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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 高さのはなし

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94/161

夜と、同じ高さ①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 一万になった。


 リュカは、そこで数えるのをやめて壁を見た。


 光っている。夕方の路地くらいの明るさだ。


 一万息前と同じだった。


 ――夜にならない。


 分かっていたことだった。


 分かっていたが一万まで数えてから改めて分かった。


---


「リナン」


「はい」


「夜にする」


「……はい」


 リナンはそう言って、動かなかった。


 リュカも動かなかった。


 夜にすると言ったあとで、何をすればいいのかを二人とも知らなかった。


 三番街では日が落ちた。落ちたら鍋を食べて、梯子を上がって、横になった。


 順番が決まっていた。決まっているから、考えなくてよかった。


 ここには落ちるものがない。


---


 リュカは考えて一つずつ決めた。


「壁を背にして座る」


「はい」


「外套を頭からかぶる」


「……かぶるんですか」


「暗くなる」


 リナンは少し考えてから頷いた。


「暗くなりますね」


「それと」


 リュカはそこで止まった。


 止まってから言った。


「数えるのをやめる」


「息ですか」


「息も歩数も何口飲んだかも全部だ」


 リュカは曲がった杭を膝の上に置いた。


「数えると起きてることになる」


---


「リュカくん」


「うん」


「二人とも寝たら、下から来たときに、分かりません」


 リュカはそこで止まった。


 止まったのは考えていなかったからだ。


 夜にすると決めて、夜のつくり方まで決めて、見張りを考えていなかった。


 三番街では見張りが要らなかった。日が落ちたら横になった。戸が焼けてからも横になった。


 街には人がいた。誰かが起きていた。イサが井戸に来る。ヴェスナが掃く。ドランが籠を動かす。


 自分が寝ているあいだに誰かが起きていることを考えたことがなかった。


 ――二人だと片方しかいない。


「……半分ずつだ」


 リュカは言った。


「先に俺が起きてる」


「わたしが先です」


「なんでだ」


「リュカくんのほうが荷が重いので」


 リナンはそう言った。


「それとわたしのほうが先に止まったので」


「止まったから先に寝るんだ」


「止まったから先に起きます」


 リナンは言い切った。


 リュカはそこで少し止まった。


 この人の言葉は、たいてい最後まで来ない。「……と思うんですけど」で終わる。語尾が消える。会った日からずっとそうだった。


 今のは最後まで来た。


 ――断るとまたさっきの話になる。


 止まったのを責めていないことを言葉で説明するのは難しい。


 譲るほうが早い。


「……分かった」


 リュカはそう言った。


「どこで替わる」


「……どこでですか」


「時間だ」


 リュカはそこでまた困った。


 時間を測る道具がない。日も落ちない。


 数えるのをやめると決めたばかりだった。


 やめると決めたのに、数えないと替われない。


「……数えるのは起きてるほうだけにする」


 リュカは言った。


「起きてるほうが千数える。千で替わる」


「千」


「千で足りなかったら次に増やす」


「はい」


「寝てるほうは数えない」


 リュカはそう言って、横になる前に、もう一つ足した。


「それと数え間違えてもいい」


「……いいんですか」


「千より少なくても、多くても替われば同じだ」


 リュカはそう言った。


 言ってから自分が三年で一度も言わなかったことを言ったのに気づいた。


 数え間違えてもいいと言ったことがなかった。


---


 それから、干し魚を一枚出した。


 三枚のうち一枚。


 半分に割って片方を渡した。


 リナンはそれを三つに割った。


 三回に分けると、三回食べたことになる。


 リュカは二つに割った。


 割ってから数えた。


 三枚のうち一枚を今夜。


 残りは二枚だ。


 一万息を一晩と数えるなら、夜に食えるのはあと二回。


 二回で上に着くかどうかは分からない。


---


 食べ終えてからリュカは、胸に手を当てた。


 三十三個目がそこにある。


 二日目だ。


 肌の温度になっている。宿った石も、宿らない石も肌の温度になる。だから、当たった瞬間には分からない。


 十日待つしかない。


 ――十日目はここで来る。


 三年、石を入れ替えるのは日が落ちてからだった。


 日が落ちない場所では入れ替えるときが分からない。


 分からないので、一万息で夜にすると決めた。今日のうちに決めて、追われて取り下げて、さっき戻した。


 今一万になった。今夜が一晩目だ。


 ――二日目の石が一晩目の夜に入っている。


 合っていない。


 石を胸に入れたのは岩場の夜であれが一日目だ。塔の中で一万息を数えたのは、今夜が初めてだ。


 外の日と中の夜がずれている。


