名と、名乗らぬもの③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
しばらくして、二人はまた歩き出した。
歩き出す前に、リュカはあれの立っていたところまでの百歩をもう一度見た。
叩いていない百歩だ。
あれが通っても、何も起きなかった百歩。
――あれが通って起きなかったからといって、俺が通って起きないとは限らない。
リュカは曲がった杭を持ち直した。
「叩く」
「はい」
「後ろは頼む」
「はい」
こん。
一歩。
こん。
一歩。
---
あれが止まった場所まで来た。
三十歩。
坂の真ん中。人一人ぶんの幅。
何も残っていなかった。
足跡もない。
この坂には塵がない。匂いもない。だから跡が残らない。
リュカはそこに立って上を見た。
坂は右へ曲がっていく。
あれが回った曲がり目が七十歩ほど先にある。
曲がり目の先は見えない。
「……上に行ったんですよね」
「上に行った」
「上に何があるんでしょう」
「分からない」
リュカはそう言って少し考えた。
「あれは俺たちより先にいた」
「はい」
「先にいて下りてきて、また上に戻った」
「……戻った」
「下りてきたのは、俺たちを見に来たからかもしれない」
リナンはリュカを見た。
「見に」
「見に来て見たから戻った」
言ってからリュカは、それも決めつけだと思った。
見たものしか言えない。
見たのは下りてきて、止まって声を出して、名前を訊かれて、同じ音を出して、同じ音を返されて、下がって上へ行った。
それだけだ。
見に来たのかどうかは見ていない。
「……今の取り消す」
「はい」
「下りてきて上へ行った。それだけだ」
「はい」
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そこから二十歩先と三十歩先に濃いところが二つあった。
二つとも外側の壁だ。十歩離れて並んでいた。
叩くと澄んだ。
あれは、この二つの前を通って下りてきた。
二つとも動かなかった。
リュカは二つの前を息を止めて通った。
リナンも通った。
動かなかった。
――あれの声は、この二つから二十歩と三十歩のところで出た。
俺の声は五十歩と六十歩。
どちらでも起きなかった。
あれの声だから起きなかったのか。近さが足りなかったのか。それとも。
リュカはまた決めなかった。
決めないまま、覚えたことが一つ増えた。
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曲がり目までの残りの四十歩に濃いところはなかった。
曲がり目を回った。
坂は続いていた。
前の坂と同じだった。幅は人一人ぶん。外側が壁で内側は何もない。
あれはいなかった。
見える限りの坂の先に何も立っていなかった。
リュカはそこでもう一度息を吐いた。
吐いてから自分がずっと息を浅くしていたことに気づいた。
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千二百息で一度、止まった。
水は飲まなかった。
座りもしなかった。
壁に背をつけて、立ったまま、十息だけ休んだ。
十息のあいだにリュカは、一つ思い出した。
あとで考えると決めたことだ。
「リナン」
「はい」
「さっき翼が縮んだな」
リナンはすぐには答えなかった。
答えずに自分の左の翼を見た。
「……聞こえましたか」
「聞こえた。二回」
「二回でした」
リナンはそう言った。
「ここは風がないです」
「ない」
「風が来ると縮むって、昨日言いました」
「言ってた」
「……違いました」
リナンは翼の付け根に手を当てた。
「風じゃなかったです。たぶん」
「じゃあ何だ」
「来るって思ったときです」
リナンはゆっくり言った。
「崖の縁では来るのは風でした。だから、風で縮むんだと思ってました」
「……」
「さっきはあれが来ました。来ると思ったら縮みました」
リュカはそれを少し考えた。
考えて言った。
「待ってるときに縮むのか」
「……そうかもしれないです」
「来るものを待ってるときに」
リナンは頷いた。
頷いてから小さく言った。
「ずっと分からなかったんです。縮む理由」
「分かったのか」
「分かってないです」
リナンは手を下ろした。
「縮むときが一つ分かっただけです」
リュカはそれでいいと思った。
理由が分からなくても、いつ来るかが分かれば、備えられる。
荷が崩れる理由が分からなくても、崩れる坂が分かれば、そこで持ち直せる。
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「リュカくん」
「うん」
「あの人……あれの名前」
リナンは言い直した。
「覚えてますか」
