壁が動く③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
三年、撃った杭は全部拾ってきた。
六百八十三本撃って、折れたのは一本だけだ。
折れた一本も袋の脇に立てかけて、数に入れてきた。
拾わなかったことは一度もない。
撃つ前に落ちる先を見る癖がついていた。落ちる先が水路なら撃たない。屋根の上なら撃たない。
そういう場所では撃たずに済ませてきた。
ここでは済ませられなかった。
撃たなければ通れなかった。
「……杭落ちましたね」
リナンが言った。
「落ちた」
「拾えませんか」
「拾えない」
「帰りに」
「帰りに拾う」
リュカはそう言った。
言ってからそれがトトの言い方と同じだと気づいた。
――取りに来い。取りに来なかったら、俺が箱ごと持っていくからな。
預かったものは、返すまで預かったもんだ。
あの杭はいま床が預かっている。
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「リュカくん」
リナンの声だった。
さっきの声とは違った。
「下」
リュカは坂の端に寄った。
寄って下を見た。
遠い。
壁は同じ色だった。どこも灰色で継ぎ目がない。
静かなものは見えなかった。
動いているものだけが見えた。
壁の面が貼りついたまま、滑るように上がってくる。
上がる速さはゆっくりだ。
ゆっくりなのに見えた。動いているからだ。
リュカは数えた。
一つ。二つ。三つ。
四つ目があるようだった。
あるようだったが確かではない。この遠さで四つ目まで数えられるかどうかは、自分でも分からなかった。
――三つか四つ。
落としたのは五つだ。
残りは見えないところにいる。それとも、もう上がるのをやめたのかもしれない。
分からないものは多いほうで数える。
五つが上がってくるものとして考える。
リュカはそこから目を上げて、通ってきた両脇を見た。
二つとも壁のままだった。
あれから誰も音を立てていない。
音を立てなければ動かない。
動かないものは動かない。
――残りの二つはまだ壁だ。
二つを後ろに置いて、五つを下から迎えることになる。
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リュカはそこに座り直した。
座り直してから考えた。
落としたのではなかった。
降ろしただけだった。
降ろしたものは上がってくる。
剥がれて落ちるのも、貼りついて上がるのもあれには同じことなのだ。
石段を上るのに六十息かかる人間と壁を滑って上がるものとでは速さが違う。
どちらが速いかは見ていれば分かる。
――追いつかれる。
いつ追いつかれるかは分からない。
分からないが追いつかれる。
「……戻ってきますか」
リナンが訊いた。
「戻ってくる」
「じゃああれは」
リナンは言葉を止めた。
止めてから言い直した。
「……さっきのは何だったんですか」
リュカは答えなかった。
答えられなかった。
石を三つ使って、杭を一本落として、通れる幅を空けた。
空けた幅は通ったあとまた埋まる。
減ったのは石と杭だけだ。
相手は減っていない。
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リュカは今日会った数を並べた。
昨日の坂で一つ。
この坂で通り過ぎたのが五つ。
挟まれたのが七つ。
十三だ。
一層目の骨が十三だった。
骨の数と今日の数が同じだった。
偶然だ。あの人の骨が十三本あったという話でそれ以上の意味はない。
意味はないのに覚えてしまった。
――数えると覚える。
三年、それで助かってきた。
ここでは覚えたくないものまで覚える。
溝鼠は仕留めれば終わりだった。
鎌翼は落とせば終わりだった。
終わったものは数から消えた。
ここでは消えない。
「リナン」
「はい」
「あれは倒すものじゃない」
「……倒せませんか」
「倒せるかもしれない。だが意味がない」
リュカはそう言った。
「倒しても上にもっといる。下から上がってくる。全部倒すには杭が何百本も要る」
「じゃあどうするんですか」
「速く登る」
リュカは言った。
「追いつかれる前に上に着く」
「……上に何があるんですか」
「分からない」
リュカはそこで少し黙った。
「分からないがここにいると、追いつかれる」
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それは、ザッハの言ったことと同じだった。
――登れば登るほど戻る道が長くなる。水がなくなる。足が止まる。止まった場所が上のほうだと下りきれん。
――あそこで人を殺すのは仕掛けじゃない。自分の脚だ。
脚だと言った男は、壁が動くことを知らなかった。
知らないまま正しかった。
壁が動いても結局脚の話だった。
速く登るか追いつかれるか。
どちらも脚で決まる。
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リュカは、布巻きの七本のうち一本を指で弾いた。
こんと鳴った。
澄んだ音だった。
留め具が緩んでいるときの音だ。
――杭はこういう音だ。
三年、毎朝聞いてきた音だった。
澄んだ音がいつもいい音だとは限らない。
留め具では悪い。杭ではいい。
同じ音が場所で意味を変える。
