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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 雲より古いもの

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88/161

幕間 「並んで、帰る客」

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 アステル区の第七通りは、突き当たりの手前で少し狭くなる。


 狭くなったところに看板のない家がある。


 石の段が三段あって、三段目の真ん中がわずかに凹んでいる。


 何十年、人が同じところに足を置いてきたからだ。


 その段に四人が並んでいた。


 朝の台座を拭く時刻だった。アステル区の灯柱は消えないので、点し直す時刻とは言わない。


---


 列の三番目に白い衣の男がいた。


 衣は白いが袖の内側が茶色い。落ちない色だ。


 樋を掃除する仕事をしている。


 アステル区には、屋根から屋根へ渡した鉄の樋が何本もある。雨を集めて区画の外へ落とす。落とした先は下だ。


 樋にはいろいろなものが溜まる。


 葉は溜まらない。この区画に木はない。


 溜まるのは埃と砂と石だ。


 石は上から落ちてくる。


---


 樋の仕事は三十年になる。


 あの家へ行くようになったのは三年半前だ。


 それまではほかの者と同じように、樋から出た石を区画の外へ落としていた。


 三年半前に話を聞いた。


 樋から出た石に値がついた者がいると。


 誰から聞いたのかは思い出せない。聞いたときには、誰かが誰かから聞いた話になっていた。


 出どころは分からなかった。


 それでも、翌月から三つ溜めて段を上がるようになった。


---


 男は掌に三つ持っていた。


 布に包んではいない。包むほどのものではない。


 一つは指の先ほど。灰色。


 一つは爪ほど。黒に近い。


 一つはいちばん大きくて、親指の腹ほどある。表に細い筋が一本入っている。


 筋の入ったものがいちばん見込みがあると男は思っていた。


 毎回そう思っていた。


---


 列の一番目は夫婦だった。


 若い。女のほうが布の包みを胸に抱えている。


 男のほうがしきりに戸を見ていた。


「まだ開かないのか」


「時間が来たら開くって、聞いたけど」


「時間っていつだよ」


「知らない」


 二人はそこで黙った。


 白い衣の男は教えてやろうかと思った。


 やめた。


 教えると包みの中身を見せられる。すごいですねと言わなければならなくなる。


---


 二番目は箱を持った女だった。


 五十を過ぎている。箱は木で両手で抱えている。重そうだった。


 白い衣の男は、その箱の大きさから中身の数を見積もった。


 六十。


 多くても七十。


 見料は一件、十だ。


 三点でも六十点でも十だ。数で変わらない。


 だから、あの箱の中身はまとめて十で見てもらえる。


 男はそこで自分の掌の三つを見た。


 三つ溜まるまでにひと月かかる。


 ひと月待って十を払う。


 六十溜めてから来れば、一度で済んだはずだった。


 三年半前にそう気づいていれば。


 そう思ったことは四十一回とも、一度もなかった。


---


 戸が開いた。


 黒い上衣の女が出てきた。


 背が高い。髪をきつく結んでいる。


「お待たせしました」


 女は段の下まで見て頭を数えた。


「本日は四件までお受けできます」


 四人が少しだけ動いた。


 ちょうど四人だった。


 白い衣の男は、これが偶然ではないことを知っている。


 三年前に一度六番目に並んだことがある。あのときも「六件まで」と言われた。


 数を言うのは、並んだ者にぎりぎり入れたと思わせるためだ。


 ぎりぎり入れたと思った者は、待たされたことを文句に数えない。


---


 夫婦が入った。


 戸は閉まらなかった。


 閉める規程がないのだ。


 値のつかないものに、秘密はいらない。


 男は一度だけ戸が閉まるのを見たことがある。


 三年半で一度だけだ。


 中に入った者が何を持ってきたのかは分からない。


