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エンゼ・エンゼ・エンゼ‼  作者: 角野&カンナキ
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第三話 貫け正義!エンゼ・ジャスティス!

エンゼ協会本部49階にて、とあるエンゼに向け表彰式が行なわれていた。表彰されている人物の名前は「エンゼ・ジャスティス」というエンゼ歴3年目のベテランだ。今回藤沢市で起こった大規模デモネ襲撃事件の現場指揮とデモネの討伐を全て一人で行い、尚且つ一人の犠牲も出さなかったことを表彰しジャスティスには名誉エンゼの称号を授与された。ジャスティスはこれを受け取るとこれからの抱負を語る。「私は平和とは誰もが安心して笑顔で暮らせることだと思います。相手を思いやる気持ちを大切にし、自分にできることを考えながら平和な社会づくりに貢献していきたいです」一礼すると大きく拍手が会場全体に鳴り響く。ジャスティスは会場を出るとエンゼウェアを解除しため息をつく。貰った表彰状とバッジを見つめ地面に叩き付けようとするが必死の思いでそれを耐える。自分にはこれらを貰う権利と価値はないと思っているからだった。本部内の自室に戻ると椅子にもたれかかり天井を見上げる。正直自分のこれからについて考えていた。このままエンゼを続けてもいいが現状はあまり良いものではない。自分だけが成長し続け他のエンゼ達はそれに食いついたり追い越そうという努力をせずただ指をくわえて憧れているだけ。最近激化していくデモネの襲来に抵抗するには他のエンゼ達にも成長してもらわなくては困る。自分一人で100体相手するのは余裕だが毎日は流石にキツイ。首を下ろしため息をつくとPCを起動させ調査資料作成を行う。

「エンゼ・ジャスティス」本名「佐々木羅 美咲」19歳。15歳の時に発生した大規模厄災、通称「2.31」で家族を失う。自らも瓦礫に挟まり動けなくなっていたところをエンゼに救われエンゼに憧れる。16歳の頃、半年間の猛特訓の末に「エンゼ・ジャスティス」を授与されるとすぐさま頭角を現すと約1年半という異例の速さで1級エンゼに昇格する。どこからどう見ても優秀で目標とすべきエンゼなのだがそんな彼女にはとある秘密が存在していた。美咲は資料作成を終え本部を出て人目のつかない場所へ移動する。そこは本部のような静寂で綺麗な場所ではなく、壁一面落書きだらけでそこら中にゴミ袋が放置されカラスやネズミがそれを漁っているような薄ら汚い路地裏だった。しばらく進みとあるドアを開けると何処かの部屋へと繋がっていた。扉の先には一面グレーのコンクリートの空間で家具も最小限のものしか置いていない。机にはPCの仄暗く明かりがついている。赤色のレザーソファにはクッションを抱きしめながら眠っている人物がおり荷物を置くと身体を揺らし起床を促す。「起きてください…そろそろ移動しますよ」眠っている人物は嫌々目を覚ましてPCの時間を見て欠伸をする。「あらぁ…美咲ちゃんお帰りなさ~い」「全く…そろそろ移動しますから準備してください…というか!部屋の中なんだから服ぐらい着てください!」「ん~?そんなにお姉さんの裸見たくない?」「えぇ…嫌です!」その人物は服を着て荷物をまとめる。荷物と言っても化粧品と服が入るくらいの小さなバッグだけ。「準備OK~!じゃ!レッツゴー!」「はぁ…今日は私の家です」「えぇ~意外~!」「昨日言いました…」2人は様子を伺いながら外へ出ると呼んでおいたタクシーに乗り込む。