幕間 「理由がないということ」
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
里の外れに低い崖がある。
島の西の端だ。東の縁の崖とは反対側になる。
高さは、大人の背丈の三つぶんほどしかない。下は雲ではなく岩の棚でその先がようやく雲になる。
風は来ない。
昼の少し前の風は、島の腹に当たって東の縁を這い上がる。西の端には回ってこない。来るのは、浜から流れてくる弱い風だけでそれは乗れる風ではなかった。
だから、子供は行かない。
飛べる子は行く理由がない。
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その日、リナンがそこへ行ったのは昼の少し前だった。
風の来る時刻だ。
東の縁では子供たちが並んで、順番に蹴っている。誰が最初に蹴ったか誰がいちばん高く行ったか夕方には浜で言い合う。
リナンはその時刻に家を出た。
東へは行かなかった。
どこへ行くのか決めていなかった。
浜への坂を下りずに、畑のあいだの道を西へ歩いた。雲羊が柵の向こうで草を噛んでいた。羊は顔を上げなかった。
歩いていると、足の裏が草の硬さを覚えた。
飛べていた頃この道を歩いたことがあったかどうかは、思い出せなかった。
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飛ばなくなって、季節が二つ変わっていた。
はじめのうちは皆が訊いた。
どうして飛ばないの。どこか痛いの。怖いの。昨日まで飛べたのに。
リナンは答えられなかった。
答えを持っていなかったのではない。答えはあった。崖の縁で風が来ると、翼の付け根が縮む。縮んだまま乗ると、角度が決まらない。
いつからかも分かっていた。速いのが雲の中へ消えた日からだ。
それを言うと皆分かった顔をした。怖いのねという顔だった。
怖いのとは違った。待っているつもりなのに縮む。縮めと思ったことは一度もない。
違うと言うとじゃあどうして、と訊かれた。
あの日からとは言えた。あの日からどうして縮むのかは、言えなかった。
どうしての先がどこにもなかった。
答えられないと分かると、皆訊かなくなった。
訊かなくなって、見るようになった。網小屋の前の年寄りを見ないのと同じ目で。
母は、「足元の卵割るよ」と言わなくなった。上ばかり見ている娘に言う言葉だったからだ。
卵は一つも割らなくなった。それでも母は笑わなくなった。
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低い崖の縁に着いた。
縁に立っても何も来なかった。
下から吹き上げるものがない。浜からの弱い風が羽の先を少し揺らすだけだった。
リナンはしばらく立っていた。
翼の付け根は縮まなかった。
風が来ないので、縮む理由がなかった。
――ここでは縮まないんだ。
それが分かって、リナンは縁に腰を下ろした。
脚を崖の外へ垂らした。
垂らした足の先に岩の棚がある。その先に雲がある。雲は東の縁から見るよりも近かった。
東の縁では座ったことがなかった。
あそこは立って蹴る場所だった。
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座っていると、遠くで子供の声がした。
東のほうだ。風が来たのだ。
誰かが蹴った。声が上がった。もう一人。
リナンはそちらを見なかった。
見ると首が動く。
首が動くと肩が動く。
ここでは肩が動いても、何も落ちない。分かっていたが見なかった。
代わりに自分の膝のあたりを見た。
岩の縁に小さな窪みがあった。
雨の水が溜まって、乾いてまた溜まる場所なのだろう。底に砂が少し残っている。
砂の中に白いものが一つあった。
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石だった。
親指の爪ほどの大きさで丸くはない。片側が欠けている。
色は白に近い。だが白ではなかった。窪みから拾い上げて、日にかざすと内側が少しだけ青く濁った。
濁りは動いた。
石を傾けると、青いところが内側を滑るように移った。
リナンはしばらくそれを傾けていた。
探していたのではなかった。
座ったらそこにあった。
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里では石は家で継ぐ。
翼人の里は、風の石か月の石を継ぐと聞く。ここは風待ちの村だから、継ぐのは風の石だ。月の石を継ぐ家はこの島にはない。
