出発と、数人②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
宿に戻ると、リナンが土間で待っていた。
「……運賃のことですけど」
リナンはそう切り出した。
「宿の仕事をしばらくやらせてもらえないかヴェスナさんに訊きました」
「……なんて言われた」
「宿は宿代を取っていないから、払う金もないと」
リナンは膝の上で手を組んだ。
「ミラさんにも訊きました。薬房を手伝わせてくださいって」
「……」
「薬房は焼けていて、薬もないので、手伝うものがないと言われました」
リナンはそこで少しだけうつむいた。
「四百はこの街のどこにもありません」
「……知ってた」
「知ってて言わなかったんですね」
「言うと探すのをやめるから」
リナンは顔を上げた。
しばらくリュカを見ていた。
「……リュカくんは、そういうところがあります」
「どういうところだ」
「分かりません。でも、あります」
リュカは、何と答えていいのか分からなかった。
代わりに詰所で聞いたことを言った。
「明後日下へ送る荷がある。二番街の商会の十六貫だ」
「……十六貫」
「背丈ほどの長い箱だ。一人だと端が振れて梁に当たる」
リュカは言った。
「荷運びが二人要るってドランさんが言った」
リナンはリュカを見た。
「荷を担ぐやつは荷運びだって」
「……担げば乗れるんですか」
「乗れる。運賃は荷にかかるから」
リナンはしばらく黙っていた。
「……それは、まけてもらったことになりますか」
「ならない」
リュカは言った。
「ドランさんは規則のままだって言った。荷運びが二人なら、二人とも要らない」
「でも、荷運びはわたしじゃなくて」
「荷を担げば荷運びだ」
リナンは自分の手を見た。
それから頷いた。
「……担ぎます」
「十六貫の荷を二人で担ぐ」
「はい」
「片方が八貫だ。持てるか」
リナンは少し考えた。
それから、立ち上がって、土間の隅の水甕を持ち上げた。
満杯の甕だった。
両手で持ち上げて、そのまま三歩歩いて下ろした。
「……これが何貫ですか」
「六貫くらいだ」
「じゃあ八貫は少し重いです」
「無理か」
「無理じゃないです」
リナンは翼を少しだけ動かした。
「肩から吊らなければ。腰と腕で持てば」
「担ぐんだぞ」
「担ぎ方はリュカくんが知ってますよね」
リュカはリナンを見た。
リナンは真面目な顔をしていた。
「……教える」
「はい」
---
その日の夕方、空き地で担ぎ方を教えた。
瓦礫を袋に詰めて、八貫ぶんにした。
リナンは最初肩に載せようとした。
翼の付け根が引っ張られて、身体が傾いた。
「肩じゃない」
リュカは言った。
「背中の下のほう。腰の上に載せる」
「……腰」
「そこで支えて、紐は肩じゃなくて、胸の前で結ぶ」
リュカは、自分の外套の上から紐の位置を示した。
三年、そうやって担いできた。誰にも習っていない。荷が肩に食い込んで痛いので、自分で変えた。
リナンは言われたとおりにした。
二度目で持てた。
三度目で歩けた。
五度目で空き地を一周した。
「……歩けます」
「石段は」
「石段はやってないです」
「明日やる」
---
夜、リュカは屋根裏で杭を並べた。
四十本。袋の脇に折れた一本。
一本ずつ指で弾いてみた。
音は同じではなかった。低いのと高いのとがある。
どれが硬いのかは、リュカには分からなかった。トトなら分かる。
明日、四十本とも鍛冶場へ持っていく。十本を選んでもらって、三十本を預ける。
袋に戻しながら、三年のことを考えた。
この四十本で毎朝的を撃った。六百八十三本で一本折れた。折れた一本は数に入れた。
三十本を置いていくのは初めてだった。
――戻ってくればまた四十本になる。