この光景をバレるわけにはいかない。バレたら逮捕だ。自宅に着くと電気をつけ荷物を置きベッドに倒れこむ。「疲れた…」そこにその人物も倒れ美咲を抱きしめる。「ちょっ…なにを!」「疲れたならぁ…マッサージしよ~か?お姉さんマッサージ得意だよ?」「結構です…!」ベッドから起き上がり台所へ向かい夕食の支度を始める。「自炊なんてするんだぁ!なに作ってくれるのぉ?」「今日は野菜炒めです」「お姉さんお肉食べたいなぁ~」「じゃあ無しです」「も~!いじわるぅ!」「…たしか豚肉があったはずなので冷凍庫から出してください」「はいは~い」この2人が出会ったのは3か月前。路地裏でへたり込んでいたところを美咲が助けたことから始まった。しばらくしてこの人物の正体を知ることになる。彼女は現在逃亡中の「エンゼ・ギルティ」本名「カシオス・デザート」であった。8年前、カシオスは重大な規約違反を犯しギルティを剝奪予定だったのだが剝奪手続きの際、何を思ったか協会員を殺害しそのまま行方をくらませていたのだった。それを知った美咲は協会に突き出そうとしたがカシオスに必死な懇願に負けてしまい匿っていたのだった。夕食を食べ終わると自室で持ち帰った仕事の続きを行う。当然のようにカシオスは邪魔しに来る。「まだ仕事ぉ?」椅子で作業する美咲を後ろから抱きしめ横から顔を覗かせる。「邪魔ですよぉ!」「邪魔って言う割には受け入れてるように見えますけどぉ?」「…そこにいてもいいですけどこれ以上邪魔しないでくださいね」「は~いジャスティスさま~」40分もすればカシオスは飽きベッドでスマホをいじり始める。そこから更に2時間ほどしてようやく作業が終了した。背を伸ばし部屋中の明かりを全て消しカーテンを閉めるとベッドに入る。「お疲れ~」「ありがと」「…目が疲れてるよお嬢さん」「…それは…だって…ぱそ…」そのまま眠りについてしまった。本当はカシオスが眠るまで監視しなきゃいけないのに今日は疲れすぎてベッドに入るなり眠ってしまった。カシオスは美咲の頬を撫でると指先で美咲の頬をゆっくりとなぞる。窓の外では遠くを走る車の音だけが聞こえていた。「……ほんと、無防備」眠る美咲は小さく息を漏らすだけで起きない。普段なら少し物音を立てただけでも目を覚ますのに今日は限界だったのだろう。カシオスはゆっくり身体を起こす。部屋の暗闇の中、机の上にはエンゼ協会の資料が広げられたままだった。そこには各地のデモネ出現地点やその被害予測、出動予定のエンゼ名簿が並んでいる。そして一番上には『逃亡中危険指定:エンゼ・ギルティ』自分の写真が載っている資料を取るとカシオスは数秒それを見つめふっと笑った。「……まだ追ってるんだぁ」だがその笑みはどこか寂しげだった。資料の端には美咲が書いたメモがある。『発見時、単独での接触を優先。確保よりも保護の可能性を考慮』「……ばかだねぇ」カシオスは小さく呟く。自分は協会員を殺した犯罪者。それを一番理解しているはずの美咲がまだ「保護」を考えている。カシオスは机の引き出しを開ける。そこには拳銃型のエンゼル・ガンとジャスティス専用の認証端末が入っていた。もし今ここで通報すれば自分は終わる。逆に美咲を人質にして逃げることもできる。カシオスは端末を手に取る。だが力なくそれを戻した。再びベッドへ近づき美咲の寝顔を見る。19歳で名誉エンゼ、そしてエンゼ達からは英雄ともてはやされる。誰からも憧れられる存在なのにその実態は犯罪者を匿い誰にも言えない秘密を抱え込み壊れそうになりながら毎日戦っている。カシオスはベッド脇に腰を下ろした。「なんで助けたかなぁ……」返事はなく少しだけ沈黙が流れる。