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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 高さのはなし

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89/163

一層目と、息①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 受け渡し場の床に十六貫を下ろした。


 木が石に当たる音がした。


 リナンが握りの棒から手を離して掌を見た。


 赤くなっていた。血は出ていない。


「……着きました」


「うん」


「まだ下りただけですけど」


「そうだな」


---


 バルが荷札に印を押した。


 それから、木札を一枚台に置いた。


「十六貫。届いた」


「はい」


 リュカは木札を受け取った。


 薄い板だ。縁が磨り減っている。何百回も袖に挟まれてきた木札だった。


 十四日目の朝だった。焼けてから三十八日目。


「捨てるなと言われました」


「ドランが言ったか」


「はい」


「あれは木札を捨てるやつを嫌う」


 バルは印の柄を台に置いた。


「木札を捨てるやつは、荷を運んだことも忘れる。運んだことを忘れるやつは、次の荷を軽く見る」


 リュカは木札を外套の内側に入れた。


 紙と同じところに入れた。


 紙は五枚。木札は一枚。


 どちらも読めないものだった。


---


「兄ちゃん」


 バルが言った。


「はい」


「東の出口はそっちだ」


 バルは顎で奥を示した。


 受け渡し場の荷を積む台の向こう側。


 三年、リュカが見たことのない方向だった。


 いつも荷を下ろして籠に戻る。それだけだった。


「行ったことがないんですけど」


「知っとる」


 バルはあっさり言った。


「三年、この部屋から出たことがないだろう」


「……ありません」


「出たら匂いが変わる」


「匂い」


「行けば分かる」


 バルはそれだけ言って、次の荷札を取った。


---


 東の出口は木の枠だけの戸口だった。戸はない。


 外から光が入っている。


 リュカはその前に立った。


 三年、この部屋の湿った空気を吸ってきた。吸うと喉の奥に水気が張りつく。


 半年で慣れた。慣れてからは気にもしなかった。


「リュカくん」


 リナンが後ろから言った。


「うん」


「行かないんですか」


「行く」


 リュカはそう言って、動かなかった。


 動かなかったのは、一息か二息のあいだだった。


 それから出た。


---


 匂いが変わった。


 バルの言ったとおりだった。


 湿った石と苔の匂いが二歩で消えた。


 代わりに来たのは土の匂いだった。


 それから草。


 それからもう一つ。


 何かを焼いている匂いだった。


 リュカは足を止めた。


「……これは」


「肉です」


 リナンが言った。


「肉」


「焼いてる匂いです」


「焼く」


 リュカは、その言葉を口の中で一度言った。


 三番街では煮る。火種石が二シャルドで一日に一度しか火が入らない。その一度で鍋を一つ煮る。それで終わりだ。


 焼くには、火を長く保たなければならない。長く保つには石が要る。


 三年、焼いた肉の匂いを嗅いだことがなかった。


---


 道の脇に小屋があった。


 屋根がある。壁もある。


 戸口の外に鉄の枠が置いてあって、その下で火が燃えていた。


 枠の上に肉が載っている。


 女が一人それを返していた。


 リュカはそこで足を止めた。


 止めてから自分が止まっていることに気づいた。


 懐には何もない。


 硬貨は二日前に列の女に渡した。


「……行きます」


 リュカはそう言って歩きだした。


 リナンが少し遅れてついてきた。


 小屋を過ぎてからリナンが言った。


「いくらだったんでしょうね」


「訊かなかった」


「訊かなくても買えませんけど」


「訊いたら覚える」


 リュカは前を見たまま言った。