戻らなければ、三十本のまま、箱の中に残る。
リュカは袋の口を締めて、枕の脇に置いた。
---
十三日目の朝鍛冶場へ杭を持っていった。
四十本と折れた一本。袋ごと炉の脇に下ろした。
「明日の朝までに選んどく」
トトは袋の口を開けて、中を覗いた。
「量って硬いのを十本だ」
「……重さも量るのか」
「同じ重さのを十本選んだほうが手が覚えやすいだろ」
リュカは頷いた。
頷いてから袋を見た。三年、毎朝これを担いで空き地へ出た。
今日は担がずに帰ることになる。
「持っていくかまだ」
トトが訊いた。
「……いや」
「じゃあ預かる」
トトは、袋を炉の脇の石の箱の上に置いた。
箱の蓋は開けなかった。
鍛冶場を出て、リュカは空き地のほうを見た。
段の上からだと空き地の端が見える。的の杭は遠くて見えない。
見えても撃つものが手元にない。
三年で朝に空き地へ行かなかった日は、三日しかない。ザヴを運んだ日と焼けた日とその翌日。
その三日は行けなかった日だった。
今日は行かないことにした日だ。
---
その日、二人で石段を上り下りした。
四十二段。
八貫を担いで上って下りる。
リナンは三度目で息が上がった。
四度目で手を止めた。
五度目はやらなかった。
「明日は担がなくていい」
リュカは言った。
「荷は詰所にある。石段は自分の包みだけだ」
「……じゃあこれは何のためですか」
リナンが訊いた。
リュカは四十二段を見上げた。
「塔だ」
「……塔」
「塔には階がある。何段あるかは誰も言わなかった」
リュカは言った。
「四十二段では済まない」
リナンは袋を下ろした。
下ろしてからもう一度担いだ。
「……五度目をやります」
「やらないと言ったぞ」
「わたしが言いました。だから変えられます」
リナンは額の汗を袖で拭った。
翼の焦げた先が少しだけ震えていた。
「リュカくん」
「うん」
「重いものを持つと翼が下がります。下がったあとうまく畳めなくなります」
「……痛いのか」
「痛くはないです。でも、畳めないと、狭いところを通れません」
リナンは翼を畳もうとした。
左が二つ目の節で引っかかった。
肩を動かして、位置を直して、折り込んだ。
「塔の中は狭いですか」
「分からない」
「……分からないですよね」
リナンは少しだけ笑った。
「分からないところへ行くんですから」
---
その夜、リナンが梁の下に立っていた。
セイルが梁の上で首を傾げている。
「……セイルは」
リュカが訊いた。
「置いていきます」
リナンは即答した。
「連れていったら鳴くので」
「鳴くとまずいのか」
「岩場で誰かの声を繰り返したら」
リナンはそこで言葉を止めた。
止めてから続けた。
「……リュカくんの声で何か言うかもしれません。わたしの声でも」
「……」
「それを聞く人がいないところへ行くなら、いいんです。でも、いるかもしれないので」
リナンは欠けた皿に屑を足して、梁の下に置いた。
「それにこの子は高いところが好きです」
セイルが梁から下りてきて、皿をつついた。
つつき終えて、また梁の上に戻った。
リナンはそれを見上げていた。
「ヴェスナさん」
リナンは竈のほうへ声をかけた。
「なんだい」
「セイルの皿置いておきます。屑を少しでいいので」
「置いときな」
ヴェスナは鍋から目を離さずに言った。
「鳥の一羽くらいどうってことないよ」
リナンは頭を下げた。
それから、梁を見上げて、小さく言った。
「……セイル」
梁の上でセイルが口を開いた。
「セイル」
リナンの声だった。
リナンはそれを聞いて、しばらく動かなかった。
それから、セイルがもう一度口を開いた。
「門だ」
リュカの声でも、リナンの声でもなかった。
聞いたことのない声だった。
「……二つ」
