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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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拙い事になった

 転げ落ちた猿夜叉に「猿夜…」と声を上げかけて、藤吉郎は手で口を押さえ込んだ。

近くの曲輪からは人が集まる足音が聞こえる。

 しもた。

下に落ちた猿夜叉は気になるが藤吉郎もそれどころではない。

気を抜けば滑り落ちそうな赤土の山の斜面にしがみついて落ちずにいるのがやっとなのだ。

 ナンマンダブナンマンダブナンマンダブ。

気付かれればもう逃げ場のない藤吉郎は、ギュッと目を閉じただひたすらに神にすがり念仏を唱えた。

「おい、何か落ちたぞ。」

 曲輪の中から足軽の声が聞こえると更にぞろぞろと足音は増えていく。

「明かりじゃ。誰か明かりを持って来い。」

「気をつけろ。浅井の間者かもしれん。」

 足軽たちは物音の正体を探ろうと、松明を持って柵の外側を照らせば、その明かりはいよいよ藤吉郎にも届こうかとしていた。

 こうなれば一か八かじゃ。

藤吉郎が意を決し、暗闇の斜面の下に身を投げ込もうとした、その時。

「猿夜叉が逃げたぞ!!」

と、上の曲輪から叫び声がした。

足軽たちは足早に牢屋敷へと駆け出した。




 た、助かった。

激しく波打つ鼓動に深く息を付いて藤吉郎は首を振った。

 いや、何をこれは最悪じゃ。逃げ出した事がもうバレた。

できれば明日の朝まで。せめて観音寺城、石寺の町を抜けるまではバレンと思っておったのに。


「どこじゃ。」「まだその辺におらんか!?」「そっちはどうじゃ。」「本道にはおらんぞ!!」

 慌ただしく駆け巡る足軽たちの足音。

もうマゴマゴしてはおれん。

急ぎ藤吉郎は、もう物音が鳴るのもモノともせず、手足を滑らせてザザザーと斜面を滑り降りると、先に転がり落ちた猿夜叉の姿を探した。


「猿夜叉、猿夜叉。どこじゃ?無事か?」

「う、うん大事ない。」

 なんとか木佐貫山の斜面を下りきって、山の麓の雑木林の中で藤吉郎と猿夜叉はようやく一息ついた。

「それより猿兄…」

「うむ、儂等が逃げ出したのが、もうバレたようじゃ。

拙い事になった。早ようここを離れるぞ。」

 木佐貫山を見上げるとアチコチの曲輪で松明が目まぐるしく動き回っていた。

きっと姿を消した猿夜叉を血眼になって探しているに違いない。

「早う石寺の町を抜けるつもりじゃったが、拙い事になるぞ。」

 牢屋敷のあった曲輪から真っ直ぐ山を下ったとすれば、ここは六角屋敷の裏手の雑木林。

ここから城の外れまで逃げ出そうとすれば、石寺の町を抜けるか、町外れまで雑木林の中を藪をかぎ分けて進むしかない。

 いや、もう儂らが逃げ出したことは知られとる。

町の中を奴らの目をかい潜って逃げるなんて無理じゃ。

 ならばこの雑木林の中を行くか?この暗闇の中を?


二人に迷っている余裕はなかった。

二人を捜す松明の灯は時を追うごとに数を増し、暗闇の雑木林を照らし廻っていた。

 こうなっては迷う事もない。

藤吉郎は猿夜叉の手を引いて、真っ暗闇の藪の中に姿を消した。

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