母の家にも父の家にも風の石がある。宿る場所は人によって違うがどこに宿っても、乗った風を少しだけ長く保たせる石だ。子供は、いずれそのどちらかの家の石を継ぐ。
リナンはまだ継いでいなかった。
飛ばなくなってから継ぐ話が出なくなった。
風の石は乗る者のための石だ。乗らない者に渡しても、使い道がない。
誰もそう言わなかった。
言わなかったので、リナンも訊かなかった。
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拾った石をどうするか少し考えた。
捨てる理由はなかった。
持って帰る理由もなかった。
リナンは上衣の襟の内側を指で探った。
縫い目の重なったところに小さな袋ができている。飛んでいた頃落とさないように、帆鳥の羽を一枚挟んでおいた場所だ。羽はもう抜けていた。
そこに石を入れた。
入れてからなぜそこにしたのか自分でも分からなかった。
襟の内側は喉のすぐ下になる。
石は冷たかった。
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帰りは浜への坂を通った。
西の端から島の縁に沿って下りる道は、浜への坂の途中に出る。行きの畑の道を戻るより少しだけ近い。
網小屋の前に、年寄りが座っていた。帆を繕っていた。
リナンはその前を通った。
年寄りは顔を上げなかった。
リナンも足を止めなかった。
飛んでいた頃は止めた。星が一つなのはなぜかと訊いた。付け根を縫ってもらった。
今は止めなかった。
止めると自分がこの人の隣に座ることになる気がした。
通り過ぎてから少しだけ振り返った。
年寄りは針を動かしていた。
網小屋の壁と同じ色をしていた。
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夜、家で襟に指を当てた。
石はもう冷たくなかった。
肌と同じ温かさになっていた。
宿る石も、宿らない石も肌に当てておけば同じ温かさになる。だから、当てた日には分からない。
十日、待つ。
家の石は待たない。継いだ日に宿る。家の子には初めから合うからだ。
拾った石は違う。合うかどうかは、十日待たないと分からない。浜に文を持ってくる外の人がそう話していたのを聞いたことがあった。待って宿らなかったら外れだ。
リナンの石は誰の家の石でもなかった。
初めから合う理由がどこにもない。
宿ったとしても、それが何の石なのかリナンには分からない。家の石と色も重さも違った。
母に言おうかと思った。
言わなかった。
言えば訊かれる。どうしてその石なの。どこで拾ったの。どうして西の端なんかに。
どうしての先がまたどこにもない。
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翌日も西の端へ行った。
その次の日も行った。
昼の少し前に家を出て、畑のあいだを歩いて、低い崖の縁に座る。脚を垂らす。東から声が聞こえる。見ない。
夕方、浜への坂を通って帰る。網小屋の前で足を止めない。
夜襟に指を当てる。温かい。
四日目は雨だった。
雨の日は昼の少し前の風が来ない。東の縁にも誰も行かない。
リナンは行った。
低い崖の窪みに水が溜まっていた。拾った日に石があった場所だ。底の砂が水の中で動いていた。
ほかに何もなかった。
一つしかなかったのだと思った。
五日目の朝も帆鳥の小屋へ行った。
雛はもう雛ではなくなりかけていた。羽が生え揃って、止まり木の低い段に移っている。じきに文を結んで放される。
リナンはいつものように、低い音を三つ出した。
鳥たちは首を垂れた。
いつもと同じだった。
小屋を出るとき襟に指を当てた。温かい。それもいつもと同じだった。
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六日目に母が言った。
「最近どこに行ってるの」
「西」
「西に何があるの」
リナンは少し考えた。
「何もないよ」
母はそれ以上訊かなかった。
訊かなかったことにリナンは、少しだけ安心した。安心したことが少しだけ寂しかった。
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七日目に低い崖の縁で一度だけ同じ三つを出してみた。
昼だった。東から声が聞こえていた。
低い音を三つ。
音は縁から岩の棚へ落ちて、そこで消えた。誰もいない場所で出す音は、小屋で出すより早く消えた。
雛のいない場所で雛を寝かせる音を出す理由はなかった。
理由がないので、二度は出さなかった。
何かを確かめたかったのかもしれない。何を確かめたかったのかは、分からなかった。