 白い衣の男は、段の二段目に腰を下ろした。


 凹みの脇に黒い筋があった。


 煤だ。


 拭いても落ちきらなかったらしい。ここは埃しか落ちない区画だから、掃除の手が煤に慣れていない。


 焦げた靴の者が来たのだ。焼けた街から何人か上がってきていると聞いている。


 この段に煤がついたのは七回か八回か。


 数えている者がいるかどうかは知らない。


 そのうちの一人は、段の端で靴底をこすってから入ったらしい。


 黒い上衣の女がそう言っていた。


 こすってから入る者は初めてだったと。


 白い衣の男は自分の靴を見た。


 三年半こすってから入ったことはない。


---


 中から声が聞こえた。


「品目、石一点」


 黒い上衣の女の声だった。


「持込者のお名前を」


「……拾ったのは息子です。五つになります」


「お子様はご一緒でいらっしゃいますか」


「連れてきてません」


「恐れ入ります。規程を申し上げます」


 紙をめくる音がした。


「持込者以外の所有に係るものは、検分いたしません」


「……息子のです」


「はい」


「息子のだからだめなんですか」


「現にお持ちの方のお持ち物として承ります。お名前を」


「……じゃあ私の名前になるんですか」


「持込者の欄はそうなります」


 少しの沈黙があった。


「息子の名前は、どこにも残らないんですか」


「備考にお入れすることはできます」


「……備考でいいです」


 帳面に書く音がした。


---


 白い衣の男は段の石を見ていた。


 備考は所見ではない。


 拾った者の名前が備考に入り持ってきた者の名前が上の行に入る。


 男の場合は、拾ったのも持ってきたのも自分だ。


 だから、四十一回とも備考は空だった。


---


 布のめくれる音がして、別の声になった。


 低い。抑揚がない。


「見る」


 それだけだった。


 白い衣の男は、その声を四十一回聞いている。


 今日で四十二回になる。


 声のあとはいつも静かだ。


 この男は見ているあいだ何も言わない。


---


「等級、該当なし。市場価値なし」


 早かった。


「……あの」


「うちは見たものしか言わない」


「でも、息子が光ったって」


「光っていない」


「見てないでしょう光ったときは」


「見ていない」


 男の声は変わらなかった。


「見ていないものは所見に書かない。書かなかったことは見ていないことだ」


「じゃあ光ったかもしれないって」


「かもしれないは値にならない」


---


 夫婦が出てきた。


 女が紙を持っていた。


 男のほうが後ろから言っていた。


「だから来なくていいって言ったんだ」


「息子が持ってきたのよ」


「十だぞ。十あれば明日の分が買えた」


「紙に息子の名前が書いてあるの」


「備考だろ」


「備考でも書いてあるの」


 女は紙を胸に抱えた。抱え方が来たときの包みの抱え方と同じだった。


 二人は段を下りていった。


 白い衣の男は女が持っている紙を見た。


 発行料を払ったのだ。見料の十とは別に。


 いくらかは知らない。男は四十一回とも払っていない。


---


 二番目の女が入った。


 箱を台に置く音がした。木が木に当たる鈍い音だった。


「品目は」


「石です」


「点数は」


「……六十三点あります」


「かしこまりました。見料は一件十でございます」


「……全部で十ですか」


「はい。点数では変わりません」


 女の息がひとつ落ちた音がした。


「持込者のお名前を」


 そこで止まった。


「……主人のです」


 女が言った。


「三十年、拾ってました。屋根から落ちてくるのを」


「ご本人は」


「去年、死にました」


 黒い上衣の女の声が少しだけ止まった。


「恐れ入ります。規程を申し上げます」


 紙をめくる音がした。


「持込者以外の所有に係るものは、検分いたしません」


「……主人のです」


「はい」


「主人のだからだめなんですか」


「相続の記録がおありでしたら、奥様のお持ち物として承れます」


「そんな紙はありません」


「では現にお持ちの方のお持ち物として承ります」


 少しの沈黙があった。


「……私のものにするんですか」


「書式の上ではそうなります」


