↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 高さのはなし

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/161

名と、名乗らぬもの②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 そこから先澄んだ音は三つ続いた。


 二十歩に一つ。


 昨日の坂と同じくらいだ。


 三つとも叩いた音では起きなかった。三つとも息を止めて通った。


 三つ目を過ぎて、次を叩こうとしたところでリュカは坂の先を見た。


 坂はゆるく右へ曲がっている。


 塔は太い。曲がりがゆるいので、先が長く見える。


 百歩ほど先まで坂の縁が壁の光の中に続いていた。


 その百歩の先に何かが立っていた。


---


 人の形をしていた。


 坂の真ん中に立っている。


 外側の壁と内側の何もないところのあいだ。人一人ぶんの幅のその上に。


 こちらを向いていた。


 リュカはそこで全部を止めた。


 足を止めた。叩くのを止めた。息も止めた。


 後ろでリナンが止まった。


「……リュカくん」


「前だ」


 リュカは口の中で言った。


「百歩、先。人の形をしてる」


 リナンは答えなかった。


 答えなかったが後ろで翼が少しだけ縮んだ音がした。


---


 リュカは見た。


 遠い。


 百歩先の細部は見えない。昨日二百五十歩下の四つを数えようとして、四つ目が確かでなかった。


 見えないものを見えたことにはしない。


 見えるのは形だけだった。


 背丈はリュカと同じくらい。両腕がある。両脚がある。頭がある。


 腕を下ろしている。


 下ろしているだけなのに、その形が人のものではない。


 ――肘と手首のあいだにもう一つ。


 曲がっているところが一つ多い。


 リュカはそこから脚を見た。


 膝の下でもう一度曲がっている。


 関節が一つ多い。


 腕にも脚にも。


 ――あいつだ。


---


 最初の一体だった。


 焼けた夜路地の入り口に立っていた。


 石を三つ投げた。一つ目も二つ目も三つ目も当たって、それだけだった。


 足を払った。倒れなかった。膝の下のもう一つの関節で支えた。


 顔が近づいてきたとき、目がなかった。


 それから、広場で燃える梁を背にして、リュカのほうを向いた。


 口を動かした。


 声は出なかった。


 開いて少し窄めて閉じる。


 開いて横に引いて止まる。


 二つ。


 ――あれがここにいる。


 四十一日前の夜から今日までどこにいたのか。


 どうして塔の中にいるのか。


 分からない。


 分からないことが多すぎた。


 多すぎるので、一つずつ数えることにした。


---


 一つ目。あれは坂の上にいる。


 二つ目。あれと自分のあいだに百歩ある。


 三つ目。その百歩のどこかにまだ叩いていない壁がある。


 四つ目。後ろには三つ通り過ぎた面がある。下からは五つが上がってくる。


 五つ目。杭はつがえた一本を入れて、八本撃てる。


 六つ目。焼けた夜石を三つ当てて、それだけだった。


 七つ目。


 リュカはそこで止まった。


 七つ目は数ではなかった。


 ――あれは三番街を通った。


 戸を押して、屋根を伝って、柱を倒して、人を払って。


 あの夜、ドランは言った。通り道だったんだろと。


 百人以上いた街が十一日目の夜には、四十九人だった。


 あれがどれを倒したのかリュカは見ていない。


 路地の入り口に立っていたのは見た。広場でこちらを向いたのは見た。口を動かしたのも見た。


 柱を倒すところは見ていない。人を払うところも見ていない。


 見たことしか言えない。


 コルベルの言い方だった。今はリュカの言い方でもあった。


 ――見てないことで撃つのか。


 リュカはそれを七つ目にした。


 七つ目には答えがなかった。


---


 それが歩き出した。


 こちらへ。


 坂を下りてくる。


 足音がしなかった。


