寺社の資金の集め方
――治部が京都に向かう直前のこと
「何があっても上皇宣下は認めない。それでよろしいですな」
「うむ。なんとしてでも帝をお止めせよ」
所司代に任命され、京へ向かう旅支度をしていた頃、今回の俺の役目について話をしたかったのか、定信様が屋敷を訪れた。
朝廷の好き勝手を許していては幕府の沽券に関わる。故に此度の一件については何があっても退くべきではない。それは俺も同意なのだが、定信様にすると理由は他にもあるらしい。
「飢饉や天災が続き、ただでさえ台所事情が苦しいというのに、内裏の再建にどれほど金がかかるか。故に大がかりなものは建てられぬと申したのに、それを押し切られたのだから、此度はこちらが引くわけにはいかん」
なんの話かというと、実は前年(天明八年)の春に京都で大火が発生し、御所や多くの公家屋敷を含む町の大半が焼け落ちるという惨事に見舞われていたのだ。
そこで焼失した内裏は幕府が金を出して再建することになったのだが、朝廷は以前と同じように古式に則った壮麗な御所をと望み、近年の物入り続きで費用を抑えたい幕府側、特に定信様がこれに反対。しかし最後は帝の意向という錦の御旗を盾に朝廷案が通ることとなった。そのこともあり、定信様は朝廷が好き勝手、言いたい放題の状況を快く思っておらず、後々のことも考え、尊号は一切譲歩しないという姿勢につながる。
「金で解決とは出来ないのですな」
「祝いと称して千石程度の所領を贈るくらいなら構わぬが、金子は一文たりとも出しはせぬ」
「で、その始末を私にせよ。と」
「他に話をまとめられそうな者がおらん」
「左様で……」
先の話では述べなかったが、そんなわけで俺が帝に拝謁したのも御所ではなく、再建までの間の仮御所となっている聖護院であった。他にも多くの門跡が皇族の避難場所となっており、妙法院も後桃園院の母君である恭礼門院様が仮の住まいとされている。
そんな状況であるから、真仁様の申し出は受けようにも受ける余裕すら無いのが現状だ。
江戸では新式竜吐水の配備やハザードマップの作成、避難時の行動計画みたいなものが徐々に整備されており、実際に火災時の被害も軽減出来ていたのだが、如何せんそれを江戸の外にまで広めるまでは至らなかった。
それがあれば、もしかしたら御所が焼け落ちずに済んだかもしれないが、現実はそこまで追いつかずに一度町が焼け野原になってしまった以上、大仏殿の修繕に金を回す余裕は無い。
「幕府からの援助は難しかろうと存じます」
「やはり無理であるか」
「失礼ながら妙法院には既に何度か幕府より支援金が入っておるかと。大火があっての今、他の寺社のみならず、町全体が支援を必要としている中で、再び妙法院のみが支援を受けたとあれば、怨嗟が親王様に向けられるおそれもあります」
皇族に対して不敬。表向きはそうかもしれないが、人の気持ちなんてのはそんなものだ。口にはしないまでも、態度や行動にそれが現れれば、妙法院や門主である親王様の評判にもつながり、ひいては信仰を集めるのにも不利益になる。そう説けば真仁様も深く頷かざるを得ないようだ。
「困ったのう。何か知恵はないか」
「お寺のほうで何か策はお考えで?」
「無論動いてはおる」
さすがに自分たちで何もせず、満額を幕府からの支援に頼ろうと思ってはいないだろうと思い、妙法院側の金策を尋ねてみれば、檀家や商家から寄付を求めるとか、富くじを販売して利益を得るといったよくある手法であった。
それは別に間違いではないし、寺社が出来ることといえばそんなところであろうが、何しろ大火で町が焼けてから一年ちょっとしか経っていない。寄付を募ろうにもそんな余裕がある商家や檀家が多くいるはずもなく、富くじだって他の寺社でも販売されているから、妙法院が利益を独占出来るわけでもない。
「そういったわけで中々捗らぬ」
「でしょうな」
「そこで"眉間籠り仏"を開帳してはどうかという話が出たことがある」
「眉間籠り仏……?」
