時間…」「……嫌われたかと思った」その声は震えていた。暗音はそこで初めて気づく。この子は自分が思っていた以上に不安定なのだと。「……帰りましょう。風邪引きます」「一緒にいてくれるなら帰る」「子供みたいなこと言わないでください……」「ゴーストさんの前では子供でいたいです」そう言ってアイは暗音の袖をぎゅっと掴んだ。離されるのを恐れるみたいに跡が残るくらいがっしりと掴まれた。暗音はそのままアイを近くの公園まで連れて行った。深夜の公園は静かだった。ブランコが風でわずかに揺れ街灯の白い光が地面をぼんやり照らしている。アイはベンチに座ったままずっと暗音の袖を掴んでいた。「……とりあえず落ち着いてください」「……はい」返事はするが指の力は弱まらない。暗音は小さくため息を吐いた。「私、そんな依存されるような人間じゃないですよ」「依存じゃないです」「じゃあ何ですか」アイは少し黙った後俯きながら言った。「……怖いんです」「何が」「ゴーストさん、急に消えそうだから」その言葉に暗音は返答できなかった。「最初会った時からずっとそうです。なんか生きてる側にいない感じがして……」アイはぎゅっと拳を握る。「だから繋ぎ止めないと、どっか行っちゃいそうで……」暗音は視線を逸らした。最近ずっと自分でも自分が空っぽだった。生きたいわけでも死にたいわけでもない。ただ毎日が薄く輪郭を失っている感覚。アイはそれを見抜いていたのだ。「……でも」暗音がゆっくり口を開く。「毎日家の近くに来たり、何十件も連絡したり、それは普通じゃないです」アイの肩がびくりと揺れる。「……ごめんなさい」「謝ってほしいわけじゃなくて」言葉を探す。誰かを諭した経験なんてない。「……私、誰かを支えられるほどちゃんとしてないんです。だから全部私だけに向けられると困る」アイは俯いたまま黙っていた。長い沈黙の末にやがて小さな声が落ちる。「……重いですよね」「……まぁ」「ですよね……」アイの目からぽろっと涙が零れた。暗音は目を丸くする。「え、ちょ……なんで泣くんですか」「だってぇ……嫌われたと思ったから……」「いやそこまでは」「でも迷惑って思われてた……」「迷惑というか……心配です」アイは涙を拭いながら顔を上げる。「……心配?」「普通に危ないじゃないですか。夜中に一人で来るの」「……」「あと、その……」暗音はかなり言いづらそうに視線を泳がせた。「……そんなに私だけ見てると、疲れますよ」アイは少し呆けたような顔をし不意に笑った。「……ゴーストさんって不器用ですね…でも今嫌いじゃないってわかりました」「勝手に解釈しないでください」「へへ……」泣いた直後なのにアイは少し安心したように笑う。その笑顔を見て暗音はまた小さくため息を吐いた。面倒くさい本当に面倒くさい。なのに放っておけないと思ってしまった時点でもう自分の負けなのかもしれなかった。あの日以降、アイは少しだけ距離を置こうと努力し始めた。努力だけは。『おはようございます!』『学校行ってきます!』『今帰りました!』『今日はちゃんとご飯食べましたか?』連絡頻度は減った。以前のように深夜に家へ来ることもなくなった。だがその代わり感情の重さが隠し切れなくなっていた。高架下の自販機前で暗音は缶コーヒーを飲みながらぼんやりしていた。そこへアイが駆け寄ってくる。「ゴーストさん!」「……あぁ」「今日リーフと組んでましたよね」「……見てたんですか」「偶然です!」絶対嘘だ。アイは笑顔だったが視線だけが妙に鋭い。「……仲良さそうでしたね」「普通ですよ」「普通に肩触ってましたけど」「戦闘補助です」「必要以上に近かったです」「監視してたんですか?」「違います!」食い気味だった。暗音は頭を抱える。最近のアイは自分でも感情を抑えきれていないのが分かるくらい不安定だった。少しでも他人と話すと落ち込む。返信が遅れると沈む。会えない日が続くと明らかにテンションが壊れる。そしてある日ついにアイがぽつりと呟いた。「……私、恋人向いてないのかも」暗音は目を瞬かせる。「急にどうしたんですか」「だって私ゴーストさんのことになると頭おかしくなるし……」「それはまぁ……ちょっと思います」「ですよねぇ……」アイは机に突っ伏す。ファミレスのドリンクバーで持ってきたメロンソーダが小さく揺れた。「……じゃあ」暗音が少し考え込みながら口を開く。「一旦、弟子とかにします?」「……へ?」「恋人とか曖昧だから重くなるんですよ。師弟関係なら……まぁ」「……」「距離感も作りやすいですし」アイは数秒固まった後顔を真っ赤にした。「で、弟子!?私が!?」「嫌ですか」「嫌じゃないです!!」店内に響く大声だった。周囲の視線が集まり暗音は死にそうな顔になる。「声量……!」「すみません!!」アイは慌てて座り直すと今度は妙に姿勢を正した。「じゃ、じゃあこれからは弟子としてお側に……!」「いやそこまで重くなくていいです」「師匠って呼びます!?」「やめてください」「ゴースト師匠!」「やめろって言ってるでしょうが」だがその日以降アイは本当に弟子として振る舞うようになった。任務同行や久々の戦闘訓練。パトロール補助。以前のような恋人ムーブは減った。ただ問題は感情の向き先が恋愛から崇拝に変わっただけだったことだ。「ゴーストさんの戦い方、今日も完璧でした……」「いや…まぁありがとうございます」「呼吸のタイミングまで美しかった……」「怖い」「私、一生ついていきます」「重い」以前より若干悪化していた。

関係性が再び崩壊したのは雨の日だった。

任務帰りで二人ともずぶ濡れだった。暗音の家族は不在で部屋には雨音だけが響いている。アイは制服の袖を握りながら珍しく静かだった。「……今日、怖かったです」アイは暗音を見る。「ゴーストさんが、また消えそうな顔してたから」暗音は何も返せなかった。あまりにも疲れていた。心も身体も空っぽで何かを考える余裕がない。アイはそっと近づき震える声で言う。「……やっぱり私じゃダメですか」その言葉には恋愛だけじゃなく必要とされたいという必死さが滲んでいた。暗音は拒絶できなかった。誰かに求められること。離さないと言われること。それが今の自分には少しだけ救いに思えてしまったから。そして二人の距離は曖昧なまま一線を越える。何回も唇を重ね凍えた身体を温めお互いの疲れ果て壊れた身体を慰め合った。ただその後、部屋の空気は想像していたような甘さではなく妙に静かだった。アイは暗音の服を掴みながら小さく笑う。「……これで少しは特別になれましたか」暗音は返事に詰まった。その問いに軽々しく答えてはいけない気がしたからだ。二人の関係は恋愛という言葉だけでは説明できないほど歪に深く絡まり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