それだけ言って、セイルは首を羽の下に入れた。
リュカは梁を見上げた。
三年、この街で門という言葉を聞いた覚えがない。
三番街に門はない。結界柱が倒れた穴があるだけだ。
「……誰の声ですか」
リナンが訊いた。
「分からない」
「わたしも分かりません」
リナンは皿の位置を少しだけ直した。
「この子は聞いたことしか言いません」
「知ってる」
「だから、誰かが言ったんです。どこかで」
二人ともそれ以上は言わなかった。
---
同じ夜遅くなってからミラが土間に来た。
布を持っていた。母親が薬を包んでいた布だ。
畳んで四枚。
「傷を縛るのに二枚。汗を拭くのに一枚。あと一枚は余分」
「余分」
「余分は要るわよ」
ミラは布をリュカの前に置いた。
それから、記録の束から小さく折った紙を出した。
「これは母親の帳面から写したもの。私の字で書いてある」
「……読めません」
「知ってる」
ミラは紙を布の上に置いた。
「読める人に会ったら、読んでもらって。血が止まらないときと腹を下したときと熱が出たときのやり方が書いてある」
「……会えなかったら」
「そのときは押さえるのよ。何でも押さえるの」
ミラはそう言った。
「押さえるのは字が読めなくてもできる」
リュカは布と紙を外套の内側に入れた。
「ミラさん」
「なに」
「明日の朝見送りに来ますか」
ミラは記録の束の紐を結び直した。
「行かない」
「……はい」
「朝は怪我人を回る時間だから」
ミラはそう言った。
「それに見送ると、待つことになるでしょう」
リュカはミラを見た。
「待つのは嫌いなの」
ミラは立ち上がった。
「母親を二年待ったから」
それだけ言って、土間を出ていった。
---
十四日目の朝。
焼けてから三十八日目だった。
リュカは日が昇る前に起きた。
梯子の三段目が鳴った。
土間ではヴェスナが竈に火を入れていた。
湯が沸いていた。
焼けてから朝に湯が沸いているのは、久しぶりだった。
「坊主」
「うん」
「椀を出しな」
リュカは椀を出した。
ヴェスナが湯を注いだ。
それから、干した豆をひとつまみ落とした。
「……豆ありましたか」
「昨日ネラが持ってきた。旅に出る子にって」
「……ネラさん粉もないのに」
「豆は粉じゃないよ」
ヴェスナは柄杓を鍋に戻した。
「あたしが煮た」
---
湯を飲み終えて、リュカは屋根裏へ上がった。
持っていくものをもう一度数えた。
投槍器。石の袋二十六個。水袋三つ。干し魚七枚。火種石一つと割らない火種石が一つ。布四枚。紙五枚。
紙は昨日一枚増えた。ミラの字で書いたものだ。
五枚のうち四枚に字がある。四枚とも自分では読めない。残りの一枚は白いままだ。
杭十本はまだ手元にない。鍛冶場でトトが選んでいる。
硬貨はない。
一枚あったのを二日前列の女に渡した。
持っていれば、一枚では何も買えなかった。パンも買えない。
渡したらその一枚は、四百のうちの一枚になった。
――使えない一枚と足りない一枚とでは違う。
何が違うのかは、まだうまく言えなかった。
紙は五枚まとめて四つに折って、外套の内側に入れた。
屋根裏を見回した。
三年、ここで寝た。板の隙間から夜が見えて、朝には光が入った。
壁際に杭の袋がない。
三年、そこにあったものだった。昨日鍛冶場へ持っていって、置いてきた。
置いた場所のほうが板の色が濃い。袋が立っていた分だけ埃が薄いのだ。
下へ降りると、リナンが土間の壁際で包みを結び終えていた。
着替えが二枚。針と残りの糸。
それから、布で巻いたもの。
六日前売ると言って、壁際に戻したものだ。縄はあのとき掛け直さなかった。
今朝、掛け直してあった。
「……持っていくのか」
「持っていきます」
リナンは縄の結び目を確かめた。
