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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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天神山城の落城

 天神橋山城を攻め立てる北近江軍の様子は、まるで砂糖の山に群がる蟻のようだった。

三の丸曲輪、二の丸曲輪と一つ一つ曲輪を攻め落とし、ついに六角軍を本丸にまで追いやった北近江軍は、それでも攻め手を緩めずに二重三重に本丸を取り囲み土塁に取り付いた。

「進めぃ。進めぃ。六角の弓矢など怖れるな!」

「本丸一番乗りは手柄第一。

褒美は望みがままぞ!!」

 絶対に負けられぬ。と浅見貞則が矢楯を押し立て最前線に進み出れば、後に続いた京極高成も気勢を発した。



 この一戦には北近江の実権が掛かっておる。

かつては京極家家臣第一として権勢を誇っていた浅見家が浅井家などに後れをとったのは二十年も前の事。

その後の二十年の間、北近江の実権を握っていたのは浅井久政。

その久政を出し抜いて、よくやく取り戻しかけている北近江第一の実力者の座。

この機を逃すわけにはいかぬ。


 夜は白み始めていた。

おそらく日が昇る頃には六角軍の援軍が現れる。

それまでになんとしてでもこの城を攻め落とすのだ。

 矢楯を押し出し自ら最前線に押し出た浅見貞則と京極高成が声を上げれば、それを合図に「オウ!」と兵たちが土塁を駆け上がった。




 天神山城はその夜のうちに落城した。

およそ五千人の兵に攻め立てられた天神山城は、味方の援軍を待つまでも持ちこたえられずに、遂に明け方には最後の城門を開けて降伏したのだった。

 高宮城、葛籠城、天神山城と一夜で3つもの城を落とした北近江軍のの兵たちは高揚してアチラコチラから勝ち鬨の声が聞こえていた。


南近江軍、六角家、恐るるに足らず!


そんな威勢のいい笑い声がするなか、久政だけが顔色を失っていた。

「皆分かっておらぬのか。

六角家がこのまま易々と引き下がるはずがない。

近い内に、いや今日にでも、必ずやこの城を取り返しに兵を出そう。

その時、今度は儂らがこの城に立て籠もって戦わねばならんのじゃぞ。

勝ち過ぎたのじゃぞ。」


 戦が終わり敵の兵が去った後、慌てて天神山城の様子を見に駆けだした久政は、荒れ果てた天神山城の姿を見て言葉を失った。

城塀は崩れ、城門は焼け落ち、辺りには鼻につく焼け焦げた臭気と黒こげになった六角軍の骸が無惨な姿を晒す。


 これを元の通りに修復して六角軍を迎え撃つにはどれほどの時間が掛かるのか。

無理じゃ。この状態で六角軍とまともに戦などできるはずがない。

久政はゴクリと生唾を一つ飲み込んで次善の策を考えた。

ならば、この城は手放して高宮、葛籠に立て籠もるか。

それも愚策じゃ。

そもそもこの天神山城はこの地域一帯の要の城。

ここを放棄しては高宮も葛籠も守ることなどできん。

ならば、なんとしてでもこの城を使え物になるようし仕立て直さねばならん。

二の丸三の丸は捨て置いて、本丸だけでも修復するか。

しかし、それで果たして六角軍に太刀打ちできるのか。

「ええい。ここで考えておっても埒が明かぬ。

浅見殿、浅見殿はどこじゃ!」




 黒焦げになった骸を乗り越え、門扉の傾いた城門を潜り、久政が急ぎ足で天神山城の本丸御殿に向かえば、兵達は早速この城を修復しようと焼け焦げた木板を肩に担ぎ右に左に大あらわで、そんな中で1人、高成は御殿の戸口に腰を下ろし戦勝の酒で喉を潤していた。

「おお、久政か。

見よ、六角家など恐るるに足りん。

快勝、快勝じゃ。」

 飲み干した杯に酒を注ぎ「一杯どうじゃ」と差し出した高成に、なにが「どうじゃ」じゃ!

思わず荒げそうになる声を飲み込んだ。

「高成様、いかに戦に勝ったとは言え、そのような振る舞いは気の緩みすぎでございますぞ。

一体この後の事、如何なさるおつもりで?」


 どうせこの男に何を言っても意味などない。

この戦の始末はどうつけるのか。など眼中にもないのだろう。

これが我が主家。

このような者を主家に据えて浅見殿はどうするつもりなのか。

つい先日まで北近江の一切を取り仕切ってきた自負に怒りと呆れの炎が燃え上がってくる。

「浅見殿。浅見殿はいずこじゃ!」

 呼べば浅見貞則は、高成と同じく焦りの色など微塵も感じさせずに「いかが成された浅井殿」などの言いながら悠長に屋敷の奥から姿を現した。

「如何も何もなかろう!浅見殿ならご承知の筈!

もはやこの城は役には立ちもうさん。

如何して六角の兵を押し返すおつもりか。

その算段をお聞かせ願いたい。」

 久政は怒りに任せて草履のまま戸板に足を踏み入れると掴み掛かる勢いで貞則の前へ詰め寄った。

「ほぅ。これは久政殿。どういうおつもりですかな?

よもや勝ち戦で仲違いなど聞いたこともありませんぞ?」

 睫毛まで白髪に染まった老いた貞則。

その眼が鋭く久政を睨み付ける。

「重ねて、この後のご算段をお聞かせ願いたい。」

「浅井殿。この場は戦場故、無礼は不問致そう。

が、儂は京極高成様とともに北近江を治める身。

北近江に帰りし後はご自重下され。」

「浅見殿!話をすり替えずに願いたい。」

「何を慌てる事がございますかな?浅井殿。

この戦は我らの勝ち戦。

なにもここに籠もる理由などございますまい。」

 籠もる理由がない?

やはりこの城は捨てるのか?しかし、葛籠や高宮の城だけでは六角軍とまともにやり合えるとも思えない。

「なにを思案しておられる。

しっかりして貰わんと、いつまでも儂のような老輩に頼られていては先々が不安ですぞ。」

「浅見殿。

浅見殿は六角家を甘く見られておる。

六角家がこのまま引き下がるはずがない。

今日、明日中にも必ず兵を出してくるはず。

この城に籠もらず、如何にして六角軍と戦うおつもりか?」

「ああ、そのような不安か。無用じゃ。

言ったであろう。これは勝ち戦じゃと。ならばこのまま勝ち逃げすればよい。

忘れられたか?浅井殿。

この戦の目的は六角家の上洛に横槍を入れること。

一夜にして天神山、葛籠、高宮を落とされたとなれば、六角も今までのように我らを甘く見ることはできまい。

上洛軍ももう三ヶ月も山科で足を止めておるという。

これで六角家の上洛もおシャカであろう。

ならばこれ以上我らがここに留まる必要など無い。

六角の兵が来る前に引く。

おお、そうじゃ。

気を利かせて城を立て直しておる者がおったな。

浅井殿。済まぬが、この城の一切を燃やし尽くせと伝えてくれぬか?」

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