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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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何が、湖北の鷹か

 上平寺城は荒れ果てていた。

曲輪土塁は崩れ草木が生い茂り、屋敷は取り壊され、僅かに残った建物は朽ち果て獣の住処となっていた。

人が通らなくなった大手道もすっかり草が生い茂り、無人の廃城はその面影を無くしていた。


 そんな上平寺城の大手道を浅見貞則は、藪を掻き分けて進んでいた。

おぅおぅ、すっかり朽ち果ておって。

あの京極家の居城が台無しじゃ。

かつて此処には三木屋敷があった。

飛騨の代官、三木の屋敷じゃ。

その隣、ほれこの平地は尼子屋敷。

出雲国を乗っ取って、国主面こくしゅづらしておる尼子の屋敷じゃ。


 この城が廃城となって二十余年が経った。

今でこそこの有様じゃが、それまでのこの城は、北近江国、飛騨国、出雲国、隠岐国の四国を支配する大大名、京極家の本拠地じゃった。

もはやすっかり変わり果ててしまったこの城にも、所々に面影が残る。

大手道を取り囲む木々、苔むしった屋敷の石垣。

貞則は一つ一つその面影を確かめては歩を一歩一歩進めた。

盛者必衰を現すその姿はまるで今の京極家や浅見家を示しているようでもあった。


 かつては北近江の豪族筆頭であり、代々、京極家に次いで北近江を治めていた浅見家。

前当主京極高清・高吉と現当主京極高延が家督を巡り戦いが起こり、高延がこの上平寺城で兵を挙げたとき、真っ先に駆けつけたのもこの儂じゃ。

 あの戦いで高延様が勝利を収め、高延様が京極家当主と成れたのも、儂の手柄だといっても過言ではない。

じゃから、あの時これで北近江は儂の物。と信じて疑わなかった。


 しかし、天は儂に味方せんかった。

北近江国から追い出した京極高吉がよりにもよって南近江国の六角家の手を借りて攻め込んで来おったのじゃ。

高延様と高吉の戦が済んでまだ間もないときのこと。

戦支度を整えるのもままならず、佐和山の城も今浜の町も北近江国のほとんどは瞬く間に六角軍に占領され、ついには敵はこの上平寺城に迫っていた。


 もはや北近江国の命運もここまで。

最後の評定がこの上平寺城で行われたとき、あの浅井亮政が「策がある」と立ち上がったのじゃ。

「この上平寺城を囮として時を稼ぎまする。

この上平寺城は京極家の本拠地。

敵は必ずやこの上平寺城を無視できず兵を差し向けるはず。

その隙に小谷城の掘りを深くし土塁を固め守備を堅固として、高延には小谷城に籠もっていただきまする。

北近江国は南近江国と違い雪が深い。

冬ともなれば六角家も戦どころではありますまい。

ならばそれまで、二、三ヶ月の辛抱でござる。」


 やつの策は当たり二ヶ月の籠城戦の後、六角軍は兵を引いた。

その日からやつは湖北の鷹と称されるようになったのじゃ。


 何が湖北の鷹か。

ヤツの領地がたまたま六角家の手の届きにくい北の端にあっただけのこと。

やつはただ運が良かっただけではないか。




 怒りが足を支えていた。

あの日、具足を身に纏い高延の下へと馳せ参じた坂道を、今は震える手に杖を持って息も絶え絶えで上っていく。

途中、「のぅ貞則。なにもこのような場所で朝議をせんでも良いではないか?」など呆けたことを言う高成の言葉に返事もせずに

突き進むとようやくかつては京極屋敷のあった平地が見えた。


 かつて栄華を誇った京極の本屋敷。

忠義と野心に身を焦がし、鎧兜を身に付けて駆けつけたこの場所。

亮政の策により囮として使われ、二十日間の六角軍の猛攻に耐え、遂にはその全てを焼き払われた上平寺城。

 今、貞則の目の前にはただ草が生い茂った平地が広がっているばかりだった。


「よし、ここで朝議を行う。陣を張るのじゃ。」

 貞則の号令に後に続いていた下働き衆が慌ただしく駆け出す。

荷台から杭柱、陣幕、陣座を取り出し陣を張る。

この何もない草地に、かつて大きな屋敷があったとは誰が想像できるか。

この窪地はかつての池の名残。

その手前の砂地は手の行き届いた庭園で、

ちょうど陣幕が張られている場所には本屋敷があったのじゃ。

 そう、今はもう何もない。

六角軍に焼き払われた後、亮政が打ち捨てた屋敷跡。

じゃがそれでよい。それがよい。

今日この日よりはこの浅見家が再び北近江国の主となるのじゃ。

その暁にはこの城を再び北近江国の主の城に相応しいものにしてやろう。

この城もこの国も今一度この儂が取り戻し、儂が立て直してやるのじゃ。

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