「置いていったら、置いていったことになりますから」
「……置いていくとどうなる」
「戻ってきたときにまだあります」
リナンは包みを担いだ。
「あると置いていったことがずっと残ります」
それだけ言って、水袋を二つ腰の両側に下げた。
リュカは、バルの水袋を一つと干し魚と火種石と布と紙と投槍器を持った。
石の袋はいつもどおり肩に掛けた。二十六個。
胸には三十二個目。九日目。
明日十日目が来る。明日は街にいない。
三十三個目を選ぶ空き地がないということだった。
――道の石を拾う。
そう決めた。三年、空き地の石を選んできたが石はどこにでもある。
外へ出るとまだ暗かった。
---
宿の前にヴェスナが立っていた。
箒を持っていた。
掃いてはいなかった。
「婆さん」
「なんだい」
リュカは、何を言えばいいのか分からなかった。
三年、毎朝この人が掃くのを見てきた。
礼を言うのは違う気がした。ここでは礼を言うと次に頼みにくくなる。
行ってきますも違う気がした。戻ってこられるかどうかを知らないからだ。
黙っているとヴェスナが言った。
「戸は閉めていくんだよ」
リュカは戸口を見た。
戸は焼けてなくなっている。
閉める戸がない。
ヴェスナはそれを知っている。知っていて言った。
「……はい」
リュカはそう答えた。
答えてから戸口の脇の焼け残った柱に手を触れた。
閉める代わりだった。
ヴェスナは何も言わなかった。
箒を持ち直して、路地を掃きはじめた。
まだ暗いのに掃きはじめた。
---
広場を抜けるとき、井戸の脇にイサがいた。
桶を持っていた。
「水は満たしていきな」
リュカとリナンは、水袋を三つとも満たした。
イサは綱に手をかけて、それから手を離した。
代わりにリュカが引いた。三回。
「……あんた綱を引くのが上手くなったね」
「三年、引いてますから」
「昔は腕で引いてた。今は背中で引いてる」
イサはそう言った。
「戻ってきたらまた引いておくれ」
「……はい」
イサはそれだけ言って、井戸の縁に腰を下ろした。
---
坂の側の小路の入り口にトトがいた。
杭を十本布に巻いて持っていた。
「選んどいた」
「……ありがとう」
「重さは量った。一本ずつほとんど同じだ」
トトは布の巻きをリュカに渡した。
「残りの三十本は箱に入れた。折れたやつも一緒にな」
「うん」
「取りに来い」
トトはそう言った。
「取りに来なかったら、俺が箱ごと持っていくからな。どこへとは言わねえけど」
リュカは頷いた。
それ以上は二人とも何も言わなかった。
---
小路の入り口を過ぎたところでリュカは、一度だけ振り返った。
路地は暗かった。
屋根のない路地の上に細い空がある。
空き地はここからは見えない。的の杭が三本立っているはずだった。
三年、毎朝四十本を撃った。
昨日の朝から撃っていない。
今朝も撃たなかった。明日も撃たない。
撃たない朝が何日続くのかは、分からなかった。
十本は布に巻いて、脇に抱えている。撃つためではなく撃たずに済ませるために持っていく十本だった。
リュカは前を向いた。
---
石段を上がった。
四十二段。
リナンは自分の包みを腰の上に載せて、胸の前で紐を結んでいた。
八貫ではない。三貫ほどだ。
それでも、結び方は昨日教えたとおりだった。
一度も止まらなかった。
途中の段の脇が広くなっているところ。鍛冶場の戸口がそこに面している。
三年、荷を担いで上るときはいつもここで一度休んだ。
炉には火が入っていなかった。
だが、灰が温かそうに見えた。昨日トトが焚いたのだろう。
今日は休まずに通った。
上がりきったところでリナンが小さく息を吐いた。
「……上がれました」
「うん」
「昨日は三度目で止まりました」
「昨日は八貫だった」
「はい」