 リュカはそれをしばらく考えて決めた。


「石は外の日で数える」


 声に出した。


「……石ですか」


「十日で外れる石だ。入れたのが岩場の夜であれが一日目だった」


 リュカはそう言った。


「今日が二日目だ。中で一万息を何回数えても、石は外の日のままにする」


「……数えられますか」


「数える」


 リュカは言った。


「一万息を一日とする。ずれても同じ幅でずれる。同じ幅なら比べられる」


 リナンはしばらく考えていた。


「……それ合ってますか」


「合ってない」


 リュカはあっさり言った。


「合ってないが動かない物差しがあるほうがいい」


---


 三層目の平らなところは、壁に沿って輪のように広がっていた。


 幅は荷馬車が一台入るほど。


 坂の上とは違う。横になれる。


 三年、荷を担いで石段を上り下りしてきて、途中で横になったことは一度もなかった。


 休むときは座った。座るのは立つための姿勢だ。


 横になるのは終わりの姿勢だった。


 リュカは壁際に腰を下ろして、背中をつけた。


 それから、外套を頭からかぶった。


 暗くなった。


 完全には暗くならない。外套の織りの隙間から壁の光が細く入ってくる。


 細い光だった。


 三番街の路地で屋根のない夜に細く覗いていた空と似ていた。


---


 リナンも壁際に座った。


 少し離れて座った。


 リナンの上衣は背が開いている。翼を通すための翼人の織りだ。頭からかぶれるものではない。


 外套は持っている。翼を隠す外套だ。畳んで包みに結んである。手を拭くのには使う。


 着たところは、会ってから一度も見ていない。


「外套あるよな」


 リュカが言った。


「あります」


「かぶらないのか」


 リナンは少し黙った。


「……かぶるとたぶん脱げなくなります」


「……」


「暗いのは楽なので」


 リナンはそう言った。


「楽なほうを覚えると、戻れないです」


---


 リュカは何も言わなかった。


 荷は軽く結ぶと歩くのが楽になる。楽になると次の日も軽く結ぶ。軽い結びは坂で解ける。


 三年、そういうものを一つずつ覚えないようにしてきた。


 覚えないようにしてきたことを人の口から聞いたのは、初めてだった。


「……わたしは目を閉じます」


「それでいい」


「暗くなります」


「暗くなる」


 リナンは目を閉じた。


 閉じてから言った。


「リュカくん」


「うん」


「わたし目を閉じても、下が見えます」


---


 リュカは外套の内側で動くのをやめた。


 三十五歩で杭が的に入る前のあの一瞬と同じだった。


 動くと変わる。


「……見えるのか」


「見えません」


 リナンはそう言い直した。


「見えないです。でも、見えてる感じがします」


「どこの」


「ここの内側です」


 リナンはそう言った。


「坂の内側です。何もないほうです」


---


 リュカは外套を下ろした。


 下ろしてリナンを見た。


 リナンは目を閉じたままだった。


 閉じた目のまま話していた。


「……昨日訊かれましたよね。内側を歩けるかって」


「訊いた」


「歩けますって言って、止まりました」


「止まった」


「リュカくんそれ以上訊きませんでした」


「訊かなかった」


「……なんで訊かなかったんですか」


 リュカは答えを探した。


 探して見つかったものをそのまま言った。


「訊くと答えないといけなくなる」


「……はい」


「答えられないことを訊かれるのはしんどい」


 リュカはそう言った。


「三年、何度もあった」


---


 リナンは目を開けた。


 開けて壁の光を見た。


 それから、小さく言った。


「……今は答えられます」


---


 島の東の縁に崖があった。


 リナンはそこから話しはじめた。


 崖の下は雲で崖の縁に立つと下から風が吹き上げてくる。昼の少し前に来る風だ。島の腹に当たって、崖を這い上がり縁で一気に空へ抜ける。


 その風に乗る。


 翼人は長く飛べない。骨が軽いぶん身体が保たない。遠くへ文を届けるのは帆鳥の仕事で翼人が自分で行けるのは、せいぜい隣の岩場までだ。


 だから、飛ぶというのは乗ることだった。


「乗ってから動かないんです」


 リナンは言った。


「動くと落ちます」


「……動かない」


「翼を広げて、角度を決めて、それから何もしません」


 リナンは、膝の上で指を一度だけ動かした。


「何もしないのがいちばん難しいです」


---


「羽ばたくんじゃないのか」


 リュカが訊いた。


 訊いてから自分が何も知らないことに気づいた。


 この人の翼を畳むところも開くところも擦れるところも見てきて、どうやって飛ぶのかを一度も訊かなかった。


「羽ばたきません」


 リナンはあっさり言った。


「羽ばたくのは落ちかけたときだけです。落ちかけたときに羽ばたくとよけいに落ちます」


「……それは」


「力を入れると落ちるんです」


 リナンはそう言った。


「上にいるときはずっとそうです」


---


 リュカはそこで一つ思い出した。


 二十二歩から面の縁に杭を入れたとき。


 強く振れば入ると思って、強く振らなかった。強く振ると角度が浅くなる。


 力を入れると入らない。


 同じことだと思った。


