北近江国の覇者
『六角家に通じている』
まさかそんな言葉が出てくるとは久政は予想だにしていなかった。
あまりのことに怒りも驚きさえも湧いてこず、ただただ久政はポカンと口を開けて呆然とするほかなかった。
「いかがなされましたかな?久政殿。
もしや、図星を突かれて言葉を失った。などとは申しますまいな。」
「なにを申される。
儂が六角家と通じておるじゃと?
そのような事、有るはずがなかろう!」
何を企んでいるのか知れないが、このような言いがかりを付けてくるとは。
もしこれが、浅井家を北近江国の主の座から引きずり下ろす口実なら、なんと馬鹿げた口実か。
思わず欠伸のでそうになる久政に、しかし貞則は、そのようなことなど承知の上と言わんばかりにヌットリと嫌らしく言葉を続けた。
「確か、久政殿の奥方と嫡男・猿夜叉殿は六角家に人質に出されておるはず。
その上、このような北近江国存亡の危機に手をこまねいておる。と、なると、
わ、ざ、と!
我ら北近江の足並みを乱し、六角家に有利に事を運ぶように企てておるようにしか思えませんなぁ。」
「それは真か!」
貞則の言葉を京極高成の絶叫が遮った。
「め、滅相もございませぬ。」
久政は陣座から転がり落ちそうな勢いで手を振り首を振り否定すると、胸中で唇を噛みしめた。
事の真実など貞則にとってどうでも良かったのだ。
久政の妻と子が南近江に居る事実と、南近江に有利なことをしているという口実。
それさえ揃えば例え言いがかりであっても、浅井家を裏切り者に仕立て上げることができる。
確かな証拠がなくとも、そう疑われるだけで浅井家は身動きがとれなくなる。
せめて今の高成の一言が無ければもっと上手く言い逃れが出来たが、もう言い訳をできる段階ではない。
その結果、貞則は久政の恐れていたとおり、久政の言葉尻を捕まえて「ならば浅井殿…」と言葉を続けた。
「六角家を打ち破り、その疑いを晴らされるが良かろう。」
コレこそが貞則が用意した策だった。
謀反の疑いまで掛けられれば、久政はこれ以上戦に反対することは出来なかった。
致し方なく久政が俯けば、貞則が勝ち誇った声で「各々方も相違無しや」と声を上げた。
そんな貞則の態度に不満を抱く浅井派の家臣達も、肝心の浅井久政が頭を下げているのを見れば反対などできるはずもなく、ただ浅見派の家臣達だけが声を揃えて「応!」と答えた。
そうして、浅見貞則は主家の京極高成に「南近江攻めの意見、出揃いました。」と上申すると、高成はただ「うむ。」と頷いた。
浅見貞則が上申して京極高成が認め、浅井久政がその命令に従う。
この瞬間、浅井家は北近江国の覇者の座を浅見貞則に奪われたのだった。