壁ではどちらだったのか。
澄んだ音がしたところには、生きているものがいた。
いたというだけだ。いいとも悪いともまだ決まっていない。
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リュカは立ち上がった。
座ってから二百息も経っていない。
「行く」
「……休まないんですか」
「休むと追いつかれる」
リナンは立ち上がった。
立ち上がるとき壁に手をついた。
ついた手をすぐ離した。
離してからその手を見た。
壁に手をつくのが怖くなっている。
三年、路地でも宿でも、壁に手をついてきた手だ。
リュカはそれを見ていた。
見て何も言わなかった。
言えることがなかった。
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登りながら、リナンが水袋を出した。
小さいほうだ。
軽くなっている。
歩きながら飲むのは初めてだった。
これまでは座って飲んだ。座って飲むと水がまっすぐ落ちる。歩きながらだと少しこぼれる。
こぼれた分は数に入らない。
入らないが減っている。
「……何口ですか」
「六口だ」
「わたしは七口です」
「一口多いな」
「多いです」
リナンは水袋をリュカに差し出した。
「じゃあリュカくんが一口」
「いい」
「合わなくなります」
「合わなくていい」
リュカはそう言った。
「合わせると、二人とも足りなくなる」
リナンは水袋を持ったまま、しばらく動かなかった。
それから口を締めた。
「……じゃあ数えるのをやめます」
「やめるな」
「合わせないのに数えるんですか」
「数える」
リュカは言った。
「合わせるために数えるんじゃない。いつなくなるかを知るために数える」
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リナンは水袋を腰に戻した。
戻してから言った。
「あと何口くらいですか」
リュカは三つの水袋を見た。
小さいのは軽い。大きいのはまだ重い。バルの古い革のものは触ってもいない。
「……大きいのが四十口くらいだ」
「バルさんのは」
「分からない。開けてない」
「開けないんですか」
「開けると減る」
リュカはそう言った。
「開けなければ減らない」
「……減りませんけど飲めません」
「飲めない」
リュカは頷いた。
「飲めないがあることは分かってる」
リナンはその言い方を少し考えていた。
それから、小さく笑った。
「リュカくんそれ石と同じ言い方です」
「石」
「袋の二十四個も宿らないけどあります」
リュカはリナンを見た。
リナンは笑ったままだった。
「……そうだな」
それだけ言った。
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壁を叩きながら登った。
こん。
一歩。
こん。
一歩。
速くはならなかった。
叩く分がどうしても要る。
叩かずに登れば速い。速いが澄んだ音のところに手をつく。
叩いて登れば落ちない。落ちないが遅い。
遅いと下から上がってくるものに追いつかれる。
――どちらでも死ぬ。
リュカはそこまで考えて、考えるのをやめた。
やめてから言い換えた。
どちらでも死ぬなら、どちらでもいい。
どちらでもいいなら、落ちないほうを選ぶ。
落ちるのはすぐだ。追いつかれるのはまだだ。
――すぐ死ぬのを後にする。
三年、そうやって順番をつけてきた。
今日いくら足りないかは数えられるが明日のことは数えられない。
だから、今日のほうを先に片づける。
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息を数えなおした。
一からにした。
途中でやめた数は戻せない。
戻せないものは数えない。
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「リナン」
「はい」
「一からだ」
「はい」
「いくつだ」
「十四です」
「俺も十四だ」
合っていた。
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百歩登って澄んだ音はなかった。
二百歩登ってなかった。
増えていたものが途切れて、また途切れている。
朝から荷がない日に昼からもない。
そういう日はたいてい夕方に来る。
三年、そうだった。
三年の癖がここで役に立つのかどうかは分からない。
分からないがほかに持っているものがない。
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千息を過ぎた。
二千息を過ぎた。
坂はまだ続いていた。層の境の平らなところには出なかった。
三千息のあたりでリナンの数が二つ遅れた。
四千息で五つ遅れた。
リュカは数を訊くのをやめた。
訊くと答えるのに息が要る。
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五千息を過ぎたころリュカは、自分の決めごとを思い出した。
――一万息で夜にする。
塔の中は日が落ちない。壁が光っている。昼も夜も同じように光っている。
だから、息で区切ると決めた。一万で夜。決めておけば同じ間隔になる。同じ間隔なら比べられる。