 焼けた夜と同じだった。石畳の上を歩いて、音がしなかった。


 この坂は石畳ではない。継ぎ目のない光る坂だ。


 その上を歩いて音がしない。


 リュカは坂の先の壁を見た。


 あれが歩いてくる道の外側の壁。


 叩いていない。濃いところがあるのかどうか、ここからは見えない。


 見えないがあれが通っても、何も起きなかった。


 壁は壁のままだった。


 ――音を立てないから動かないのか。


 昨日七つは、音を立てなければ動かなかった。


 あれは音を立てない。


 だから動かない。


 理屈は合っている。


 合っているがリュカは、その理屈を最後まで信じきれなかった。


 何かが少しだけ違う気がした。


 どこが違うのかは言えなかった。


---


 七十歩。


 五十歩。


 リュカは投槍器を持ち上げた。


 持ち上げただけだった。


 構えはしなかった。


 ――三十歩なら入れられる。


 三年、的を撃ってきた。二十歩と三十五歩と五十歩で毎朝、四十本。三十歩はそのあいだだ。鎌翼の日に一度だけ撃った。


 あれが三十歩に来たとき、撃てば入る。


 入ってそれから。


 焼けた夜石は当たって、それだけだった。


 杭が当たって、それだけだったら、杭はどこへ行く。


 あれの後ろは坂だ。坂の内側は何もない。


 当たって弾かれた杭は内側へ落ちる。


 昨日、一本拾えなかった。


 九本が八本になる。


 そして杭が坂に当たる音がする。


 あれの通ってきた壁に濃いところがあったら。


 ――撃てば起きる。


 起きたら前にあれがいて、横から面が剥がれて、後ろから五つが上がってくる。


 リュカは投槍器を下ろさなかった。


 下ろさなかったがつがえた杭を引かなかった。


---


 あれは三十歩のところで止まった。


 リュカが撃てば入る距離で止まった。


 知っていて止まったのかたまたまなのかは分からない。


 分からないが止まった場所がちょうど三十歩だった。


 リュカは、それを偶然として数えなかった。


 数えないで覚えた。


---


 近くなって細部が見えた。


 焼けた夜に見たものと違うところがあった。


 身体に巻いていたものが違う。


 あの夜は、ぼろぼろの布のようなものが何枚も垂れ下がっていた。着ているのか生えているのか分からなかった。


 今は一本だけだった。


 腰のあたりに一本の帯が巻いてある。


 幅は掌ほど。端がきちんと結んである。


 ――結んである。


 結ぶのは手のある者だ。結び方を知っている者だ。


 あれが自分で結んだのか。


 分からない。


 分からないが垂れ下がっていたものが結ばれたものになっていた。


 首の脇に細い切れ込みが三本ずつあった。


 あの夜はなかった。なかったはずだ。顔が近づいてきたとき、首まで見ていたかどうかは確かではない。


 確かではないが今はある。


 切れ込みはゆっくりと開いて閉じた。


 開いて閉じた。


 息をするように。


 ――魚の鰓だ。


 地上層の市で干し魚になる前の魚を見たことがある。桶の中で首の脇がああして開いて閉じていた。


 人の形をしたものの首に魚の鰓がある。


 目はなかった。


 窪みだけがあって、その窪みの影がこちらを見ていた。


 あの夜と同じだった。


---


 後ろでリナンが息を吸った。


 吸って止めた。


「……人ですか」


 ほとんど息だけの声だった。


「人の形をしてる」


 リュカは同じくらいの声で言った。


「焼けた夜に来たものの一つだ」


 リナンは何も言わなかった。


 翼の縮む音がまた少しだけした。


 ――風はないのに。


 縮むのは風が来たときだと昨日、聞いた。


 ここには風がない。


 ないのに縮んだ。


 リュカは、それをあとで考えることにした。


---


 あれの口が動いた。


 顔の下半分に裂け目のような口がある。それがゆっくりと開いた。


 開いて少し窄めて閉じる。


 リュカは息を止めた。


 ――同じだ。


 広場で見た形と同じだった。