リナンは胸の紐に指をかけた。
「八貫のあとだと三貫は、荷じゃないみたいです」
---
二番街の焼け跡の脇を通って、二つ目の坂を上がった。
詰所に着いたときには、東の空が少しだけ明るくなっていた。
ドランが籠の前に立っていた。
荷が一つ。細長い木箱。人の背丈ほどある。縄が十字。
十六貫。
「遅い」
ドランが言った。
「すみません」
「冗談だ」
ドランは荷の縄を叩いた。
「担げ」
棒を通して肩に載せる形は、使わなかった。
リナンの肩は使えない。
代わりに縄の十字に短い棒を二本通して、握りにした。
二人で腰の高さに持つ。リナンは胸の前で紐を回して、握りと身体をつないだ。
昨日の結び方のままだった。
「……その持ち方は」
ドランが言った。
「肩が使えないので」
リュカが答えた。
ドランは握りの棒を指で押してみた。
「抜けんか」
「抜けません」
「抜けたら下で十六貫が割れる」
ドランはそう言って手を離した。
「割らんようにな」
それから、足元の工具箱の蓋を爪先で閉めた。
「坊主。この荷の日当は十二だ」
リュカは顔を上げた。
「……十二」
「商会が払うのは上でだ。荷が届いた木札を上まで持ってきた者に払う」
ドランは籠の格子に手をかけた。
「お前は上に戻らん」
「……はい」
「だから、俺が受け取っておく」
「……いいんですか」
「よくはない。面倒だ」
ドランは鼻から息を吐いた。
「だが、払う先がないと、商会は払わん。払わんかったことにされると、次の荷の値が下がる」
「……」
「帰ってきたら渡す。十二だ。増えも減りもせん」
リュカは頷いた。
頷いてからリナンを見た。
「……二人で担ぐのでリナンにも」
「分けるのはお前らの仕事だ」
ドランはそう言った。
「日当は荷にかかる。俺が数えるのは荷の数だけだ」
それから、ドランはもう一つ言った。
「おととい下ろした荷の分が七ある」
「……七」
「昨日商会が払った。お前は取りに来んかった」
「……忘れてました」
「忘れるな。金を忘れるやつは長生きせん」
リュカは頷いた。
頷いてから言った。
「……その七を列の女に渡してもらえませんか」
ドランが初めてこちらを向いた。
「布包みの女か」
「はい。あと四で四百です」
「四だけでいいのか。七ある」
「四でいいです」
リュカは言った。
「残りの三は預かっておいてください」
ドランはしばらく黙っていた。
「……三を預かるのか」
「はい」
「三は何にもならんぞ。パンも買えん」
「帰ってきたら七になります」
リュカは言った。
言ってからそれは変だと気づいた。
三は七にはならない。十二と合わせても十五だ。
「……三のままですね」
「三のままだ」
ドランはそう言った。
「だが預かる」
止め木の柄に手を戻した。
「預かったものは数に入れる」
リナンが少しよろけた。
すぐに持ち直した。
---
詰所の脇の石の上に老人が座っていた。
坂の途中の家の老人。倅を待っている男だ。
東が明るくなる前から座っていたのだろう。石が体の形に乾いていた。
リュカは頭を下げた。
老人は頷いた。
それから言った。
「……戻ってくるなら、この籠から下りてくる」
「はい」
「見とくよ」
それだけだった。
---
籠の戸が開いた。
荷を先に入れて二人が乗った。
狭かった。背丈ほどの箱を斜めに入れると、人の立つ場所が減る。
リナンは翼を畳んだ。
十六貫を持ったあとだった。左がまた二つ目の節で引っかかった。
畳みきらないまま、格子に背を預けた。
狭いところを通れないと昨日言ったとおりだった。
ドランが止め木の柄に手をかけた。
「坊主」
「はい」
「下で荷を下ろしたら、木札をもらえ。木札は荷が届いた証だ」
「……はい」
「木札は捨てるな」
ドランは止め木を引いた。