やがてカシオスは美咲の髪を優しく撫でながら小さく呟いた。「お姉さんねぇ、ほんとはもう逃げるの疲れたんだ」その瞬間だった。机のPC画面が突然点灯する。そこには『機密通信受信』カシオスの表情が変わる。差出人名を見た瞬間目の色が消えた。『監査局特別執行部』協会の裏部門。不正エンゼや裏切り者を秘密裏に処理する部署だ。しかも添付されていた資料には美咲の写真が表示されていた。『対象:佐々木羅 美咲・危険度評価更新審査』カシオスの目が細まる。次のページを開きその顔から余裕の笑みが完全に消えた。『対象は逃亡犯ギルティとの接触疑惑あり』部屋の空気が凍りカシオスはゆっくり振り返り眠る美咲を見る。「……とうとうバレちゃったか…」カシオスは通知を消すとベッドに入り抱きしめて眠りについた。

翌日

カーテンの隙間から差し込む朝日が部屋を薄く照らしていた。「……ん……」美咲は重い瞼をゆっくり開く。身体が妙に温かいので視線を下ろすと腰に回された腕が見えた。「……またですか」背後ではカシオスが完全に熟睡している。寝息まで穏やかだ。「離してください……重い……」腕を引き剥がそうとするが逆に抱き寄せられる。「むぅ……まだねるぅ……」「子供ですかあなたは……」美咲は諦めたようにため息をつく。だがその直後昨夜の仕事を思い出し勢いよく身体を起こした。「っ……!」時計を見る。午前7時12分。「やば……!」今日は朝から本部で会議が入っていたはずだ。慌ててベッドを抜け出し洗面所へ向かう。顔を洗いながら鏡を見ると目の下にはうっすら隈ができている。「最悪……」そこへ後ろからひょこっとカシオスが現れる。「おはよ~美咲ちゃん」「……勝手に起きないでください」「お姉さん朝ごはん食べた~い」「ありません」「えぇ~」美咲は髪をまとめながら冷蔵庫を開ける。中には卵と食パン、昨日の残りの野菜炒め程度しかない。「……はぁ」結局フライパンを取り出し簡単な朝食を作り始める。カシオスは椅子に座り頬杖をつきながらその様子を眺めていた。「ほんと真面目だねぇ」「誰かさんのせいで生活リズムが崩れてるので」「え~?お姉さんのせい?」「100%あなたです」美咲は焼けたトーストを皿に乗せる。その時だった。机の上に置かれた端末が震えると美咲の動きが止まる。画面には『監査局特別執行部至急招集』美咲は数秒画面を見つめた後、静かに端末を伏せた。「……仕事ですかぁ?」「……えぇ」だが声が僅かに硬い。カシオスはその変化を見逃さなかった。「内容は?」「……監査局からです」その瞬間、部屋の空気がさらに重くなる。監査局特別執行部。エンゼ達ですら恐れる存在。協会に不利益と判断された者を証拠の有無に関係なく処理する部署。カシオスはゆっくり椅子から立ち上がる。「美咲ちゃん」「なんですか」「今日、お姉さん逃げた方がいい?」美咲は答えない。代わりに静かにコーヒーを一口飲む。震えを誤魔化すように唇を嚙む「……まだ大丈夫です」「まだ?」「疑惑の段階なら私は誤魔化せます」そう言い切る美咲だったがその手は僅かに震えていた。カシオスはそれを見つめる。そして不意に美咲の頭をぽんと撫でた。「……無理してる顔」「してません」「してるよぉ」美咲は鬱陶しそうにその手を払う。だがカシオスは真面目な顔のまま続けた。「もしバレたらさ」「……」「お姉さん…ちゃんと一人で出てくから」その言葉に美咲の表情が止まる。「……なに言ってるんですか」「だってぇ美咲ちゃんまで壊れたら意味ないじゃん」「……」「お姉さん一人ならまだどうにかなる。でも美咲ちゃんは違う」カシオスはいつもの軽い笑みを浮かべるがその奥にある覚悟を美咲は感じ取ってしまった。「私は」美咲は小さく呟く。「……あなたを、まだ犯罪者だと思いきれてません」カシオスの目が少しだけ見開かれる。「だから困ってるんです」美咲は視線を落としたまま続ける。「協会を信じたい。守りたい。正義でいたい。なのに……あなたを突き出したくない」静かな朝だがその平穏はもう長く続かない。監査局は一度疑った相手を絶対に逃がさない。