「形は覚えてる」
「音は」
「音もたぶん」
リナンは少し黙った。
「わたしも覚えました」
「……高さでか」
「高さで」
リナンはそう言って、それから小さく言った。
「セイルなら、一度で覚えたと思います」
リュカはそこで止まった。
セイルは聞いたことしか言わない。
出発の前聞いたことのない声で、「門だ」と言った。「二つ」と言った。
誰の声かは分からなかった。三番街に門という言葉を使う者はいない。
――あの声は。
リュカは思い出そうとした。
セイルのあの夜の声。
低かったか。高かったか。
思い出せなかった。
三年、荷の音は覚えてきた。綱の鳴り方も留め具の締まり方も。
だが、鳥の真似る声の高さを覚えようとしたことはなかった。
「……セイルのあの声」
リュカは言った。
「門だって言った声。覚えてるか」
リナンはすぐに答えなかった。
「……覚えてます」
「今のと同じだったか」
リナンは長く黙った。
「分かりません」
そう言った。
「高さが違う気がします。でも、セイルは自分の喉で真似るので、高さは変わるんです」
「……変わるのか」
「わたしの声も、セイルが言うと少し高いです」
リュカは頷いた。
分からないが一つ増えた。
増えたが捨てなかった。
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二千息を過ぎた。
澄んだ音は二つあった。
二つとも息を止めて通った。
来てないですという声が百息に一度後ろからした。
リュカはそれを数の代わりに聞いた。
歩きながら考えた。
――名前をつけるか。
石の羽には名前をつけた。一層目にも三層目にもつけた。
見たものに、見たとおりの名前をつけた。
あれにもつけられる。
関節の多いもの。鰓のあるもの。帯のもの。
どれも見たとおりだ。
リュカはどれも口に出さなかった。
――名前を訊いた相手にこっちが名前をつけるのは違う。
訊いたのだ。
訊いて二つの音が返ってきた。
それが名前なのか名前でないのか分からない。
分からないまま、こっちの名前で呼べば訊いたことがなかったことになる。
石の羽には訊かなかった。壁は訊く相手ではなかった。
あれは訊く相手だった。
自分でそう決めて訊いた。
だからつけない。
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「リナン」
「はい」
「あれをなんて呼ぶ」
リナンは少し考えた。
「……リュカくんは、名前をつけるのかと思ってました」
「つけない」
「どうしてですか」
「訊いたから」
リナンはそれで分かったようだった。
分かったようだったが少しだけ黙ってから言った。
「じゃああの音で呼ぶんですか」
「それもしない」
「……どうしてですか」
「あの音が名前かどうか、分からない」
リュカは言った。
「分からないものを名前にはしない」
「じゃあ」
「名前を訊いた相手でいい」
リナンは少し笑った。
「長いですね」
「長い」
「……あれでいいと思います」
「あれか」
「はい。あれは名前じゃないので」
リュカはそれでいいと思った。
名前ではないものを名前ではない言い方で呼ぶ。
いつか、名前が分かったら、そのときに呼べばいい。
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二千四百息のところで後ろの声が変わった。
「……来てます」
リュカは叩くのを止めた。
「どこだ」
「下です。ずっと下」
リナンの声は、百息に一度のあの高さではなかった。
「音じゃないです。風が少しだけ下から来ました」
リュカは坂の縁から下を見ないようにして、耳を澄ませた。
何も聞こえなかった。
聞こえないがリナンが言うなら来ている。
――五つだ。
昨日降ろした五つ。壁に貼りついたまま、滑って上がってくるもの。
一晩寝ているあいだに上がってきた。
「遠いか」
「遠いです。でも、昨日より近いです」
リュカは数えた。
ここまで三層目から二千四百息。
昨日三層目に着いたとき、五つはまだ見えるところまで上がってきていなかった。
一晩で届くところまで来た。
――あれは休まない。
こっちは休む。休まないと登れない。
休むたびに近くなる。
「……急ぎますか」
「急がない」
リュカは言った。
「急ぐと息が乱れる。乱れると叩く手が強くなる。強く叩くと前の面が起きる」
「はい」
「同じ速さで行く。百息に一度言え」
「……来てるって言いますか」
「来てるなら来てるって言え」
リナンは少し黙った。
「来てないですのほうが言いやすかったです」
「分かってる」
こん。
一歩。
こん。
一歩。
百息後に後ろでリナンが言った。
「来てます。遠いです」
同じ高さの声に戻っていた。