---


 白い衣の男は段に座ったまま、聞いていた。


 六十三がその一行で死んだ男のものから生きている女のものになる。


 三十年、拾ってきた男の名前は紙に残らない。


 樋の仕事に名簿はない。


 石を拾う仕事にもない。


 白い衣の男は自分の三十年を思った。


 同じ三十年だ。


 違うのは、こちらが四十一回段を上がったことだけだ。


 四十一回とも該当なしだった。


 上がらなかった男の箱も、今日該当なしになる。


 上がっても、上がらなくても、同じ言葉が出るのだとしたら。


 男はそこで考えるのをやめた。


 やめ方は慣れていた。


---


「……お名前を」


 女が名前を言った。


 声が小さくて、段までは届かなかった。


「かしこまりました」


 帳面に書く音がした。一行ぶんの音だった。


---


「見る」


 低い声がした。


 静かになった。


 長かった。


 六十三点を一つずつ見ているのだ。


 白い衣の男は段の凹みを指でなぞった。


 何十年で石がこれだけ凹む。


 三十年で箱が一つ埋まる。


 どちらも減らない。


---


「五十九点は市中の砂利と差異なし」


 声がした。


「四点は内部に空隙がある。俗に殻と呼ぶ」


「……殻」


「空隙の成因は判定できない」


 紙の音がした。


「等級、該当なし。市場価値なし」


「六十三全部ですか」


「全部だ」


「主人はつくと言ってました」


「私はご主人を鑑定していない」


 男の声は少しも動かなかった。


「石を鑑定した。値はつかない」


 女はしばらく何も言わなかった。


 それから言った。


「……三十年、間違ってたんですね」


「それは言っていない」


「言いましたよ。値がつかないって」


「値がつかないと言った」


 コルベルはそう言った。


「間違っていたとは言っていない。それは私の見るものではない」


---


 女が出てきた。


 箱を抱えていた。来たときと同じ重さだ。


 紙は持っていなかった。


 発行料を払わなかったのだ。


 女は段を下りるとき、白い衣の男のほうを見た。


 目が合った。


「あんた、何回目」


 訊かれた。


「……四十二回目です」


 女は頷いた。


「じゃあ四十一回つかなかったんだね」


「はい」


「それでも来るんだね」


「はい」


 女はそれ以上何も言わずに、箱を抱えて歩いていった。


 抱え方が来たときと少し違っていた。


 右の腕に寄っていた。


---


 白い衣の男の順番が来た。


 部屋は静かだった。


 椅子が三つと低い台が一つ。


 壁の棚に同じ大きさの箱が並んでいる。札が貼ってある。


 埃がなかった。


 この部屋に入ると、男はいつも手を後ろに回したくなる。


 掌に樋の砂がついている。


 台に置くと砂が落ちる。


 埃のない部屋だから、落ちたものはすぐ分かる。


「三点ですね。一件十でございます」


 黒い上衣の女が言った。帳面を開く。


 男の名前を女は訊かなかった。


 訊かずに書いた。


 四十二回同じ名前を書いている。


 紙に自分の名前が書かれるのは、この家に来たときだけだ。


 樋の仕事に名簿はない。


---


「見る」


 布の向こうから男が出てきた。


 座るまでこちらを見なかった。


 座ってから三つの石を見た。


 いちばん大きいものを先に取った。


 筋の入ったものだ。


 毎回これを先に取る。


 指で転がして光に向け置いた。


 次の一つを取った。


 次の一つを取った。


 三つを置き終えるまで二十を数えるほどだった。


「三点とも市中の砂利と差異なし。等級、該当なし。市場価値なし」


「はい」


「筋は割れの跡だ。入っているのではない。剥がれた面だ」


「……はい」


「前回もそう言った」


 男は初めて顔を上げた。


「前々回も言った」


 白い衣の男は頷いた。


「覚えていらしたんですか」


「覚えている」


 コルベルはそう言った。


「四十二回覚えている」


---


 白い衣の男は三つの石を掌に戻した。


 戻してから訊いた。


「先生」


「なんだ」


「値がつく石はあるんですか」


「ある」


「見たことがありますか」