エンゼ協会本部・地下監査区画。

一般エンゼの立ち入りを禁じられたその区域は地上とは別世界のように静まり返っていた。白い壁。白い照明。白い床。無機質な空間を美咲は一人歩いていく。エレベーターの扉が開いた瞬間から空気が重かった。「1級エンゼ、エンゼ・ジャスティス。到着しました」受付端末へ認証を通す。『認証完了』低い電子音が響く。そのまま奥へ進むと自動扉の先に一室の会議室が見えた。中には三人。全員黒い監査局制服を着ている。中央に座る女が美咲を見るなり口を開いた。「座れ」感情のない声に美咲は無言で椅子へ腰掛ける。机の上には既に大量の資料が並べられていた。『逃亡犯ギルティ接触疑惑』美咲の心臓が一瞬だけ強く脈打つが表情は変えない。中央の女である監査局特別執行部隊長「エンゼ・ペナルティ」が資料をめくる。「佐々木羅美咲。19歳。1級エンゼ。名誉称号保持者」淡々とした声で読み上げていく「功績は優秀。思想面にも問題なし。規律違反歴未だゼロ」そこでページを止める。「……本来ならな」静寂。ペナルティの鋭い目が美咲を射抜く。「単刀直入に聞こう」机に一枚の写真が置かれる。路地裏。フード姿の美咲。その後ろには僅かにカシオスの横顔が映っていた。「この人物を知っているな」空気が凍る。だが美咲は写真を一瞥しただけで答えた。「不鮮明です。判断できません」「ではこちらは?」次に映されたのは監視カメラ映像。タクシーへ乗り込む二人。完全に証拠ではないが疑うには十分だった。「……任務中、一般人を保護した記憶はあります」「一般人か…笑わせてくれる」ペナルティが鼻で笑う。「逃亡犯ギルティを一般人扱いするとは随分優しいんだなお前は」美咲は黙る。沈黙が数秒続く。すると「隊長」隣にいた女性監査官が資料を差し出す。「対象の自宅周辺にて熱源反応を確認。二名生活の可能性があります」美咲の指先が僅かに動く。ほんの一瞬だが監査局の観察眼は決して見逃さない。ペナルティがゆっくり椅子にもたれた。「佐々木羅美咲」低い声。「お前は優秀だ」「……ありがとうございます」「ここでお前を失うのはこの国にとっても痛い…だからこそこちらも穏便に済ませたい」机の上へ小型端末が滑らされる。画面には『任意協力契約』の文字。「逃亡犯ギルティの現在位置を報告しろ」「……」「そうすればお前への処分は監視対象止まりで済む」美咲は画面を見つめる。その脳裏に浮かぶのは。ソファでだらける姿。くだらない冗談。鬱陶しい抱擁。「疲れたならマッサージしよっか?」と笑う声。そして昨夜微かに聞えた『お姉さんほんとはもう逃げるの疲れたんだ』美咲はゆっくり目を閉じる。自分は正義でいたかった。誰かを守れるエンゼでいたかった。なのに今自分が守ろうとしているのは協会にとっての犯罪者だ。長い沈黙の末に美咲は静かに口を開いた。「……報告義務については理解しています」ペナルティの目が細まる。「ですが」美咲は顔を上げる。「現時点で私はギルティ本人を悪だと認識できる行動を確認していません」監査官達の空気が変わる。それは明確な拒否だった。ペナルティは数秒黙った後小さく笑った。