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八日目の夕方坂の途中で声が出なかった。
網小屋の前ではない。もっと上の畑の端だ。
知っている子が二人東の縁から戻ってきた。すれ違うとき、片方がこちらを見ずに、もう片方に言った。
「下の人だ」
小さな声だった。悪い言い方ではなかった。帆柱を指さすのと同じ言い方だった。
リナンは何か言おうとした。
何を言おうとしたのかは分からない。
口を開けて最初の音は出た。
その先が出なかった。
二人はもう通り過ぎていた。
リナンは開けた口を閉じた。
――言い切れない。
そのとき気づいた。
石を拾うより前からだった。飛ばなくなった頃から言葉は、ときどき途中で止まっていた。止まってそのまま、誰にも拾われなかった。
拾われないので、止まったことに自分でも気づかなかった。
石のせいではない。
石はまだ宿ってもいない。
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十日目は晴れていた。
昼の少し前に、東の縁から声が上がった。
リナンは西の端にいた。
縁に座って、脚を垂らして、襟に指を当てていた。
温かい。
それだけだった。
日が傾いた。
帰らなかった。
十日目の夜がどう来るのか見たかった。家の中で来るのを待つのではなくここで。
理由はそれだけだった。
それが理由になるのかどうかは、分からなかった。
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日が落ちた。
浜から流れてくる弱い風が止んだ。
雲が暗くなって見えなくなった。岩の棚も見えなくなった。
星が出た。
島の上は星が近い。帆に縫う星は一つだけだ。空の星は数えきれない。
リナンは声を出した。
低い音を三つ。
帆鳥の雛を寝かせるときの音だ。毎朝、小屋で出している。飛ばなくなってからも、雛の世話は続けていた。雛は誰が飛ぶかを知らない。
ここには雛はいない。
誰に向けたのでもなかった。
同じ三つを繰り返した。
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三度目のとき喉の奥が冷えた。
冷たいのではない。
冷えたという感じがした。息を吸ったときに、喉の奥がすっとする。高いところで風に乗ったとき、いつもそうなった。
ここは高くない。
リナンは襟に指を当てた。
小さな袋が平らになっていた。
指を入れた。
何もなかった。
袋の底にも襟の縫い目にも何もない。
石は見えなくなっていた。
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リナンは、しばらく指を襟に入れたままでいた。
それから、手を下ろした。
――宿った。
名前は喉が冷えたときに、もう聞こえていた。
耳で聞いたのではなかった。喉の奥で短い音が一度だけ鳴った。
石が宿ると名前が聞こえる。継いだ子は、聞こえた名前を家の者に言う。それは里の子供なら誰でも知っていた。
リナンは、その名前を口の中で一度だけ繰り返した。
声には出さなかった。
名前は分かった。
何の石なのかは分からなかった。
どうしてこの石なのかも、分からなかった。
どうして喉なのかも。どうして西の端なのかも。どうして探していないときに、そこにあったのかも。
どうしての先は、やはりどこにもなかった。
リナンはもう一度声を出した。
低い音を三つ。
さっきと同じ三つだった。
同じだったが少しだけ遠くまで行った気がした。
気がしただけかもしれない。
家の石を継いだ子は、宿った日に乗った風が少し長くなる。何かが出る。
何も出なかった。
風は来ない。翼の付け根も何も変わらなかった。
確かめる相手はいなかった。
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十一日目の朝リナンは、浜への坂を下りた。
網小屋の前に、年寄りが座っていた。
帆を膝に広げて、星の縫い目を一目ずつ直していた。
リナンはその前を通った。
年寄りは顔を上げなかった。
リナンも足を止めなかった。
誰にも言わなかった。
言えば訊かれる。訊かれても答えはない。
答えのないことを答えのないまま持っているのは、思っていたほど重くなかった。
喉の奥が少しだけ冷えていた。
それでよかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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