 荷札の字を形で覚えるように覚えた形だ。線の曲がり方と点の位置と全体の長さで。三年、それで荷を間違えたことはない。


 一つ目の形が同じだった。


 それから二つ目。


 開いて横に引いて止まる。


 同じだった。


 そして今度は。


 音がした。


---


 低い音だった。


 一つ目は丸かった。口の奥で膨らんで、唇が閉じるところで鼻の奥へ抜けて止まった。


 二つ目は平たかった。短い。喉のところで切れた。


 二つ。


 声だった。


 人の声ではなかった。


 だが声だった。


 どこの言葉なのか分からなかった。


 三番街の言葉ではない。上の言葉でもない。地上層の市で聞いたどの言葉でもない。


 意味は分からなかった。


 分からないが言ったということだけは分かった。


 焼けた夜には出なかった音だった。


 ――出せるようになったのか。


 リュカはそう思った。


 思ってからそれが合っているのかどうか、分からなかった。


---


 リュカは壁を見た。


 あれの横の壁。あれの後ろの壁。


 どこも動かなかった。


 あれは音を出した。


 声だった。小さくはなかった。


 それでも、壁は動かなかった。


 ――音で動く。


 昨日そう決めた。


 音を立てれば面が剥がれる。音を立てなければ動かない。


 あれは音を立てた。


 面は動かなかった。


 あれの近くに濃いところがないのか。


 あるのに動かないのか。


 あれの音だから動かないのか。


 リュカはどれとも決めなかった。


 決めるには見たものが少なすぎた。


 ただ一つだけ覚えた。


 ――音で動くの「音」にあれの声は、入っていないかもしれない。


---


 バルの声がした。


 頭の中でだ。


 受け渡し場で古い革の水袋を足元に置いて、木札を数えながら言った。


 ――東の岩場で人に会ったら、名前を訊け。


 ――おらんはずのところにおる者は、名前を訊いておくもんだ。


 岩場では誰にも会わなかった。


 塔の中で会った。


 人ではない。


 人の形をしている。


 おらんはずのところにおる。


 リュカは投槍器を少しだけ下げた。


 下げて口を開いた。


 声は口の中で言うより少しだけ大きくした。


 大きくしすぎると壁が起きる。


 小さすぎると届かない。


 三十歩先の相手に何かを訊いたことはなかった。荷運びは遠くの者に声をかけない。近くまで行って言う。


 叫んだことならある。焼けた夜婆さんとリナンの名前を炎に向かって叫んだ。声は千切れて届かなかった。


 今度は、届く大きさで一度だけ言うことにした。


「名前は」


---


 あれの顔が少しだけ傾いた。


 首の切れ込みが開いて閉じた。


 それから、口がまた動いた。


 開いて少し窄めて閉じる。


 開いて横に引いて止まる。


 同じ二つの音がもう一度した。


 丸い音と平たい音。


 リュカはそれを聞いた。


 ――名前か。


 訊いて返ってきたのだから、名前かもしれない。


 訊く前から同じ音を出していたのだから、名前ではないかもしれない。


 四十一日前声の出ない口で最初に作った形もこれだった。


 名前ならなぜ焼けた夜にリュカに名乗ったのか。


 名前でないなら、何を二度も言ったのか。


 ――名乗ったのか。


 ――名乗らないのか。


 ――それとも名前がないのか。


 リュカはどれとも決められなかった。


---


 決められないので、別のことをした。


 リュカは口を開いた。


 開いて少し窄めて閉じた。


 開いて横に引いて止めた。


 形は覚えていた。四十一日ずっと覚えていた。


 形に声を乗せた。


 丸い音が口の奥で膨らんで、鼻の奥へ抜けた。


 平たい音が喉で切れた。


 同じにはならなかった。


 自分の喉はあれの喉とは違う。


 それでも、形は同じだった。


---


 あれが動いた。


 後ろへ一歩。


 膝の下のもう一つの関節がありえない角度で曲がった。


 焼けた夜足を払ったときと同じ曲がり方だった。


 倒れないための曲がり方だ。