「なるほどぁお前はそうでるか…それがお前の正義というわけか……ならばこちらも手段を変える」ペナルティが立ち上がる。「監査局特別執行部はこれよりエンゼ・ジャスティスを監視対象レベルAへ指定する」その言葉に美咲の瞳が揺れる。レベルA。それは実質「処分予備軍」だった。「24時間監視。通信制限。行動記録提出義務。無許可外出禁止」ペナルティは冷たく告げる。「逃亡犯を庇うならお前も同罪だ」その時美咲の端末が震える。画面に表示された名前を見て血の気が引く。『カシオス』そして続けて届いたメッセージ。『ごめん美咲ちゃ~ん、今からそっち行くねぇ~』そのメッセージを見た美咲の思考が真っ白になる。「っ……」血の気が引く。よりにもよってこのタイミングで。しかもそっち行くねぇ~という軽い文面が余計に恐ろしい。ペナルティはその様子に疑問を抱く「どうした、ジャスティス」「……いえ」美咲は即座に端末を伏せる。だが遅い。監査官の一人が既に立ち上がっていた。「通信履歴、確認します」美咲が反射的に端末を引くと監査官達の視線が鋭くなる。ペナルティだけが静かに笑っていた。「……なるほど」彼女は頬杖をつきながら美咲を見る。「やはり繋がっていたか」「違います」「なら見せろ」「……」「見せられない理由があるんだろう?」美咲の呼吸が浅くなる。ここで抵抗すれば黒、だが見せれば終わる。どうすべきか悩んでいると監査区画全体に警報が鳴り響いた。『警告。警告。未登録エンゼ反応を検知。地下第3ゲートにて戦闘発生』監査官達の顔色が変わる。「なに?」直後、遠くで爆発音が聞え天井が揺れると照明が一瞬明滅した。『第3ゲート防壁、一部損壊』『侵入者を確認』『識別コード照合――』『対象:エンゼ・ギルティ』会議室が静まり返る。美咲の目が見開かれる。「……は?」ペナルティはゆっくり立ち上がった。その目には怒りではなくむしろ愉悦が浮かんでいる。「ははっ……面白い」監査局全域に緊急放送が響く。『全執行官へ通達。逃亡犯ギルティが監査局へ侵入。繰り返す――ブツッ』美咲は椅子を蹴るように立ち上がった。「待ってください!!」「待つ?」ペナルティが振り返る。「逃亡犯が自ら巣に飛び込んできたんだぞ?」「違う……あの人は……!」言いかけて美咲は止まる。「あの人はそんなことしない」そう言いたかったが今まさに侵入している。その時、監査区画の分厚い隔壁扉が外側から無理やり引き裂かれ金属が軋み火花が散る。そして煙の向こうから聞き慣れた間延びした声が響いた。「いやぁ~ごめんごめん♪受付の人が通してくれなくてぇ」現れたのはカシオスだった。だがいつものだらしない雰囲気ではない。手元には短剣型のエンゼル・ダガーを手にしており周囲には倒れた執行官達がいた。全員気絶しており意識不明。カシオスは室内を見渡しそして美咲を見るなり表情を緩めた。「あ、美咲ちゃんいたぁ」「なっ……なにしてるんですかあなたは!?」「迎えに来た♪」「はぁ!?」美咲の叫びも気にせずカシオスは監査局の面々を見る。先程までの軽さが消える。カシオスの瞳が冷たく細まる。「……で?」低い声でペナルティを睨み付ける。「うちの子になにしてくれてんの?」監査官達が一斉に武装を展開する。ペナルティだけはひたすらに笑っていた。「8年ぶりだなギルティ」「……誰だっけぇ」「相変わらず癪に障る女だ」空気が張り詰める。美咲だけが状況についていけない。カシオスはそんな美咲を見て困ったように笑った。「ごめんねぇ美咲ちゃん~!ちょ~っと戦争するね♪」監査区画全体が揺れかけたその時ペナルティが止める。「全員降ろせ!…ギルティ…そこに座れ」監査区画に張り詰めていた殺気が一瞬だけ止まる。