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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 高さのはなし

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95/165

夜と、同じ高さ②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 それから、崖に行かなくなった。


 行かなくなったのではなかった。行った。縁まで行った。


 縁に立って風を待った。


 風は来た。


 来たとき身体が動いた。


 蹴る前に動いた。


「……乗る前に動くんです」


 リナンは言った。


「乗ってから動かないのはできます。練習したので」


「……」


「乗る前に動くのは、練習したことがありません」


 リナンは、そこで指で翼の付け根のあたりを示した。


「風が来るとここが縮むんです」


「縮む」


「勝手に。待ってるつもりなのに縮みます」


 リナンは手を下ろした。


「縮んだまま乗ると、角度が決まりません。角度が決まらないと落ちます」


---


 リュカはそこで一つ訊いた。


 訊いていいのかどうかは、分からなかった。


 分からなかったが訊いた。


「……焼ける前に屋根から落ちたよな」


「落ちました」


 リュカはそこで日を数えた。


 あれは焼ける半月前だ。物干し綱の下で洗濯物と一緒に落ちてきた。綱が翼の付け根に食い込んで、解くのに手間取った。


 半月は十五日だ。


 焼けてから今日で四十日。


 合わせて五十五日。


 ――五十五日か。


 三年、同じ街で暮らした者よりこの人のことを知っている気がしていた。


 五十五日だった。


 知っているのは、翼の畳み方と煮方と言葉が途中で止まることだけだ。


「あのとき、広げなかった」


 リナンは顔を上げた。


「はい」


「落ちてるときなら、乗る前じゃない」


 リュカはそう言った。


「乗る前に縮むなら、落ちてるときは縮まないんじゃないのか」


 リナンはしばらく黙っていた。


「……縮みませんでした」


「じゃあなんで広げなかったんだ」


「広げると乗るので」


 リナンはそう答えた。


「落ちてるときに広げると、風が入ります。風が入ると、乗ってることになります」


「……」


「乗ったら動かないようにしないといけません」


 リナンは膝を抱えた。


「動かないようにできないので、広げないんです」


---


 リュカはそこでもう一つ思い出した。


 焼けた夜のことだ。


 上の子を庇って、落ちてきた板を翼で受けた。畳んでいた左の翼が二つ目の節で引っかかったまま、半分だけ開いた。


 あのときは広げた。


 考えるより先に動いたと本人が言っていた。


「……焼けた夜は広げたぞ」


 リナンは答えなかった。


 答えずに自分の左の翼を見た。


 それから、小さく言った。


「あれは乗ってないので」


「……乗ってない」


「上に風がなかったので、乗りません。ただ、かぶせただけです」


 リナンはそう言った。


「かぶせるのはできます」


---


 リュカはそこをしばらく考えた。


 自分のために広げると乗る。誰かにかぶせるために広げると乗らない。


 同じ翼で同じ動きなのに違う。


 ――違うのは風があるかどうかだ。


 自分が落ちるときは下から風が来る。来た風に乗ると、動かないようにしなければならない。


 誰かにかぶせるときは風の話ではない。


 この人は風のないところでなら、翼を使える。


 使えなくなったのは、風のあるところだけだ。


 風は崖にあった。


---


 リュカはそこでようやく分かった。


 ――飛べないんじゃない。


 飛べば落ちる。


 落ちると分かっているものをやらない。


 それは飛べないのとは違う。


 会った日に聞いて、意味の分からなかった言い方がここで分かった。


「……だから飛ばないって言うのか」


「言います」


 リナンはそう答えた。


「飛べないって言うと翼が悪いみたいになります」


「悪いのか」


「悪くないです」


 リナンは背中の翼を少し動かした。


「翼は何も悪くないです」


---


 リュカはリナンの翼を見た。


 大きい。整っている。焦げたところはあるが形は崩れていない。


 傷んでいるのは先だけだ。


 飛ばないので、歩くたびに壁や地面に当たる。当たって擦れて、先の羽が短くなって、軸だけになっているところがある。


 翼は何も悪くない。


 悪くないのに擦り切れていく。


---


「里の人はなんて言ったんだ」


 リュカが訊いた。


「はじめは訊かれました」


 リナンは言った。


「どうして飛ばないの。どこか痛いの。怖いの。昨日まで飛べたのに」


「……答えたのか」


「答えられませんでした」


 リナンはそう言った。


「答えられないと分かると、訊かなくなりました」


「……それで」


「飛ばない人のことを村では下の人って呼びます」


 リナンは言った。


「呼ばれるようになりました。それだけです」


「怒られなかったのか」


「怒られません。下の人は怒られないです」


 リナンはそこで少しだけ笑った。


 笑い方が短かった。


「見られないんです」


「……見られないのか」


「見ないんです。誰も」