「覚えると次に来たときに、いくら足りないかが分かる」


「……訊いたほうがよかったですか」


「訊いたほうがよかった」


 リュカはそこで少しだけ足を止めた。


 振り返らなかった。


 振り返ると戻りたくなる。


「帰りに訊く」


---


 空が低かった。


 頭の上に灰色の天井がある。


 雲だ。


 焼けてから十七日目に一度だけこの空を見た。籠から下りて、受け渡し場の入り口から外を見たときだ。


 あのときは入り口から見ただけだった。


 今はその下に立っている。


 立ってみると、低いというのが違う意味になった。


 上にあるのではない。蓋だった。


 三番街はこの蓋の上にある。


 三年、蓋の上で暮らして、蓋の下へ荷を下ろしていた。


---


 道は東へまっすぐ伸びていた。


 石畳ではない。土だ。


 轍が二本ずっと先まで続いている。


 荷馬車の轍だった。


 リュカは歩きながら、数えはじめた。


 歩数だ。


 三年、数えてきた。宿から広場まで四十歩。広場から石段まで六十歩。石段は四十二段。


 数えていれば暗くても歩ける。


 一。二。三。


---


 しばらく歩いてからリナンが訊いた。


「数えてますか」


「数えてる」


「いくつですか」


「八千二百十四」


「……間違えませんか」


「間違えても分からない。誰も数えてないから」


「じゃあわたしも数えます」


「二人で数えると合わなくなるぞ」


「合わなくなったら、どっちかが間違ってるって分かります」


 リュカはリナンを見た。


「……数えろ」


「はい」


---


 一万五千を過ぎたころ轍が消えた。


 土が硬くなって、車の跡がつかなくなっている。


 その先に轍はなかった。


 荷馬車はここまでしか来ない。


 バルが言ったとおりだった。東へ行く荷馬車はない。運ぶものがない場所へは車は行かない。


 リュカは轍の終わりの上に立った。


 足の下に二本の浅い溝がある。


 溝はここで終わっている。


「……ここから先は」


 リナンが言った。


「歩くだけだ」


「歩くだけ」


「歩くだけなら三年やってる」


---


 昼を過ぎて道が上がりはじめた。


 土が減って石が増えた。角のある石だ。踏むと動く。


 リュカは歩き方を変えた。荷を担いで石段を下りるときと同じ踏み方だ。足の裏で確かめてから体重を載せる。


 リナンは三度足を取られてからリュカの足元を見て、同じ踏み方をするようになった。


「……速く歩けません」


「速く歩くと足を捻る」


 リュカは言った。


「捻ったら二日では着かない」


---


 日が傾いた。


 バルは夜は歩かないと言った。


 言われたからではない。灯りがないからだ。


 油皿を買えなかった。火種石は二つあるが一つは割らない火種石だ。割らない石は割らない。


 もう一つは火を起こすためのものだ。灯りに使えばなくなる。


 だから夜は歩かない。


 リュカは石の窪みを探した。


 風が当たらないところだ。


 見つけたのは大きな石の東側だった。西からの風が石で切れている。


「ここで寝る」


「はい」


 リナンは包みを下ろした。


 下ろしてから翼を畳もうとした。


 左が二つ目の節で引っかかった。


 肩を動かして、位置を直して、折り込んだ。


 三日で三度見た動きだった。


---


 火は起こした。


 小さく起こした。


 燃やすものがあまりない。この辺りには、枯れた草しか生えていない。


 草はよく燃えてすぐ消える。


 リュカは火に手をかざさなかった。


 代わりに靴を脱いだ。


「……靴脱ぐんですか」


「足を冷やすなと言われた」


「誰に」


「薬屋の爺さんに」


 リュカは足の裏を火に向けた。


「冷えた足は感覚がなくなる。感覚がなくなった足は傷に気づかない」


「……傷」


「気づかないと、歩けなくなるまで気づかない」


 リナンは、しばらく考えてから自分も靴を脱いだ。


 脱いだ足を火に向けた。


 それから、小さく言った。


「……冷たかったです」


「冷えてたのか」


「今分かりました」