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二千八百息で坂が平らになった。
平らなところは壁に沿って、輪のように広がっていた。
二層目と三層目と同じ形だ。
――四層目。
リュカはそう思って、声には出さなかった。
出さなくても名前はついた。
見たとおりの名前だ。四つ目の平らなところ。
輪の上には誰もいなかった。
あれもいなかった。
ただ、輪の向こうの端で次の坂がまた始まっていた。
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リュカは輪の端に腰を下ろした。
リナンも少し離れて座った。
リナンが小さい水袋を外して、渡してきた。
リュカは振った。
鳴った。
さっきより高く鳴った。
――残りが減ると音が高くなる。
綱と同じだ。乾くと高くなる。
「……二口ずつ飲む」
「二口」
「小さいのを空にする」
リナンは頷いた。
二口ずつ飲んだ。
小さい水袋はもう鳴らなかった。
空になると鳴らない。
鳴らないのは満ちている袋と空の袋だ。
振るまでどちらか分からない。
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リュカは胸に手を当てた。
三十三個目がそこにある。
三日目。
あと七日。
七日のうちに上に着くのか。着いて降りられるのか。
水は大きいのが四十口くらい。バルの革袋は開けていない。
干し魚が二枚。
杭が九本。
石が二十四個。
数えられるものを数えた。
数えられないものが一つあった。
――あれは上にいる。
どこまで上にいるのかは分からない。
また会うのかどうかも分からない。
会ったらまた名前を訊くのか。
訊いたらまた同じ二つの音が返ってくるのか。
分からない。
分からないものは数えられない。
数えられないが覚えておくことはできる。
リュカは、口の中で二つの形をもう一度だけ作った。
開いて少し窄めて閉じる。
開いて横に引いて止まる。
声は乗せなかった。
四十一日前あれが炎の前でそうしたように。
---
リュカは、それから下から来るもののことを考えた。
二千四百息のところでリナンが来てますと言った。
それから四百息登った。登りながら、百息に一度来てます遠いですと聞いた。
遠いですは四回とも同じだった。
――同じ速さだ。
こっちが叩きながら登る速さとあれが壁を滑って上がる速さが今は同じくらいだ。
同じなら離れない。
離れないが近づきもしない。
近づくのはこっちが止まったときだ。
止まるのは寝るときだ。
一万息で夜にする。夜にすると、一万息ぶんのどこかでまた寝る。
寝ているあいだに遠いですが近いですになる。
「リナン」
「はい」
「次の夜は交代を短くする」
「……千よりですか」
「千のままでいい。数え間違えるな」
リナンは少しだけ目を丸くした。
「昨日は間違えてもいいって」
「昨日は下から何も来てなかった」
リュカは言った。
「今日は来てる」
リナンはしばらく黙っていた。
それから頷いた。
「……千で起こします」
「起こせ。息が深くても起こせ」
「はい」
間違えてもいいと言ったのは昨日だ。
一晩で取り下げることになった。
取り下げるのは二度目だった。一万息で夜にすると決めて、追われて取り下げて戻した。
決めたことを状況に合わせて変える。
三年、荷の順番ではそうしてきた。重い荷が先に来たら、軽い荷を後ろに回す。
――決めごとは荷と同じだ。
積み直していい。
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「リュカくん」
「うん」
「来てます。遠いです」
リナンが言った。
座ってから百息が経っていた。
リュカは坂の下を見た。
見える限りには、何も上がってきていなかった。
来ているのは見えないところだ。
坂の上を見た。
何も下りてきていなかった。
「……前は来てない」
「はい」
リナンはそう言って、少しだけ間を置いてから言い足した。
「名前訊いてよかったと思います」
リュカは答えなかった。
よかったのかどうかは分からなかった。
分からないが訊かなかったら、あの二つの音は名前かもしれないものにすらならなかった。
訊いたから名前かもしれないものになった。
それだけは分かった。
「……行くか」
「行きます」
二人は立ち上がった。
次の坂の一歩目にリュカは足を置いた。
置いてから壁を叩いた。
こん。
一からだ。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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