決めたのは昨日だ。
昨日は追われていなかった。
一万息で夜にする。夜にするというのは、止まって寝るということだ。
止まったら追いつかれる。
――夜が来ない。
リュカはそのことに気づいた。
気づいて決めごとを取り下げた。
取り下げるのは初めてではなかった。三年で何度かある。荷の積み方も、綱の結び方も一度決めて変えた。
変えるのは構わない。
構わないがこれは変えたのではない。
できなくなったのだ。
決めごとを状況に取り上げられた。
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六千息でリナンが止まった。
止まって壁に手をついた。
ついてから慌てて離した。
離した手が震えていた。
「……すみません」
「いい」
「進めます」
「進めるが止まった」
リュカはそう言った。
「止まったのは身体だ。身体のほうが正しい」
「……でも」
「座れ」
リナンは座らなかった。
「座ったら追いつかれます」
「追いつかれる」
「じゃあ」
「座れ」
リュカはもう一度言った。
「座らないで倒れるのと座って立つのとでは後のほうが早い」
リナンはしばらく立っていた。
それから、壁側に寄って座った。
リュカは干し魚を一枚出した。
四枚のうち一枚。
半分に割って片方を渡した。
「……リュカくんは」
「半分だ」
「同じですね」
「同じだ」
リュカはそう言った。
「水は合わせない。食い物は合わせる」
「……なんでですか」
「水は足りないと動けなくなる。俺のほうが荷が重い」
リュカは自分の半分を噛んだ。
「食い物は足りないと明日動けなくなる。明日は二人とも動く」
リナンはその言い方を少し考えていた。
それから、半分を三つに割って、少しずつ食べた。
三回に分けると、三回食べたことになる。
岩場の夜もそうしていた。
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残りは三枚になった。
二人で三枚だ。
一日一枚なら三日。
三日で上に着くかどうかは分からない。
---
リュカは座らなかった。
坂の下を向いて立っていた。
立って下を見ていた。
下は光の薄いところへ消えている。
何も見えない。
見えないあいだは、来ていないということではない。
見えないだけだ。
リュカは手の中の杭を握り直した。
曲がった一本だ。撃てない一本だ。
叩くための一本だった。
叩くための一本をいま構えている。
撃てない杭を構えても撃てない。
それは分かっている。
分かっているが手に何か持っていると、下を見ていられた。
---
五百息そうしていた。
リナンの息が遅くなった。
遅くなってからリナンが立った。
「行けます」
「数は」
「……一からにします」
「一からだ」
リュカはそう言って前を向いた。
前を向いて壁を叩いた。
こん。
一歩、進んだ。
---
百歩登ってこんだった。
二百歩登ってこんだった。
三百歩。
四百歩。
全部こんだった。
リュカはそこで足を止めた。
止めて後ろを振り返った。
それから、もう一度壁を叩いた。
こん。
二十二歩に一つだった坂のあとで、四百歩一つもいない。
――増える坂といない坂がある。
なぜそうなのかは分からない。
分からないが使える。
---
リュカは杭を下ろした。
「リナン」
「はい」
「しばらく叩かない」
「……大丈夫ですか」
「大丈夫じゃない」
リュカはそう言った。
「だが、四百歩こんだった壁が次の十歩で変わるとは思えない」
「思えないだけですか」
「思えないだけだ」
リナンはしばらく黙っていた。
「……叩かないとどうなりますか」
「速くなる」
リュカは言った。
「一歩に二息かかってたのが一息になる」
「倍ですか」
「倍だ」
---
叩かずに登った。
速くなった。一歩に一息。
音がしなくなった。
叩く音がしないと、下の音が聞こえる。聞こえるのは、二人の足音と息だけだった。
下からは何も聞こえなかった。
聞こえないあいだは、来ていないということではない。
だが、音を立てていないあいだは呼んでもいない。
――呼ばなければ来ない。
正しいかどうかは分からない。呼んでいないのは確かだ。
---
千五百歩登ったところで坂が平らになった。
平らなところは壁に沿って、輪のように広がっていた。
二層目と同じ形だ。
――三層目。
リュカはそう呼ぶことにした。
三つ目の呼び名だった。一層目。石の羽。三層目。
リュカはそこで立ち止まって、壁を叩いた。
こん。
十歩分、叩いた。
全部こんだった。
---
リュカは息の数を思い返した。
一からにしてから二千と少し。
塔に入ってからの分を足すと九千を越えている。
――一万に近い。
一万息で夜にすると決めてあった。
決めごとを取り下げたはずだった。
取り下げたのは止まれなかったからだ。
今は止まれる。
四百歩と千五百歩こんだった壁の上にいる。下からは何も聞こえない。
「リナン」
「はい」
「一万で止まる」
リナンは顔を上げた。
「……夜にするんですか」
「夜にする」
リュカはそう言った。
「取り下げたのを戻す」
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
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