---


 干し魚を一枚出した。


 二人で分けた。半分ずつだ。


 七枚を三日で二人なら、一日に二枚と少しになる。


 今日は一枚にした。


 明日岩場に入る。入ってから足りなくなるほうがまずい。


「……足りませんね」


「足りない」


「明日も一枚ですか」


「明日は二枚だ」


「今日より多いんですか」


「明日のほうが歩く」


 リナンは頷いた。


 半分の干し魚を少しずつ噛んでいた。


 噛み終わるまで長かった。


---


 石は冷えた。


 背中を預けていた石が夜のうちに、板のように冷たくなった。


 薬屋の老人の言ったとおりだった。


 リュカは布を一枚出した。


 ミラの布だ。四枚のうち一枚。


 傷を縛るのに二枚。汗を拭くのに一枚。あと一枚は余分。


 余分の一枚を足に巻いた。


 巻いてから布の使い方をミラは決めていたのだと気づいた。余分はこういうときのためのものだ。


 ――余分は要るわよ。


 ミラはそう言った。


 あのときは意味が分からなかった。


---


 夜のあいだに風が強くなった。


 石の東側にいても音が聞こえた。


 高い音だ。石の角を風が削っている音だった。


 リナンが起きていた。


「……眠れないのか」


「風の音が」


「うるさいか」


「うるさくはないです」


 リナンは膝を抱えていた。


「里の音に似てます」


「里」


「浮島の端のほうです。あそこも風が強くて」


 リナンはそこで言葉を止めた。


 止めてから別のことを言った。


「……翼があると、風の音は身体で聞こえるんです」


「身体で」


「音が翼を押します。押されると、どっちから来てるか分かります」


 リュカはリナンの背中を見た。


 暗くて翼の形は分からなかった。


「今はどっちから」


「西です」


 リナンはすぐ答えた。


「明日、東へ行くなら、背中から来ます」


「追い風か」


「翼には追い風のほうがまずいです」


 リナンはそう言った。


「後ろから押されると、畳んでいても開きます」


---


 十五日目の朝。


 焼けてから三十九日目だった。


 リュカは日が昇る前に起きた。


 胸に手を当てた。


 三十二個目の石がそこにある。


 十日目だった。


 今日、外れる。


 外れるのはいつも夜だ。日が落ちてから肌の温度が急に消える。消えたら袋に入れる。


 リュカはその石を指で一度だけ押した。


 押しても何も起きない。


 十日間押しても何も起きなかった。


---


 歩きはじめてすぐに石を探した。


 道の石だ。


 三年、空き地の石を選んできた。土を掘って、出てきたものを並べて一つ選ぶ。


 今日は掘らない。


 足元にいくらでも転がっている。


 リュカはしゃがんで、三つ手に取った。


 一つは角が多すぎた。胸に入れると当たる。


 一つは平らすぎた。


 三つ目は、指の腹ほどで片面に浅い窪みがあった。


 それを外套の内側に入れた。


 三十三個目だ。


 夜に三十二個目と入れ替える。


「……選ぶの早かったですね」


 リナンが言った。


「早かった」


「いつももっと時間をかけてませんか」


「かけてた。掘って並べて順に日に向けて。朝の半分を使ってた」


 リュカは外套の上からその石に触れた。


「三年、そうやって選んで、三十一回外れた」


「……」


「並べなくても、外れるかもしれない」


---


 風が背中から来た。


 リナンの言ったとおりだった。


 最初は押される感じだった。歩くのが少しだけ楽になる。


 次に翼が開いた。


 リナンが立ち止まった。


 左の翼が畳んだところから半分ほど開いている。


「……閉じません」


「押さえられるか」


「押さえると付け根が痛いです」


 リュカはリナンの背中に回った。


 翼の付け根の少し下。骨がある。


 布を出した。ミラの布だ。傷を縛るための二枚のうち一枚。


「巻くぞ」


「……はい」


 翼の上から布を回した。


 きつくは締めなかった。締めると付け根が引っ張られる。


 畳んだ形のまま胸の前で結んだ。