「全員降ろせと言っている!」ペナルティの声に武装展開していた監査官達が僅かに動揺した。「し、しかし隊長!」「いいから下げろ」監査官達は警戒を解かぬまま武装を下ろした。カシオスはそれを見てへらっと笑う。「わぁ優し~」「勘違いするな」ペナルティは顎で椅子を示した。「そこに座れ、ギルティ」「えぇ~?逮捕じゃなくてぇ?」「お前を今ここで処分するのは簡単だ。だがその前に聞きたいことがある」カシオスは「はいはい」と気怠そうに椅子へ腰掛けた。まるで友人宅に来たかのような態度。だがその右手はいつでもダガーを抜ける位置にある。美咲は二人を見比べる。「……知り合い、なんですか」静かな問い。するとペナルティが鼻で笑った。「知り合いも何もこいつは元・監査局所属だ」空気が止まる。美咲の目が見開かれた。「……え」カシオスは「あちゃ~」と額を押さえる。「それ言っちゃうんだぁ」「当然だ」ペナルティは机へ古い資料を投げた。そこには若い頃のカシオスが映っている。黒い監査局制服。今より短い髪。「やぁ~んちょっと恥ずかしいから見ないでぇ~」そして胸元には『特別執行部 第零班』という名札がかかっていた。「第零班……?」美咲は聞き覚えがなかった。だが監査官達は顔を強張らせている。ペナルティは淡々と続ける。「監査局の最深部。存在自体が秘匿されたエンゼ界の影だ」「ちょっとぉ言い方酷くない?」「事実だろう」美咲は言葉を失う。逃亡犯ギルティ。大量殺人犯。協会を裏切った女。そう聞かされてきた。だが今、目の前のカシオスは元監査局、しかも裏部隊の所属だった。「……どういうことですか」震える声。カシオスは視線を逸らした。代わりに答えたのはペナルティだった。「8年前、ある事件が起きた」会議室の照明が自動で落ちモニターが起動する。映し出されたのは焼け落ちた街。崩壊した建物。大量の黒い影。『第三次大規模デモネ災害』美咲の呼吸が止まる。「……2.31以前の災害記録……」「そうだ、当時監査局はある極秘作戦を行った」画面が切り替わる。そこには複数の子供達。番号で管理された写真。『適合体実験』美咲の顔色が変わる。「……実験?」「デモネ因子を人間へ埋め込む研究だ」静まり返る会議室。カシオスだけが無表情で座っていた。「成功すれば対デモネ兵器になる。失敗すれば暴走して死ぬ」ペナルティは続ける。「そしてその実験体の一人が」視線がカシオスへ向く。「ギルティだ」「……うそ」「嘘じゃないよぉ」カシオスが軽く笑う。だがその声は妙に乾いていた。「お姉さん、昔はちゃ~んと監査局の犬だったのよ?命令された人はいっぱい殺したしいっぱい壊した」ペナルティが冷たく言い放つ。「だがこいつはある日、命令違反を起こした」モニターに新しい記録が表示される。『実験施設職員13名死亡』『研究データ消失』『被験体全員逃亡』美咲の瞳が揺れる。「……まさか」「そう」カシオスは椅子にもたれ天井を見る。「お姉さんが殺しちゃった!」監査区画の空気が重く沈む。だがカシオスは続けた。「でもねぇ」その笑みが初めて歪む。「殺さなきゃあの子達死んでたんだよ」美咲の脳裏に今までの違和感が繋がっていく。カシオスはデモネを異常に嫌っておりその理由が気になっていた。「ギルティ。お前がやったことは正しい部分もあった。そこは認める」「へぇ珍しい」「だが問題はその後だ」空気が変わる。ペナルティの視線が鋭くなる。「お前は逃亡後ある存在を隠した」監査官達の空気が張り詰める。だがカシオスは小さくため息をついただけだった。「……まだそれ引っ張るんだぁ」「当然だ」ペナルティが机へ一枚の資料を投げる。