 同じことだが落ちる高さが違う。


---


 村でいちばん速い子がいたとリナンは言った。


 速いのと呼ばれていた。


 里では子供を名前で呼ぶことが少なかった。することで呼んだ。


 速いの。遠いの。よく落ちるの。


「その子は崖を蹴って、斜めに横切っていくんです」


 リナンは言った。


「風に乗るのがいちばん早かったです。立って蹴ってもう乗ってます」


「……上手かったのか」


「上手かったです」


 リナンはそこで止まった。


 止まってから続けた。


「上手すぎました」


---


 昼の少し前の風は毎日来る。


 だが、同じ強さで来るわけではない。


 曇った日は弱い。雨の前は途中で切れる。


 切れた風は戻るまでに少し間がある。


 その間に乗ってしまうと支えるものがなくなる。


 速いのは早かった。


 誰よりも早く乗った。


 早すぎて風が戻る前に乗った。


---


 リナンはその日二番目だった。


 崖の縁で速いのが蹴るのを見て、それから自分が蹴った。


 蹴って翼を広げた。


 風は来た。


 リナンの翼は持ち上がった。


 前を見ると速いのがいなかった。


---


「……それで」


 リュカが言った。


 言ってから言わなければよかったと思った。


 リナンはしばらく黙っていた。


 黙ってから言った。


「下を見ました」


「……」


「上にいるときに下を見たんです」


 リナンは膝を抱えた。


「乗ってから動いたんです」


---


「……なんで下を見たんだ」


 リュカが訊いた。


 訊いてからまた訊かなければよかったと思った。


 リナンは答えた。


「探したんです」


「……探した」


「前にいないので下だと思って」


 リナンは膝に腕を回したまま言った。


「見るには首を動かします。首を動かすと肩が動きます。肩が動くと翼の角度が変わります」


 リナンはそこで止まった。


 止まってから小さく続けた。


「探したから動いたんです」


---


 リュカは何も言えなかった。


 言えなかったのは、言うことがなかったからではない。


 ――探さなければよかったとは言えない。


 それだけは言えなかった。


 三年、リュカは探してきた。


 土を掘って、石を並べて、一つ選んだ。三十三回やって三十二回外れた。


 探すのをやめたら何も残らない。


 探したから落ちた人に探すなとは言えない。


---


 リナンが言った。


「分かってたんです」


「何を」


「見たら動くって分かってました」


 リナンは顔を上げなかった。


「崖の縁で何百回も言われました。乗ってから動かないの。動くと落ちる」


「……」


「わたし誰よりも聞いてました」


 リナンはそう言った。


「いちばん高くまで行く子は、いちばん動かない子です」


「……お前は」


「動かないのがいちばん上手でした」


 リナンは膝に顔を半分埋めた。


「いちばん上手な子が動いたんです」


---


 動いたら落ちる。


 リナンは落ちなかった。


 落ちかけて、羽ばたいて、よけいに落ちて、それでも崖の上まで戻った。


 戻って草の上に脚を着いた。


 着いたときには、速いのを探すのをやめていた。


「……大人が下りていきました」


 リナンは言った。


「浜のほうです。崖の下は雲ですけど、島の腹に沿って回ると、下の浜に出られるので」


「……見つかったのか」


「分かりません」


 リナンはそう言った。


「わたしは下りなかったので」


---


 リュカはそこで白のことを思い出した。


 籠で下りた日だ。雲の中を二十三数えるあいだだけ通った。


 あのとき、この人は白に手を伸ばして、濡れた手を見ていた。里からは下に見えていたと言った。上から見ると床みたいだった踏めそうなと。


 リュカは踏めないと言った。


 それから十六日目に二人は白の中を歩いた。


 雲が地面まで下りている場所だ。四万三千歩。数えても終わらなかったので、歩数に戻した。


 冷たくて少し甘い匂いがした。籠で通った白と同じ匂いだった。


 ――同じ雲かどうかは分からない。


 島はここから見えない。空のどこまでが一つなのかも分からない。


 分からないが匂いは同じだった。


「リナン」


「はい」


「十六日目に白の中を歩いたよな」


「歩きました」


「……あのとき何か思ってたか」


 リナンはしばらく黙っていた。


「思いました」


「何を」


「中は何もないって思いました」


 リナンはそう言った。


「上からは床に見えます。入ると何もないです。ただ白いだけでした」


「……」


「あの子は、どこにいるのかと思ってました」


 リナンは膝を抱え直した。


「白の中はどこにもなかったです」


---


 リュカは何も言わなかった。


 四万三千歩を自分は数えていた。


 歩数は終わりが分からなくても、増えるだけだ。増えるものを数えていれば歩ける。


 同じ白の中でこの人は、増えないものを見ていた。


 ――あの日ほとんど喋らなかった。


 喋らなかったのを疲れだと思っていた。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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