本物の魔法
およそ非科学的で、我ながら夢見がちな発言だった。
しかし、この世に魔法が存在することを考えれば、迷信が現実になることだってあるのではないだろうか。
「あの場所に、ルナが……?」
オーナーは戸惑いながらも半信半疑といった様子だった。
私たちは再びバルコニーに出て、雨上がりの空を仰ぐ。
虹は緩く弧を描いて、坂の下の住宅街へと降り注いでいた。
「あの辺りには確か公園があったはずだ。植え込みや草むらがあれば、ルナも隠れやすいはず……」
外の世界で暮らす猫たちは、外敵や悪天候などから身を守るために安全な場所へ姿を隠す。
ならば、公園に生えている草や木の陰にルナさんが潜んでいてもおかしくはない。
「ルナさんがもし本当にあそこにいるとしたら、おばあ様のお話の通りですね。虹の麓に行けば大切なものが見つかる……。虹が教えてくれるなんて、なんだか魔法みたいです」
雨上がりの空に、突如として現れた虹。それが私たちを導くだなんて、そんな不可思議な現象は魔法の力と同じくらいに神秘的だ。
「絵馬」
どこか改まったように名前を呼ばれて、私はオーナーの顔を見上げた。
それとほぼ同時に、彼はこちらに手を伸ばして私の両肩を掴んだ。
「オーナー?」
肌に指先が食い込むくらいに、肩を掴む力は強かった。
いつもとは違う彼の迫力に、心臓がどくんと跳ねる。
「君の言う通りだよ。魔法なんだ、これは」
「え?」
彼は笑っていなかった。
かといって怒っている風でもなかった。
至極真剣な眼差しで、溢れ出る感情を抑えきれないように瞳を震わせている。
「祖母が言っていた。本物の魔法は、魔法使いが意図して使うものじゃない。みんなで起こす奇跡みたいなものだって」
言いながら、彼は再び虹の方を見る。
「奇跡……って」
そこでようやく私も、もしかして、と考えが及ぶ。
こちらの思考が伝わったのか、オーナーはくしゃりと顔を歪ませて笑った。
「この虹は、魔法なんだ。僕らが起こした奇跡なんだよ。優しい魔法使いの、本物の魔法が、ルナの居場所を指し示したんだ」
本物の魔法。
それは、オーナーが今までずっと追い求めてきたもの。
彼のおばあ様のように、代償を必要としない、誰もが幸せになれる魔法だ。
「これが、魔法? でも、オーナーは魔法を使っていないのでは……」
「祖母はいつも、無意識のうちに魔法を使っていた。自分でも気づかないうちに不思議な力が働いて、いつのまにか誰かが救われていた。それは、誰か一人だけの願いを叶える魔法じゃなくて、みんなで幸せになるための祈りそのものだったんだよ」
いつになく弾んだ彼の声を耳にしながら、気づけば私の体は、彼の胸に抱き寄せられていた。
肩と背中とに回された手が、少し苦しいくらいにきつく抱き締めてくる。
「オ、オーナー?」
突然のことに、私は頭が追いつかなかった。
胸が高鳴って、お互いに密着した肌を通して、彼の心音までがこちらに伝わってくる。
「ありがとう、絵馬。君のおかげだ。君が僕に、本物の魔法を教えてくれたんだ」
「私が?」
言われて、さらに混乱する。
私は何もしていない。
お礼を言われるようなことなんて何もないはずなのに。