そこには極秘指定の赤文字が並んでいた。ペナルティが淡々と告げる。「ギルティは施設襲撃後、実験体の子供達を逃がした。そして現在まで誰一人として監査局へ所在が掴めていない」「お姉さん頑張ったでしょぉ?」軽く笑うカシオス。だがその目は笑っていなかった。「監査局は当時、その子達を危険因子として処分対象に指定していた。だから私は逃がした。それだけ」「そして8年間沈黙を貫いたってわけか」ペナルティが腕を組む。「……だが最近になって判明した」モニターに新しい映像が映る。そこには各地でデモネ災害から一般人を救助する正体不明の人物達の姿があった。「彼らは既に独立して活動している。暴走も反乱も確認されていない」美咲は映像を見つめる。子供達は成長しそれぞれ誰かを守るために戦っていた。「監査局内部でも意見が割れた。ギルティは本当に裏切り者だったのか。それとも……誰よりも先に監査局の腐敗へ気付いたのか」監査官達がざわつく。美咲は呆然としていた。今まで信じていた犯罪者像が音を立てて崩れていく。カシオスは頭を掻いた。「だから言ったじゃん。お姉さんそんな悪い人じゃないってぇ」「軽いんですよあなたは……」思わず美咲が呟く。その声に少しだけ空気が緩むがペナルティは真顔のままだった。「ギルティ」「ん?」「監査局上層部はお前の再審査を決定した」監査官達が目を見開く。「隊長!?正気ですか!」「黙れ」一喝。ペナルティはゆっくりカシオスを見る。「8年前ならお前は確かに罪人だった」「……」「だが現在確認されている情報ではお前の行動によって救われた命も多い」ペナルティは机へ新たな端末を置いた。『特例更生認可申請』「条件付きだ」カシオスの目が細まる。「監査局直属監視下においてエンゼ活動への限定復帰を認める」美咲が勢いよく顔を上げた。「……!」「もちろん完全な自由はない。監視も記録もつく。だが少なくとも逃亡犯ではなくなる」カシオスは数秒黙るとやがて小さく笑った。「……えぇ~、めんどくさそぉ」「断るなら今ここで拘束する」「わぁ強引」だがその口元は少しだけ嬉しそうだった。ペナルティは続ける。「そして佐々木羅美咲」「……はい」「お前への嫌疑も現時点で凍結する」美咲の肩がわずかに震える。「監視対象レベルA指定を解除。処分申請は却下だ」その瞬間、美咲の中で張り詰めていたものが少しだけ崩れた。ペナルティは二人を見る。「勘違いするな。これは温情じゃない。お前達は利用価値が高い。それだけだ」「はいはい」監査官達の視線が2人に向く。「……ありがとうございます」ペナルティは鼻で笑った。「礼を言う暇があるなら働け。最近デモネ災害が増えている」するとカシオスがひらひら手を挙げる。「じゃあお姉さん復帰祝いで有給くださ~い」「却下だ」「ブラックぅ~!労基署にチクってやる!」監査区画に小さな笑いが漏れる。ほんの数分前まで殺気に包まれていた空間とは思えなかった。美咲は隣を見る。カシオスは相変わらずふざけた顔をしていた。けれどその横顔からはどこか長年背負っていた重さが少しだけ消えているように見えた。「……よかったですね」小さく呟く。するとカシオスは美咲の頭へ軽く手を乗せた。「ありがと、美咲ちゃん」「撫でないでください」「でもお姉さん頑張ったしぃ?」「私はまだ全部許したわけじゃありませんからね」「えぇ~厳し~」そう言いながらも美咲は少しだけ笑っていた。監査局の白い照明の下。ようやく二人は逃亡ではなく前へ進むための第一歩を踏み出したのだった。

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