眉間籠り仏とは、大仏様の眉間に納めてある小型の仏像のこと。つまり普段は人目につくことはないものであるため、これを公開すれば多くの参拝者が訪れるだろうと、金策に苦労する妙法院の中で、一つの案として提起されている話らしい。
それはつまり「御開帳」というやつだ。
有名なところだと長野善光寺で七年に一回あるそれだな。他にも全国の寺院で年一回とか数年、数十年に一回といった感じて普段非公開の御本尊様などを拝むことが出来るものだ。
御開帳を行う理由であるが、普段お目にかかれない仏様を拝むことで、民衆の信仰心を深め、仏の教えを広めるためであったり、寺に縁の深い祭りや周年に合わせて公開する、もしくは勧進、つまり何らかの理由で寄付を募るために行われるので、大仏殿修繕のための勧進という理由付けならば十分に公開する名分は立つ。
「そのような秘宝がございますならば、御開帳を行わぬ手はありますまい」
信仰を深めるとか功徳を積むといった宗教的な目的ではあるが、現実的に御開帳を行えば参拝者が増え人が動く。人が動けばそれと共に金も動く。煩悩塗れの思考で恐縮だが、御開帳とはある種のビジネスチャンスでもあるのだ。
何しろ妙法院は伝教大師以来の名刹だし、方広寺も豊臣氏ゆかりの寺であるから、眉間籠り仏以外にも未来で言う国宝や文化財級のお宝があるはず。これらを公開すれば観覧者は相当なものになり、上手く執り行えれば幕府に支援を求めずとも妙法院単独で資金を集めることも可能かもしれない。
「しかしだな……一つ難題があるのだ」
なんだ、幕府に支援を求めなくてもいけるじゃん。と俺は思ったわけだが、親王様には一つ気がかりがあるようで、実はその籠り仏を公開するためには、大仏様からそれを取り外す必要があるとのこと。
そこに何の懸念があるのかという話だが、信心深い親王様にしてみれば、金儲けのために大仏様に手を触れ、あまつさえ中からゴソゴソと籠り仏を取り出すという行為自体が仏様に対しての冒涜ではないかとお考えらしい。
「我らの行いを浅はかな考えだと御仏がお怒りになるのではないかと思いましてな」
「なるほど。それは一理ございますが、私は御仏を深く信心すればこその行いであると考えます」
「信心すればこその行い……とな」
「御意。このまま手をこまねいていては、いずれ大仏殿は今より朽ち果て、中に鎮座する大仏様も無事では済みますまい」
そうなっては親王様以下、御坊様たちの悔恨はいかばかりのものとなろうか。どちらにせよ罰当たりとなるのならば、大仏様が後の世まで今の御姿を保つ方策を採るべきではないかと進言すると、真仁様は再び深く頷かれた。
「たしかに。よしんば私が門主のうちは無事であったとしても、このままではいずれ朽ち果ててしまうであろう。なれば今のうちに手を打つべきか。たとえ私が罰を受けようとも」
「寄進が多くは望めぬ今、大仏殿を修繕するためには他に手はござらぬ。仏様の御為にと汗水流して働いたものに罰は下りますまい」
「されど、上手くいくであろうか」
「無論。そこはこの藤枝治部がおります。町奉行所にも申し伝えて御助力いたす」
具体的に言えば大々的な"祭り"を開催するのだ。普段から大勢が訪れる大仏殿において、普段はお目にかかれない仏様を拝めるとあれば、参拝者の数は数倍数十倍になる。
そこで寄進を募ればかなりの額が集まるだろうし、参拝者たちが落とす金も含めれば、大仏殿の修繕費用も賄えるかもしれない。
そしてここからが大事なのだが、これは一過性のものでしかないということ。今回は修繕費用が集まればそれで十分かもしれないが、妙法院に限らず今後もあちこちの寺社で似たような問題が発生することに変わりはない。その度に支援を求められても一々応えることは出来ないので、根本から考えを改めてみようと思う。
つまり、この機会に寄進に頼らずとも未来永劫安定した収入を寺社が得られる方法を考えようということだ。
要は拝観料制度の導入である。