 リナンはそう言った。


「そこにいるのが当たり前になるので、目を向けられなくなります。避けてるのとは違います。帆柱とか網小屋の壁とかと同じです」


---


 リナンは、そこで包みのほうへ手を伸ばした。


 縄を解かずに外側だけ探った。


 探って小さいものを出した。


 針だった。


 それと糸が少し。


「……これ教えてもらいました」


「誰に」


「下の人です」


 リナンは針を指のあいだで挟んだ。


「網小屋の前に、いつも座ってた年寄りです。帆布を縫ってました」


「……名前は」


「知りません」


 リナンはあっさり言った。


「子供のころから下の人って呼んでました。名前を訊いたことがないです」


「訊かなかったのか」


「訊くものだと思ってませんでした」


 リナンは針を膝の上に置いた。


「帆柱の名前を訊かないのと同じです」


---


 リュカはその針を見た。


 細い針だった。先が少し曲がっている。


 道具は使う者の手の形になる。トトの鎚の柄がそうだった。


 この針は、リナンの手ではない誰かの形になっていた。


「教わったのは飛んでたころです」


 リナンは言った。


「付け根がほつれるのは、飛んでても同じなので。縫ってもらいに行って、隣で見てました」


「……見てただけか」


「見てただけです」


 リナンは針をつまみ上げた。


「翼が擦れても裂けないように、内側に一枚布を足すんです。針の入れ方と糸の引き方があります」


「……難しいのか」


「力を入れると糸が切れます」


 リナンはそう言った。


「上にいるときと同じです」


---


「それで、自分で縫ったのか」


「縫ってません」


 リナンはあっさり言った。


「次は自分でやれって言われて、できるって言いました」


「……それで針をもらったのか」


「もらいました」


 リナンは針を見ていた。


「一本だけくれました。これです」


「できるって言ったのに」


「言っただけです」


「飛んでるあいだは、擦れるところが付け根だけです。ほつれたら、持っていけばよかったので」


「……それが」


「飛ばなくなってからやりました」


 リナンはそう言った。


「擦れるところが増えたので」


---


 リュカはリナンの翼の先を見た。


 飛ばないから歩く。歩くから当たる。当たるから縫う。


 ――できるって言ったのは飛んでるときだ。


 できるようになったのは、飛ばなくなってからだ。


 言ったこととできるようになったことのあいだに何年か入っている。


---


 力を入れると落ちる。力を入れると糸が切れる。


 同じことだとこの人は言った。


 飛ぶのをやめた人が飛ぶのと同じ加減でできることを飛ばなくなった子に教えた。


 ――下の人が下の人を教えた。


 そう思って、リュカはその言い方をやめた。


 教えたのは下の人ではない。縫える人だ。


---


「その年寄りが一つ言ったんです」


 リナンは言った。


「帆布に星を縫ってました。白い糸で一つだけ」


「星」


「なんで一つなのって訊きました」


 リナンは針を布に刺して止めた。


「二つ縫うとどっちの星か分からなくなるって」


「……どういう意味だ」


「分かりません」


 リナンはそう答えた。


「訊いたのは十のときです。今も分かりません」


「訊き直さなかったのか」


「訊き直す前に里を出ました」


 リナンは針を包みに戻した。


「分からないまま覚えました」


 リュカは頷いた。


 分からないまま覚えたものをリュカも持っている。


 外套の内側に五枚ある。四枚に字があって、四枚とも読めない。


 塔の壁の三行目と灯柱の台座の一行が同じだったことも覚えている。


 同じだと分かって、意味は分からない。


 分かるのは、一つしかないものにはたぶん理由があるということだけだ。


 荷札は一枚につき印が一つだった。


 二つあると、どこの荷か分からなくなる。


 リュカはそこまで考えて、言わなかった。


 言っても、合っているかどうかは分からない。


 訊ける場所にその年寄りはいない。


---


 リュカは何も言わなかった。


 言うことが思いつかなかった。


 三年、三番街でリュカを見ない人はいなかった。荷運びのと呼ばれて、荷を渡された。


 見られないという言い方を聞いたことがなかった。


 石が宿らないとは言われた。


 外れだとも言われた。


 言われるのは、見られているということだった。


---


「リュカくん」


「うん」


「里では名前で呼ばれませんでした」


「……することで呼ぶって言ってたな」


「はい」


 リナンは膝を抱え直した。


「わたしは高いのでした」


---


 リュカは顔を上げた。


 リナンは壁の光を見ていた。


「高いの」


「はい」


 リュカはそこで思い出した。


 宿の土間で四十九人を数えた夜だ。里では飛ぶ順番があって、高く飛べる子から順に並んで、自分はいちばん前だったと言っていた。


 あのときは順番の話だと思っていた。


「……いちばん前だったって言ってたな」


「言いました」


 リナンはそう言った。


「速いのは速くて、わたしは高かったです。上がる風のいちばん上まで行けました」


「……」


「だから高いのです」


 リュカは、そこでさっき聞いたことと繋がった。


 いちばん高くまで行く子は、いちばん動かない子だ。


 この人は、動かないのがいちばん上手だった。