 荷を担ぐときと同じ結び方だった。


「……動きますか」


「歩けます」


 リナンは二歩歩いて確かめた。


「開きません」


「痛いか」


「痛くないです」


 リナンはそこで少しだけ笑った。


「リュカくん結ぶのが上手いですね」


「三年、結んでる」


---


 昼過ぎに前が白くなった。


 霧ではない。


 雲だった。


 地上層の空の低いところが地面まで下りている場所があるのだ。


 バルが言っていた。岩場の向こうは雲の中だと。中に入ったら前が見えない。


「……入ったら方向が分かりますか」


 リナンが訊いた。


「分かる」


 リュカは言った。


「風が背中から来てる。西からの風が背中なら前が東だ」


---


 白の際まで来たところで日が傾いた。


 入るのは明日にした。


 前が見えないところを暗くなってから歩く理由はない。


 リュカはまた石の東側を探した。


 昨日より大きい石だった。窪みが深い。


 火は起こさなかった。燃やす草がこの辺りにはもう生えていない。


 靴は脱いだ。


 脱いだ足を布で巻いた。昨日と同じ一枚だ。


 もう一枚はリナンの翼に回っている。


 残りは二枚。傷を縛るための一枚と汗を拭くための一枚だ。


---


 干し魚を二枚出した。


 一人一枚だ。


 昨日は半分だった。今日は一枚ある。


 リナンは一枚を三つに割って、少しずつ食べた。


「……一度に食べないんですか」


「三回に分けると、三回食べたことになります」


 リナンはそう言った。


「同じ一枚ですけど」


「同じだな」


「同じでも三回です」


 リュカは自分の一枚を見た。


 それから、二つに割った。


「……二回にしますか」


「二回にする」


---


 日が落ちてから胸に手を当てた。


 三十二個目の石が冷えていた。


 肌の温度ではない。石の温度だ。


 外れた。


 十日宿らなかった。


 リュカは、シャツの内側からその石を出した。


 黒くて角が尖っている。旅の六日目の朝に空き地で選んだ石だ。


 袋の口を開けて入れた。


 入れてから袋を振らなかった。


 振ると数が分からなくなる気がした。


 二十七個。


「……二十七になりました」


 リナンが言った。


「数えてたのか」


「二十六でしたから。一つ増えたら二十七です」


「そうだな」


 リュカは袋の口を締めた。


 締めてから道で拾った石を出した。


 指の腹ほどで片面に浅い窪みがある。


 それをシャツの内側に入れた。


 肌に当たった。冷たかった。


 冷たいのは外れた石も同じだ。


 宿る石は肌の温度になる。宿らない石も肌の温度になる。


 だから、当たった瞬間には分からない。


 十日待つしかない。


「……三十三個目ですね」


「一日目だ」


 リュカは言った。


「あと九日」


---


 十六日目の朝白の中に入った。


 昨日見た白より濃かった。


 三歩先の石が輪郭だけになる。


 五歩先は白い。


 風はまだ背中から来ていた。


---


 白の中を歩いた。


 籠で通る白と同じ匂いがした。


 冷たくて少し甘い。


 籠のときは二十三数えるあいだだった。


 今日は数えても終わらなかった。


 百を数えてまだ白かった。


 三百を数えてまだ白かった。


 リュカは数えるのをやめた。


 やめて歩数に戻した。


 歩数は終わりが分からなくても、増えるだけだ。


---


 四万三千を過ぎたところでリナンが足を止めた。


「リュカくん」


「うん」


「上」


 リュカは顔を上げた。


 白の中に白より濃いものがあった。


 灰色だ。


 まっすぐ上へ伸びている。


 伸びた先は見えない。白に溶けている。


 リュカは立ち止まった。


 三歩近づいた。


 濃さが増した。


 もう三歩。


 それは壁だった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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