 何かを受け止めたときの曲がり方だった。


 ――何を受け止めた。


 リュカは杭を引かなかった。


 あれも何もしなかった。


 ただ、もう一歩下がった。


 それから、身体ごと向きを変えた。


 坂の上へ。


 速かった。


 足音はしなかった。


 関節の多い脚が人のものではない順番で曲がって、伸びて坂を上っていった。


 百歩先の曲がり目を一度も振り返らずに回った。


 見えなくなった。


---


 リュカはそのまま動かなかった。


 百息動かなかった。


 壁を見ていた。


 どこも動かなかった。


 坂の先からは何も戻ってこなかった。


「……来てないです」


 後ろでリナンが言った。


 百息に一度のあの声だった。


 同じ高さだった。


 リュカはそこでようやく息を吐いた。


「……前も来てない」


「はい」


「行った」


「はい」


---


 リュカは投槍器を下ろした。


 つがえた杭はつがえたままだった。


 撃たなかった。


 杭は九本のままだ。


「……逃げましたね」


 リナンが言った。


「逃げた」


「リュカくんが言ったからですか」


 リュカは少し考えた。


「分からない」


「同じ音でした」


「同じ形で言った」


「……音は少し違いました」


 リナンはそう言った。


 小さな声だったが言い切った。


「リュカくんのは低かったです。二つ目の終わりがあの人のより長かったです」


「……分かるのか」


「歌うので」


 リナンはそれだけ言った。


 リュカはそれ以上訊かなかった。


 訊かなかったが覚えた。


 この人の耳は高さを聞く。自分の耳は締まり具合を聞く。


 同じ音を聞いて違うものを拾う。


---


「あの人」


 リュカが言った。


「……え」


「今あの人って言った」


 リナンは少し黙った。


「……言いました」


「人じゃない」


「はい」


「人の形をしてるだけだ」


「はい」


 リナンはそう答えて、それから小さく言い足した。


「でも、名前を訊いたのはリュカくんです」


 リュカは返す言葉がなかった。


 名前を訊くのは人に訊くものだ。


 バルは人に会ったらと言った。


 リュカは人ではないものに訊いた。


 訊いたのは自分だった。


---


「……撃たなかったのは」


 リナンが言いかけた。


 言いかけて止まった。


「言え」


「壁があったからですか」


 リュカはすぐには答えなかった。


 答えは二つあった。


 一つ目は言える。撃てば杭が坂に当たる。当たれば音がする。音がすれば面が起きる。前にあれがいて、横から面が剥がれて、後ろから五つ。杭は九本しかない。


 理屈だ。理屈は言える。


 二つ目は理屈ではなかった。


「壁もある」


 リュカは言った。


「それと見てない」


「……見てない」


「あれが三番街で何をしたのか。路地に立ってたのは見た。広場でこっちを向いたのも見た。柱を倒すところは見てない」


 リナンは黙って聞いていた。


「見てたら撃ったかもしれない」


 リュカはそう言った。


 言ってからそれも、確かではないと思った。


「……見てたら撃ったと思う」


 言い直した。


 リナンは頷かなかった。


 首を振りもしなかった。


 ただ小さく言った。


「わたしは見てません。物置の中にいたので」


「知ってる」


「見てたらどうしたか分かりません」


 リナンは膝の前で手を握った。


「分からないの悪いですか」


「悪くない」


 リュカは言った。


「俺も分からない」


 百人以上いた街が十一日目の夜に四十九人だった。


 籠で上へ運ばれた者がいる。下りていった者がいる。戻らなかった者がいる。


 そのうち何人があの夜のせいなのか。


 数えれば分かることがある。


 数えても分からないことがある。


 あれがあの夜誰に何をしたのか。


 それは数えても出てこなかった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。