「ある」


「どんなものですか」


 コルベルは少しのあいだ黙った。


「それを話すのは、値をつける仕事ではない」


「……はい」


「それに」


 コルベルはそこで続けた。


「それを言うとあんたは、そういうものを探すようになる」


「……探しますよ」


「探すと樋を見なくなる」


 白い衣の男は口を閉じた。


「あんたが持ってくるものは、四十二回とも樋にあったものだ」


 コルベルは台に手を置いた。


「樋を見ている者が持ってくる石に値がついたことはまだない」


「……まだ」


「まだだ」


 それだけ言って、コルベルは立ち上がった。


 布をめくって奥へ入った。


---


「鑑定書はお出ししますか」


 黒い上衣の女が訊いた。


「いえ」


「かしこまりました」


 女は帳面に一行書いた。


「次はいつごろお越しになりますか」


 訊かれたのは初めてだった。


「……訊かれたことはなかったですね」


「はい。今日からお伺いすることになりました」


 女は帳面を閉じた。


「何度も来られる方は、来なくなるときが分かりませんので」


---


 段を下りると通りは明るかった。


 灯柱が昼でも点いている。台座は磨かれている。


 白い衣の人が窓を拭いていた。


 道を掃いている者もいた。


 掃くものは埃しかない。


 白い衣の男は第七通りを戻って、屋根へ上がる梯子のところまで歩いた。


 梯子を上がると樋がある。


 鉄の樋が屋根から屋根へ区画の端まで渡っている。


 昼の光が樋の内側に落ちていた。


---


 男は樋の底を手で掃いた。


 埃。砂。


 それから、小さいものが指に当たった。


 つまみ上げた。


 爪よりも小さい。白っぽい。


 片面が平らだった。


 男はそれを日に向けた。


 向けてからふと思った。


 剥がれた面かもしれない。


 筋は入っているのではなく剥がれた跡だと四十二回言われている。


 平らな面もたぶんそうだ。


 男は少しのあいだそれを日に向けていた。


 それから、衣の内側の袋に入れた。


 四十三回目の一つ目だった。


---


 夕方、家に帰ると、妻が樋の話を訊いた。


 樋のことはいつも訊く。石のことは訊かない。


 月に一度だけあの家のことを訊く。


「今日あの家に行ったんだろ」


 妻が言った。


「行った」


「だめだったんだろ」


「だめだった」


「あんた」


 妻は鍋の蓋を置いた。


「いくら使ったか数えたことあるかい」


 男は少し考えた。


「ない」


「ないのかい」


「回数は数えてる」


「回数じゃないよ。金だよ」


「金は数えてない」


 妻はそれ以上は言わなかった。


 言わずに鍋の蓋を取って、中をかき回した。


---


 男は袖の内側を見た。


 落ちない茶色。


 三十年でこうなった。


 樋を掃除する者は区画に四人いる。四人とも袖の内側が同じ色をしている。


 四人のうちあの家へ行くのは男だけだ。


 ほかの三人は、樋の石を区画の外へ落としてしまう。


 落とした先は下だ。


 下に何があるのかは、男は見たことがない。


 石は上から落ちてきて、樋に溜まり三人の手でまた下へ落ちていく。


---


 男は台の下から木の箱を出した。


 蓋を開けた。


 中に石が入っている。


 数えたことはない。


 回数は数えている。四十二回だ。


 一回に三つなら百二十六になる。


 そこまで考えて、男は考えるのをやめた。


 今日の三つをいちばん上に載せた。


 載せてから蓋を閉めた。


 箱は今日も少し重くなった。


 あの女の箱は三十年で六十三だった。


 こちらは三年半でその二倍ある。


 樋に上がる者のほうが多く拾える。


 多く拾っても同じ言葉が出る。


---


 男は袋から今日の一つを出した。


 台の上に置いた。


 白っぽい。片面が平らだ。


 明日も樋に上がる。明後日も上がる。


 三つ溜まったらまた段を上がる。


 四十三回目だ。


 見料は十だ。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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