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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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上平寺城

 上平寺城はかつて京極高清が京極家の本拠地として築いた城だった。

その頃の京極家はまだ北近江国に強い実権を握った、名実揃った北近江守護だった。

その上平寺城で北近江国の朝議を行う。

それは、京極家の浅井家からの独立宣言とも言えた。

もちろん今の京極家にはそのような力がある筈もない。

必ずやその後ろに、今の浅井家のように京極家を操り、影から北近江国を支配しようと企んでおる者がおるはずだ。


 それは誰か。

久政は首を振って考えるのを止めた。

どうせ上平寺城に着けば全て明らかになるのだ。

今は上平寺城へ向かうだけ。

久政はわき上がる不安の虫を押し殺して、騎馬の手綱を掴み直しあぶみを強く蹴った。

「ハッ」と声を上げた久政に答えて、騎馬は嘶きを上げて駆けだした。



 小谷城清水谷を出て北国往還道を南東へ。

左手にそびえ立つ霊峰伊吹山を見上げながら、久政と彼に従う豪族達は一路上平寺城へと向かった。

 清水谷から駆け馬で四半刻。

北国往還道は伊吹山の山裾に沿うように東へとその向きを変えた。

左手からは伊吹山の山麓が迫り、右手からは鈴鹿に連なる山々が迫る。

そうして遂に平地は終わり、道は山林を縫うように右へ左へと向きを変える。

そして峠を一つ越えたところに、ぽっかりと開いた盆地があった。

その向こうはもう美濃国。

そんな北近江国の端っこに上平寺城はあった。



 上平寺城はもう目の前。

久政たちは手綱を緩め馬に任せて山道を下って行った。

木々の狭間からは上平寺の里の家々が見え隠れして、活気に溢れた様子が見て取れた。

この上平寺の里は京から大津を経ての中山道と、越前から小谷を経ての北国往還道が合わせ重なる宿場町。

京から信濃国へ。美濃国から越前国へ。

数多くの商人が往き交い、旅の駄賃にと各地の名物を売りさばいいた。

 そんな小さな里に似合わず人混みに溢れる里の中を往けば、久政一行も、まさか馬を走らせる訳にもいかず、ゆるりゆるりと馬を歩かせていた。


「まさか朝議がもう終わっとるなんて事はないでしょうな。」

「わざわざこんな所まで我らを寄越しておいて、遅参した故に朝議に参加させぬなどと言わぬであろうな。」

 苛立ちを募らせても人混みは止まない。

そんな中、ただ久政だけは焦れる心を制し、冷静に頭を働かせていた。

「そのような、事は、ない。」

 思案をしながら、一言、一言を練り出す。

「もし、そのような事を、するなら、初めから書状など出せねば良い。

兵を差し向ける訳でもなく、朝議の席から外す訳でもなく、わざわざ我等を呼び寄せる、その目論見。」

 そう言ったきり久政は口を閉じた。

久政に心当たりは、ある。

しかしそれを例え味方であっても、誰にも知られる訳には行かなかった。




 じきに一行は里外れに出た。

里山の中を貫く中山道を外れ、田んぼのあぜ道を馬は行く。

この左右一面に田んぼが広がる場所に、かつて上平寺城の城下町があったとは、今となっては誰も信じられない風景だった。

 かつては北近江国を治める京極家の居城だった上平寺城。

しかしその栄華は三十年と続かなかった。

京極高清と高延の京極家の内紛。

その混乱に乗じて北近江国に攻め入ってきた六角軍。

相次ぐ戦乱に城下町はことごとく焼き払われ、城はついには廃城となったのだ。


 そんな上平寺城の跡地へと真っ直ぐ延びるあぜ道は、かつては城下町から城へと至る大手道。

そしてその先には長年の風雨に晒され草木が伸び放題となった城跡と、その一角に白く張られた陣幕が見えた。

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