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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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獲物を狙う鷹

 城跡へと向かうあぜ道の奥、丁度山林に差し掛かろうとする場所に十数頭の騎馬が留め置かれていた。

そこはかつて上平寺城の馬屋があった場所。

今や馬屋は朽ち果てて、大きく育った杉の木に2、3頭ずつの騎馬が結び置かれて、その合間を騎馬に飼い葉をやり毛並みを整える下働き衆が忙しく往き来していた。

 そんな馬屋の跡地に到着した久政は、馬上から「朝議の場はここじゃな?」と声を掛けると、下働き衆は驚き慌てて腰を折って久政たちを迎えて、一行を朝議の開かれている京極屋敷の跡地へと案内した。


 草木の伸び放題となった上平寺の城跡。

腰の辺りまである藪草を掻き分けて獣道となった城道を登っていくと、かつて京極屋敷があった場所に陣幕が張られていた。

陣幕には、京極家の家紋の四菱。

 久政たちを先導する下働きが陣幕を捲り上げると、久政は意を決してその幕を潜った。

そこには京極高成を始め、今朝、浅井屋敷に集まらなかった面々が勢揃いしていた。

上座にはやはり京極高成。

そして、その隣には老臣浅見貞則の姿があった。

そこから順々に浅見に近しい豪族たちが席を連ねて、空いた席は上座からは離れた席ばかりだった。


 こんな事だろうとは思っておったわ。

浅見貞則はかつて父浅井亮政と北近江国の実権を巡って争い合った相手。

今回の首謀者は誰か。と考えれば一番初めに名が浮かんだ人物だった。

 承知した。

ここまで来れば久政も腹を括るしかなかった。

上座に座った面々をジロリと見渡すと、久政はおもむろに上座からは一番離れた末席に腰を下ろした。

それに続いてその末席から久政に近しい豪族たちが腰を下ろすと、上座と下座の間には空いた陣座が取り残された。

陣内は上座の浅見派、下座の浅井派に二分されたのだった。


「それでは、朝議を始めようかの。」「いや、待たれ!」

 我こそはこの場の長である。と言わんばかりに朝議の開始を告げた貞則に「待った。」を掛けたのは久政の隣に腰掛けた磯野だった。

「今日の朝議がここで行われるとは我らは誰一人知らされておらん。

まずは詫びの一つでも入れるのが筋であろう。」

 磯野が声を上げると周りからは「そうだ。」「そうだ。」と野次が飛んだ。

本来諫めるべき上座の高成は狼狽えるばかりで声も出ず、遂に隣に座る貞則に目配せして、これに応えて貞則が答えた。

「此度の事。火急なる要件があり、高成様よりの要望でこの場での朝議の執り行いと相成った。

急な事であった故、連絡が十全と成らんかったことは儂の手落ちであった。済まぬ。」

 ペコリと貞則が白髪頭を下げる。

「済まぬで済まぬわ!」

「我らを軽んじておるのではないか!」

「その様な火急の用とは、なんじゃ!答えてみよ!」

 しかしその場は収まらず、そのまま朝議の主導権を握ろうと浅井派は益々勢いを増して声を荒げた。

その声の中の一つに久政は唇を噛んだ。

 火急の用。

それそこが浅井家を北近江国の主から引きずり降ろす口実である事は間違いない。

しかし、その言葉をこの様な話の流れで言わせるのは仕立てが悪い。

 まさにおあつらえ向きだ。


 同じ事に感づいたのか、久政が唇を噛んだのと同時に貞則の口元が緩んだ。

「六角家が………

北近江国の廃止を目論んでおるとの事。」

 ワザと間を置いて語る貞則の言葉。

その間に下座の浅井派の家臣たちにざわめき広がった。

「ほう?存じてはおらなんだか。

またてっきり、皆々様、浅井殿から聞き及んでいるもの思うておりましたが?」