「帰りの籠に乗るとき、荷運びだった証になる」
リュカはドランを見た。
ドランはこちらを見ていなかった。
籠が下りはじめた。
---
詰所の屋根が上へ流れていった。
老人の座っている石が見えて、それも上へ抜けた。
籠は摩天楼の腹に沿って下りていく。
壁と街のあいだに隙間がある。
その隙間から下が見えた。
二つ目の坂。二番街の焼け跡。そのさらに下に三番街。
屋根のない路地。黒い山。井戸の広場。空き地の四角い地面。
杭は細すぎて見えなかった。
立っているはずだと思って、しばらく探した。
見つからなかった。
宿の前で箒が動いていた。
東が明るくなっても、まだ動いていた。
リュカは格子に顔を寄せて、それを見ていた。
隙間が細くなっていく。
壁が近づいてくる。
見えなくなるまで見ていた。
---
摩天楼の壁が視界を塞いだ。
暗くなった。ところどころ壁の割れ目から光が差している。
籠の中でリナンが言った。
「……見送りは四人でしたね」
「ヴェスナとイサさんとトトと」
「詰所のおじいさん」
「……四人だ」
リナンは格子の外を見た。
「少ないですか」
リュカは考えた。
焼ける前なら、街には百人以上いた。今は四十三人。
そのうちの四人がまだ暗いうちに、外に出てきた。
「……少なくない」
そう答えた。
リナンは頷いた。
それから、何も言わなかった。
リュカは格子に手をかけたまま、数を並べ直した。
四十三人。
今日から四十一人だ。
二十七日前土間で数えたときは、四十九人だった。ヴェスナが一番目でリナンが二番目で自分が最後だった。
最後と二番目が抜ける。
一番目は残って掃いている。
ヴェスナは、宿の客を数に入れないと言った。客はそのうち出ていくからだと。
三年、出ていかなかった。
今日、出ていく。
出ていったら、また数に入れなくなるのだろうか。
訊いてくればよかったと思った。
訊いたらあの婆さんはたぶんこう言う。
――戻ってきたら考えるよ。
それから、もう一つ数えた。
あの女は四百になる。
今日の昼の籠で上に行くかもしれない。
上がる籠と下りる籠は同じ一つだ。
同じ籠に別の日に逆の向きで乗る。
四十一人は四十人になる。
――いや。あの女は三番街の者ではない。
数に入れていなかった。
入れていなかったことに今、気づいた。
籠は白の中へ入った。
格子の外が白くなった。
リナンが手を伸ばした。
伸ばした手が濡れた。
「……雲の中ですか」
「うん」
「里からは下に見えていました」
リナンは濡れた手を見ていた。
「上から見ると床みたいでした。踏めそうな」
「踏めない」
「はい。踏めないです」
リナンは手を引いた。
引いた手を外套で拭いた。
二十三数えるあいだ何も見えなかった。
白を抜けると下は暗い。地上層の岩の壁だ。
リュカは格子に手をかけたまま、数え終えた。
二十三。
三年、数えてきた数だった。
リナンは初めて数える数だった。
数えていたかどうかは訊かなかった。
この先に数え方を知らないものが待っている。
塔の階が何段あるのかを誰も言わなかった。ザッハもバルもドランも。
――数えられないなら数えない。
だが、歩数なら数えられる。
東へ二日。岩場まで。
歩けば歩数になる。
歩数は三年、数えてきた。
籠が止まった。
戸が開いて、湿った空気が入ってきた。
苔の匂いがした。
リナンが小さく咳をした。
「……重いですね空気が」
「慣れる」
「慣れますか」
「半年かかった」
リュカは荷の棒に肩を入れた。
「半年」
「三年前の話だ」
二人で荷を担いだ。
十六貫。
籠から受け渡し場の床へ一歩目を踏み出した。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




