大切なもの
「あーーーーっ!!」
と、今度は耳をつんざくような絶叫が上がった。
何事かと横を見ると、開け放した窓の奥から人間の姿のクロがひょっこりと顔を覗かせていた。
「絵馬とオーナーがイチャイチャしてるー!」
朝っぱらから元気すぎるその声は、館全体に響き渡った。
私とオーナーは反射的にお互いの顔を見合わせ、固まった。
イチャイチャしているわけではない、とは思いつつも、実際に体は密着している。
寝巻き越しに伝わってくるオーナーの体温を改めて意識すると、段々と耳が熱くなってきた。
「あ……えっと、その……」
心臓がばくばくと鳴り、変な汗が流れる。
クロはきっと揶揄っているだけ。
オーナーだってそれはわかっているはず。
また私だけが真に受けて一人で狼狽えているのだ——そう自分に言い聞かせているうちに、目の前のオーナーの頬が、うっすらと赤みを帯びてきた。
「あ、いや、これは」
まるでカタコトのような日本語が、彼の口から漏れる。
(……あれ?)
いつものオーナーと、様子が違った。
見間違いでなければ、彼もまた私と同じように赤面している。
彼のこんな顔を見るのは初めてだった。
どうやら、珍しく焦っているらしい。
(どうして、そんな顔をするの……?)
普段から落ち着いている彼の、滅多に拝めないその反応を前にして、私の緊張はさらなる高みへと昇っていく。
しまいには、いつのまにかクロの後ろに駆けつけていたおじいさんが「ほっほ」と笑って言った。
「良い雰囲気じゃないか。こんな時間から盛るなんてなぁ」
「さ……盛ってません!」
「盛ってなんかない!!」
咄嗟に否定した私とオーナーの声が重なると、クロとおじいさんは愉快そうに笑った。
その後ろから、一体いつからそこに居たのかわからないコハクが呆れた声を出す。
「おい。ぐずぐずしてると、虹が消えちまうぞ」
その指摘で、私たちはハッと我に返った。
再び頭上を見上げると、次第に明るさを増していく空の中央にはまだ虹が存在していた。
「行くんだろ? あいつを迎えに」
聞かれて、私とオーナーは同時に頷く。
生前のおばあ様が語っていた、虹の麓。
その場所で、私たちの大切なものが待っている。
「さあ、行こう。ルナを迎えに」
今ここにいる全員が、彼女との再会を切望していた。
外出用の服に着替えて、すぐに館を出発する。
七色の光に導かれるまま、北野の坂を下りていく。
この先に、私たちの大切なものがある。
彼女がきっと、そこで待ってくれている。
私たちの大切な家族が、あそこに。