 意地悪く、浅井派の動揺に突き入り、久政の粗を突く。

まるで挑戦状のように見下した貞則の視線が久政に向けられると、周りの浅井派の者達の視線もそれにつられて久政へと注がれた。

「突拍子もない話故、真偽の程を確かめておったのじゃ!」

 間髪を入れず久政が反論する。

ここで言葉を誤れば、言葉に詰まれば浅井派の間にも、儂に対する不信が広がってしまう。

幸い、間を置かず返した儂の言葉に、皆不信を抱かなかったのか、動揺の渦はすぐに収まったが、

しかし、真実はそうではない。

実はもう、真偽の程は確かめておる。

まことだ。

六角家は公方様を抱いていることを良いことに、なんと北近江国の廃止を進言し、公方様も嫌々それに応じたという。

しかしだ。

それを皆に伝えてなんとする。

儂がこのことを黙っていたのは、その先の手立てが見えなんだからじゃ。


「真偽の程は、真じゃ。久政殿。

六角定頼めは、真に北近江の廃止を進言したという。

これは北近江国の一大事じゃ。

儂らは今、力を合わせて一つとなって、六角家に対抗せねばならぬ。

六角家に一泡吹かせてやるのじゃ。」

「貞則殿!儂は戦には反対じゃ!」

 やはり、こうなった。

この話を聞けば、必ずや一か八か六角家に戦を仕掛けるという話になると見当はついていた。

だから儂はこの話を伏せておったのじゃ。

「反対とな、久政殿。

ならば久政殿はこのまま北近江が無くなっても良いと申されるのか。」

「そのような事は申しておらん。

勝ち目がない。と、申しておるのだ。

儂らの兵力はかき集めても8千人に至るかどうか。

対する六角家はゆうに1万人を超える兵がおる上に公方様を抱きかかえておる。

戦に勝つどころか、下手をすれば公方様に逆らった逆賊として討伐されかねんではないか。」

「久政殿。

そのような弱気では勝つ戦も逃してしまいますぞ。

いかに六角家の兵が多いとも、今、六角家は上洛の真最中。

六角家の多くの兵が遠く山城国で細川軍と睨み合いを続けておるという。

南近江国はがら空きじゃ。」

 六角家の上洛のことは浅井派の皆も知っておる。

甘い貞則の言葉に浅井派の面々の心も動かされつつあった。

 これではいかん。

「貞則殿。儂は反対じゃ。

確かに南近江国は手薄。

しかし、それは公方様の上洛のため。

その背後を襲うのは、公方様の上洛を阻止する事に繋がる。

儂らは逆賊じゃ。」

「ホ、ホ、ホ。

久政殿はまだ若いのぅ。公方様がいつまでも公方様であるとお考えか?」 

「どういう意味じゃ。」

「儂はのぅ、久政殿。

今まで何度も何度も公方様が変わるのを見てきた。

多くは戦で負け、後ろ盾を失った末路じゃ。

今の公方様は六角家が支えておるが、六角家の力がなくなれば、やはり公方様も変わる。

おそらく次の公方様は細川の推す義栄様か。

ならばその勝ち馬に乗ればよかろう。

北の北近江国と西の山城国から南近江国を挟み撃ちにすれば、いかに六角家といえどもひとたまりも…あるまい。

そうすれば、北近江国守護京極家の名声は高まり北近江国は安泰。

いや、逆に南近江国を廃して京極様が近江国守護になられることも夢ではありますまい。」

 貞則の発する言葉に浅井派の者達の心さえも動かされていく。

「得心しかねる。

確かに今、儂らが六角家の背後を突けば上洛を阻止でき、細川には助け船。

しかし、だからといって細川が儂らを助けてくれるか?

もし細川の助けが無ければ、儂らは、儂らだけでは六角家には勝てんぞ。」


「久政殿。

何故、それほどまでに六角家を恐れなさる?」

 貞則の声色が変わった。

重く腹に響くような低い声で久政を問い詰めると、眼は獲物を狙う鷹のように険しかった。

そして貞則は言った。

「其方、六角家に通じておるのではないだろうな。」と。

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