 ――その子が動いた。


 上手かった子が一度だけ下を探した。


 それで、上手なほうをなくした。


 リナンは膝に顔を半分埋めた。


「飛ばなくなってから順番から外れました。外れると何番目でもなくなります」


 これもあの夜に聞いた言い方だった。


 何番目でもなくなるというのを順番の話だと思って聞いていた。


 順番ではなかった。


「……名前もなくなったのか」


「はい」


 リナンは顔を上げなかった。


「下の人になりました」


---


 リュカは、そこで自分のことを一つ考えた。


 鑑定所で紙に名前を書かれた。


 リュカ゠ルスールス。


 初めてだった。三年、荷札に自分の名前が書かれたことはなかった。荷札に書くのは、どこからどこへいくついくら。運ぶ者の名前は書かない。


 名前が紙に乗らないことは知っていた。


 名前を取り上げられることは知らなかった。


---


「リナン」


「はい」


「俺は三十二回外れた」


 リナンが顔を上げた。


「石だ」


 リュカは胸に手を当てた。


「三十二回外れて、今三十三個目が入ってる。二日目だ」


「……はい」


「三十二回外れても、荷運びのと呼ばれた」


 リュカはそう言った。


「呼ばれなくなったことはない」


 リナンはしばらく黙っていた。


「……それはよかったです」


「よくはない」


 リュカは言った。


「外れは外れだ」


「でも、呼ばれてます」


「呼ばれてる」


 リュカは頷いた。


「呼ばれてるのはたぶん運んでるからだ」


 言ってからリュカは少し考えた。


「石が宿ったら別の呼び方になる。宿らないあいだは荷運びのだ」


「……どっちがいいんですか」


「分からない」


 リュカはそう答えた。


「分からないが呼ばれないのは、たぶんいちばん悪い」


---


 リナンは答えなかった。


 答えずに横になった。


 壁際に翼を畳んで横向きに。


 左の翼は二つ目の節で引っかかった。肩を動かして、位置を直して、折り込んだ。


 リュカも横になった。


 外套を頭からかぶった。


 織りの隙間から細い光が入ってくる。


---


 横になってからリュカは一つ気づいた。


 同じ高さだった。


 リナンの頭と自分の頭が同じ高さにある。


 当たり前のことだった。二人とも床に横になっている。


 当たり前なのに気づいた。


 ――崖の上では違ったんだ。


 崖の縁に立つ者と縁の下の草に座る者がいる。風に乗る者と乗らない者がいる。


 乗らない者は下の人と呼ばれる。


 下にいるから下の人だ。


 今、ここは下ではなかった。


 一層目から五百息。そこから先は数えなおして、また数えなおした。


 坂を何千歩も上がってきた。


 塔の三つ目の階だ。


 地上層のどの屋根よりもたぶん高い。


---


「リナン」


「……はい」


「ここは高いか」


 リナンは少し黙った。


 それから答えた。


「高いです」


「飛んでないぞ」


「飛んでないです」


「歩いてきた」


「歩いてきました」


 リナンはそう言った。


 言ってからもう一度言った。


「……歩いて高いところに来ました」


---


 リュカはそれ以上言わなかった。


 言わなくてもたぶん足りていた。


 足りているかどうかは分からない。


 分からないが言葉を足すと減ることがある。


 三年、値切って二度断られて、覚えたことだった。


---


 リナンが起き上がりかけた。


「……座って数えます」


「寝たままでいい」


「寝たままだと寝ます」


「寝たら起こす」


 リュカはそう言った。


「俺が寝るほうだから、起きたら分かる」


 理屈が合っていないのは、自分でも分かった。


 合っていないが座らせたくなかった。


 座ると高さが変わる。


---


 リナンは横になったまま、坂の下のほうへ顔を向けた。


 横になっていても、坂の下は見える。平らなところの端から下へ落ちていく縁が視界の下のほうに入る。


 リュカは壁のほうへ顔を向けた。


 背中合わせではない。並んで別の向きを見ていた。


「リュカくん」


「うん」


「千数えますね」


「数えろ」


「間違えてもいいんですよね」


「いい」


 リナンはそこで小さく笑った。


「……リュカくんがそう言うの初めて聞きました」


「言ったことがない」


「ないですよね」


 リナンはそう言って、それから数えはじめた。


 声には出さなかった。


 出さないので、何も聞こえなかった。


---


 壁は光っていた。


 消えない。


 夜ではなかった。


 夜にすると決めただけの明るい時間だった。


 下からは何も聞こえなかった。


 聞こえないあいだは、来ていないということではない。


 聞こえないあいだは、数えている人が起きているということだった。


 リュカは曲がった杭を手の中に握った。


 握ったまま目を閉じた。


 外套の織りの隙間から細い光が入ってくる。


 三番街の屋根のない路地で細く覗いていた空と同じ太さだった。


 あのときは一人で見ていた。


 今は同じ高さにもう一人いる。


 リュカは眠った。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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